第3章2節 竜を狩るもの
第3章19話 ダブルデート
「明日、デートだから午後はクエストなし、ね」
ありすがそう言った瞬間、まるで世界の終わりを迎えたような表情を桃香はした。
……人間って、ここまで絶望できるんだなぁとそんなことを考える。お茶が美味しい――いや、まぁマイルームでお茶飲む機能なんてないけど。
「……誰と?」
と、一瞬で真顔に戻り、いつものなんちゃってお嬢様言葉も忘れて桃香は問う。
うん、見た目だけはちょっと落ち着いているんだけど、もうちょっと落ち着こうか。
問われたありすの方はいつも通りのぼんやり顔で、
「んー……ないしょ」
とはぐらかす。
……うわぁ、表情は一切変わっていないのに、握りしめた拳が痛々しいくらいだ。爪が食い込んで血が出ちゃうんじゃないかと心配するくらい。
――場所はマイルーム内、時は土曜日。キング・アーサーを倒した週の週末である。
クエストも一通り終わりそろそろ解散しようかというところで、変身を解除しておしゃべりをしていたところだ。
マイルームの内装もちょっと前までは殺風景なものだったが、今はそうでもない。壁紙とかはまだ手付かずだが、ゆったりと座れるソファにテーブルが設置されている。後は今出現しているクエストの内容が見れる『クエストボード』があるくらいなので、まだまだ改良の余地はあるのだけど。ただ、マイルームに設置する家具はショップでジェムと引き換えなので、そんなにすぐには揃えられない。ありすにも揃える気は全くなさそうだ。
そんなまだまだ寂しいマイルームにて色々と喋っていたわけだが、明日の日曜にはどうしようかと話題が移ったところでのありすの爆弾発言である。
ま、相手はわかってるんだけど。面白いからもう少し黙っていよう。
「……っ」
何か言おうとするが言葉が出ず、桃香は黙り込む。
それにしても……どうしてこう……桃香はありすにこんなに入れ込んでいるんだろ。ちょっと怖いくらいだ。
「ふ、ふーん! いいんじゃないですか、デート!」
沈黙の末出てきた言葉がこれである。完全に拗ねている。
ありすも生温い笑顔で返す。
「ん……拗ねてる?」
「す、拗ねてなんてませんわ!」
めっちゃ拗ねてる。
「んー」
流石にちょっとだけ困ったような顔をありすがする。
「じゃあ、代わりにラビさん貸してあげる」
”え、ちょっと?”
何でそうなるのかな? というか、私の意思はどうなるのか。お構いなしですかそうですか……。
言われた桃香の方は、ちらっと私の方を見て、もう一度ありすの方を見て……。
「……わかりました。それで手を打ちます」
いいんだ。
というか、私の扱い、ひどくない? まるでペットかぬいぐるみのようだ……いや、概ね間違ってないといえばそうなのかもしれないけど。
「ん。じゃあ、明日デート前に桃香の家にラビさん連れていく」
「はい。お待ちしておりますわ。
……ふーんだ、いいですわ。わたくしはラビ様とデートいたしますので!」
そんなこんなで、ありすの『デート』と、私と桃香の『デート』の日を迎えるのであった。
何だろう……色々とおかしい気がするんだけど、このどうにもならない感……。
* * * * *
翌日、予告通りありすに連れられて桃香の家へ。
七燿桃園の敷地内にまで入るにはちょっと手続きが面倒なので、神道沿いにある正門――警備員もいる若干物々しいゲートで桃香と待ち合わせだ。
まぁ物々しくはあるんだけど、絶好の待ち合わせスポットでもあるらしく、私たち以外にも人待ちらしき人もちらほらと見受けられる。何でも、七燿桃園の敷地内の広場では年に一回夏祭りが開かれるとか、花見の時期に開放されたりとかで割と有名らしい。ランドマークとしては駅を除けば確かにこの辺りじゃ一番わかりやすいかもしれない。
「はい、ラビさん」
まるでぬいぐるみのように桃香に手渡される。いや、まぁ今は人目もあるからぬいぐるみのふりをしているんだけど。
私を受け取ると、もう返さないとばかりにぎゅっと抱きしめる桃香。
……ヤバい、何かすごいいい匂いがする……。
「はい、確かにお預かりいたしましたわ」
「帰りはどうしましょう? 良ければ私が家まで送りますが」
桃香の横にはあやめもいる。
……何かちょっとだけ桃香を羨ましく見ているような気もするが……うん、きっと気のせいだ。
あやめの言葉に桃香がちょっとだけ不機嫌そうになる。
「あやめお姉ちゃん、余計なことは言わなくていいの!」
そうだね、帰りにありすが寄って行けば会えるもんね。
そんな桃香の内心等知ることもなく、あっさりとありすは頷く。
「ん……鷹月お姉さん、お願いします」
「そんな!?」
どうせ帰る時間はそんなに遅くはならないだろうとは知っているが、まぁ確かに『目的地』とありすの家は距離がある。七燿桃園の門まで迎えに来るのも面倒だろう。
ありすの私に対する扱いが何か段々ぞんざいになっているのは――気のせいじゃないかもしれないなぁ。悲しいなぁ。遠慮が無くなってきたと言えばそうなんだけど。
そんなこんなで、あやめに私は送り届けて貰えることとなった。まぁ私一人で帰ること自体は別に危険も何もないのだが、とにかく私の体格では距離があるため時間がかかって仕方ない。あやめには悪いけど、私的には送ってもらえる方が楽でいい。大体18時までに恋墨家に着くようにしてもらった。ちなみにありすの方は10月からは門限は17時と一応している。まぁ多少オーバーしたところで問題はない。
『”ありす、いってらっしゃい。車とかには気を付けてね。後……「彼女」によろしく――は言えないか”』
他に人目があるため迂闊には喋れない。遠隔通話を使って語り掛ける。
ありすは言葉では答えず、桃香に抱かれた私の頭をそっと撫でて応える。
「それでは、お嬢、屋敷に戻りましょう」
「ええ……ありすさん、それでは」
「ん。トーカ、鷹月お姉さん、ばいばい」
そして、私は桃香たちに連れられて七燿桃園の敷地内――以前に何度か言ったこともあるが、桜邸へと向かうことに。
ありすはそのまま七燿桃園の門の前で『彼女』と待ち合わせだ。
……それにしても、ありすが『ゲーム』をやり放題な日曜の午後を潰しても問題ないと考えるほどか。私が思っていた以上に、『彼女』はありすにとって大きな存在になっていたんだなぁ、と今更ながら思う。
色々と事情を知っている私としては、喜ばしいことだとは思うんだけどね。
さて、桃香に連れられて桜邸、その中にある桃香の部屋へとやってきたわけだが……。
「まずはお茶でもどうぞ」
”ありがとう、あやめ。いただくよ”
特に何をするでもなくまったりムードとなっている。
桃香は相変わらずたまにちょっと不機嫌そうになって――ありすのことを思っているのだろう――その後に私をぎゅっと抱きしめて嬉しそうにしている。
あやめの方はというと、クールな表情を全く変えずに私たちにお茶とお菓子を用意した後は、黙って控えている。
”あやめは自分の部屋に戻ったりしないの?”
「いえ、お嬢のお世話が私の仕事ですので。
――お邪魔であれば引っ込みますが」
”あ、いや、そういうわけじゃないよ。やりたいこととかないのかなって”
余計なお世話だったかもしれない。
すっかりと忘れていたが、あやめは桃香のお世話係なのだ。特に命じられなければ常に桃香の傍に控えているのが普通なのだろう。
……ん? いや、そういう人って、部屋の外とかで控えているもんなのか? 見たことないからわからないけど……。
「ラビ様……そのぅ……」
ためらいがちな桃香の言葉。何を問いたいのかは、まぁ何となくわかるけど。
「ありすさんがデートって……いいんでしょうか……?」
”んー? まぁ悪いことをしてるわけじゃないからいいんじゃないかな”
実際悪いことをしにいくわけではないし。
ただし、相手にはよる。今回はありすが桃香に対してちょっとからかうように『デート』と言っているだけで、相手は女の子だ。これで相手が男だったら、流石に私も見過ごせない――過保護、かなぁ? 親でもないのに余計なお世話だろうか。
私の返しに桃香が更に深く沈んだ表情をする。
「うぅ……そんな……ありすさんが……クラスでも全然そんな気配なかったのに……」
……うーん、そろそろ可哀想になってきた。ネタ晴らししちゃってもいいかな。特にありすに口止めされているわけでもないし。
私がありすの『デート』相手について話そうとした時、桃香が言う。
「お、男の人となんて不健全ですわ! 女の子は女の子同士で恋愛すべきですわ!!」
――おまえはなにをいっているんだ?
”おまえはなにをいっているんだ?”
あ、思わず思うだけでなく口に出してしまった。
桃香の意味不明な発言に戸惑い、あやめの方を見ると……実に涼しい顔でお茶をすすっている。
私の視線を受けても平然としている。まるで、「どーせすぐに飽きますよ」と言わんばかりだ。
う、うーむ……言っていることは全く以て不健全そのものなんだけど、個人の性癖だし……それに、子供にありがちな「私の友達は私だけの友達」なノリの延長のような気もするし……。
――よし、聞かなかったことにしよう。
”あー、桃香? 一応言っておくけど、ありすは今日別に男の子とデートしているわけじゃないからね?”
「……相手が女の子であれば、それはそれで――」
もー、めんどくさい子だなー。
”今日ありすが会っているのは――”
言いかけて、そういえば桃香たちには『彼女』のことを話したことがなかったと思い出す。
うん、ちょうどいい機会だ。桃香には私たちの最終目的が『ゲーム』のクリアであることは話してあるが、桃香をユニットにする前のことはそんなに話していない。
今日はおしゃべりしつつ、以前のことを彼女たちにも話してみよう。
特に、ありすが『ゲーム』クリアを目指すきっかけとなった『彼女』のことを――
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