第3章26話 不意の遭遇

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時刻は16:30。ありすの門限は一応17:00となっているので、名残惜しいが今日のところは解散だ。

 上級クエストは触りだけプレイして、


「こ、これは今は無理だ!」


 と美藤が悲鳴を上げたためまた後日となる。

 倒したばかりの『魔神エンデ』で素材を集めて装備を作ってから挑めば最初の方は難なく突破は出来るのだが、集中力が途切れたか美藤はその判断も出来ない。

 尚、『魔神エンデ』だが、複数人で協力プレイをする場合には三方向に散らばって首を落としていけば割とすぐに倒せることをありすたちは言わなかった――美藤が上級に挑むにあたって『魔神エンデ』を一人ソロで狩れるようにするため、あえて固まって戦うようにしていたのだ。


「それじゃ、楽しかったよ、美藤ちゃん。また一緒にやろうね」

「はい!」


 すっかりと美鈴に懐いた美藤が満面の笑みで頷く。

 元々人見知りもしないしコミュニケーション能力も高い。美鈴も同様のため、短い時間ではあるがすっかりと打ち解けられたようだ。


「カナちゃんにもよろしくね」

「あ、はい」


 美藤の姉には結局あの後一度も会っていない。ちなみに美藤には兄もおり、そのどちらも小学校の道場時代には仲良くしていただけに、どこかで久しぶりに話したいとは美鈴も思っていたのだが、おそらく今日のところは遠慮したのだろうと納得する。

 ちなみに、姉と兄の名前は和芽かなめ真人まなとという。年子で大体二人セットだったので、愛称は『カナマナ』だ。

 と、そこでようやく美鈴は美藤の名前を知らないことに思い至った。


「あれ? そういえば美藤ちゃんって下の名前なんていうの? 『美藤ちゃん』だとカナマナちゃんと被っちゃうね」

「え……うー……み、美藤ちゃんでいいですよ……」


 言い淀む美藤に訝し気な表情を浮かべる美鈴だったが、


「……ミドーの名前は、『美々香みみこ』。綽名は『ミミック』……」

「ぎゃー! 恋墨ちゃん何で綽名まで言っちゃうのー!?」


 あっさりとありすが彼女の本名、ついでに綽名をばらす。

 美藤――美々香が慌ててありすの口を塞ごうとするが、既に言ってしまった後では遅い。


「お、おう……んじゃ、みーちゃんでいい?」


 上手いフォローの言葉が思い浮かばず、とりあえず聞かなかったことにして話を進める美鈴。


「……は、はい」


 美鈴の提案した呼び名に、ちょっとだけ顔を赤らめて頷く美々香。

 美々香の表情に対して、不審そうにありすが覗き込む。


「……んー?」

「な、何でもないよ! つか、覚えてろよ、恋墨ちゃん!」

「んー」


 知らないもーん、と言わんばかりに余裕の表情でありすは返す。

 言葉とは裏腹に特に険悪な空気が漂っているわけではない。ただのじゃれ合いだろう、と美鈴は安堵する。

 ……ありすが、同い年の少女と仲良くじゃれ合っているのを見て微笑ましくも少しだけ複雑な思いがあった。


「じゃ、そろそろ。お邪魔しました!」

「ん。お邪魔しました……」

「うん。今日はありがとう、二人とも!」


 そして二人は美藤家を後に――しようとし、ありすが振り返り美藤に近づくと、


「……シャルロットにもよろしく」


 とひそひそ声で耳打ちする。

 ぎくり、と身を強張らせる美々香だったが、観念したように苦笑いする。


「あはは……やっぱわかっちゃったか」

「ん」


 初対面のはずの姉・和芽の不自然な態度――あのやたらとありすを警戒しておどおどびくびくしていた少女の姿が、シャルロットと妙に被ったので気が付いたのだ。

 もちろん言いふらすつもりなどないが……気づいたことは一応伝えておいた方がいいかな、とありすなりの気遣いである。

 それが何の意味になるのかはともかくとして。


「ありす?」

「ん、今行く」


 ひそひそ声で何か会話していることはわかるが、内容については深く詮索しない。

 もう一度二人は美々香へと手を振って、今度こそ美藤家を後にするのであった。




*  *  *  *  *




 少し時間は早いが、私は桜邸から恋墨家へと帰路に着いていた。

 桃香は名残惜しそうにしていたが、あまり遅くなると今度は私を送ってくれるあやめに悪い。本人は気にしないでも結構です、と言っていたが暗くなる前には帰った方がいいに決まっている。

 というわけで、私はあやめに抱かれながら帰り道を行く――まぁ自分で歩いているわけじゃないけど。

 今日はあやめは原付を使わず、徒歩で私を送ってくれるようだ。怖い思いをする必要はないが、そこそこ距離もあるしあやめに悪い気もするが、本人がどうしてもその方がいいと言い張るので今回は任せることにした。


「……ふぅ」


 歩きながらあやめが息を吐く。

 疲れたのかな? と思ったが、実に満足そうな顔をしている。

 ……君もなのか、あやめ……。


”それにしても、新しい機能かー”


 放置していると段々私を抱きしめる力が強くなってくる気がする。適当な話題を振ってみる。

 新機能とは、先程『運営』から通知のきた『クエストへのプレイヤー参加有無の決定権』のことだ。

 相変わらず詳細な説明がないので正確なところはわからないが、どうも今までのようにクエストに行く時にプレイヤーがいなくてもユニットだけで挑めるようになる機能のことらしい。

 例えば、アリスだけでクエストに行ったりすることも出来るようになる。


「……気になりますか?」


 私の呟きにあやめが反応してくれる。それに伴い、ちょっとだけ腕の力が緩む。


”うーん……まぁ、ちょっとだけね”


 プレイヤーに対してはメリットとデメリットの両方が存在する機能だ。

 メリットは、言うまでもなくクエストに行かないのだからモンスターに襲われる心配はなくなる。つまり、対戦でダイレクトアタックをしなければプレイヤーがゲームオーバーとなる可能性がぐっと低くなることだ。

 デメリットについては説明がないので本当にあるのかどうかはわからないけど……。まぁわかる範囲では、まずプレイヤーが一緒にクエストに行かないことでユニットの回復や索敵等が大分不便になる。回復に関してはアイテムホルダーにある分以上はできなくなるし、レーダーも『共有機能』こそあるものの、ユニット自身がレーダーを持つことは出来ない。なので、プレイヤーがいない場合はレーダーなしでモンスターと戦わなければならなくなる。後は体力ゲージがゼロになった場合についてだ。リスポーンできなくなるので、一発退場となるかもしれないし、クエスト失敗になるだけで終わるのかもしれない。ここが一番不安なところなのだが、わからなかった。

 気になることは気になるけど、対戦機能の実装みたいな『知らないと致命的』なものではないとは思う。


”あやめにとってはちょっと危ない機能かもしれないと思ってさ”

「私、ですか……? ……ああ、確かにそうかもしれませんね」


 マサ何とかが自分はクエストに参加せず、今まで一度も成長させていないあやめをクエストに放り込む、ということを心配している。

 まぁそんなことをする理由が全くないんだけど……あやめに恨まれていることを自覚して、彼女を排除したいと思うのであればクラウザーがヴィヴィアンにやったようにユニット解除をすれば済むだけの話だ。わざわざクエストに放り込むなんて手間をかける必要はない。が、絶対にやらないという保証もない。

 正直、マサ何とかについては何をするのか、何をしたいのかが全く読めない。今のクラウザーみたいに潜伏しつつ力を蓄えているようなのも不安なのだが、彼の場合はそれはそれでわかりやすいと言える。目的が割とはっきりしているからだ。何がしたいのかわからないマサ何とかは、あやめのことを抜きにしてもちょっと警戒対象だ。警戒したって別に何もできないんだけどさ。

 反対にトンコツについてはヴィヴィアンの一件もあって割と信用できると思っている。彼のフレンドについては全くわからない状態なので、まだ油断ならないとは思っているが……。


「――なるようになるでしょう」


 にっこりと微笑みあやめはそう言う。

 ……ま、確かにそうかも。とはいえ、『最悪』の事態だけは避けないといけない。予防できるものは予防するし、最低限心構えだけは作っておかなければならないだろう。それだけでどうにかなるとも限らないのが、この『ゲーム』なんだけどね。


「……あら?」

「ん、鷹月お姉さん……」


 恋墨家までもう少し、と言ったところでありすと出会う。

 彼女の横には――


「……鷹月センパイ」

「……堀之内さん」


 美鈴がいた。

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