第3章20話 すず姉といっしょ!

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 桃香たちと別れて五分後、最初にありすの元へと現れたのは美藤であった。


「おーっす、恋墨ちゃん」


 いつも通りの快活な笑顔でありすへと呼びかける。


「ん、ミドー。おっす」


 こちらもいつも通りの表情で返す。

 今日の待ち合わせは、美藤とである。


「あれ? 恋墨ちゃん一人? もう一人いるって言ってなかったっけ?」

「そろそろ来る……と思う」

「そっか。

 ……うー、緊張するなぁ……ってか、本当にあたしも一緒で良かったの?」


 少しだけ不安そうに問いかける美藤に、ありすはこくりと頷く。


「ん……そもそも、今日はミドーの『特訓』する日だから……ミドーがいなくちゃ話にならない」

「そ、そうでした……」


 今日ありすと美藤が集まったのは他でもない。ヴィヴィアン救出作戦の最中に話題にでた、美藤の『特訓』が目的である。

 特訓と言ってもやることは『ゲーム』ではない。現実世界にある方のゲーム――ドラハンこと『ドラゴンハンター』である。要は、ありすと美藤でドラハンを協力プレイして進めようというだけの話だ。

 そして、その協力プレイにおいて更なる『助っ人』をありすは呼んでいる。美藤とは初対面のため緊張しているのだろう――美藤が緊張する相手とは……。


「あ、いた。

 おーい、ありす! 遅れてごめんね」

「ん!」

「え……えぇ!?」


 ありすは珍しく嬉しそうな笑顔を浮かべ、美藤は想像していなかったのか相手を見て驚きの声を上げ、それぞれ反応する。

 そこにいたのは、目にも鮮やかな金髪の少女――堀之内美鈴であった。


「すず姉!」

「うおっと」


 いつかの時のように美鈴へと突進、勢いそのままに抱き着くありす。

 以前にも同じことがあったので今度はちゃんと受け止め、頭突きをかわす美鈴。


「んー! すず姉!」

「もぅ、甘えん坊さんだなぁ、ありす」


 抱き着いてそのまま胸――というか腹に顔をうずめて、まるで小動物のようにありすはすりすりと体を擦り付ける。実に幸せそうな、満足気な表情である。

 一方で美鈴もありすを抱き返し、苦笑いを浮かべている。だが、決して嫌そうではない。

 二人が直接顔を合わせるのは二週間ぶり……あのテュランスネイル戦の翌日、実畑中学へとありすがありすが直接赴いた時以来である。ドラハンを通信越しで協力プレイはしていたものの、やはりお互いに直接顔を合わせられることが嬉しいのだろう。


「……ほわー……」


 美藤は完全に置いてきぼりにされている。

 彼女としては、無邪気に笑い、相手に抱き着いて甘えるありすの姿など見たこともなかっただろう。あまりにレアすぎて現実の光景かどうか疑わしいとさえ思っている。

 更に現れたのが金髪の年上の女性――美藤の感覚では間違いなく超が付くほどの『美少女』である。こちらも現実離れした相手だ。ますます夢なんじゃないかと思えてくる。


「んん……ほら、ありす、お友達がいるんでしょ?」


 自分たちを見つめて戸惑っている美藤に気付き、流石に照れ臭そうにありすを促すが、


「んー、もうちょっとー。すず姉分を補給するー」

「えぇ……?」

「んー……いい匂い……」


 その後も、しばらくの間ありすは美鈴に抱き着き、十分に堪能するのであった……。




「ごめんね、変なところ見せちゃって」


 七燿桃園門前から移動をしている最中、恥ずかしそうに美鈴が苦笑いしつつ美藤に言う。

 目的地は美藤の家だ。


「あ、いえ……」


 尚も戸惑う美藤。ありすのあんな姿を見たこともそうだし、今日一緒に遊ぶ相手が年上の綺麗なお姉さんであることに戸惑っているのだ。


(うわー、すごい綺麗な人だなぁ……それに、いい匂いがする……恋墨ちゃんが惚れ込むのもわかるわー)


 説明不能な謎の魅了チャーム持ちは幼馴染の桃香で慣れてはいると思っていたが、美鈴もまたその類の謎の魔力を持っているのではないか、と美藤は思う。


「おっと、そういえば自己紹介してなかった。

 あたしは堀之内美鈴ミレイ。ありすと一緒で、『みすず』って呼んでくれていいよ。実畑中の二年ね。

 ……こんなナリしてるけど、ハーフだからね。ヤンキーとかじゃないからね?」


 特に後者については言っておくのを忘れない。今まで嫌な目に遭ったのであろうか。

 美鈴の自己紹介を受けて、はっと美藤も我に返る。


「あ、あたしは美藤です! 恋墨ちゃんのクラスメートです!」


 慌てて自己紹介するも、声が上擦っている。その上、下の名前を言うのを忘れている。

 『美藤』の名を聞いて美鈴が怪訝そうな顔をする。


「ん? 『みどう』……?

 あれ、もしかして今中二のお兄ちゃんと中一のお姉ちゃんがいる? 剣道やってた」

「あ、はい。確かに姉がいますけど……」


 美藤には言葉通り、上の兄弟がいる。男女の年子である。

 その言葉を聞いて美鈴が笑顔を浮かべる。


「おー、あの子らの妹か。そういえばいるって言ってたような覚えがあるわ」

「……あの、二人を知ってるんですか?」


 小学校は同じだが、中学校は違う。美藤家の位置は、小学校は辛うじて桃園台南小学校なのだが、中学校は実畑中学校ではない別の中学なのだ。

 美鈴が知っている程目立つ存在ではない……と妹としては思うのだが。


「ああ、二人とも桃園の道場に通ってたでしょ? あたしも通ってたからね」

「あ、そういうことですか」


 美藤は得心する。

 桃園の道場とは、七燿桃園の敷地内にある体育館――というよりは武道場にて開催されている武道教室のことである。小学生以下を対象にした教室で、剣道、柔道、空手のコースがそれぞれ開催されている。

 美鈴はかつてはその道場の剣道教室に通っていたのだ。美藤の上の兄弟もそこに通っていたため、知っていたのだろう。

 ちなみに、ありすが以前『ゲーム』のために武道を学ぼうか迷っていたが、もし習うのであれば美鈴たちが通っていた道場に通うことになるだろう。


「うーん、でもいいのかな……? あたしが美藤ちゃんの家にお邪魔しても……」


 兄と姉の方は知っているとはいえ、今も付き合いがあるわけではない。流石に初対面の小学生の家に遊びにいく中学生ってのはどうなんだろう、親とかに何か言われないかと不安に思う。まぁ、道場に通っていた関係で、美藤家の親のことは知ってはいるのだが……。

 不安そうな美鈴に美藤は笑って答える。


「問題なしです! 問題あってもあたしが何とかします!」

「いや、そんな無理しなくても……」

「全然無理なんかじゃありません! 美鈴さんは気にしないでください!」


 物凄い勢いで言う美藤に、美鈴もちょっと気圧されてしまう。

 ……まぁ何か言われたら大人しく退散しよう、と自分を納得させる。

 幸い今日は天気も良く――木曜日に来ていた台風も特に大過なく過ぎ去り、外で過ごすのもいいだろう。


「んー……お話、終わった?」

「お、おう、ありす。放っておいてごめんね」

「んーん、別にいい」


 今までありすは何をしていたかと言うと、ひたすら美鈴の腕にぎゅっと抱き着いていた。

 歩きにくいなぁと思いつつ、無邪気に懐くありすのことを可愛いなぁとも思う美鈴でなのあった。

 ラビが見たら、『何やってんの、君たち……』と呆れそうな光景の中、三人は美藤家へと向かう……。

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