第2章18話 "野生少女"ジェーン登場

*  *  *  *  *




 ありすからの遠隔通話から待つこと30分くらい。彼女から指定されたクエストへと出発した。


”このクエストでいいんだよね?”


 やってきたのは平原ステージ。障害物となる岩がゴロゴロと転がってはいるが、荒野ステージのような大きな岩山ではなく比較的見通しがよい。クエストでなければのんびりとピクニックをするととても気分の良さそうなステージである。


「ああ、このクエストで間違ってないはずだ――が」


 アリスも辺りを見回すが……モンスターも見当たらない。

 ちなみにこのクエストの討伐対象が特別なモンスターというわけではない。前にも戦ったことのあるモンスターの群れを討伐するという内容だ。


「あ、あのぅ……」


 と、近くの岩陰から聞き覚えのある声が。

 この遠慮がちな声は――


”シャロちゃん!”


 岩陰に隠れてこちらの様子をおっかなびっくり窺っている小柄な影――間違いない、超可愛いシャロだ。

 私たちが気づいたことで、意を決して岩陰から出てくる。

 うん、昨日と変わりない。


”アリス、もしかしてこのクエスト、トンコツたちも来てるの?”

「おう。COOP可能なクエストに合わせてもらった」


 なるほど。クエストにはCOOP可のものと不可のものがある。私からはそれは見えないのだが、ありすは何らかの方法――まぁ十中八九美藤嬢と示し合わせてだろう――で私とトンコツが同じタイミングで同じクエストを選択するように仕向けたのだろう。

 どうもプレイヤーによって表示されるクエストは異なることが多いようで、私たちは中々他のプレイヤーと遭遇することがなかったのだが……そう考えると、ホーリー・ベルと出会えたのは奇跡に近かったのかもしれない。


「ど、どうもです……。

 ね、ねぇ、ジェーンちゃん……私、聞いてないんだけど……?」


 シャロが振り返りそこにいるであろうジェーンに問いかける。

 ……この様子からすると、やっぱりシャロは美藤嬢じゃないんだろう。そして、美藤嬢は何も言わずにありすと仕組んでこの状況を作り上げたと見える。


「ふ、はーっはっはっはっ!」


 ……と、高笑い。

 シャロが上を見上げる。その視線の先――彼女の隠れていた岩の上に、新たな人影が現れる。


「よく来たな、アリス!」

”……うわ、うわぁ……!?”

「ちょ、ジェーンちゃん!?」


 その姿に私とシャロが慌てる。

 ……慌てる理由は突然姿を現したから、ではない。


「アタシが『最強の狩猟者ハンター』、『密林の覇者』、ジェーン様だ!!」


 ババーン! と効果音が鳴りそうなくらい、実に堂々と……岩の上で仁王立ちするジェーン。


「見えちゃう! 見えちゃうよぅ!?」


 ……その姿は、なんというか……『女版ターザン』とでも言えばいいか。言葉を選ばなければ、うん、『原始人』……かな。

 獣の皮を剥いで作ったと思われる簡素な布を、申し訳程度に胸と腰に巻いただけの格好だ。それが大股開きで岩の上に立っているのだから……。


「おう? まぁ、女同士だし、いいじゃん別に」


 いつからこの場に男がいないと錯覚していた?

 まぁ、よく見ると腰巻の下が不自然に黒くなっている――全年齢対応の健全な『ゲーム』ですね、実に。


「おう、お前がジェーンか。、アリスだ」

「おっと、そうだった。!」


 お互いににやにやと笑いつつ挨拶をかわす。

 ぴこぴこと彼女の耳が期限良さそうに動く。

 ……そう、もう一つジェーンには見た目で特徴的な点がある。

 やや黒に近い灰色のボサボサ髪の上から、『耳』が生えている。犬? 狼? よくわからないけど、そんな感じのいわゆる『ケモ耳』というやつだ。よく見ると、お尻からもふさふさの尻尾が生えていて、そちらもぴこぴこと揺れている。

 正に『野生』の獣人、と言った感じだ。

 ふむ、確かに彼女の方は見た目からしてもモンスター相手に戦っているのが似合いそうである。持っている魔法なんかは想像もできないけど。


”えーっと、それで……もしかして、トンコツも?”


 シャロとジェーンがいるのであれば確定だ。対戦でもなくクエストなのだから、必ずトンコツもいるはずだが姿が見えない。


”……ここだ”


 シャロのいた岩陰の方から、ちょっと低めの青年の声が聞こえてくる。

 ……男、いるじゃん。


「その、師匠は――」

”余り人前に姿を出したくない。悪いが、話はこのままさせてもらうぞ」

「師匠見たら絶対笑うからな!」


 そんな笑っちゃう見た目なのか!? それはそれで見てみたい……。


”言っておくが、俺を見ようとするなよ!? 見たらその場で話は終わりだ、俺は『離脱アイテムリーブ』を使うからな!”


 そ、そんなに見られたくないのか……。

 トンコツと直接話が出来る機会は重要だ。もしかしたらこれが最初で最後かもしれない。残念だけど、姿を見るのはやめておこう。


”わかった。……アリスもいいね?”

「ん? おう、わかってるって」


 キラキラと輝く笑顔で何か企んでそうなアリスに釘を刺しておく。


”まずは――ありがとう、トンコツ。話をする機会を与えてくれて”

”はぁ……半分だまし討ちされたようなもんだが、仕方ない。この期に及んでジタバタしねぇよ。

 ま、クラウザー相手に戦ってもらうってんだ。話の一つや二つはいいさ”


 ありがたいことだ。


「んじゃ、後はそっちでよろしく~! アタシはモンスターを狩ってくる!」


 セッティングまで済ませたのだから後は知らん、とばかりにジェーンはクエストの討伐対象を仕留めに行こうとする。

 しかし、アリスはそれを許さない。


「待て、ジェーン。お前もちゃんと話に加われ」

「えー? アタシ、難しい話は苦手――」

「事態が面倒になったと言っている。

 全く……誰のせいであんな面倒なことになっていると思ってるんだ……」

「う……わかった……」


 ??

 何だろう、今の会話……ものすごく今回の件についての根幹に関わる部分のような感じだけど……。

 というか、さっき思いっきり『初めまして』って言ってたのに。嘘なのは分かり切ってたけど。


”シャロ、《アルゴス》でモンスターを監視してくれ。あんまり乱入されるようなら、その時は片づける”

「はい!」


 トンコツに言われてシャロが《アルゴス》を展開する。

 対戦フィールドを超えて機能するくらいだ。私たちが標準で持つレーダーよりも性能は高いだろう。擬態している敵なんかも見つけられるのかもしれない。

 ともあれ、トンコツとの話し合いの始まりだ。

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