第3章23話 ありすと美鈴の本気

「ふ、ふおおおっ! 勝てた! 勝てたよぉっ!」


 『グレイファントム』との戦闘を行うこと、実に三回。

 三回目にしてようやく撃破に成功し、美藤は歓喜の声を上げる。


「おし、やったじゃん!」

「ん。もうちょっとかかるかと思ってたけど、思ったより早かった……」


 美鈴にアドバイスされた通り、美藤はまずは防御と回避に専念してグレイファントムの動きを見極めようとした。

 結果、実はグレイファントムは動きこそ素早いものの、攻撃のパターンは非常に少ないということがわかったのだ。攻撃が多彩に思えたのは、配下の小型モンスターを呼び出すことで手数が多くなっていただけに過ぎない。

 気づいてからは早かった。ありすと美鈴の援護もあったが、何とか自分の力で倒すことに成功した。


「こいつさえ倒せば、後は楽勝かな」


 残りのモンスターにも強力な敵はいるものの、攻撃の苛烈さではグレイファントムよりも劣るものがほとんどだ。多少の時間はかかるとしても、防御に徹して相手の動きを見極めてから攻撃する、というドラゴンハンターの『基本』が出来上がってしまえばそう苦労する相手でもない。

 ただ、ドラゴンハンターの装備は倒したモンスターの素材を使って強化していくため、ある程度は素材集めを行わなければ攻撃力・防御力不足になってしまうのだが。


「ん、じゃあグレイファントム狩って装備作ったら、先進もう」

「うん!」


 今後の攻略用装備はグレイファントム素材で作れるもので十分だ。

 三人は再度グレイファントムを倒すクエストへと挑んでいく……。




「ねーねー、美鈴さんと恋墨ちゃんの『本気』ってどんなもんなの?」


 4回程グレイファントムを狩り、残りはレア素材さえ出れば一式装備は完成、というところで美藤が唐突に尋ねる。

 何度も倒しているため大分慣れてきており、もう二人の助けがなくても一人で余裕で倒せるようになってきた。そうなると、サポートに徹してくれている二人が本当はどのくらいの腕前なのか気になってくる。


「お? 本気ガチ装備、いっちゃう?」

「……ん」


 二人も乗り気だ。サポートすることでフラストレーションが溜まっていた、というわけではない。単に自分たちの本当の力を見せびらかしたいだけである。

 美藤の要望もあることだし、と二人とも次のクエストは『本気装備』で挑むこととする。


「ありす、どっちやる? いつも通り?」

「ん。本気の本気だから、大剣使う」

「おっけ。んじゃ、あたしもガチで行くわ」


 装備を変えること数分。二人がアバターを変更する。

 ありすの操るアバターは、筋骨隆々の逞しい男性型アバター。ゲーム上でのプレイヤー名は「コータロー」となっている。メイン武器に大剣、サブに大楯という組み合わせだ。このゲームの特性上、遠距離攻撃が出来ないと『詰む』という場面はないものの、あると楽になるケースも多々ある。それを全て捨て去った近距離攻撃特化キャラがありすの『本気』である。

 美鈴の方はというと、ありすとは対極的にほっそりとした女性型アバターである。こちらのプレイヤー名は「ミレイ」、まさかの本名プレイである。装備品もありすとは真逆で、メインに火龍銃を二本、サブに火龍砲という完全に遠距離攻撃特化キャラである。

 どちらも極端な装備をしてはいるが、これはドラゴンハンターのプレイヤーとしては珍しいことではない。セオリーとまでは言えないが、武器の切り替えを『敵との距離』によって行うのではなく、『敵への攻撃タイミング』で行うというやり方はメジャーではある。セオリーとしてはやはり遠近両方とも攻撃できる武器を選ぶことなのだが。


「それじゃ、グレファンタイムアタック、いこっか」

「え!? タイムアタックって……そういうゲームだっけ、これ?」


 美藤の戸惑う声をよそに、三人は再びグレイファントムのクエストへと挑戦し――

 ――わずか2分ほどで片づけたのだった。


「す、すげー……何してるのか全然わからなかったけど、すげー……」


 美藤にとってはまさに『異次元』の戦いであった。

 まずはグレイファントムへとありすが突進、大剣を振り回しつつまるで独楽のように回って周囲の敵を薙ぎ払う。

 大剣は攻撃範囲、威力共に優れているがその大きさ故に攻撃速度が遅い。連続攻撃が始まると段々と勢いがついて早くなっていくのだが、そうなると今度はコンボを途中で止めるのが難しくなりダメージを食らいやすくなってしまうという欠点がある。

 だが、ありすはコンボの切れ目を完全に把握しており、要所要所で大剣を大楯に切り替えてガード。更に大楯の固有モーションである『シールドバッシュ』で相手を弾き、あるいは自分がノックバックして距離を取り、再び大剣へと持ち替えて攻撃を開始……とほぼ途切れなく、ダメージも食らわずに敵を殴り続けることが出来る。

 また、美鈴の方はというと、二丁拳銃を使い絶え間なく弾幕を張って敵を寄せ付けない。そして、グレイファントムが動きを止めたところでより強力な砲撃が行える火龍砲へと持ち替えて痛烈な一撃をお見舞いする――基本遠距離にいるため攻撃は食らわず、また敵のターゲットとなっても簡単に攻撃をかわせるし、ありすがガードに入ることも出来るので全くダメージを食らうことがない。

 完璧なコンビネーションだった。おそらく、どちらか片方だけでも余裕で相手を倒せるはずだが、二人が同時に戦ったら『無敵』なんじゃないかと美藤は思ったほどだ。

 ――美藤が知る由もないが、実際に『ゲーム』でもこの二人が組めば大抵のモンスターは余裕で倒せる。お互いがお互いの強みも弱みも知り尽くしているため、黙っていてもカバーしあえるのだ。やや美鈴の方が全体を見渡せるのでありすのフォローに回ることが多いのも事実だが。


「ん。慣れれば、このくらいいける……」

「まー、流石にコンボ中断で武器切り替えとかはそこそこやりこまないと難しいけどね」


 各武器事の性能やモーションが異なるため、ありすがやったようなコンボの切れ目に武器を変更して隙を無くす、というテクニックは習得に時間を要する。プレイヤーの中には、コンボの切れ目をあえて利用せずに、常に同じ武器一本で戦うというスタイルもある――大剣のような隙の多い武器ではダメージを食らいやすいが、複雑な操作に意識を割く必要もなく一つの武器を習熟しやすいという利点もある。

 どのような戦い方をするかは人それぞれだ。ありすと美鈴は近距離・遠距離特化しつつ武器切り替えを活用するスタイルとしている。


「うーん、あたし、武器何使おうかな……」


 今は練習用ということで初心者向けの『鉄板』装備を選んではいるものの、やはり他の武器も色々と試してみたくなってくる。特に熟練者の二人の動きを見せられた後ならなおさらだ。


「好きなのでいいんじゃない? 結構色々とやってるうちに気が変わったりもするしさ」

「ん……わたしも昔は大剣・大剣装備だったけど、今は変わった……」

「いや……流石にメインとサブで同じ装備はなー」


 武器には炎や氷などのいわゆる『属性』が設定されており、敵にも弱点となる属性がある。異なる属性が弱点となる敵が複数出た場合に備えて、それぞれ属性の違う同じ系統の武器を持っていくというのもテクニックとしてはありなのだが、常に同じ武器を扱うというのは余りない。


「美鈴さんはどうして二丁拳銃なんですか?」


 ありすの方は聞かなくてもわかる。美藤は美鈴へと尋ねてみた。

 まだ出会ったばかりではあるが、何となく性格的にはありすと同様に近距離武器を愛用しそうに思えたのだ。


「いやー、そんな深い理由はないんだけど……。ブレスレットがちょっとあたし的にいまいちだったから、かなぁ……」


 遠距離攻撃が特に好きなわけではないが、使ってみて一番しっくりきたのが二丁拳銃だったというだけの話のようだ。そこから更に火力を求めていったら、サブ武器には火龍砲がぴったりだったというわけだろう。

 特に美鈴は話さなかったものの、ブレスレット=魔法攻撃なのだが、それがあまり『魔法少女っぽくない』という理由もあった。そこは流石に美藤には話せない。


「うーん……ブーメランがあればなぁ……」


 そんなことを美藤はぼやく。

 『ゲーム』において美藤が変身する『ジェーン』の持つ霊装はブーメラン型だ。同じような武器が使えればいい練習にもなったろうが。


「ぶ、ブーメランかぁ……ゲーム的には難しそうね、それは」

「ん」


 実装は不可能ではないだろうが難しいだろう。やるとしたら、使い捨てのアイテムになるだろうか。

 そっかー、とがっくりと肩を落とす美藤だが、『ゲーム』の練習としてモンスターと戦うという目的自体は変わらない。むしろ、やる気はますます湧いてきている。

 敵の動きをしっかりと観察し、隙を見て攻撃を仕掛ける――何も考えずに攻撃していっても返り討ちに遭うだけだということはよく理解できた。

 ドラゴンハンターのテクニックが全て『ゲーム』に適用できるわけではないが、練習にはなりそうだ。


「さて、ちょっと休憩しようか?」


 美鈴がそう提案する。

 普段なら親にゲームをずっとやっているんじゃありません! と怒られる立場だが、今は彼女が最年長者だ。遊ぶために集まっているとは言え、節度は必要だろう。


「「はーい」」


 素直に頷く女子小学生二人。別に疲れてはいないが、同じことばかりしていては飽きてしまう。適度な休憩は必要だ。


「あ、何か飲みます?

 ……まぁ麦茶しかないけど……」


 ありすたちも自前でペットボトルのお茶を買ってきてはいたが、既に飲み終わっている。


「ありがとう。

 そうだ、あたしもおせんべい持ってきてるから、一緒に食べよ」


 流石におやつまでは貰っていられない、と自前で美鈴はお菓子を持ってきている。

 もし食べなかったとしても日持ちのするものならお土産としても問題ないだろうとチョイスした品だったが、麦茶とならば丁度いい。


「それじゃ、ちょっとだけ待っててください!」


 手伝おうか? とは言ったが大丈夫、と美藤が一人で台所へと向かおうとする。

 部屋のドアを勢いよく開けたところで……。


「ひゃわぁっ!?」


 すぐ外にいたらしい人物が急に開いたドアに悲鳴を上げる。


「……何やってんの、カナ姉ちゃん……?」


 そこには美藤とはあまり似ていない、「おっとりとした」という言葉がぴったりの眼鏡をかけた少女がいた。

 姉ちゃん、ということは彼女が美鈴の知る同じ道場だった娘なのだろう。


「ご、ごごごごめん……お友達が来てるのかなって気になって……」


 涙目で慌てふためく姉に、美藤は深くため息を吐く。


「あれー? カナちゃん?」

「ひぇっ!?

 ……ま、まさか美鈴さん!?」


 声をかけられ、部屋の中を見て初めてそこにいるのが美鈴だと気づいたらしい。

 ただでさえあわあわとしていた少女が、更に慌てる。


「やっ……そんな……どうして美鈴さんが……!?」


 慌てながら必死で手櫛で髪を整えようとする。相当慌てているらしい。

 そんな少女の様子を見て美鈴は優しい笑みを浮かべる。


「相変わらずねー、カナちゃんは。

 今日は妹さん――の友達の友達ってことでお邪魔させてもらってるんだ」

「妹の……お友達?」


 美鈴に言われてもう一人いることに気付いたらしい。

 部屋の中に視線を向けてありすがいることに気付き――顔が強張り動きが硬直する。


「ん……お邪魔、してます……」

「あ、あ……は、はい……」


 辛うじて絞り出すように返事をするものの、視線を一切合わせないように逸らしている。


「……んー?」


 その態度に、どこか見覚えがある……とますますありすの方は少女に視線を向けるが……。


「あ、お姉ちゃんがお茶入れてくるね!」


 そう言い残し美藤の代わりに台所へと向かう。

 以前、トンコツとのCOOPを狙うために美藤の家には一度来たことがあったが、その時は彼女はどうしていたか……確か部屋にいたんだったか。顔を合わせるのは今回が初のはずだが……。

 美藤は怪訝そうな表情をするありすに対して苦笑しつつ、


「ご、ごめんね。姉ちゃんの方はちょっと気弱だから……」

「ん……? わたし、いじめっ子じゃない、よ……?」


 フォローになっているようであまりなっていないフォローをする。

 その後、しばらくして三人分の麦茶を淹れて持ってきたが、


「ご、ごごごごごゆっくり……」


 とドアの外から差し出してそのまま自室へと戻ってしまう。


「うーん、カナちゃんとも久しぶりにお話したかったかも」

「あはは……まー、姉ちゃんはドラハンやってないし、今日のところは……」


 残念そうな美鈴と、いまいち納得のいってなさそうなありすであった。

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