第2章35話 No way out 12. ショウダウン
作戦は特にない。
ひたすらにアリスの全力をぶつけ続ける――それだけだ。
《アングルボザ》がどれだけ屍人を生み出そうとも、クラウザーが魔法を使ってこようとも関係ない。
「――ext《
周囲一帯に冷気をまき散らす氷の巨星が《アングルボザ》を穿つ。
ラーンチによって巨星魔法も相殺されるが、破壊された星の破片――周囲一帯を凍らせるほどの冷気を持つ破片がバラ撒かれ、屍人たちを押しつぶし、あるいは氷漬けにして動きを封じる。
アリスの全力をぶつけ続ける……つまりは『ごり押し』である。
通常のクエストならばターゲット以外のモンスターの乱入を警戒したり、クエスト終了後にゲートまで戻ることを考えてこんな無茶はしない。
しかし、今はデスマッチとは言え『対戦』である。今目の前にいる《アングルボザ》以外の敵はこれ以上増えることはないし、後のことを考える必要もない。
だからこれが最善の戦い方だ。『脳筋』にすぎると言えばそうなんだけど、おそらく無限に屍人を呼び出せる《アングルボザ》に対して長期戦を持ち掛けてもいずれじり貧に陥るだけだ。
であるならば、こちらはひたすら最大の攻撃を繰り返して相手を早く沈めてしまうのが一番効率が良い。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。
加えてこちらにはアリスのギフトがある。屍人を倒せば倒すほど、アリスの能力は高まっていく。屍人も巻き込む極大の魔法を使ってまとめて倒していけばいくほど、こちらはパワーアップし更に蹴散らしやすくなるのだ。
事実、アリスの魔法の威力はどんどんと強くなっている。クラウザーの魔法ではそろそろ相殺ができなくなる頃合いだ。
……そんなこと、幾らクラウザーでもわかりそうなものだけど……。
「mk《
作り出したのはアリスの手で振るうにはあまりに大きな剣――それを、《剛神力帯》へと持たせる。
「うおらぁぁぁぁっ!!」
狙いは《アングルボザ》の女体部分――その顔面だ。
どこが弱点なのか、そもそも弱点があるのかは不明だが、他の部分よりも女体部分の方が『やわらかい』のは明白。そこへと攻撃を集中させる。
裂帛の気合と共に振り下ろされた巨剣が《アングルボザ》の顔面――いや、その頭部に頂く茨冠へと命中する。
《剛神力帯》のパワーと激突の衝撃に耐えきれず《巨神剣》は砕け散ってしまうが、相手の茨冠もまた砕け散る。
”く、くくっ……”
と、クラウザーが笑う。
――茨冠が砕け散ると共に、《アングルボザ》の両目と口を塞ぐ茨が消え――
”アリス、離れて!!”
このまま近くにいては危険だ。そう直感した私が叫ぶと共に、アリスも同様に不穏な気配を察したのだろう、《アングルボザ》から離れようとする。
だが、私たちが十分な距離を離すよりも早く、《アングルボザ》の両目が見開かれる。
……《アングルボザ》のまぶたの奥には何もない――眼球は存在せず、そこにはあらゆる光を飲み込む『闇』が広がっていた。
”これで終わりだ……《ナグルファル》!!”
クラウザーが叫ぶと共に、周囲の空間に何の前触れもなく無数の『剣』が出現する。
《ナグルファル》――その名も聞き覚えがある。冥界の女王ヘルが、
出現した剣が、四方八方から雨のようにアリスへと襲い掛かる!
「うおっ!?」
まるで剣の嵐だ。
絶え間なく襲い掛かる剣に、アリスは回避することしかできない――いや、回避することも難しい。
……詳細はよくわからないけど、おそらく屍人を倒した数に応じて攻撃力――この場合は剣の出現数が増す、というものなのだろう。発動条件はおそらく茨冠の破壊……かな。
「チッ……使い魔殿!」
剣の狙いはアリスだけではない。私も狙われている。
正面からの攻撃ならばアリスが相殺することも回避することもできるが、背後からも狙われてしまうとどうしようもない。《剛神力帯》で私も守ろうとするが、そうすると今度はアリス自身に剣が襲い掛かる。
”アリス!”
「ぐっ……大丈夫だ!」
回避する隙間もないほどの剣の嵐に、アリスが徐々に削られていく。
魔法で迎撃するにしても数が多すぎて迎撃しきれない。
アリスはアイテムで回復する隙も無い――私の方でひたすらキャンディとグミを使って回復させようとしているが、剣の降り注ぐ数の方が多すぎて回復する端から減少していってしまう。
……強力な一撃を放つのではなく、延々と広範囲攻撃を繰り出し続ける……今までにない厄介なタイプの攻撃だ。
「――使い魔殿、ちょっと無茶するぜ……付いてきてくれるか!?」
《ナグルファル》が止む気配はない。おそらくこれが《アングルボザ》の最大攻撃なのだろう、こちらが死ぬまで延々と剣を繰り出してくるに違いない。
この状況を打破することは不可能だ。やれることはそう多くはない――元となる《アングルボザ》を倒すしかないだろう。
《アングルボザ》を倒すために、アリスは『無茶』をするつもりなのだろう。
……けども。
”……今更だよ、アリス。
言ったろう、私はアリスと一緒に行くって!”
無茶なんて今更だ。それに、私はありすに誓ったのだ――ずっと一緒に戦うって!
「……ふふっ、ありがとう!」
小さくアリスは笑う。私の位置からではアリスの顔は見えないけれど、きっと素敵な笑顔であったに違いない。
「よし――まずは一発目……ext《
まだ《アングルボザ》から距離はそれほど取れていない。神槍の間合いからはやや近いが、それでもアリスは切り札たる神装を撃つ。
すぐさまキャンディで魔力を補充。この状態で魔力切れで変身が解けてしまえば逆転の目はない。
飛来する神槍を《アングルボザ》はかわすことは出来ず、胸で受ける。
”ぐっ、がああああっ!?”
アリスが防御を捨てて神装を撃つとは思っていなかったのか、まともに神槍の一撃を受ける。
――しかし、その一撃では《アングルボザ》を倒すことはできない!
”く、くくくっ……これでてめぇの切り札は終わりだ!”
倒すことができないどころか、《アングルボザ》の体内へと『杖』が取り込まれてしまう。
霊装は呼び出せば手元へと戻せるはずだが……クラウザーの反応からして、相手の体内に取り込まれたり魔法によって封じたりされたら、呼び戻すことを封じることが出来るのかもしれない。
クラウザーの反応は決して間違いではない。
彼が知るはずはないが、アリスの切り札である神装――その中でも特に強力な攻撃型の神装、《嵐捲く必滅の神槍》を始めとした
つまり、『杖』が使え無くなればアリスは神装による攻撃手段を失うということ……。
「これで――終わりだ!!」
だが、クラウザーの認識は『正解』ではない。
以前にも少し触れたと思うが、アリスの神装は全てextから発動し、かつ全てが霊装に対してまず効果が掛かるものである。
だから『杖』が無くなれば、『杖』を使った神装――《竜殺大剣》や《嵐捲く必滅の神槍》は使えなくなる。
……というのは、
「sts『
先に述べた通り、神装は霊装に対して効果を掛けて作り出すものだ。
であれば――その対象は当然『杖』だけではない。『麗装』もまた神装の対象となる――《神馬脚甲》や《剛神力帯》が正にそれだ。
そして、アリスの使う神装では、霊装に対してのみ使えるという制限こそあるものの、対象が『杖』でも『麗装』だろうとどちらであるかは問わない。
「ext《
アリスの全身――身に纏った『麗装』が光り輝く。その輝きは、神槍の放つ雷光だ。
”な、何だと……!?”
クラウザーが驚愕する。
これこそがアリスの神装――《嵐捲く必滅の神槍》の
その威力は余りに強く、そして『杖』よりも面積の大きな『麗装』に対して使うため、どうあがいても全魔力を消費しつくしてしまう、文字通りの最終手段――
アリスの全身そのものを弾丸として発射する、真の神槍なのだ!
……尚、全くの余談ではあるが、今ここで話しておこう。アリス――ありすが愛してやまない『マスカレイダー』シリーズだが、各シリーズの主人公となるレイダーには
ありすの最も好きな、そして最近まで放送されていた『マスカレイダー
「ヴィクトリー・キィィィィィクッ!!!」
アリスの叫びと共に、嵐を纏った『キック』が《アングルボザ》の顔面へと突き刺さる!
”ぎ……”
抵抗はほんの一瞬だけ。
”ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!?”
顔面を蹴り砕き、勢いは止まらず、アリスの姿をした嵐が《アングルボザ》の中心を貫いた――!
* * * * *
《アングルボザ》は完全に撃破した。
内部に取り込まれていた『杖』、そしてクラウザーとヴィヴィアンもそれぞれ投げ出され地面に横たわっている。
アリスはというと……。
「……はっ、はぁっ……!」
辛うじて立ってはいるものの、魔力切れを起こしてありすの姿へと戻ってしまっている。私も攻撃と着地の衝撃で投げ出され、ありすから少し離れた地面に転がっている状態だ。
これが、《嵐捲く必滅の神槍》の本来の破壊力なのだが、デメリットも大きい。魔法の適用する範囲が『杖』よりも広がるために絶対に魔力切れを起こしてしまうこと。そして、アリス自身を槍として相手にぶつかっていくため、肉体にかかる負荷が非常に高いことだ――幸い、これを使うことによって体力ゲージが削れるということはないが。これで体力まで削られるのだとしたら封印せざるをえない。
体力の減少はなくても肉体の疲労や負荷は避けられない。《アングルボザ》を撃破はしたものの、ありす自身も満身創痍である。
”く、そ……っ!”
クラウザーがよろよろと起き上がろうとする。
まだ体力は残っているようだ。《アングルボザ》の内部に隠れていたおかげである程度ダメージは軽減できたようだが、それでもかなりのダメージを負っている。
……クラウザーは確かに強い。猛獣そのものの見た目通り、おそらく基本的なステータスは並みのユニットよりも高いだろう。パワーもスピードも、おそらく魔法抜きでユニットと殴り合えばクラウザーが勝てるほどに。それに加えて全身強化を行う魔法を使えるのだ。彼が『最強』とか『対戦特化』とか呼ばれるのも納得だ。
しかし、相手が悪すぎる。今回の戦いで実感したが、アリスの戦闘力もまた『
もし彼が最初に戦ったのが私たちでなければ――『ゲーム』全体の展開はまた違う流れとなったと思う。
「ま、だ……終わってない……!」
ありすが落ちていた『杖』を手に取る。
と同時にクラウザーが立ち上がりありすの方を向く。
彼にももうわかっているのだ。この戦い――そしてこの『ゲーム』において、最大の障壁となるのがアリスであるということを。
”くっ、ありす……!”
私も立ち上がりありすの元へと駆けつけようとするが、体が思うように動かない。
……拙い、《嵐捲く必滅の神槍》の負荷が私にもかかっているみたいだ。
アイテムホルダーにはまだキャンディはあるはずだが、魔力を回復させて変身してからだと間に合わない――!?
”てめぇだけは、ここで殺す!!”
ふらふらになりながらもクラウザーがありすへと飛び掛かる。
いくら体力ゲージは削れていないとは言え、ありすの体格でクラウザーに襲い掛かられてしまっては一溜まりもない!
変身も間に合わない……やられる……!?
「……さっきも言った……っ!!」
だが、ありすは襲い掛かる猛獣を恐れることなく、手にした『杖』――《嵐捲く必滅の神槍》を最後に使っていたため、先端は『槍』へと変化したままだ――でクラウザーへと立ち向かう。
正面から飛び掛かってくるクラウザーに対して態勢を低くし、それでも足りずに転がり回避する。
そして、回避と同時に無防備なクラウザーの脇腹へと向けて槍を突き立てる!
”ぎぃっ!?”
すれ違いざまの一撃を受け、クラウザーがそのまま地面に倒れる。
……今のクラウザーの判断は間違いではない。もし彼が魔法を使って武装をしようとすれば、その隙にありすはキャンディで回復して変身していただろう。アリスとなってしまえば、もうクラウザーに成す術はない。私を狙うしかなくなるが、アリスであれば十分対処可能だ。
だからクラウザーは回復の隙を与えずにそのままありすへと襲い掛かる必要があった。それは間違いではないのだ。
けれども、ありすは生身でクラウザーへと立ち向かい、そして反撃までしてきた――クラウザーも、そして私も予想外のことだった。
倒れたクラウザーへと、ありすは言う。
「お前なんか、怖くない……っ!!」
更に倒れたクラウザーへと向けて槍を何度も何度も突き立てる。
前足、後ろ脚を貫き逃げられないように――それから、胴体へと何度も何度も。
”がぁっ、ぎゃあああぁっ!? やめ、やめろぉぉぉぉぉっ!!”
それでもクラウザーはまだ倒れない。
……私の方からはありすがどんな表情をしているのか、背を向けているためわからない。
でも、この子は――本当に……。
いや考えている場合じゃない、このままは拙い!
”く、くそっ!?”
クラウザーが尻尾を振るい『杖』を掴み、そしてありすを振り払う。
「あぅ……っ」
ありすもふらふらの状態だ。成す術もなく『杖』を振り払われ、地面にしりもちをつく。
拙い、回復しないと!
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