第2章36話 No way out 13. その手をとって
”こ、の……『化物』め……っ!!”
ボロボロになりながらもクラウザーは何とか立ち上がり忌々しそうに――その視線に『恐れ』を含ませながら、ありすへと吐き捨てる。
”ここで、確実に殺す……っ!!”
単なる憎しみだけではない。ここでありすを確実に潰しておかなければ自らにとって最大の障害となるであろうことをクラウザーは認めた。私には目もくれず、その殺意はありすへと向けられている。
ありすは恐れることなくクラウザーの視線を受け止め、それどころか跳ね返す勢いで真っすぐにクラウザーを睨みつけている。
だがこの状況は拙い。クラウザーはまだありすへと攻撃するだけの体力は残っている。一方のありすは『杖』は離れてしまっているし、クラウザーが襲い掛かる方が早く回復と変身の余裕はない。
……ありすがやられれば次は無抵抗な私を倒すだけだ。私だけならボロボロのクラウザーでも何とでも出来るだろう。
「……」
ありすも立ち上がり、今度はアイテムホルダーへと手をかける。流石に『杖』も持ってない状態ではクラウザーと戦うことは出来ないことはわかっているのだろう。
間に合う……か? いや、ダメだ――クラウザーの方がまだ早い!
残った力を振り絞るかのように雄たけびを上げてクラウザーがありすへと飛び掛かる――!
「サモン――《イージスの楯》!!」
と、ありすとクラウザーの間に割り込んだヴィヴィアンが《イージスの楯》を召喚する。
向かう先は――クラウザーの方だ。
”ぐあっ!? ヴィヴィアン、てめぇ……!?”
《イージスの楯》を構えたまま、ありすを背後に庇うようにヴィヴィアンが立ち塞がる。
突進してきたクラウザーは正面から《イージスの楯》にぶつかり、弾かれてしまっている。
全身は痛みか、あるいは恐怖か――おそらくその両方だろう――でまだ震えている。
それでも《イージスの楯》をしっかりと構え、クラウザーからありすを守ろうとして立ち上がっているのだ。
「わたくしは……」
泣きそうな顔になりながら、ヴィヴィアンが背後のありすへと振り返り問いかける。
「――戦えば、本当に救われますか……?」
アリスか、それともクラウザーか。そのどちらでもいいから戦うことでしか救われない、とアリスは言った。
戦って勝ち続けるか、あるいは自らの『使い魔』に意思を貫き通すか。その二択しかないのだ。
「……ん」
短く、ありすは頷くだけだった。
言うべきことは全て言った。後はヴィヴィアンが行動するだけだ。
「……クラウザー様、申し訳ございません」
”……ああ?”
一度、深呼吸をしてヴィヴィアンが続ける。
……体の震えは止まったようだ。
「わたくし、あなた様にはこれ以上は従えません!」
ついに、はっきりとヴィヴィアンは自分の意思を示した。
どれだけ脅されようとも、もはやクラウザーには従わない――そうはっきりと宣言したのだ。
”……くそがっ……!”
苛立たし気に毒づくが、クラウザーにはもはや何もできない。
幾ら彼自身に戦闘力があったとしても、結局はこの『ゲーム』の主体となるのはユニットの方なのだ。そのユニットから離反を宣言されてしまっては……何もできないも同然だ。
このままヴィヴィアンを自分のユニットとしていても、無理やり脅して戦わせることも出来ないし、意にそぐわぬ命令を聞かせることもできまい。
「ふ、ふふっ……でもやっぱり怖いですわ……。
ありす様はよく生身で平気ですわね……」
離反を宣言はしたものの、今までのことがある。そう簡単にクラウザーへの恐怖は消えないのだろう。油断なく《イージスの楯》を構えつつもヴィヴィアンは少し震える声でそう言う。
ありすは立ち上がりキャンディを口にしながら平然と答える。
「ん……テュランスネイルやヴォルガノフに比べたら、全然……」
……流石にあれらとクラウザーを比べるのは酷と言うものだろう。脅威の桁、というか格が違いすぎる。
そういえば、ありすは短時間とは言え、生身でテュランスネイルに立ち向かったことがあったっけ。まぁ確かにあれと比べたら、クラウザーなんて子猫みたいなものかもしれない。
”
二匹のモンスターの名を聞いてクラウザーが驚愕する。
……何だ、その反応は……?
”
……ん? どういうことだろう……? 確かに他のモンスターと比べてありえないレベルで強いモンスターだったとは思うけど……。
聞いても答えまい。というか、今はそれどころじゃない。
”ありす、変身を”
ようやく私の体も動かせるようになってきた。ありすのすぐ側へと寄り、彼女に変身を促す。
ヴィヴィアンがクラウザーから離反したとはいっても、まだクラウザーを倒しきったわけではない。対戦は続いているのだ。
やつを完全に倒さない限り対戦は終わらない。
「ん。
エクストランス!」
まだ魔力は完全に回復してはいないが、それでも魔法を何発かは撃つことが可能だ。
……考えたくはないが、ヴィヴィアンがここで急に裏切ってきた場合でも対応することが出来るだろう。まぁ多分ありえないけど。裏切るなら、最初から《イージスの楯》でありすを庇いはしまい。
「さーて、終わらせるか」
敵は深手を負ったクラウザーのみ。
彼が後どの程度魔法を使えるかはわからないが、私がいる以上アリスはまだまだ全力で戦うことが出来る。そして、全力で戦った場合にクラウザーはアリスには敵わないということは《アングルボザ》戦前の攻防でわかっている。
――今度こそ、終わりだ。
”チッ……ここまでか……”
意外にもクラウザーは暴れることなく大人しくしている。
観念したのかな……?
”ラビ――そしてアリス”
静かな、それでいて奥底に得体のしれない迫力を持った低い声でクラウザーが言う。
”お前たちへの認識を改める。情報不足のイレギュラーなんてちょろい相手だと思ってたが、どうも違うようだ。
――お前らは必ず殺す。オレが、必ずだ!”
攻撃が来る……!?
身構える私たちであったが、その言葉を残してクラウザーの姿がその場から掻き消えてしまう。
姿を消す魔法か? でも魔法を使った気配はないし……。
「……おや、こちらの勝ちみたいだぞ?」
アリスが上空に浮かぶ文字を確認してそう言う。
言われて見てみると、確かにそこに『Winner ラビ』の文字が浮かび上がっていた。
……ああ、もしかしてこれもチートか。対戦で負けそうになったら強制的に離脱して、ダイレクトアタック可能で負けるという最悪の事態を避けるためのものか。
うーん、姑息だが、効果的ではある。これでクラウザーを対戦で負かすのはダイレクトアタックありでもちょっと難しいことになってしまったが。
「……はぁっ」
私たちの勝利が確定したことで緊張の糸が途切れたのか、ヴィヴィアンががくりと膝をつく。
《アングルボザ》と化し、また撃破された時のダメージもあるだろう。それに、今まで恐怖の対象だったクラウザーへと反逆したのだ、精神的な負荷も大きいだろう。
でも、彼女が戦うことを決断し、勇気を振り絞ってクラウザーへと立ち向かってくれたことで、この戦いは無事に終わることができたのだ。
……私たちの当初の目的であったヴィヴィアン救出も果たせた。
「よく戦った、ヴィヴィアン」
膝をつくヴィヴィアンの頭をアリスが労わるように軽く撫でる。
きっと、ヴィヴィアンがクラウザーへと反旗を翻せたのはアリスのおかげだ。……クラウザーよりもアリスの方がよっぽど恐ろしい、という理由もなきにしもあらず、かもだけど。
何の力もないありすの姿のまま、クラウザーへと立ち向かう姿に――『お前なんて怖くない』と言ってのけ、そして生身のままクラウザーと戦う姿が、ヴィヴィアンにクラウザーと立ち向かう勇気を与えたのであろうことは想像に難くない。
……それはそれとして、あんな危険な真似をしたありすには後でお説教だ。
「はい……。ご迷惑をおかけしました……」
さて、ありすの『お願い』のこともある。念のため確認しておくか――と対戦を終える前に私は『ユニット数+1』のユニット捜索モードを切り替える。
……ヴィヴィアンの頭上には、『ユニットとして選択可能』の文字が現れていた。どうやらクラウザーはこれ以上ヴィヴィアンをユニットとして扱うことは無理だと判断し、ユニットを解消したみたいだ。ジュジュとホーリー・ベルの時と同じで、おそらく対戦が終わるまではヴィヴィアンは変身したままなのだろう。
……ちらっ、ちらっとアリスがこちらを見ている。
…………仕方ない。私はこくりと頷く。
私が頷いたのを見て意味を悟ったのだろう、にんまりと笑ってアリスはヴィヴィアンに向き直り言う。
「あー、ところでヴィヴィアン。貴様、このままクラウザーにいいようにやられたままで、悔しくないか?」
アリスの言葉にきょとんとしたヴィヴィアンだが、やがて頷く。
「はい……悔しいです……でも、それ以上にわたくしは自分が情けないです……」
ここで『情けない』という言葉が出てくるあたり、ヴィヴィアン――桃香嬢はただの『甘ったれ』ではないのがわかる。
まぁ彼女を取り巻く環境が普通とはかけ離れているのだし、ありすや美藤嬢の言う通り周りの責任もあるといえばそうなのだけど……それでも、七燿族の一員として、桃香嬢は自身のふがいなさを痛感したようだ。
アリスは更に続ける。
「よし、じゃあ、あいつを一発ブン殴ってやりたくないか?」
「ブン……え?」
想定外の言葉だったか、再度ヴィヴィアンが戸惑う表情を見せる。
……全く。
”ヴィヴィアン、もし君が望むのであれば――私のユニットとなって、一緒に『ゲーム』に挑まないかい?”
――これが、決戦前にありすが私にした『お願い』、その二つ目だ。
私がありすに対して付けた条件は、ヴィヴィアンが――桃香嬢がクラウザーと対決する、離反することを選択し、かつ本人に『ゲーム』を続行する意思があるのであれば、ユニットとする、なのだが……。
「……よろしいのでしょうか……?」
未だ戸惑うヴィヴィアンに、ちょっとだけ呆れた、と言った表情でアリスが返す。
「誘っているのはこっちだぜ」
アリスの言葉にヴィヴィアンが悩むのは、ほんのわずかな時間だった。
「……はい、よろしくお願いいたします」
「うむ! 使い魔殿」
”はいはい。それじゃ、ヴィヴィアンをユニット登録するよ”
ありすに出したヴィヴィアンをユニットにするための条件は全てクリアされてしまった。事ここに至って、巻き込む人間を増やしたくないとか私の思いを言ってじたばたする気もない。約束通り、私はヴィヴィアンを私のユニットとして登録しなおす。
まぁ、最終的にはこうなるんじゃないかと思っていたけどね。
ともあれ、これで私たちのヴィヴィアン救出作戦は完全に完了だ。
「よし!
ヴィヴィアン、よろしくな!」
最初の対戦の時と同じように――けれども今度は意味が違う――朗らかな笑みを浮かべ、アリスが右手をヴィヴィアンに差し出す。
「はい。よろしくお願いいたします、姫様、ご主人様」
ヴィヴィアンも微笑み、今度は迷うことなくアリスの手を取ったのだった。
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