第2章15話 塩試合

 新たに召喚された魔獣――エメラルドグリーンの巨像兵コロッサスが盾となり、空中から放たれたアリスの魔法を全て受け止めてしまう。

 《イージスの楯》ほどの防御力があるのかはわからないが、生半可な魔法では《コロッサス》の壁を超えることは出来ないだろう。

 逆に《コロッサス》の方から空中のアリスへと攻撃できるかというと流石にリーチが足りない――と思いきや、《コロッサス》が足元の土を抉り取り、握りしめて固めるとそれを投げつけてくる!


「うおっ!?」


 強引な攻撃ではあるが、固められた土砂弾がまるで散弾のようにアリスへと襲い掛かる。

 加えてまだリコレクトされていない残り二匹の《グリフォン》が土砂弾を回避した先へと回り込み、追撃を加えてくる。

 ……これは、思ってた以上に厄介な魔法かもしれない。私はヴィヴィアンの魔法への評価を改める。

 《イージスの楯》と《ヘルメスの靴》を除いて、魔獣召喚系の魔法がとにかく厄介だ。見た目通り、どれも『硬い』。これが何よりも厄介である。《ペガサス》や《グリフォン》のように高速で体当たりしてくるだけでも脅威となるし、生半可な魔法では装甲を貫けないときている。

 おまけに、召喚した魔獣はそれぞれが独立して行動しているようだ。ヴィヴィアンが逐次指示を出している様子は見えない。《グリフォン》は勝手にアリスをしつこく追い回しているし、《コロッサス》も同様。加えて《グリフォン》は土砂弾を的確に回避しつつ攻撃を仕掛けようとしてくる。

 ヴィヴィアン本人の戦闘能力は《火尖槍》を使っている時の動きを見る限りでは決して高くはない。

 けれども、それを補って余りあるほど優秀な魔獣を複数召喚できる――これはかなりの脅威だ。対戦であれば数の優位に任せて攻められるし、クエストであれば安全地帯から魔獣を放っておくだけで何とかできてしまう。

 最も有効な対策としてはヴィヴィアン本人を狙うことなのだろうが、そうすると今度は《イージスの楯》という鉄壁の守りがある。私の予想が正しければ、リコレクトで魔力を回復出来てしまうため、防がれるだけで無駄に魔力を消費することになってしまうだろう。

 なるほど、なかなかうまく出来ている。

 出来ているんだけど……。


”……チッ!”


 遠くで苛立たし気にクラウザーが舌打ちするのが聞こえた。明らかに苛立っている。

 ……まぁ、気持ちはわからないでもない。

 だって……これ、明らかに『塩試合』だもんね……。

 確かにヴィヴィアンの魔法は強力だ。今のところアリスは一発も有効打を入れることが出来ていない。

 しかし、だからといってヴィヴィアンが優勢というわけでもない。ヴィヴィアンは『守り切っている』だけなのだ。アリスも魔獣や《イージスの楯》を警戒しているため迂闊には大魔法を使おうとはしない。

 結果、この対戦がダラダラとした進展のない攻防が続くだけの『塩試合』と化してしまっている。……まぁ、この『ゲーム』の対戦は別にプロレスでも何でもないので、しょっぱくても別に構わないといえばそうなんだけど……。


”……アリス、何か考えてる……?”


 クラウザーが苛立つ一方で、私はアリスの行動に違和感を覚える。

 ヴィヴィアンの魔獣の防御力に手こずってはいるようだが、かといってそのままでいる彼女ではない。最初の対戦の時のように『神装』を囮に使ってみたり、もっと色々と動くものだと思ったけれど、今はそうではない。魔獣の対応に追いやられ、《コロッサス》に守られたヴィヴィアンには一切手を出していない。散発的に魔法を放つものの、どれもそこまで魔力を使わない、威力の低い魔法ばかりだ――《炎星》が威力の低い部類になるとは、昔は思わなかったなぁ……。

 意図的にアリスは今の状態を作り出していると私は思った。逆転のチャンスを狙っているのか、それとも――対戦直前に彼女に話したのためだろうか。

 とにかく今は見守るだけだ。幸い、クラウザーは対戦に苛立ちはしているものの、何かをしようとする気配はない。このままアリスに任せよう。


「――ふん、自らは動く気はないか」


 やがて、アリスが動き出す。

 ヴィヴィアンが積極的に攻めてくる様子がないことを見て、自分から仕掛けようとしている。


「いい加減飽きてきたぞ。そろそろこちらから行かせてもらう!」


 《天翔脚甲》で飛び回り《グリフォン》を引き離しつつ、『杖』を投げ槍のように構える。

 ――あれは、『神槍グングニル』!?


「――ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》!」


 放たれた嵐を纏う槍がヴィヴィアンを狙う。

 《コロッサス》で受け切れるか――一瞬だけ迷った様子が見えたが、ヴィヴィアンは《グリフォン》と《コロッサス》をリコレクトで消すと、すぐに《イージスの楯》を召喚する。

 やはりダメだ。前の時と同じように《神槍》では《イージスの楯》を突き破ることは出来ない!

 槍の先端が盾に触れると共に、力を失いあっさりと弾かれてしまう。

 ……いや、違う? 前回と同じではない!


「ははっ、やっぱりひっかかったな!」


 楽しそうに笑うアリスの声。そう、魔力切れを起こしてありすに戻ったわけではない。アリスの声だ。


「え……!?」


 槍を投げると同時に自らも突進、《イージスの楯》の守れない側面へと回り込んでいた。

 ――アリスが使ったのは本物の《嵐捲く必滅の神槍グングニル》ではない。

 正しくは、『神槍』と同じ名前の、もっと威力の低い魔法をその場で作り出し放っただけだ。見た目を真似るだけなら、魔力の消費は本来の『神装』よりもずっと低く済む。

 アリスは偽物の『神槍』を投げて《イージスの楯》を使うように誘導し、その隙にヴィヴィアンへと接近したのだ。


「cl――」


 これで前回同様|赤色巨星《アンタレス》を直撃させれば勝利――だが、


「サモン《ハーデスの兜》!」


 ヴィヴィアンは《イージスの楯》をリコレクトすることなく新たな召喚魔法を使う。

 すると、彼女の姿がその場から掻き消えた……。


「……お?」


 どのような効果の魔法かわからない。ヴィヴィアンの姿が消えたことにより、アリスは魔法を中断してしまう。

 次の瞬間、ヴィヴィアンがアリスの背後へと出現する――その姿が一瞬だけ、ヴィヴィアンではなく元の姿……私たちの予想通り、桃香嬢の姿になっていた。やはり魔力切れを起こしていたのだろう、すぐにキャンディで回復して元に戻ったが。


”アリス、後ろだ!”


 私が叫ぶのと同時に、


「サモン《芭蕉扇》!」


 彼女の手に巨大な扇――西遊記に出てくる、あの《芭蕉扇》が現れる。

 アリスが気づいた時にはもう遅い。ヴィヴィアンが《芭蕉扇》を一振りすると、その場で凄まじい突風が吹き荒れ……。


「うおおっ!?」


 突風がアリスを遠くへと吹き飛ばす……。

 コロシアムの壁まで吹き飛ばされたアリスだったが、壁に叩きつけられるのだけは踏みとどまって回避することが出来た。

 けど、また距離が開いてしまった。ここからまた接近するのは難しい――流石に同じ手は二度も通じないだろう。


”Time out”


 と、そこで空中に文字が出現する。

 ……あ、もうそんな時間か。《コロッサス》と《グリフォン》に空中で手こずっている間に大分時間を消費してしまっていたらしい。対戦時間の15分が経過してしまったのだ。


”Winner クラウザー”


 しかも、こちらの負けか……。アリスが受けたダメージは対戦序盤に受けた《グリフォン》からの攻撃だけであったが、ヴィヴィアンはアリスから特に攻撃を食らっていない。シャロの言う通り、時間切れになった時点でダメージの割合が大きい方が負けになってしまったということか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る