第2章37話 後始末 ~取引完了
『彼女』――ヴィヴィアンについての話のエピローグについて語ろう。
* * * * *
クラウザーとの戦い、そしてヴィヴィアンが私のユニットとなった翌日の土曜日。ありすたちが学校を終えて帰宅した後――
”で、結局どうなったんだ?”
私たちはトンコツからの対戦依頼を受けていた。
やはりというか、最終決戦の地となった地獄フィールドには《アルゴス》はなかったようで、どのような顛末を迎えたのかは確認出来ていなかったらしい。
尤も、美藤嬢に限ってはその日のうちにありすが電話して『解決した』と伝えたし、午前中に学校で話しただろうから知ってはいるみたいだが。
まぁ一応トンコツからの依頼でクラウザーと戦ってたわけだし、顛末の報告くらいはしておくべきだろう。
「あー、すまん、とどめは刺せなかった」
全く悪いと思っていないのだろうアリスのあっさりとした言葉に、トンコツは小さくため息を吐く。
……いや、まさか対戦から離脱する何ていうチートまでしてくるとは思っていなかったんだけどね。
”まぁ……それでも勝つには勝ったというところか”
トンコツがアリスの背後に控えるヴィヴィアンを見てそう言う。
流石にヴィヴィアンがクラウザーから私のユニットになっているところまでは想像していなかっただろう、最初に対戦フィールドに来た時は驚いた様子だった。
”色々あってね……”
言い訳ではないが、トンコツたちが見ていなかった最後の対戦について私から説明する。
クラウザーがユニット同様の魔法を扱うことが出来ること、対戦から離脱する能力を持っていること――そして、彼が私たちに対して強烈な敵意を持ったまま逃走したこと。後は最後に戦った《アングルボザ》がモンスター図鑑に登録されたことについても。
”ふぅ、大体わかった。
……『取引』自体はまぁ未達ではあるが、当分クラウザーは大人しくしているだろう。それだけでも良しとしておこう”
クラウザーの手持ちのジェムがどれくらいあったのかはわからないが、50万ジェムからマイナスになったのだ。前日にはヴィヴィアンのステータス強化のためにそれなりにジェムを使っただろうし、40万くらいはマイナスになっているのではないかと私は思う。
この借金が返し終わるまでクラウザーは動きたくても動けないはずだ。ましてやヴィヴィアンをユニットから解除してしまったため、また最初からやり直す羽目になっている。どれくらい時間はかかるかわからないけど、かなりの長期間は自由に動けないと思う。
……このまま『詰み』になってクラウザーがリタイアとなる可能性もゼロではないけど……最後のあの様子から、執念で復活してくるんじゃないかと思える。
厄介な奴に目をつけられたもんだ……でも考えようによっては、クラウザーは優先的に私たちを狙うだろうし、そうなれば他のプレイヤーは比較的安全になるんじゃないかな。もちろん、私たちを確実に倒すために『修行』をしようとして他のプレイヤーと対戦することはあり得るけど。
”それにしても、やはり『チート』持ちか……しかも逃走用のもあるとは、厄介だな……”
クラウザー自身の戦闘力も厄介と言えばそうなのだが、やはり一番厄介なのは対戦から強制的に離脱することが出来る、という点だろう。何しろ対処法がほぼない。強いて言うなら、クラウザーが逃走する隙を与えずに一気に倒すというくらいだろうか。それもクラウザーがユニット並みに戦える以上そう簡単にいかないのだけど……。
一番恐ろしいのは、今回は無かったようだけど、これから先、ダイレクトアタック不可の設定にしているのに彼が自由に攻撃できるようになることだ。下手をしたら、ダイレクトアタックすら可能にしてしまえるかもしれない――まぁそんな先のありうるかどうかわからないことを今思い悩んでも仕方ないか。
何にしろ、これで一段落はついたと思っていいだろう。
「なーに、また来たらその時はまたぶっ潰せばいいさ」
アリスは楽天的だ。
……まぁ、実際アリスならクラウザーと戦っても勝てるだろう。彼と協力的なユニットがいたとしても、私たちには今度はヴィヴィアンという心強い仲間がいる。
クラウザーが更に強くなる可能性もあるけど、アリスもヴィヴィアンもこれからまだまだ強くなるはずだ。きっと負けはしないだろう。
”そのユニットが使った魔法がモンスター図鑑に登録された件については……正直よくわからん。が、一応覚えておこう”
”うん。もし何かわかったことがあれば教えて欲しい”
結局戦い自体は短時間で問題なく片付いたため特に何事も起こらなかったが、気になる事象ではある。
何かよくないことが起ころうとしてたんじゃないか――今回は未然に防げただけで、本当はもっと危機的な状況だったのではないかとの疑念が拭えない。
トンコツは何もわからないようだが、彼の(暫定)フレンドにも期待したいところだ。フレンドがいることについては触れるつもりはないけど。
「……あの……」
と、私とトンコツの話が途切れたのを機に、遠慮がちにヴィヴィアンが声を出す。
そうだった。折角の機会なのだし、彼女たちで話をしておくべきだろう。
”ヴィヴィアン、いいよ。話してごらん”
相変わらずおどおどとしているのは変わらない。
これが素、というよりは――まぁいいか。私はヴィヴィアンを促す。
私に促され、ヴィヴィアンは一歩前へと出る。
「――この度は、皆さまにはご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。
確かに色々と面倒なことはあったけど……。
「オレが言えたセリフじゃないが――ま、何とかなったんだ。終わり良ければ総て良し、だ!」
「うんうん。……って、まぁアタシ、ほとんど何もしてないけどね」
ヴィヴィアン――桃香嬢と顔見知りの二人は素直に今回の顛末について受け入れている。
うん、まぁアリスの言う通り、終わり良ければ総て良し、だ。
ジェーンは何もしていないとは言うものの、私としては今回の一番の功労者は彼女だと思っている。
例えば、ヴィヴィアンとの最初の対戦でアリスは正体を晒してしまったが、もしジェーンがいなかったとしたら、トンコツは私たちとすぐには接触しなかったのではないかと思う。本人は何も言わないけど、ジェーン――美藤嬢も私と同じ理由でヴィヴィアンの正体がありすと同じクラスメートだと知り、私と同様にトンコツと視界共有して桃香嬢=ヴィヴィアンと判断したのだと思う。トンコツたちがヴィヴィアンの正体を断言した時に私が思った『嘘』とはこのことだ。
それに二回目の対戦の後にCOOP可のクエストで私とトンコツの話し合いの場を設けてくれたのは、ジェーンなくしてありえなかった。あそこでトンコツと話すことが出来なければ、ヴィヴィアン救出作戦は更に遅れていただろう。最悪、ヴィヴィアンがクラウザーに潰されてしまっていた可能性だってある。
だから、ジェーン、そしてトンコツとシャルロットには感謝だ。
”私からもお礼を言いたい。
トンコツたちがいなかったら、ヴィヴィアンを助けることは出来なかったと思う。本当にありがとう”
”……う。ま、まぁ……俺としてはクラウザーを倒してもらいたいだけだったから、そこまでは考えてなかったっつーか……”
照れてる照れてる。
……その後ろでシャロも照れてるし。可愛い。
「さて――それじゃ、いっちょやるか?」
話は終わったとばかりにアリスが『杖』を構える。
え? 対戦するの? ああ、まぁどっちかがダメージを受けておかないと私たちの負けになっちゃうんだっけ。
クラウザーを倒しきれなかった詫びでもないけど、ここは私たちが負けておいてもいいんじゃないかなーとも思うんだけど。
アリスに対してシャロが震えあがる。
「い、いやいや!? 絶対無理ですって!!」
至極真っ当な反応である。防御や回避が優れているとしても、まぁおそらくシャロではアリスには全く対抗できないだろう。
一方でジェーンは割と乗り気に自らの霊装――ブーメランを取り出す。
「アリスとはこないだ戦ったし、アタシ、ヴィヴィアンと戦ってみたい!
……ほら、ヴィヴィアンにも負けるとか言われちゃったし……」
どうやら私の知らないところでありすが美藤嬢に何か言ったらしい。
うーん、でもヴィヴィアンとジェーンかー。前にジェーンと対戦した時はほとんど何もさせないままアリスが勝っちゃったし、実際どの程度の実力なのかはわからないんだよね。興味あると言えば興味ある。
でも、ヴィヴィアンが良しとするか……?
「ふーむ、確かに。
どうする、ヴィヴィアン?」
アリスもジェーンの言葉に乗るらしい。
ヴィヴィアンの方を振り返って尋ねる。
「わたくしは……」
ちょっと悩み、アリスと、そして私の方を確認するように見る。
……ま、向こうがいいならいいか。
”いいよ、ヴィヴィアン。君の好きなようにするといい”
戦いたくないというのならばそれはそれでいいだろう。
けれども、彼女は私の言葉に笑顔を浮かべ頷く。
「はい! それでは、ジェーン様――お相手、よろしくお願いいたしますわ!」
結局こうなるのかよ――とトンコツが小さくぼやくのが聞こえた。
うん、彼女たちはやはり『ゲーム』をゲームとして楽しんでくれるのが一番いいと思う。
――ヴィヴィアンとジェーンの対戦結果については……まぁ、特に明らかにする必要はないだろう。
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