第2章4話 はじめての対戦(後編)

 ふと時間を見てみると、既に10分近くが経過している。今回の対戦時間は15分、まだ余裕はあると言えばあるが、悠長にしていられるほどの時間ではない。

 ……そういえば、対戦モードで両者が体力が残っている状態で時間切れになったらどうなるのだろう? 引き分けになるのか、それとも体力ゲージの残量で決めるのか。

 アリスとしては時間切れを待つ気はないらしい。《ペガサス》の突撃を回避すると同時にキャンディを頬張り魔力を回復させる。『神装』を使っていくつもりだろう。


「奥の手があるなら、そろそろ出し惜しみしない方がいいぞ……ext《天魔禁鎖グラウプニル》!」


 離れた位置まで逃れた《ペガサス》へと向けて手を掲げる。

 すると、《ペガサス》の周囲の空間から幾つもの黄金の鎖が伸びる。

 新たな『神装』――その名は《天魔禁鎖》。相手の動きを拘束するための魔法の『神装』版だ。

 前後左右、あらゆる方向から伸びた黄金の鎖が《ペガサス》を完全に拘束する。今度はゴムの鎖とは違い伸びたりはしないが、《ペガサス》の機動力でも引きちぎることが出来ない……それどころか完全に空中に縫い留める。


「……!」


 初めてヴィヴィアンの表情が動く。

 思った以上に強力な拘束に、少しだけ焦りが見えた。

 鎖の内の一本がヴィヴィアンへと迫るが、彼女は《ペガサス》の背から飛び降りてそれをかわす。


「……リコレクト《ペガサス》」


 そして先程と同様に拘束された《ペガサス》を消すと、再度召喚しなおす。

 が、今度は空中へと突撃することはしなかった――というよりも、出来なかった。なぜなら、アリスが『槍』を片手に落下したヴィヴィアンを追っていたからである。


「ちと勿体ないが、仕方ない――cl《天燕襲撃ロケットレイダー》!」


 《神馬脚甲》を解除、《飛脚甲》へと変更し、槍を構えて突撃する。

 一直線に飛んでいくスピードならば、《神馬脚甲》よりも遥かに早い。

 召喚したての《ペガサス》の首筋に槍の穂先が突き刺さる。


「くっ……」

「ぐおっ!?」


 激しい衝突に二人が呻く。

 アリスの槍は《ペガサス》の首を貫き――そこを起点に《ペガサス》の全身にヒビが入る。


「リコレクト《ペガサス》!」


 ヴィヴィアンの判断は早い。

 《ペガサス》が砕け散る前に『リコレクト』で消し去る。

 再度落下してしまうが、地上まではそれほどの距離はない。変身後の身体能力ならば問題なく着地出来る程度だ。

 ヴィヴィアンは地上へと着地、それを追ってアリスも――とはならなかった。


「これで終わりだ!

 ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》!!」


 ヴィヴィアンの着地を狙って《神槍》を放つ!

 この『神装』、一直線に飛んでいくように思っていたが、実は目標に向かって自動で追尾する機能があるらしい。元ネタでもそうなっていたような気がする。

 だから《ペガサス》に乗っている時であっても使えば命中させることは出来たかもしれないが、《ペガサス》に命中してヴィヴィアン自体にダメージを与えられないのでは意味がない。そう判断したアリスは、とにかくまずはヴィヴィアンと《ペガサス》を引き離し、ヴィヴィアン単体を狙える状況を作り出したのだ。

 嵐を纏った神槍が地上のヴィヴィアンへと向かう。

 これを食らえば、例え変身後の魔法少女であっても一撃で体力を削り切れる。それだけの威力を持った魔法ということはヴィヴィアンにもわかっているはずだろうが、彼女に焦りは見えない。

 ――静かに、ヴィヴィアンが右手を迫りくる神槍へと掲げ、魔法を使う。


「サモン――《イージスの楯》!」


 彼女の手の先に、直径2メートルはあろうだろう巨大な楕円の『盾』が出現する。

 鏡のようにきれいに磨かれた青い宝石で作られたかのようなその『盾』へと、アリスの《神槍》が激突する。


”……バカな……”


 思わず私は呟いた。

 テュランスネイルには確かに防がれたものの、一撃で触腕を引きちぎり、殻を深く抉るほどの威力。ヴォルガノフ戦においては、ぶよぶよの斬撃も打撃も防ぐ肉を抉り、貫いたとどめの一撃となった《神槍》が――その『盾』によってあっけなく防がれてしまったのだ。


「……!」


 《神槍》を使ったことにより魔力が尽きたアリスは地上へとそのまま落下。幸い高さがそれほどなかったことと、着地まではギリギリ魔力が残っていたため無事であったが……着地で魔力を使い果たし変身が解けてしまう。


「……リコレクト《イージスの楯》、サモン《ペガ――」


 再び『リコレクト』で楯を消し、再度《ペガサス》を召喚しようとしたヴィヴィアンが、変身の解けたありすの方を向き――その動きが硬直した。


「……え……?」


 変身解除したありすを見て明らかに戸惑っている。

 その戸惑いの理由は明らかではないが、明らかな隙を逃すありすではない。

 自分の変身が解けたとわかった時点で既にキャンディを手に取り魔力を回復。ヴィヴィアンが戸惑っている隙に、


「エクストランス!」


 再度変身する。

 しかし回復したとは言え魔力ゲージは半分程度、『神装』を使った時点で変身が解けてしまう量だ。

 本来ならばもっと回復させたいところだが……。


「cl《跳脚甲グラスホッパー》、md《スピア》!」


 このチャンスは絶対に逃せない。

 《跳脚甲》の力で地面を蹴り、一気にヴィヴィアンとの距離を詰め槍を振るう。


「――《イージスの楯》!!」


 動揺していたヴィヴィアンだが、向かってくるアリスを止めるため再度イージスの楯を召喚する。

 間一髪間に合い、アリスの槍は楯に弾かれてしまう。

 ……あの楯、《神槍》を防いだことからかなりの高ランクの魔法だと思うのだが、こうも連発出来るものなのか? 《ペガサス》にしても気軽に使えるような威力の魔法ではなかったと思うし……いや、考えるのは後だ。

 槍を弾かれたアリスだが、それはもうわかりきっていたのだろう。地面を蹴って素早くヴィヴィアンの側面――楯の横側へと回り込み……。


「cl《赤色巨星アンタレス》!!」


 盾による防御も、《ペガサス》による逃走も許さない至近距離から最大の攻撃魔法を浴びせたのであった。




 『WINNER ラビ』




 《赤色巨星》の直撃でヴィヴィアンの体力ゲージは削られ切ったのだろう。その時点で私が勝者である旨の表示が空中に浮かぶ。


「ちぇっ、勝ったのはオレなんだけどなー」


 ちょっとだけ不満そうにアリスは言うが、まぁ私も同感だ。プレイヤー名が表示されているだけだから仕方ない。

 倒れこんだヴィヴィアンがよろよろと起き上がろうとするが、ダメージが深いのか立ち上がれず地面にへたり込んだままになっている。

 対戦ではリスポーンはかからないようだ。また、体力ゲージが尽きても変身は解けないらしい。よく考えたら、通常のクエストで体力ゲージが尽きたら即リスポーン待ち状態になるのだ、変身が解けるも何もないか。


「危ないところだったぜ。まさか『神装』をあっさり防がれるとは思わなかった」


 アリスとしてはあの《神槍》で決める予定だったのだろう。

 確かに防がれた時は冷や汗をかかされたものだ。けれども、それですぐに頭を次の攻撃へと切り替えられるアリスを褒めるべきだろう。


「……負けた、のですね……」


 ダメージを負っている割には今までと変わりない様子でヴィヴィアンが呟く。

 ……いや、今までも生気のない表情だったのでそう見えるだけかも……。

 立ち上がれないヴィヴィアンを助けようと、アリスが近づき手を差し伸べようとするが――


”――この役立たずが!”


 吐き捨てるようにクラウザーがそう言うと、尻尾でヴィヴィアンを打ち据える。


「……ぁぅっ……」


 既に限界を迎えふらふらだったヴィヴィアンは殴り飛ばされ、地面へと完全に倒れこむ。

 こいつ……!


「何をする、貴様!」


 私が怒るよりも早くアリスが叫び槍を向けるが、クラウザーはこちらを見向きもしない。

 ユーザーへのダイレクトアタックが出来ない設定となっているため、いくらアリスが攻撃しようとしてもクラウザーへと攻撃が届くことはない。それがわかっているのだろう。

 クラウザーは倒れたヴィヴィアンの頭を前足で踏みつける。


「ぅ……」


 対戦のダメージとクラウザーに殴り飛ばされた衝撃で意識が朦朧としているのか、小さくうめき声をあげるだけのヴィヴィアン。

 流石にこれは見過ごせない。


”クラウザー、やめるんだ!”


 それ以上ヴィヴィアンを責めたって何にもならないだろう!

 ――私はそう叫ぼうとしたが、


 ゴオオオオオオオオオオッ!!


 ヴィヴィアンを押さえつけたまま、クラウザーが咆哮する。

 見た目通りの猛獣の雄たけびを受け、私もアリスも一瞬動きが硬直してしまう。


”……てめぇら、次は潰す”


 そう言い残し、クラウザーとヴィヴィアンの姿がその場から消える。

 ……悪役の捨て台詞、と笑い飛ばすことは出来ない。

 ただの悪役とは思えない――狂暴で、執念深いものを感じさせられる。


「……あの野郎……!」


 一瞬とはいえ、足を止めてしまったことを恥じるアリス。

 しかし、その怒りはヴィヴィアンを無下に扱うクラウザーへの怒りの方が勝っているようであった。


”……何にしろ、対戦はこれで終わりだね。マイルームへと戻ろう、アリス”

「……ああ」


 こうして、不穏な空気を漂わせつつも、初の対戦は私たちの勝利で終わったのだった。

 けれども――その勝利は手放しでは喜べないものであった……。

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