第2章10話 ヴィヴィアン捜索 5. 取引開始

 謎のトンコツ氏から『取引』を持ち掛けてきたと。

 そういう話なら、わざわざ対戦という形をとる必要もなかったのではないか?

 私の内心の疑問はあらかじめわかっていたのだろう、シャルロットは続ける。


「マイルーム間のチャットだと、その……盗聴される可能性がある、と言ってて……。対戦フィールド内なら、特殊な魔法持ちでなければその心配はないから、と……」


 盗聴……されない、とは確かに言えないか。方法は全く想像もつかないけど。流石にマイルーム内の盗撮・盗聴までは……と思いたいところだけど、うーん。

 でも、彼女自身も今言った通り、対戦フィールドなら絶対に安全というわけではないと思うが……。


「それで、ですね。その特殊な魔法持ちが私なのです」

「……ほう?」


 対戦フィールドを覗き見ることのできる犯人が目の前に現れるとは……。


”なるほど、君の言う通りなら、特殊な魔法で他人の対戦フィールドを覗くことも出来るし、逆に誰か覗いているかどうかの監視が出来る、ということ……かな?”

「はい、その通りですぅ」


 ふーむ……信用していいものやら……。

 私たちの疑いの眼差しを受け止め、諦めたように彼女が自らの魔法を開放する。


「その……攻撃用ではないのでカウンターとかやめてくださいね……?

 ――アクティベーション《アルゴス》」


 言うと共に、手に持ったパイプ――『霊装エーテルギア』を口にくわえて大きく息を吸い込み、そして息を吐き出す。見た目幼女がパイプを吸っている姿は大人として一言モノ申したくなってくるが、今は我慢だ。

 吐き出された白い煙の中から小さな青い光が幾つも湧きだし、それが彼女の周囲へと実体化して配置される。

 現れたのは小さな青い宝石のようなものだった。中央に青い宝石、それを囲むように濁った白い楕円形の石が配置されている。見ようによっては『目』のように見える。


「これが私の魔法です。この小さな『目』を通して見えるもの全て、私には見えますぅ」


 言わば『千里眼』の魔法か。あるとわかっていなければ見逃してしまいそうなほど小さな『目』だ。物陰に隠しておけばそうそう見つからないだろう。


「それで……この魔法を予めあちこちの対戦フィールドに隠しておきましたぁ。

 なので、あの、その……アリス――」

「あん?」

「――さんが、昨日対戦していたのも見ていて……」


 睨みをきかされ完全に委縮してしまっている……。

 ふぅむ……予め魔法を使ってばら撒いておけば、いつでも監視が再開できるというわけか。アリスの『マジックマテリアル』も距離の制限はあるものの、やろうと思えば似たようなことは出来るかもしれない。機会があれば検証してみたいところだ。

 それで、彼女の《アルゴス》を使って他の対戦フィールドを監視することが出来ると同時に、今自分のいる対戦フィールドで同じように盗み見ているものがいないかどうかをチェックできるということか。


”今、この対戦フィールドは安全なの?”

「あ、はい。実は既に《アルゴス》が配置されていて、調べました。少なくとも、この場の情報を外に送信するような魔法――そういうものはないです。

 ……《アルゴス》みたいに『目』とかを配置しないでも見える魔法があったらわからないですけど……」


 最後の方は自信なさそうに言っているが、その心配は余りしていない。

 ユニットの扱う魔法は割と万能で多岐に渡った効果を持っているものの、何も媒介せずに発動させるようなものはないと思う。特に、遠隔発動させるような魔法の場合、アリスなら『マジックマテリアル』、シャルロットなら《アルゴス》の『目』を配置したりしないと使えないだろう。ホーリー・ベルの属性魔法に関しては無から有を生み出すような魔法だったが、流石に対戦フィールドを超えて発動させられるような魔法だったとは思えない。

 ……仮に何も媒介せずに他の対戦フィールドを監視できるような魔法があったとしても、それはもはや私たちにどうにか出来るようなものではない。考えるだけ無駄だろう。


”ふぅ……わかった。とりあえず、君の話を聞こう”

「は、はい! ありがとうございますぅ!」


 彼女が積極的にこちらを襲うようであればとっくにやっているだろうし、アリスの正体も知っているのだ。もっと他にやりようはあったろう。

 正面切っての対戦に自信がないならそもそも挑んでこないだろうし、わざわざ『取引』があると嘘を言って近づいてくる理由は……多分ないと思う。話をしようとして油断したところを――という可能性はゼロではないが、そんな搦め手を使わないと勝てないくらい実力差があるなら、まぁアリスなら問題なく蹴散らせるだろう。


「……いいのか、使い魔殿?」


 アリスの方はまだシャルロットのことを警戒しているようだ。

 当然と言えば当然か。


”うん、話だけは聞いてみよう。でも、アリスはいつでも動けるように警戒しておいて”

「おう、任せろ」

「はぅ……そ、その、気を付けますぅ……」


 演技かどうかわからないが、もし演技ならば大した女優だと思う。割と本気でシャルロットはアリスにビビっている感じだ。

 ユーザーへのダイレクトアタックは不可にしてあるし、まぁ大丈夫だろう。


「……っと、その前に。

 動くなよ? mk《リング》」

「は? え?」


 アリスを少し下がらせるつもりだったが、その直前に何やらシャルロットへと魔法をかける。

 彼女の首の周りに『マジックマテリアル』製の首輪がつけられた。


「えぇっと、これは……?」

「念のためだ、念のため。妙な動きをしたら――」

「……し、したら……?」


 言葉で応えず、にっこりと笑いながら握りこぶしを作り、ぱっと手を開く。

 つまり――BOMB! だ。


「ひぃっ!?」


 シャルロットも理解したのか、悲鳴を上げて後ずさる。


「し、しませんしません! 変なことなんてしませんからぁ!?」


 涙目で弁解するが、もう遅い。

 そこまで脅さなくてもいいだろうになぁ、と思いつつも万が一のことを考えてアリスの戦闘態勢を解かせなかった私も同じようなものか。


「うぅ~……私、本当に戦闘力ないんですぅ……」

”あー、まぁ変なことしなければ大丈夫だから、ね?”

「はい……」


 それにしても、最初の登場時とはえらい違いだ。

 こちらの方がシャルロットの素なのだろうか――素出すの、早すぎじゃない?


”そういえば、最初に登場した時のアレ……なんだったの?”


 意地悪でというわけではなく、何となくで聞いてみる。

 彼女はますます涙目になって弁解する。


「うぅ……私、こんな格好じゃないですかぁ……。それで、初対面の相手だったら、ちょっとは知的に見せられるかなって……」


 かわいそうなので、そのことに触れるのはやめておいてあげよう……。

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