第2章6話 ヴィヴィアン捜索 1. 彼女を探して
ありすの顔見知りにヴィヴィアンがいる――
その推測が正しいかを検証すべく、今日はありすと視界共有を行っている。
以前の時と同じように、私は校庭にある木に登って伏せ、意識を視界共有に集中させる。
当然、トイレやら体育の着替えの時には視界共有は断つ――ありすは『別に、いいよ?』と言っているが、いいわけがない。彼女がそれを理解するのはいつになるやら……。
ともかく、今日の目的はヴィヴィアンを探す、もしくはヴィヴィアンの候補を見つけることにある。
ありすには事前に不自然にならないようにあちこちを見て欲しいと伝えてある。私が直接見れば手っ取り早いが、学校内では自由に行動できないし誰かに見つかっても困る――というより、ヴィヴィアンに見つかるのが拙い。見つかったところで対戦をしないことにはどうにかされることはないだろうけど、警戒されてしまって話が出来ないのでは困るのだ。
今の目的はヴィヴィアンの正体を見つけること。話し合いとかはその後に考えよう――後回しにしているだけなのは十分自覚している。
”さて……”
時間は一時間目の終わりくらいだろうか。そろそろ視界共有を始めるとしよう。
前みたいに朝からは共有していない。出来るだけ視界共有の時間を短くしたかったので、クラス全員が揃ってからの方が都合がよかったのだ。
『ラビさん、聞こえる?』
”お、ありす。聞こえるよ”
と、遠隔通話でありすから声が届く。ちなみに遠隔通話の範囲は特に決まっていない。機会があればこの機能もどこまで声が届くか試してみたいものだ。
『そろそろ一時間目が終わる……今日、うちのクラスは全員いる』
”了解。それじゃ、次のチャイムが鳴ってから視界共有するね”
『ん』
幸い、ありすのクラスに欠席者はいないみたいだ。
昨日のことで警戒して休む、という可能性もあったけれど、そういうことはなかった。こちらが気づいたことには気づかれなかったのか、それともバレても問題ないと思っているのか……何とも判断つかない。
その時、チャイムが鳴り響く――一時間目が終わったのだ。
休み時間は10分。それだけで全員分見切れるかわからないので、次の二時間目、そしてその後のちょっと長めの20分休憩を視界共有する。それでも判断できないようであれば、昼休みもだ。
さて見つかるか……?
ヴィヴィアンかどうかを判別する方法は簡単だ。
『ユニット数+1』を持っている私が見ればそれだけでわかる。
試しにありすを見てみると、『既にユニットになっています』と表示される。これが常に表示されていると鬱陶しいが、所持ユニット数に空きがある場合には『ユニット捜索』モードのオンオフが出来るようになっている。普段はオフにしておけば問題ない。
で、ユニットになっていないがユニットとして選べる人を見たらどうなるかというと、『ユニットとして選択可能』と表示される。これは、今朝の登校時間中に恋墨家の前を通る子たちを見て確認している。
ユニットとして選べるのは誰でもというわけではないみたいだ。選べない人も大勢いた。割合としては、選べる方が1、選べない方が4……ってところだろうか。意外にもユニットとして選択できる子が多いことに驚いた。
さておき、ありすのクラスの方だ。
「……」
休み時間、ありすは教科書をしまい次の時間の準備をするように見せかけ、クラスのあちこちを見回してくれている。
……不自然な態度になっていないことを願うが、まぁありすはありすでポーカーフェイスというか、あんまり表情変わらないのであまり心配はしていない。
クラスの中には――
「恋墨ちゃーん!」
「ん……」
ありすの横から元気よく声をかけ、同時に座っているありすの首に抱き着いてくる子が一人。
小学四年生にしては少し背が高い、ショートカットがよく似合う、闊達な印象の少女。
「……ミドー、暑い」
ちょっとだけ困ったような表情で言っていることが想像できる。
『ミドー』と呼ばれた少女は邪険にされたことにショックを受けるでもなく、むしろ余計にありすへと抱き着く。
「もー、恋墨ちゃんだけだよー、あたしのことちゃんと『
どうやら、『ミドー』とは彼女の名前――苗字かな?――のことらしい。
どこまで本気かはわからないが、おそらくは本人的には割と不本意な綽名で普段呼ばれているのだろう。で、その綽名で呼ばないありすに感激している……んだとは思うけど、それだけでこんな抱き着いたりするものだろうか……。
「あら? わたくしもちゃんと呼んでますわよ、美藤さん?」
そこに更に現れたのは――以前『マック』で偶然遭遇したお嬢様、桜
相変わらず人間離れした雰囲気を纏っている……が、自然とクラスに溶け込んでいる。不思議だ、ありすの目を通して見ても、彼女単独だと圧倒されるのに、少し目を離してクラスの一部として見ると、なぜか何の異物感もないのだ。
……本題はそこじゃない。
ありすへと遠隔通話をしたくなったが、ぐっと堪える。ありすには不自然にならないようにしてもらわなければならない。
なぜなら――美藤嬢、桜桃香嬢、その二人の頭上には『既にユニットとなっています』と表示されていたのだから……。
……おいおい、いきなり発見しちゃったよ、これ……。
しかも二人も。これだけでどちらかがヴィヴィアンであるとは決められない――他にもクラスメイトはいるのだ――けれど、『ゲーム』の参加者が二人いることは確定してしまった。
うーん、美鈴の時といい、比較的狭い範囲に集まりすぎているような……偶然なのか意図的なのか……私には知る由もない。
「……ん、で。ミドー、何?」
あちこちを見ておきたいありすがつっけんどんに美藤嬢に尋ねる。
ああ、もう、そういう態度は良くないよ……とちょっと小言を言いたくもなるが、元々私の頼みでクラス中を見て回るように依頼しているのだ。それを全うしようとしてくれているありすを一方的には責められないか。まぁ、割と素の対応をしているのかもしれないけど、それはそれで良くないと思うんだけど……。
言われた美藤嬢はありすのそんな態度は気にすることもなく、朗らかに笑う。ありすから抱き着くのは離して。
「そうそう、恋墨ちゃんにちょっとお願いがあってさー」
「……お願い?」
「恋墨ちゃんってさー、確か前に『ドラハン』やってたじゃん? 『狩りゲー』? っていうの? そういうの詳しいんでしょ?」
「ん……まぁ、そこそこ……?」
え……なんだなんだ、この流れ……?
「でさぁ、この間『ドラハン』の新作出たじゃん? あたしもやってるんだけど、全然先に進めなくてさー。もしよかったら、恋墨ちゃん、教えてくれない?」
「……!?」
美藤嬢からの提案が意外過ぎたのだろう、ありすも言葉を失っている。
彼女の言う『ドラハン』の新作は、確かに最近出たものだ。ありすと美鈴が一緒に遊んでいる(ことになっている)ゲームも、この『ドラハン』最新作である。
もちろんありすはプレイしているが……。
”ありす、深く考えないで好きなようにして”
このタイミングで『ドラハン』の話を振ってくるとは……ありすの反応からしても、美藤嬢から『ドラハン』の話が出るとは思わなかったのだろう。偏見かもだが、パッと見た印象だと美藤嬢はゲームをするよりは運動をしている方が合っているように思えるし、そもそも『ドラハン』は比較的年齢層が高いゲームらしい(私の世界のよく似たゲームの事情はよく知らないが)。美鈴も周囲に『ドラハン』がやっている人間がいない、と零していたことがある。
それなのに美藤嬢から『ドラハン』の話を振ってくるということ、そこに戸惑うありすが言葉に詰まるのを見て、私は思わず遠隔通話で語り掛ける。
不自然にならないように、とりあえず受け答えはしておくべきだ。
「ん……いいけど……」
「ほんと!? ありがとー! やっぱり恋墨ちゃん好きだわー!」
「……暑苦しい……」
「なんの話ですの? わたくしも混ぜて欲しいですわ!」
その後、三人はきゃいきゃいと実に小学生らしく姦しく話をするのであった……。
結局、二時間目、そしてその後の20分休みを通じてクラス全体を見渡し、ありす自身の提案で昼休みも視界共有を続けてみた。
昼休みについては、給食を食べ終えた後、特に目的もなくありすは校内をぶらつき、校庭を見回したりしてくれた。念のため、クラス以外にどの程度『容疑者』がいるかを見れるようにしてくれたのだ。
……結果、ありすの身近なところにいる『容疑者』はわずか二名――前述の通り、美藤嬢と桜桃香嬢だけであった。
なお、もう一人、ありすのクラスメイトにユニット候補の子が一人いたが、こちらはまだユニットになっていない子なので今回は除外する。他のクラスや学年にも何人か既にユニットとなっている子はいたものの、余りに接点がない子ばかりであったので今のところは考える必要はないだろう――名前すらわからない子では調べることも出来ない。
ありすには昼休みの時点でヴィヴィアン捜索は打ち切ることを告げ、一足先に私は恋墨家へと戻る。
今日は美奈子さんも出かけているため、ありすが帰ってくるまではベランダで時間を潰すことになる。考え事に集中したいのでこれはこれで好都合だ。
”ふぅ……困ったな……”
困った。実に困った。
何に困ったかというと……。
”ここから先、どうしたものかな……”
ヴィヴィアンを探すと言って行動をしたはいいものの、ここから先が全くのノープランだということだ。
うん、人のこと『脳筋』とか言ってられないね、これ。
候補さえ見つけてしまえば、後は直接話すかな、とは漠然と考えてはいたんだけど、まさか二人見つかるとは思わなかったし……。
仕方ない。前向きにこれからどうすべきかを考えよう――ありすが帰ってきた時、『ん……何も考えてないんだ……そう……』と冷めた目で言われないためにも。
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