第2章5話 はじめての対戦(反省会)

*  *  *  *  *




 クラウザーの様子からして、連続でしつこく対戦を挑んでくるのではないかと身構えていたが、その後は特に何も起きなかった。クラウザー以外のプレイヤーからの対戦依頼も来ない。

 拍子抜けといえばそうなのだけど、ヴィヴィアンが酷い目に遭わされていないかが気になる――今の私たちにはどうにもできないけれど……。


「ラビさん……あの子、どうにかしてあげたい」


 ベッドの中に入ったありすが私に向かってそういう。

 既に夕食もお風呂も終え、時刻は夜九時――ありすはもう『ゲーム』を終えて眠る時間だ。

 電気も消しているが、どうやらありすはクラウザーの一件が引っかかり眠れないようである。


”そうだね……美鈴から話は聞いていたけど、思った以上にあのクラウザーってプレイヤーは性質が悪いみたいだ”


 これが普通のゲームで、ユニットがただのアバターであるならば『こんなゲームに何マジになっちゃってんの?』と笑い飛ばすところではあるが、そういうわけではない。

 ユニットはこの世界に実在する人間であり、意思も感情もある。

 クラウザーのあのやり方は、ユニットとなった子の尊厳を踏みにじるものだ。

 見ていて気分のいいものではないし、正直協力も出来そうにない。この『ゲーム』の基準的に『悪質』なプレイヤーなのかどうかまではわからないが、少なくても私たちにとって彼は明確な『敵』である。

 ……クラウザーをどうこうするのは難しい。他のプレイヤーを積極的に『排除』することが正しいこととは今のところ思えないし、出来るかどうかもわからない――私たちの目的である『ゲームクリア』に必須の条件であるならばともかく。

 それよりも、ヴィヴィアンの方を助けたい。

 彼女自身がどう思っているのかはわからない。現状で良しとしているのかもしれない。

 私たちが『助けよう』とか思うのは傲慢なのかもしれない。

 でも――


”放っておけないよね”

「ん」


 彼女の事情もわからないままでは何も出来ない。

 私たちがどう行動するべきなのか、何をすればいいのか……一つだけ、すぐに出来ることがある。


”――ありす、明日、キミと『視界共有』をしたいんだけど、いいかい?”

「……ん? 別に、いいよ……?」


 でも何で? と聞きたげなありすに私は続ける。


”対戦で《神槍》を使った後、ありすの変身が解けたでしょ? あの時のヴィヴィアンの動きが気になって――”


 アリスの変身が解けてありすに戻ったあの時、ヴィヴィアンは明らかに戸惑っていた。

 何に戸惑っていたのか……戦闘中に魔力が尽きたら変身が解けるということを知らなかったという可能性もなくはないが、それよりも『ありすのことを知っている人間がヴィヴィアンの正体だから』という方が確率としては高いと思う。

 美鈴くらいの見た目なら、学年が違ったりしても有名かもしれないが、ありすはそんなことはないだろう。名前が特殊といえば特殊だけど、それで全校生徒の間で有名になるとも思えない。事実、前に視界共有した時の感じでは、ありすは特にクラス以外に交友関係が広がっている様子もなく、またクラス外の人間から注目を浴びている生徒というわけでもなさそうだった。

 ……そう、私はヴィヴィアンの正体――元となった人間は、ありすのクラスメイトなのではないかと思っている。

 だから、ありすと視界共有をすれば、誰がヴィヴィアンなのかわかる、あるいは候補くらいはわかるのではないかと思い、提案したのだ。

 私の考えを聞いてもありすは特に表情を変えることはない。……もしかしたら眠くなってきたのかも。


「……わかった」


 短くありすはそう答える。

 うん、やっぱり眠そうだ。


”それじゃ、今度こそおやすみ、ありす”

「ん……おやすみ、なさい……」


 やがて、ありすの寝息が聞こえてくる。

 どうやら今度こそ眠ったらしい。

 さて――ありすが寝ている間、私は私で考えることにしよう。

 私とありすの『ヴィヴィアン救出作戦』のスタートだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 どこかの誰かのマイルームにて――


「ねぇご主人」

”……なんだい?”


 マイルーム中央の湖にいる人魚の姿をした魔法少女の呼びかけに、ちょっとだけめんどくさそうに応える声。その姿は見えない。


「対戦、しないの?」


 少女の問いかけに、プレイヤーは少し考え――


”……いや、まだその時じゃない”

「えー、あたし以外のユニット――ご主人曰く、『最強のユニット』が来たのにー?」


 不満そうに口を尖らせる少女。

 その『最強のユニット』とやらの姿はマイルーム内にはない。


”まだ『手付』の段階だからね。『彼女』を運用するのはまだまだ先さ。

 それに……仮に『彼女』が使えたとしても、すぐに他のプレイヤーには見せたくない。だから、もう一人か二人、ユニットを増やさないと対戦はしたくないね”


 ユニット枠を増やすアイテムさえあれば、ユニットは二人以上に増やすことは出来る。

 このプレイヤーは更にユニットを増やしてから対戦をするつもりだというのだ。

 その意図が少女にはわからない。


「……んで、どーせユニット増やしたら増やしたで、今度はステータス強化がーとか言って、結局対戦しないんでしょ?」

”……”


 図星を突かれたか、プレイヤーが言葉に詰まる。

 確かに彼女の言う通り、ユニットが増えたら増えたでステータス強化をしなければ使い物にならない。対戦するとなると、必然的に相手はそれなりに成長したユニットとなる。モンスター相手であれば多少ステータスが低くても魔法の力や連携で勝ち目は幾らでもあるが、ユニットが相手となると話は別だ。ステータスの差は決定的な戦力差となり響いてくる。もちろん、ユニットとなり自分の魔法を使いこなす等の経験の差もあるだろう。

 対戦とクエストでは求められる能力も異なる。ユニットによっては対戦向きの能力だったり、クエスト向きの能力だったりもする。

 このプレイヤーは慎重派なのだろう。対戦に挑むにあたって、『必勝』となるように準備をしてからと考えているようだ。


”……まぁ、君の言うことは間違っていない。

 けど、それだけじゃない。対戦をするには、一つ大きな障害があるんだ”

「障害?」

”そう――ぶっちゃけ、あの『最強』がいる限り、対戦をメインにしてこの『ゲーム』の勝者となるのは難しいと言わざるを得ない”

「……『最強』? それって、前に話してた――」

”ああ。クラウザーだ。はっきり言って、対戦モードという機能自体、彼が『ゲーム』に勝てるように仕組まれたものだとボクは思っている。

 ……多分、クラウザーは運営側と繋がっている……もしくは、彼に勝ってもらいたいやつが運営側にいるんだと思う”


 そうそのプレイヤーは断じた。

 その言葉の裏付けはないが……。


「ふーん、そっかー。なら、仕方ないね」


 いともあっさりと少女は引き下がる。

 余程プレイヤーのことを信頼しているのか、あるいは口で言う程には対戦に興味を持っていないのか――恐らくはその両方だろう。

 彼女も、プレイヤーも、目的は『ゲーム』における勝利である。対戦はその目的を達成するための道具の一つにすぎず、執着する必要はないということなのだ。


”もちろん、放置していていいわけなんかない。いずれぶつかることだろうし、その時は対戦で勝たないといけないんだけどね”


 対戦におけるルールの一つ、『プレイヤーへのダイレクトアタック』だ。

 これを利用すれば、他のプレイヤーを排除することが容易になる。

 むしろ、これがなければプレイヤーの数は中々減らすことが出来ない――ジュジュの時のような事故がそうそう起こることはない。


「準備が出来るまでは、徹底的に対戦は拒否って逃げ回るわけねー。かっこわるーい」


 クスクスと笑う少女だが、嘲る調子ではない。それが彼らの取る『最善』の戦略であると理解しているのだ。

 プレイヤー側ももちろん気にすることはない。


”かっこ悪くても、最後にボクたちが勝っていればそれでいいのさ。

 ――そう考えると、自分優位の機能が来たことでいきり立っている状態は、都合がいいとも言えるね”


 ――もしかしたらクラウザーを誰かが偶然撃破してくれるかもしれないし、と続ける。

 このプレイヤーはクラウザーが対戦において『チート』をしている、またはしてくることを確信している。その『チート』を破るプレイヤーがいればそれはそれで脅威なのだが、クラウザーと同じ『チート』を使っているのでなければ、このプレイヤーの思う『理想の戦力』が整ったところで勝つことは出来るだろう。


”さーて、ボクらはボクらで新しいメンバーの勧誘をしなくちゃね。ぐずぐずしていると、『理想のユニット』が他に取られちゃうかもしれないしね”




 ラビたちとクラウザーが激突するその裏で、密やかに蠢くものたちがいた――

 彼らがぶつかり合うのは、まだ先の話である……。

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