第2章11話 ヴィヴィアン捜索 6. 取引本番

 対戦時間は残り25分。彼女の持ちかけてきた『取引』とやらの話に移ろう。


”それで、具体的にはえっと、トンコツ氏は何を私たちと『取引』しようっていうの?”


 ……いや、この名前卑怯すぎるだろう……私も今思わず吹きそうになってしまったわ。

 申し訳なさそうに――割と真面目に『トンコツ』という名前に対してだ――シャルロットが言う。


「その、師匠……じゃなくて、使い魔ユーザーの――」

”あ、君は自分の使い魔のこと、師匠って呼んでるの?”

「は、はい」


 よし、いちいち吹き出したり言い直したりしていたら時間がもったいない。


”じゃあ、わざわざ畏まらなくていいよ。いつも通り『師匠』って呼んであげて。私もそれに倣って、君のお師匠さんって呼ぶから”

「え、と……はい。お願いしますぅ……」


 よし、これで少しは話しやすくなった。


”じゃ仕切り直しね。君のお師匠さんは、私たちと何の『取引』を?”

「はい。その――こちらからは『アリスの正体を他言しないこと』を、そしてその見返りとして、ラビさんたちには『クラウザーを倒してもらいたい』ということを……です」


 ……なるほど? そう来るか……。

 でも、この条件は――


”シャルロット、あのね……”


 ため息をつきつつ私は応える。


”それは、『取引』じゃないよ。ただの『脅迫』だよ?”

「……へ?」


 本気で気づいていないのか、きょとんとするシャルロット。

 私の後ろではアリスが青筋立てて『杖』をぎりりっと握りしめている気配がする。

 いや、だってこれ、本気でただの『脅迫』でしょ。それも、割とこちらの弱みを握りつつ無理難題を吹っかけてる――脅される側がどうなってもいい、むしろ脅される側を始末する方向の脅迫だと思う。

 わかりやすく言葉を置き換えよう。


”えーっとね、君のお師匠さんの言葉を君にもわかりやすく言い換えるとすると……『お前の秘密をバラされたくなければ、あいつをナイフで刺してこい』って言ってるようなものなんだよ? これ、脅迫以外の何物でもないと思うんだけど……”

「あ、あぁ!? ごめんなさい、違うんです! 一個抜けてましたぁ!!」


 米つきバッタのようにぺこぺこと頭を下げまくるシャルロット。

 脅迫であることに気付いたというのもあるが、後ろのアリスのプレッシャーに完全に飲み込まれて怯え切っているせいだろう。

 で、一個抜けてた?


「その、クラウザーと戦うにあたって、重要な情報を提供しますぅ……」

”重要な情報、ね”


 まぁ結局脅迫されている状況なのは変わらないのだけど。

 その重要な情報というのは気になる。提供される情報次第では考えないでもない――もとより、私たちはヴィヴィアンとクラウザーと戦うつもりだったのだから。


「はい……クラウザーのユニット、ヴィヴィアンの正体について、ですぅ」

”! ヴィヴィアンの正体!?”


 ちょっと意外な情報だった。

 まさかそんな話が『トンコツ』氏から出てくるとは思いもしなかったが……。

 アリスの方をちらりと見ると、アリスも少し驚いた顔をしている。


”……どうする?”

「……聞くだけ聞いてみるでいいんじゃないか?」


 少し悩んだようだが、アリスも聞いてみることに同意する。

 目下、私たちのターゲットであるヴィヴィアンの情報は欲しい。


”……わかった。どっちにしろクラウザーとは戦うつもりだったんだし、いいよ。ヴィヴィアンの情報を聞かせて”


 『取引』と言う名の『脅迫』は成立した。

 シャルロットの表情がぱぁっと明るくなる。

 ……彼女には悪気はないんだろう。言われた通り『取引』を持ち掛け、そしてこちらがそれに乗ってきてくれたので役目を十分果たせた、と思ったのだろう。

 ……本当に服装とかは『探偵』キャラなのに……。


「はい、喜んで!」


 『トンコツ』氏の思惑に乗るのが正解かどうかはわからないけど……対戦依頼に乗った時点で、私たちには結局選択肢はないに等しかったのだ。

 他人のペースに流されっぱなしなのは癪だが、とにかく私たちには情報が足りない。ジュジュの時のように相談できる相手もいないのだ、とにかくクラウザーみたいな完全に敵対しているプレイヤーでもない限り、思惑に乗りつつ積極的には敵対しないように――可能ならば、そしてそのプレイヤーが『善良』であればフレンドとなりたいところだ。


「えーっと、まずは、ヴィヴィアンの正体ですけれど……もしかして、二択までには絞れてたりしますぅ?」

”うん。そうだね”


 別に隠す必要はない。私は正直に答える。

 こう聞いてくるということは、やはり――


「じゃあ、勿体つける必要もないですね。

 ヴィヴィアンは――桜桃香の方ですぅ」


 はっきりとシャルロットはそう言い切った。

 ……あのお嬢様の方がヴィヴィアン……? 確かに、美藤嬢よりはヴィヴィアンっぽいと言えばそうだけど……。

 と、思い出した。対戦依頼が来る直前にありすも桜嬢がヴィヴィアンではないかと言っていた。その根拠を聞きそびれていたことを思い出す。

 アリスの方を見ると、意外でも何でもなさそうだった。

 私の視線に応えてアリスはその根拠を語る。


「あー、理由を当ててやろうか? オレと違う理由だったら是非教えてくれや。

 使い魔殿は多分ピンと来ないだろうから、わからなかったとしても仕方ないんだが――あいつの家、んだ。庭とか、もう『庭』ってレベルじゃないくらい。

 んで、あの図体のデカいクラウザーが使い魔だろ? 普通の家とかであいつを匿うのは無理だが、あいつの家ならどうとでもなる。それが理由の一つだ」


 ――ああ、そういうことか。

 私は『ヴィヴィアンが誰か?』ということに重点を置いて考えていたが、視点を変える必要があったのだ。

 すなわち、『クラウザーを使い魔と出来るのは誰か?』という見方で考えればよかったのだ。ありすは、そちらの視点で考えて美藤嬢よりも桜嬢の方がヴィヴィアンの可能性が高いと思ったのだろう。

 ……もしかしたら、朝の時点で既にそう思っていたのかもしれない。

 それにしてもフェアじゃない……。私は桜嬢の家がそんな広いとは知らなかったし……。


「……お見事ですぅ」


 シャルロットはアリスの意見を否定はしない。

 しかし、更に付け足しを加える。


「もう一点、師匠が言ってました。『ゲーム』が始まった時、初期ユニットを確保する時、『特殊な人間』を選べば優秀なユニットになるという噂がプレイヤー間であったと。だから、この辺り一帯ではである桜桃香が誰かのユニット――もっと言えば、対戦に特化した『最強のプレイヤー』候補の一人、クラウザーがユニットとしている可能性は高い、と。

 ……後は先程アリスさんが言った通りですぅ。『特殊な人間』、かつクラウザーを隠すことが出来るくらい広い家を持っている人間は、私も桜桃香以外知りません……」


 ――ちょっと気になることが増えてしまったが、とりあえず今は放置しておこう。シャルロットに聞いたところできっと答えは返ってこない。

 そこは置いておいて、どうやらありすの推理と同じロジックで『トンコツ』氏はヴィヴィアン=桜桃香であるという結論に至ったという。

 ……ま、それ、多分『嘘』も混じっているんだろうけどね。あえて突っ込まないでおこう。

 それよりも、今はもっと色々と情報を引き出す方がいい。


”なるほど、ヴィヴィアンが桜嬢であるという理屈はわかったし、納得した。でも100%の確証ではないんでしょ? まぁそこは私たちで何とかしろってことだよね……”

「も、申し訳ないですぅ……私も師匠から教えて貰ったことしかわからないのですぅ……」

”いや、いいよ、それは。

 それよりも、気になってたんだけど――クラウザーが『最強のプレイヤー』って、どういうこと?”


 これは前から気になっていた疑問だ。ジュジュもそんなことを言っていたが、具体的に何がどう最強なのかがわからない。

 ……一度対峙した感じだと、確かに生身で人間をかみ殺すことくらいできそうな体格だったが……。

 シャルロットも困惑しているが、


「え、いいのかな……話しちゃっても……。う、うぅん、いいよね、クラウザーと戦ってもらうんだし」


 話していいものか迷っているようだが、大丈夫だろうと判断する。

 うん、常に上司の判断を仰ぐばかりなのはよくないよね。自分で判断して行動できることは重要だと思う。その判断が間違ってなければだけど。


「実際にクラウザーと相対したラビさんたちならわかると思いますが――あ、私は《アルゴス》越しに見ただけですぅ――クラウザーは、『対戦特化』のプレイヤーだそうです。

 クエストクリアでジェムを稼いでユニットを強くして……という段階を踏むのではなく、対戦で一気に稼いでトップに立つ……それに特化したユニット育成をするし、また本人も『対戦特化』な能力を持っているとか」

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