第2章19話 トンコツとの取引(再)

”で? 何を聞きたいんだ?”


 いきなり話し合いの場を設けられはしたものの、全く予想外だったので私は何も考えていなかった。

 アリスの方を見ると……。


「ん? 使い魔殿的には、色々聞いておきたいことがあるんじゃないのか?」


 と基本私に任せるつもりのようだ。

 あぁ、なるほど。ジュジュというアドバイザーがいないので、対戦について深刻な知識不足になっているのを補うため、気を利かせてトンコツとの話し合いの場を設けてくれたというわけか。尤も、さっきの様子だとアリスとジェーンの間でも何かあるようだけど。

 ここはアリスの好意を素直に受け取り、聞きたいことを聞けるだけ聞いておこう。


”そうだね……『ゲーム』そのものについてとか色々聞きたいことはあるんだけど、どうせ答えられないんでしょ?”

”ああ。話せることと話せないことはある”

”うーん、だったらやっぱり……『対戦』についてもうちょっと詳しく聞きたい”


 『ゲーム』の根幹に関わることについては、ジュジュの時と同じでユニットにも話せないことがあるのだろう。まぁ予想通りだ。

 だから今トンコツに聞きたいのは話せる範囲――『ゲーム』の各種機能について、特に『対戦』について聞いておきたい。


”ふん、なるほどな。噂通り『イレギュラー』は情報が不足している、か”


 ……噂通り、ねぇ?


”見返りは?”


 ん? 答えてはくれるみたいだけど、見返りを要求されてしまった。

 まぁ、私とトンコツはフレンドなわけでもないし、当然と言えば当然なのかもしれない。


”……そうだな……君たちとは積極的に敵対しない、というのでどう?”


 ちょっと考えた後に私はそう言った。

 『ゲーム』の目的次第ではいずれ敵対する時が来るかもしれないが、それまでの間は私とアリスはトンコツたちとは敵対しない。対戦はもちろん避けるし、クエストでの乱入対戦もしないということだ。もちろん、私たちに危害を加えてくるようならば話は別だが。


”さて、どうかな……情報料に見合った見返りか、それ?”


 すぐにはトンコツは乗ってこない。まぁ予想通り。

 なので、私は『この条件』が見返りとして十分であることを説得しなければならない。


”割と破格な条件だと思うけど? だって、私たちは『クラウザーを倒す』んだからね。つまり、私たちは『クラウザーよりも強い』ということになるわけだ。

 ……そんな相手が、攻撃してこないってだけで十分じゃない?”


 私たちが本当にクラウザーに勝てるかどうかという点はとりあえず置いておく。

 昨日の『取引』の内容からして、上手くいけば私たちはクラウザーに勝利――つまりクラウザーより強いということが証明される。当然、負ける場合だってあるがトンコツ的にはそれはそれで別に損はない。

 けど、私たちがクラウザーを倒したのであれば話は別だ。強敵を排除したと思ったら、より強い敵が出現したということになるのだから。

 まぁユニットの相性の問題や、私自身に戦闘力がないことを考えてクラウザーよりは戦いやすい相手、ととられる可能性もあるけど。


”……むぅ”


 こんなこと、言われるまでもないだろう。トンコツもそれはわかっているに違いないが少し悩んでいるみたいだ。

 昨日の『取引』もそうだが、所詮は口約束に過ぎない。それを信じるかどうか……そして、口約束をお互いに信じあえるほど、私とトンコツの間に信頼関係は築かれていない。


「えー、いいじゃん! 師匠、アリスなら大丈夫だって!」


 話に割り込んできたジェーン。

 彼女――(暫定)美藤嬢はありすのことを知っている。私のことはともかく、ありすが約束を違える子ではないと信じてくれているようだ。

 もちろん私としても口約束だからとあっさり反故にするつもりなんてない。トンコツは微妙に信用ならない気もするけど、だからと言って積極的に敵対したいわけでもない。

 でも、一応もう一押し。


”それにさ――アリスの正体を話さない代わりに、って条件、もう成り立たなくなってるわけだし……”


 流石にもはやこの条件は成り立たないだろう。こちらはジェーンの正体がわかっているも同然なのだ。別に積極的に言いふらす気もない(相手もいないし)けど、そもそもの『取引』がもはやめちゃくちゃになっている状態である。

 それでも私たちはトンコツの希望である『クラウザーを倒す』を叶えようとしているのだ。取引を成立させるために、むしろこちらが対価を要求しても罰はあたらないはずだ。


”くっ……まぁいいだろう。こちらとしても、クラウザーと戦って勝ち残るような相手と敵対したいわけではないからな”

”ありがとう。私も別にトンコツたちと戦いたいわけではないから、安心してほしい。

 ……ま、お互いにフレンドになれば話は早いんだけどね?”

”それは遠慮しておこう”


 これは断られることは想定内。私の推測が正しければ、既にトンコツにはフレンドがいるはずだ。そちらと何の相談もなく私とフレンドになると色々とややこしいことになるだろう。

 ともあれ、相手はこちらから提案した見返りを受けてくれた。

 後は聞きたいことを聞き出すだけだ。


”それじゃあ、改めて取引成立ってことで”

”ああ。答えられる範囲でなら答えよう”


 トンコツ側としても、私が情報不足で動けなかったり足元を掬われたりするのは困るだろう。情報を与えすぎれば、いつか戦う時が来たら後悔するかもしれないし、どの程度まで話せばいいか考えてくるはずだ。

 さて、どこからどこまで聞けるものか――


”じゃあ、まずは基本的なこととして……『対戦』の種類とか制限について聞きたい。

 私が知っているのは、昨日シャロちゃんから聞いた程度の知識しかないんだ”


 マニュアルを読み返してみたけど、対戦についての項目は少なかった。フィールドや時間の選択、BETの下限と上限、ユーザーへのダイレクトアタックの有無等の設定項目の説明が読めるようになっていたくらいで、正直真新しい情報は見つけられなかったのだ。

 種類としては、通常の対戦、クエスト中の乱入対戦、後は三名以上のユーザーが同時に対戦するバトルロイヤルモードがあるということ。ああ、後、フィールドは『コロシアム』限定となりジェムのBETも出来ないけど、自分のユニット同士の対戦――トレーニングモード、だろうか――もあるということはわかっている。

 私たちがクラウザーと戦う上ではトレーニングモードは無視してよいだろう。残り三つの対戦モード、後は未知のモードがあるかどうかを確認しておきたい。


”シャロ、お前何を話した?”


 詰問するではなく、確認するように問う。

 シャロも嘘を吐くことなく素直に私たちに話した内容について語る。


”……ふむ、なるほど。

 まぁ、対戦モードとしてはシャロの話したものが基本だ。あとは、俺のようにユニットを複数持っているのであれば、ユニット同士での訓練に使えるモードもある”

”ということは……プレイヤー同士での対戦形式は三つということ?”

”ああ。まぁ、今後追加されるかもしれないのはわからないがな”


 流石にそこまではトンコツもわからないだろう。出てきた時に改めて調べるしかない。


”折角だ、お前たち向けにも話しておこう。対戦の詳細だが――”


 シャロとジェーンにも向けて、トンコツが対戦についてより詳しく話す。


”まずは通常の対戦モード。これはプレイヤーが他のプレイヤーを指定して対戦する。そして、同じプレイヤーとの対戦は『一日一回』だということ”

”『一日一回』? ああ、なるほど、だからか……”


 昨日一昨日とクラウザーと戦ったわけだが、連続での対戦は行われなかった。クラウザーの性質からしてしつこく対戦を挑んでくると思っていたけどそうならなかったのは、一日一回という制限があるからか。

 彼ならば――そんな制限がなかったとして、ヴィヴィアンのことも考えずに何度も戦わせようとしただろうと想像できる。


”より正しくは、あるプレイヤーが同一のプレイヤーに対しては対戦依頼をかけるのは一日一回、だ。

 例えば、俺からラビに対して対戦依頼出来るのは一日一回。だが、ラビから俺に対しても一日一回は対戦することが出来る。つまり、同じプレイヤーとの対戦は一日で最大二回出来る”


 なるほど……私から他のプレイヤーに対戦を投げることが今のところ出来ないので一方的に受けるだけとなっているが、本来なら二回は対戦出来るのか。

 ということは、トンコツともう一人のプレイヤーが身内で対戦を繰り返しているとなると、今日までの間に最大で8か所のフィールド、トレーニングモードで『コロシアム』を使ったとして9か所に《アルゴス》が撒かれている可能性があるということか。

 まぁ《アルゴス》についてはどうしようもない。見られていることは微妙に不安だけど、お互いに積極的に敵対しあわないと決めたのだからしばらくは放置するしかないか。


「うーむ、クラウザーを倒すチャンスは、一日最大で二回しかないということか……」


 アリスが呻く。

 そういうことになる。私の方から挑めない現状、一日一回ということになってしまっているが。

 あまりこの件については長引かせたくない。早めに決着をつけたいところだが……。


”私の方から対戦依頼を投げられないから、一日一回しか対戦できないんだけど、どうしたらいいかな?”


 ここは素直に質問しておこう。

 チャンスが増えるに越したことはない。


”……本当に『イレギュラー』なんだな……”


 呆れた、というよりは感心したというようにトンコツは呟く。

 好きで『イレギュラー』になったわけじゃないんだけどね。

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