第2章3話 はじめての対戦(前編)

 初めての対戦なので、対戦時間は『15分』と設定しておいた。

 格闘ゲームなんかだともっと短いのが普通だとは思うが、この『ゲーム』の想定する対戦だと少し長めらしい。最短で1分、次が10分、15分、30分、60分と続き、一番長いのだと無制限になる。

 アイテムについては持ち込み不可で、キャンディとグミは同数が支給されることになっているようだ。

 また、プレイヤーは対戦中にはお互いのユニットに対して干渉することは出来ない。アイテムによる回復は、支給されたものだけで行う必要がある。余り無駄撃ちをしていると、魔力切れで詰みになる可能性がある――アリスの切り札である『神装』の使用タイミングはよく考えなければならないだろう。もしかしたら、プレイヤーへのダイレクトアタックが可となっていればアイテムも使えるかもしれないが……。

 ともあれ、今私に出来ることは何もない。アリスの戦いを見守ることだけだ。


「サモン――」


 先に動いたのはヴィヴィアンからだ。

 右手に持った本が開き、眩い光を放つ。


「《ペガサス》」


 本から放たれた光が一点へと凝集すると――そこに奇妙なものが現れた。


「……ほう」


 アリスはまだ魔法を使わない。何を考えているのかはよくわからないが、まだ様子見をしているようだ。

 現れたのは……何だろう、あれ……。

 見た目としては『馬』……なんだろうか。長い首に四本の脚を持つ、馬っぽいものがある。

 が、全く生き物に見えない。

 全体がエメラルドグリーンのガラスで出来ているようで、更にディティールが全くなっていない。まるで数世代昔の、ポリゴンで出来たような『馬』だ。そして背中からは翼――彼女は《ペガサス》と言っていたが、私の知るペガサスのような鳥の翼が生えているのではなく、ジャンボジェット機のような四基のエンジンが付いた翼が生えている。

 後、何故か馬の頭部にあたる部分からは一本の『角』らしきパーツが伸びている。ペガサスじゃなくてユニコーンじゃない? とも思うのだが、それは言っても仕方あるまい。

 これがヴィヴィアンの持つ魔法――おそらくは『召喚魔法』なのだろう。


「……参ります」


 宣言するとひらりとヴィヴィアンが召喚した《ペガサス》へと乗る――昔から疑問だったが、背中に羽のある馬ってどうやって乗るんだろう? と思っていたが、ヴィヴィアンの場合は羽の間の背中へとちょこんと正座して乗っかっていた。まぁ、ロングスカートだし跨るのは難しかろうが……。

 そして、ヴィヴィアンが乗ると同時に《ペガサス》の翼――についているエンジンから勢いよく炎が噴き出す。

 次の瞬間、一直線に《ペガサス》がアリスへと向かって飛び掛かる!


「うおっと」


 その飛行速度はかなり早い。氷晶竜のジェット噴射と同じか、あるいはそれ以上だ。

 けれども予期していたのかアリスは横へと跳んで一撃目の体当たりをかわす。

 ……もし食らっていたらどのくらいのダメージを受けることになるのか。気になるけれども食らって欲しくはない。

 体当たりをかわされた《ペガサス》はその勢いのままコロシアムの端まで飛んでいき、そして今度は上空へと進路を変える。


「ふむ。ではこちらも行くか――sts『神装解放プロヴィデンスギア・レリース』、ext《神馬脚甲スレイプニル》!」


 ようやくアリスも戦闘態勢へと入る。様子見のまま一撃でやられては格好がつかないだろうに……。

 使うのは万能脚甲である《神馬脚甲》だ。瞬間的なスピードを出すには《天翔脚甲》の方が向いているが、あらゆる面で移動力を強化することの出来る《神馬脚甲》の方が使いやすい。

 ……しかし、相手は空中を自在に駆ける《ペガサス》だ。追い付けるかどうかわからない。その上、相手はまだ《ペガサス》しか使っていない。他にも同時に様々なものを召喚してくる可能性があるし、召喚以外の魔法を持っていないとも限らない。


「cl《剣雨ソードレイン》!」


 空中で対峙する二人。先制攻撃にとアリスが《剣雨》を放つ。

 《ペガサス》はそれをかわす――ことなく、まっすぐに剣の弾幕に向けて突っ込んでくる。

 剣が《ペガサス》へと命中するが、ことごとく弾かれてしまう。どうやら、機械というか鉱石っぽい見た目の通り、かなりの強度を持っているようだ。

 流石にまっすぐに突っ切ってこられるのは予想していなかったのだろう。アリスへと《ペガサス》は向かう。


「ふん、cl《硬化壁ハードウォール》」


 《ペガサス》が衝突する寸前、アリスが目の前に壁を出現させる。

 ちょっとやそっとの攻撃では壊れないくらい頑丈な壁だが、それでも《ペガサス》の突進を防ぐことは出来ない。

 壁へと体当たり――見事なくらい粉々に砕け散ってしまう。

 そのままの勢いでアリスへと今度こそ体当たりを……と思ったところで、アリスが壁の後ろにいないことに気付く。


「md《チェイン》、ab《護謨ゴム》!」


 壁を目くらましに下側へと回り込んでいたアリスが、砕けた壁の破片に更に新しい魔法をかける。

 破片が鎖へと変化、更にそれがゴムの性質を帯び、ヴィヴィアンごと《ペガサス》へと絡みつく。

 これがアリスの魔法の強みの一つだ。例え破片になったとしても、『マジックマテリアル』で作ったものが残ってさえいるなら――破壊された後でも『マジックマテリアル』が消滅するまでなら、新しい魔法を何度もかけなおすことが出来る。消えるまでのタイムラグが微妙なので使いこなすにはちょっとテクニックがいるけれど。

 ゴム鎖の先端はアリスが握っている。


「よし、捕まえたぞ!」


 《ペガサス》の突進は脅威ではあるが、捕まえてしまえばどうと言うこともない。

 鎖に《硬化ハード》ではなく《護謨》をかけたのは、パワーで引きちぎられないようにするためだろう。たかがゴムと侮るなかれ、魔法で作られたゴムは普通のゴムとは異なる。かなり頑丈な上に本物のゴム同様に伸縮性に富んでいるのだ。

 捕まえた《ペガサス》を逃がさないようにして魔法を撃ちこみ、ヴィヴィアン本体へとダメージを与えることが出来ればそれで終了――だと思ったのもつかの間。


「……リコレクト《ペガサス》」


 慌てることなく、静かにヴィヴィアンが新たな魔法を唱える。

 と、次の瞬間、《ペガサス》の姿が消失する。


「何!?」


 ゴムの鎖に捕らえたはずの《ペガサス》が消え、鎖の間に出来た隙間からヴィヴィアンが抜け落ち――文字通り抜け落ちて地面へと落下する。

 そのまま地面に叩きつけられたら大ダメージは免れられないだろうが、


「サモン《ペガサス》」


 落下中に再度《ペガサス》を召喚、空中で器用に首へと掴まる。

 そして、召喚された《ペガサス》がアリスの下から弾丸の如く飛び掛かってくる。


「ぐっ……」


 今度は魔法で受けることはせずに飛んで回避する。が、相手の動きが早すぎる。直撃は食らわなかったものの、足に掠ってしまった。

 ……今のは何だ? ヴィヴィアンの魔法なのは間違いないけれど……《ペガサス》を消して、再度出現させただけではあるのだが、何か引っかかる。

 彼女は《ペガサス》を消す際に確かにこう言った、『リコレクト』と。アリスの魔法の掛け声はちょっと特殊なので置いておいて、ホーリー・ベルの『ロード』『オペレーション』『エクスチェンジ』、ヴィヴィアンの『サモン』のように魔法を発動させるためのキーワードと同じものだと思える。なぜ、『消す』のに魔法を使う必要があるんだ……? そこに、ヴィヴィアンの魔法の秘密があるのでは?

 私の推測の真偽を確かめる術は今はない。また、アリスへと伝える術もない――折角の遠隔通話だが、ダイレクトアタックなしの対戦中は使えないようだ。

 とにかく今はアリスを見守りつつ、ヴィヴィアンの動向に気を配ろう。直接話すことは出来るのだから、地上に降りてきた時にチャンスがあれば話すことも出来るだろう。

 私が考えている間に、空中での戦いの趨勢はヴィヴィアンの側へと傾きつつあった。

 ヴィヴィアンがやっていることは極々単純だ。《ペガサス》の機動力に物を言わせ、ひたすらアリスに向かって体当たりを繰り返すだけだ。

 ……体当たりを繰り返しているだけなのだが、これが単純故に対処が難しい。

 とにかく相手の機動力が高い上に防御力もあるのだから、まともに正面からぶつかったら確実に押し負けてしまう。《硬化壁》を砕いたことからして、アリス自身が食らったらそれだけでほぼ体力を削られる――最悪一発で体力全てを持っていかれるかもしれない。

 また、動きが早いために回避と同時に攻撃をしようとしてもあっという間に距離を離されてしまう。距離が離れたところで魔法を使っても相手に回避されてしまう。

 これは……思った以上にヤバいのかもしれない。

 相手はまだ《ペガサス》しか魔法を使っていないというのに、こちらの攻撃がほとんど通用しない――《ペガサス》の機動力によって全て振り切られてしまっている状態だ。

 例えば《赤色巨星アンタレス》みたいな広範囲魔法を放ったとしても、距離が開いていれば簡単にかわされてしまいそうだ。至近距離から撃とうとしても、その時には先に《ペガサス》に撥ねられてしまっているだろう。

 残るは『神装』だが……リスクが高い。かわされたり防がれたりしたら、その時点で敗北がほぼ確定する。とはいえ、現状通じそうなのが『神装』しかないのが……。

 アリスもそれはわかっているのだろう。最初の余裕は既にない。

 ……あれ? でもそんなに焦ってないような……?


「ふっ、ふふっ……」


 むしろ、嬉しそうに笑っているくらいだ。

 ……ああ、いや、これは……。


「ふははっ! なるほど、面白いぞヴィヴィアン! 対戦モード、中々いいじゃないか!」


 勝てる見込みがあるから笑っているわけではない。単に、戦うのが楽しいから笑っているだけだ――ま、概ねいつものアリスと言えばそうなんだけど。

 一方でヴィヴィアンの方は最初のころから全く表情が変わっていない。お面でも被っているんじゃないかと思えるくらい、不自然に表情が変わらないのだ。

 感情が薄いだけなのか、それとも――最初の遭遇の時に見た、死んでいる表情が気にかかる。

 クラウザーの方をちらりと見ているが……余裕の表情、というわけではなく苛立っているように見える。その苛立ちの原因は……ヴィヴィアンがアリスをすぐに倒せてないことにあるのか、比較的優位に立っているというのに決定打を与えられていないことにあるのか……。


「――が、そろそろ決めるか」


 アリスの気配が変わる。

 本気で相手を仕留めにいく時の真剣な表情だ。

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