第2章9話 ヴィヴィアン捜索 4. "探偵少女"シャルロット登場

 対戦フィールドはクエスト恒例、もはや馴染みの『荒野』。いつもと変わらず、赤茶けた大地にゴロゴロと転がる岩、乾いた空気……。


「もはや実家のような安心感があるな」


 普段ならばモンスターとの戦いがあるので、馴染みと言ってもそんな安心感はないと思うんだけど……。

 さて、対戦相手は……?


「やぁ、来たね」


 私たちのすぐ側に転がる岩――その上から声がしてきた。


「む」


 見上げると、岩の上に腰かけている人影がある。

 彼女が対戦相手――『トンコツ』のユニットか。


「よっと」


 岩から飛び降り、私たちの目の前にたった少女は――これまた今まで出会ったユニットとは『異質』な少女であった。

 身体的には今まで出会った中では一番幼い。現実世界でのありすと同じ程度の年齢かそれよりちょっと下か……幼女と言って差し支えない年齢に見える。

 燃えるように赤い髪に赤い瞳は一見すると好戦的な印象を受けるが、くりっとした目ににこやかな笑みを浮かべており、幼さもあって非常に愛らしい少女だ。

 ……が、来ている服――『霊装』がちょっと変わっている。白いブラウスに紺色のショートパンツを履き、更にサスペンダーを付けている。首元には臙脂色の蝶ネクタイ。そして焦げ茶色のマント? ハーフコート? を羽織っている。

 その手には幼女には似つかわしくない大きなパイプ……。


”……シャーロキアンの方ですか……?”

「「?」」


 私の呟きに、アリスと揃ってはてなマークを浮かべる。

 ……いや、うん。何と言うか……一言で表せば、『シャーロック・ホームズのコスプレをした幼女』だ。ホームズは吊りズボンを履いているかどうかは知らないけど。ああ、こっちはアレか。私の世界で言うところの『体は子供、頭脳は大人』の死神めいたあの子っぽいな。


「こほん」


 彼女が小さく咳払いをして場を仕切りなおす。


「初めまして。ラビ、そしてアリス――いや、恋墨ありす」

「!?」


 いきなり彼女はアリスの本名を口にする。

 対戦フィールドに入る前にマイルームに寄り、そこで変身してから来たから彼女がアリスの正体を知る機会はないはず。

 もしあるとすれば、ヴィヴィアンとの対戦でアリスの変身が解けたことを知る人間だけだ。

 ……迂闊だった。対戦相手がクラウザーではないからと油断していたが、『トンコツ』がクラウザーと繋がっているのであれば、ありすについて聞いていてもおかしくない。

 自分の名前を呼ばれ、アリスはすぐさま『杖』を構え臨戦態勢に入る。

 が、彼女は慌てることなく飄々とした態度を崩さない。


「なぜ私が君の本名を知っているか? 何、簡単な推理だよ」


 ……おお、セリフもホームズっぽい……。

 一体、いかなる推理でアリスがありすであることを見抜いたというのだろうか?


「……」

「……おい?」


 彼女はその続きを中々話さない。

 ……いや、これ、もしかして……。


”……で、その推理とやらは?”


 私とアリスの二人の視線に耐えきれなくなったか、彼女はふっと目線を反らす。

 気のせいではなく、明らかに冷や汗をかいているのがわかる。


「……ごめん、嘘ついた」


 意外にも素直に謝る少女。

 けれど、彼女がアリスの本名を知っていることは確かだ。推理で知ったことが嘘だとなると……。

 私とアリスの空気が変わったのを敏感に察知したのだろう、慌てて両手を上にあげる。降参のポーズか?


「いやいや、ちょっと待って! そのあたりの説明もするから!

 ……あの、これから対戦スタートするけど、いきなり切りかかったり……しないでね?」


 最初の飄々とした態度はどこへ行ったか、慌てふためく姿はホームズとは程遠い。

 うん、やっぱりただのコスプレ少女だ。しかも、多分かなりのへっぽこ。

 宣言通り、彼女の側でも臨戦態勢を整えた瞬間、空中に対戦開始を告げる文字が出現する。

 ……いきなりこっちから攻撃仕掛けてもいいような気はするけど……。


”それで、君は一体何なの?”


 アリスはいつでも攻撃するぞ、と言わんばかりに『杖』を構えている。

 不審な動きをすれば本当に攻撃開始するだろう。

 とりあえずは言い分を聞こう。


「えっと……私は、シャルロットと言います。師しょ……じゃなくて使い魔の『トンコツ』……ぶふっ」


 彼女――シャルロットが自己紹介の途中で噴き出す。


「……失礼。私の使い魔は、ちょっと表に出られる姿ではないので、この場にはいませんが……」


 言われてみれば、対戦フィールドにいるのは私とアリス、そしてシャルロットだけである。『トンコツ』氏の姿は見当たらない。

 ユーザーへのダイレクトアタックが可能な設定にしたらどうなったのだろう、それは少し気になるが……。


「んで? 貴様は何しに来たのだ? 対戦するんじゃないのか?」


 全く油断せずにアリスが鋭く問いかける。

 こういう時、アリスは全く『遊』ばない。微妙に空気が緩んでいるような気もするが、アリスは一人完全にシリアスモードだ。


「そのぅ……うちの使い魔から、そちらと『取引』がしたいということで……」

”……『取引』?”

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