第2章16話 挑発と泥沼
「何ぃ!?」
「……勝った……?」
当事者の二人も驚いているようだ。
無理もない。はっきり言って、15分のほとんどがしょっぱい内容だったのだ。もちろん、戦っている本人――特にヴィヴィアンは必死だったであろうが……とにかく、ぐだぐだの間に勝敗が決してしまったのだ。驚くのも当然と言える。
アリスの狙いはともかくとして、今回の対戦ではヴィヴィアンの決断については称賛に値すると言えるだろう。
《イージスの楯》を誘われた後に咄嗟に新しい魔法をそのまま使ってアリスの背後へと回り込む――おそらく、あの《ハーデスの兜》は瞬間移動か、もしくは『姿を消す』という効果があったのだろう、使っている間は魔力を消費し続けるタイプの魔法だと思う。《イージスの楯》でギリギリだった魔力でリコレクトを使わずに《ハーデスの兜》を使う、そして一瞬だけ魔力切れを起こしてしまったがすぐにキャンディで回復してすぐさま変身、反撃に移ったのだ。一歩間違えれば倒されたのはヴィヴィアンだったと思うが、魔力切れを厭わないその決断が功を奏したと言えるだろう。
まぁ、ともあれ、今回の対戦は私たちの負けだ。
”お疲れ様、アリス”
「うむ……微妙に納得いかないが、負けは負けだな」
『誰にも負けない』と豪語して数日後に負けてしまったわけだが、負け自体はそれほど気にしていないようだ。
……やっぱり、アリスは半ばこの勝敗を予測して動いていたように思える。あとで聞いておこう。
一方で勝利した側だが……。
「……あの……」
”……チッ!”
おどおどとしたヴィヴィアンに対し、クラウザーは不満げに舌打ちを返す。
勝ちはしたものの、勝ち方そのものには納得がいっていないようだ。私たちの想定した通りだが……。
”くだらねぇ……行くぞ!”
不満げではあるものの、前回のように負けたわけではないので理不尽な折檻はないようだ。それだけは良かった。
「おい。これで勝ったと思うなよ?」
と、私たちに背を向けて去ろうとするクラウザーへと向けて、アリスが言う。
まるっきり負け犬の遠吠えに聞こえないこともないが、対戦内容がアレだったのだ。ただの悔し紛れの言葉とは思えない。
”……あぁ?”
それはクラウザーも同じだったようで、振り返り不機嫌そうにアリスを睨みつける。
猛獣の殺意の籠った眼光を真正面から受け止め、アリスは続ける。
「ふん、この程度でオレに勝てたとでも?
……まぁ、時間切れでも負けは負けだ。一勝一敗ということに
”……てめぇ……”
完全に挑発だ。『本当なら一勝一引き分けなんだけど、まぁ一勝一敗でもいいよ?』と言っているに等しい。
クラウザーも理解しただろう、明らかに表情に怒りを滲ませる。そのまま飛び掛かって食い殺されかねない迫力があるが、全く恐れることなくアリスはへらへらと笑う。
……心の底から、アリスはクラウザーを恐れていないのだ。
逆にヴィヴィアンの方が委縮してしまっている。その対象がクラウザーなのか、アリスなのか――恐らくは両方だろう。
内心ため息をつきつつ、アリスの意図はわかる――というか事前に私が言っておいたことなので、私もそれに乗っかろう。
”ま、そういうわけで。次はこっちが
『勝たせて』、の部分をあえて強調して、嘲笑するように私は言う――誓って言うが、私、本当にそんなこと思ってないからね?
当然私たちの内心など知ることなく、クラウザーが牙をむく。
”――舐めてんのか、てめぇら……”
低い唸り声。見た目通り、まるで『虎』が獲物へと飛び掛かろうとする直前だ。
憤怒に彩られたクラウザーの『圧』に対して、まるで示し合わせたように私とアリスは何てことないように鼻で笑う。
”……次は殺す”
「……前も似たようなこと言ってなかったか?」
”……ッ!!!”
思わず吹き出しそうになってしまった。まぁ、今回はこちらが『負けた』のは事実ではあるけど。
流石にこちらが挑発していることには気づいたか、クラウザーは今度こそこちらに背を向けて姿を消す。
「……あの……申し訳ございません……」
残されたヴィヴィアンはおろおろとしていたが、こちらへと頭を下げるとクラウザーを追って姿を消した。
「ふーむ……」
”どうしたの?”
「いや……」
クラウザーたちがいなくなった後、アリスは何か考え込んでいたようだが、内容は語らなかった。
彼女には彼女の考えがあるのだろう。ヴィヴィアンとクラウザーを引き離すために必要な『何か』――それを私たちは模索している。
今回の対戦、もう一つ目的があると言ったが、それは『クラウザーの興味をこちらに引き付け続ける』ことであった。
アリスがヴィヴィアンを圧倒して勝利することでもそれは果たせるのだが、そうするとヴィヴィアンに暴力を振るわれる可能性が非常に高い。だから、今回の対戦ではヴィヴィアンの魔法の性質を確認しつつ、ギリギリの戦いを演出するようにアリスには指示しておいたのだ。……まぁ、ギリギリ過ぎて負けてしまったのは想定外だが。
戦い終わった後、若干不満げではあったもののクラウザーが大人しく引き下がろうとしたのは少し焦った。内容はともかく、『私たちに勝った』時点で満足されては困るのだ。
というのも、シャロとの会話で触れたが、私たちからクラウザーへと対戦を挑むことが現状出来ないからだ。クラウザーから対戦を挑まれない限り、私たちは戦うことが出来ない。
そのままクラウザーと接触できない状態が続いては、ヴィヴィアンを『救出』するという目的が達成できない。具体的な手段はまだ考え中だが、何かアイデアが思う浮かぶまでクラウザーには私たちに対戦を挑んでもらわなければならないのだ。
最後のあの挑発でクラウザーの怒りは再び再燃し、私たちを狙うだろうとは思う。
……ただ、一個だけ心配なのは、ヴィヴィアン――桃香嬢に危害を加えられないか、ということなのだが……うーん、あの挑発で苛立った八つ当たりされたりしないだろうか……。
その心配について口に出してみたが、アリスは意外にも軽く肩を竦め応える。
「さぁて……まぁ、サクラのことについては――今は放っておけばよい」
と、割と冷淡な反応だった。
まぁクラウザーにとっても桃香嬢はユニットだし、彼女がいなければ何も出来ないのだから命を奪われたりはないとは思うけど……。
アリスのこの微妙な反応の真意はわからない。本当に興味がないのか、それとも……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――こんなはずではなかった。
クラウザーは苛立っていた。
物事が思い通りに運ばないことが腹立たしい。
当初の計画では、対戦モードの実装から本格的に始動し、邪魔なプレイヤーを順次排除していくはずだった。
だというのに、まず対戦モードでのプレイヤーへのダイレクトアタックが制限されていた。彼が
更に――というよりも根本的な問題として、彼が選択したユニットが『使えない』ということがある。
ヴィヴィアンの名誉のために補足すれば、彼女の持つ魔法は決して弱くはない。むしろ、アリスを一時的とはいえ圧していたことからして、明らかに強力な方である。
しかし、その強さはクラウザーの求める強さとは一致していない。
加えて威力の高さと引き換えのデメリットとして、魔力の消費量が莫大というものがある。この点はリコレクトで解消することは出来るが、一回につき一つか二つの魔法しか扱えないというのはデメリットとして大きい。
そう、ラビの推測通りヴィヴィアンの魔法はサモンとリコレクト、この二つが軸となっている。威力は高いが消費も大きいサモンと、サモンで使った消費を回収するリコレクト――どちらも『破格』と言っていい効果を持ってはいるものの、性能はかなりピーキーで扱いは難しい。
モンスター相手であれば十分すぎる威力だ。だが、対戦――相手も同様にモンスターとは比較にならない魔法を操るユニットであれば話は別だ。強力な魔法一本でごり押しできるほど甘い相手であればよいが、ユニットになりたての初心者でもなければそうはいかない。現に、ヴィヴィアンはアリスに負けている。二度目の対戦は勝ったとは言え、満足のいくものではなかった。
サモン、リコレクトに続く第三の魔法――あることはあるが、これは切り札として扱うことも躊躇われるものだ。いかに絶大な威力を秘めていようとも戦術として組み込めない。それはクラウザー自身も認めるところだ。
魔法が扱いづらいのであれば、と期待したギフトだが……これも期待とは程遠いものであった。
ヴィヴィアンのギフトは【
――何より、あいつ自身が使えねぇ。
心の内でクラウザーは吐き捨てる。
彼の一番の誤算は、対戦モードの件ではない。ヴィヴィアン自体が使えないということだ。
先に述べた魔法の扱いづらさだけではない。彼女自身の性質が扱いにくい。争いに向かない性格だったり、気弱で臆病だったりというわけではない――半ば脅迫している状態で従えているものの、十分に扱えていないことは自覚している。
彼女は一言で言うならば――
「あ、あの……」
と、そこでクラウザーの思考は中断される。
彼が身を潜める場所へと訪れるものは、彼のユニット――桜桃香以外にはない。
”……なんだ”
不機嫌さを隠すこともなくクラウザーが問いかける。
いつもならばなかなかやってこない桃香を『遠隔通話』で怒鳴りつけ呼び出しているのだが、今日に限っては彼女の方からやってくるとは……。
いや。と思い直す。普段からそうしているからこそ、何も言ってこないことに不安になってやってきたのか。
”チッ……イライラさせてくれる…ッ!”
どれだけ邪険に扱われようと、理不尽な暴力や叱責をされようと、彼女が黙ってついてくるのは、当然クラウザーに対して敬愛の情があるためではない。かといって、恐怖だけでもない。
彼女の主体性の見えないその態度が、クラウザーの怒りを増幅させていることには――おそらくはクラウザー自身も桃香自身も気づいていない。
”てめぇ、あんなブザマな姿晒しといて、そのままで済むと思うなよ……”
「……っ、はい……」
ユニットとして見切るかどうか、クラウザーはまだ判断を付けかねていた。
彼の『目的』を考えるのであれば、対戦で勝てないユニットなど早々に切り捨てて別のユニットを探すべきだ――これから新しくユニットを見つけ、一から育て直す手間はかかるが、このままヴィヴィアンを使い続けるよりは幾分かマシだとは思える。
だが……。
”あいつらは必ず潰す。おい、次負けたら――”
「ひっ……!?」
今までとは比べ物にならないほどの『暴力』が降りかかるぞ、と脅しをかける。そして、彼は実際にそれを実行するだろう。
彼女もそれは嫌と言うほどわかっているのだろう、恐怖に身を竦ませる。
――もし、クラウザーが対戦で負けたのが他のプレイヤーだとしたら、果たしてどう行動しただろうか? さっさとヴィヴィアンに見切りをつけて次のユニットを選んだだろうか。
仮定の話だ、論じたところで意味はない。
ただ確実なのは――クラウザーに対して『舐め腐った』態度を取って挑発してきた、ラビとアリス……二人への怒りがある限り、ヴィヴィアンを放すことはないだろうということだ。ここでヴィヴィアンから他のユニットに乗り換えたとしたら、それはラビたちに『敗北』したことを認めたが故にユニットを換えたと捉えられてしまう。
対戦で負けたことですら腹立たしいのに、そのように思われるという屈辱に耐えられる程、クラウザーは忍耐強くない。
……皮肉なことに、ヴィヴィアンを救おうとするラビたち自身が、余計にヴィヴィアンをクラウザーに縛り付ける原因となってしまっているのであった。
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