第3章21話 ドラハンはえっちな遊びじゃありません

*  *  *  *  *




「なるほど……そんなことがあったのですね……」


 お茶を飲みつつ、お菓子を食べつつ、桃香の部屋でおしゃべりすること一時間ちょい。

 私は桃香――ヴィヴィアンとの最初の対戦前に起こった出来事について色々と話していた。

 ありすとの出会いから、美鈴との出会いと別れ――流石に個々のクエストについて語っていてはきりがないのでそこは省略。

 ……そうそう、あの天空遺跡に現れた氷晶竜、そして紅晶竜と黒晶竜についても話してある。私たちと『ゲーム』クリアを目指す上では、きっといずれ挑むことになるだろう相手だ。私としては出来れば二度と戦いたくない相手なんだけど……。

 私たちの行った様々な冒険に、桃香は目を輝かせて聞き入っている。

 彼女は――うん、クラウザーと共にいた時はそこまでクエストを楽しむ余裕はなかったのだろう。クエストに行ったとしても、クラウザーのことだしジェム稼ぎのために機械的に召喚獣を呼び出して蹂躙させるだけだったに違いない。そのプレイスタイル自体は否定はしないけど……他人に強要していいものではないと思う。やっぱり、ゲームは楽しくなければやる意味がない。


”そういえば、桃香はあの時どうしてたの?”


 『あの時』とは、現実世界に侵蝕してきた謎のモンスター、アラクニド戦の時のことだ。

 ありすの言うことには、あの時は学校中にアラクニドの配下である子蜘蛛が現れて生徒を襲っていたという。桃香もその時は既にユニットとなっていたわけだし、見ていなかったということはないと思うのだが……。


「……その時は……わたくし、その『蜘蛛』とやらを見ておりませんの……」


 嘘……ではないと思う。

 うしろめたさから嘘を吐く可能性はないことはないけど、桃香の態度からしてそれはなさそうに私は思う。まぁ仮に見えていたとしてもクラウザーが戦わせるかどうかは疑問が残るが。

 だとすると、なぜありすには子蜘蛛が見えて桃香には見えなかったのか、という謎が出てくる。

 ありすと桃香の違いは……うーん、私、なのかなぁ? でも、イレギュラーなのがモンスター発見とどう繋がってくるのか。むしろ、私が絡んでいる方が『見えない』ということが起きそうだ。他プレイヤーのユニットの子が見えているという前提が必要になってくるけど。

 ……まさか、私の方ではなくありすの方に原因があるのか? 考えても答えは出てこないが……。


”まぁ、それはいいや。考えたってわからないしね”

「はぁ……で、でも良かったですわ。そんなもの見えてたら、わたくし……」


 と、ぶるっと身を震わせる。どうやら桃香はありすと違って虫は苦手なようだ。何か久しぶりに普通の女子っぽい反応を見た気がして新鮮だ。

 それはともかく、アラクニドの蜘蛛が現実世界に現れても見えないというのは桃香には責任はもちろんない。責めるつもりも毛頭ない。全部あのクソゲーが悪い。そういうことにしておこう。


「ふと気になったのですが」


 今まで黙って話を横で聞いていたあやめが口を挟む。


”何だい?”

「……その、堀之内という娘、もしかして金髪のハーフの子でしょうか?」


 おっと、意外なところに食いついてきた。

 話の流れには関係ないから端折ってたけど、そう尋ねてくるということは、あやめは美鈴のことを知っているのだろう。


”そうだよ。あれ、結構有名人?”


 私はあまり外を出歩かないのでよくわからないが、この辺りでは目立つ見た目であろうことは想像に難くない。

 同じハーフでも、ありすはほぼこの国の人だし目立ちはしないだろうが。


「ああ、やはり。その娘、知っていますよ」

”おや、そうなんだ”

「はい。『剣心会』――桃園の道場に通っていた子ですね。目立つ子なのでよく覚えています」


 話を聞くと、七燿桃園の敷地内で行われている剣道道場――その名を『剣心会』という――に美鈴は小学校のころ通っていたらしい。そういえば美鈴は剣道部だったっけ。小学校からやっていたからそのまま中学でも剣道部に入ったのかな。

 そして、あやめはというと、やはりその道場に通っていたようだ。『剣心会』は小学生以下向けとは言っているものの、大人の部もちゃんとある。中学以降はあやめはそちらに参加しているとのことだ。まぁ大人の部と言っても、時間の都合で小学生以下の部が終わってから基本開催されるので、あやめの場合は小学生以下の部の講師相手に主に練習をしているらしいが。他にも、OBOGで何人か参加している子もいるという。

 そういえばあやめの正確な年齢って幾つなんだろう?


「私ですか? 今17歳――高校三年生になります」


 なるほど。クールで大人びているとは思っていたけど、実際に思ったよりも年上だった。

 高校三年ということは、年が明けたら大学の入試かな? 車の免許は……18歳にならないとダメなんだっけ。補足しておくと、バイク――というか原付の免許は持っている。以前、クラウザー戦の時に送り迎えしてくれた時には、原付に乗って移動したのだった――私は荷物扱いされてちょっと怖い目にあったが。


”おや、じゃあ今受験勉強とか忙しいんじゃない?”


 もう10月だ。三年生なら部活も引退済み、受験一直線の時期じゃないだろうか。

 私の疑問に微笑んであやめは答える。


「問題ありません。既に推薦で決まっていますので」

”へぇ? もう決まったんだ”


 10月とか11月には推薦入試の結果って出るんだっけか。私は普通に受験した方なので記憶も朧だけど……って、よく考えたら私の知る日本ではないのだから、そのあたりの事情も違うのかもしれない。

 まぁ何にしても進路がもう決まっているというのは安心できることだ。あやめは成績良さそうだし、普通に受験しても受かりそうな感じはするけど。


「そ、それで! あの、その美鈴さんという方と今日はデートをしているんですよね!?」


 相変わらず食いついてくるなぁ……。


”そうだよ。と言っても、ドラハンしてるだけだけどね”


 天地がひっくり返っても、この脳みそが濁ったピンク色に染まったお嬢様の考えるような展開は起こるまい。

 それに、今日は美藤嬢もいるということだ。絶対にありえない。


「……ドラハン? って何ですの? えっちなことじゃありませんの?」


 ……本当に脳みそが濁ったピンク一色だな!!

 桃香に対する認識を大きく変える必要がある。


”なんでそうなるのさ……ゲームだよ、普通の携帯ゲーム機でやれるゲーム”


 頭の中に変な妄想の源泉となる知識はあるのに、世間一般の知識はないのか……こういうところは絵に描いたようなお嬢様っぷりなんだけどなぁ……。

 簡単にドラハン――『ドラゴンハンター』について説明する。まぁ私もありすがやっているのを横で見ているだけなのでそこまで詳しくはないんだけど。

 説明を受けた桃香の顔が理解の色を示し、やがてぱぁっと輝くように笑う。


「つまり――わたくしが今日置いてきぼりにされたのは、『ドラハン』をやっていないから、ということですのね!」

”うん、まぁ、そうなるね”


 多分。美藤嬢とだけ会うなら桃香も普通に誘うだろう。

 ……あー、いや、美鈴と会うのであればどうだろう……? ありす、美鈴大好きっ子だからなぁ……。うん、あれはあれで桃香のことを言えない気がしてきた。


「ラビ様、申し訳ありませんが、しばしお待ちを!」


 と言って桃香は部屋を飛び出していく。


「……おそらく、若様へとおねだりしに行ったのでしょうねぇ……」


 若様というのは、桃香の兄のことだ。

 前にちょっと話を聞いたことがあるけど、確か今年だか去年だかに大学を卒業して今は普通に会社勤めをしているはずだ。桜の家の跡継ぎだとか聞いたけど、家業とかどうなってるんだろう……? 他人の家のことなので深く聞くつもりはないけど。今日は日曜なので、お兄さんは仕事休みで普通に家にいるらしい。

 ……それにしても、ほぼ新卒社会人の兄にねだりに行くとか、桃香は中々にえぐいな。


「ま、若様は桃香のことを溺愛しているので問題ないでしょう」


 他人の財布のことなど知らん、とばかりにあやめはクールに言う。

 ここで両親ではなく兄にねだりに行くというのを見る限り、どうやらご両親は無条件に桃香を甘やかしているわけではないようだ。まぁ、兄が台無しにしているんだけど――そうか、桃香の『甘ったれ』癖の元凶の一人か。

 あやめはため息をつく。


”……どうしたの? 桃香にゲーム進めるの拙かった?”


 彼女は桃香のお世話係だ。ちょっと思うところがあるのかもしれない。


「いえ、別にゲームをするのは構いません……というか、私はお世話係ではありますが、教育係ではないのでそのあたりは度が過ぎなければ口を出しません」

”あ、そうなんだ”


 じゃあなんでちょっと憂鬱そうなため息をつくんだろう。


「……その、もしかしたらお気づきになられているかもしれませんが――あの子はのです」

”ああ、そうみたいだね”


 実際に『運のいい』ところを実感したことはないが、日々の雑談の中で何となくそれはわかっている。ありすからもちらっと聞いた覚えがあるかな。

 それに、彼女の『ゲーム』内におけるギフトもそのような効果だと認識している。あれも謎がいっぱい残っているけど……。

 で、その運の良さがなぜため息の理由となるのか。


「その――ドラハンのようなゲームだと、いわゆる『レアアイテム』が必要になりますよね?」

”うん……多分ね”


 ありすがプレイしていて、モンスターを倒したというのに不満げに舌打ちする姿を見た覚えがある。

 不満なのはいいけど、舌打ちはやめなさい、と叱ったこともある――まぁそれは今はいいか。

 その原因は、お目当てのレアアイテムが出ないから、だろう。

 そこでもう一度あやめはため息。


「……桃香がやると、レアアイテムをガンガン引き当てます……」

”あ、あぁ……そういうこと……”


 運が良すぎて、低確率のドロップアイテムでも難なく引けてしまうということだろう。

 ……いわゆるガチャゲーとかやらせてみたら、無課金なのに最高レアを揃えてしまうとかやりかねない。


「なので、その……桃香とそういう『運』で差がつくゲームをやると、控えめに言って……ぶっ殺してやりたくなります」

”うぉい……”


 この子もこの子で、時たまとんでもない発言するよね。マサ何とかに関してはもっと言ってもいいけど。

 しかし、そうか。運が良すぎてイラっとくることはありうるか。麻雀とか絶対に一緒にやりたくないタイプだ。きっと開幕天和テンホーとか役満連発しそうだ。


「お、お姉ちゃん……桃香、何か悪いことした……?」


 と、戻ってきた桃香が部屋のドアからこちらを涙目で見つつ、ぷるぷると震えている。言葉遣いもなんちゃってお嬢様言葉じゃなくってる。

 いかん、最後のところだけ聞いていたっぽい。




 その後、必死に桃香を私とあやめで宥めるのであった……。

 迂闊なことは言うもんじゃないね、ほんと……。

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