第2章1節 メイド服と召喚獣

第2章2話 プロローグ ~彼女との邂逅

 クエストそのものは特に問題なく終了した。

 一部初見の敵も混じってはいたが、ヴォルガノフやテュランスネイルのような規格外の相手はおらず、精々がスフィンクスや水蛇竜クラス、あるいはそれらより少し強い程度だ。こちらも無傷で余裕、というわけにはいかないが油断したり不意打ちを食らわなければ負けることのないレベルの相手である。

 然程苦戦することもなく、かつ貰えるジェムはそれなりという効率的には美味しい部類の相手とのクエストが集中していた。

 強敵と戦うことはゲームとしては楽しいものの、消費するジェムも多くなる。多少地味でも、ジェム稼ぎをするのであれば、今の実力から見て弱めの敵と戦い続けるのが一番なのだ。

 ……スフィンクスとかが決して雑魚というわけではないのだけど。テュランスネイルやヴォルガノフのような規格外の相手と戦った後から見ると、どうしても数段落ちる相手と言わざるをえない。


”そこそこ稼げたかな……? ステータス強化するには全然足りないけど”

「むぅ……」


 ステータス強化はすればするほど要求されるジェムの数が増えていく。

 既に結構な回数強化しているため、万単位でのジェムが必要になっているのだ。回復アイテムに使うジェムもあるので、ステータスを一個強化するのには今のペースだと……十回くらいはクエストクリアしないとダメかもしれない。

 平日は放課後にしか『ゲーム』が出来ないことも考えると……二三日に一回強化できるかどうか、というところか。それも、一回ステータスを上げたらまた要求数が増えるのは目に見えているので、終いには月一ペースにまでなるかもしれない。


「……流石に、それは飽きるぞ……」


 私の予想を話すと、アリスがげんなりと言った表情で返す。

 そう。一番の問題は『飽きる』ことだ。『ゲーム』クリアを目的としているアリスだが、だからといって『飽きる』ようなことになってしまうと困ったことになる。

 同じようなモンスターと延々戦い続けるだけでは詰まらない――クリアしたいのであればそうも言ってられない、と言いたいところだけど、心情的にはよくわかる。まぁステータスを強化して余裕が出てくればより上位のモンスターと戦うクエストを稼ぎ用として選択できるようになるんだけど、それはそれで今度はその上位モンスターにも『飽きて』しまうかもしれない。難しいところだ。


「まぁ、そうも言ってられんか――」


 RPGならレベル上げ、狩りゲーなら素材集め……この手のゲームではどうしてもそういう地道な作業が求められる場面がある。

 ここは我慢のし時だと割り切るしかない。

 幸い――とは諸手を挙げて言えないのだが、私たちが単独でクエストをクリアしているため、報酬でもらえるジェムの量はホーリー・ベルたちと協力プレイしていた時よりは増えてはいる。相手が比較的弱めのため一度に貰えるジェムは期待よりは少ないものの、周回効率は落ちてはいない。

 地道に回数をこなしていけばいずれ楽になる……とは思う。


”焦って危険を冒す必要もないよ。時間制限があるわけでもなし、私たちのペースで無理せず強化していこう”

「ああ、そうだな」


 『飽きた』としても、別のことをするなりして気分転換すればいい。最悪、この『ゲーム』を投げ出したっていいと私は思っている――これは流石にアリスには言えないけど。

 肝心なのは、無理してリスポーンしてしまうこと、そしてリスポーンすらできなくなってしまうことなのだ。

 ――と、マイルームに戻って次のクエストを待っている間に話をしていると……。


”……おや?”


 私の視界の隅に見慣れないアイコンが出現、点滅する。

 ……何か『怒っている顔』に見えるアイコンだ。こんなアイコンは今まで出てきたことがないが……。

 ……ああ、もしかして――


「どうした、使い魔殿?」


 謎のアイコンをクリックしてみると、視界一杯に新しいウィンドウが開く。

 そこには私の予想通りのことが書かれていた。


”アリス、私たちと対戦したいってプレイヤーが現れた”


 そう、それは昨日実装されたばかりの『対戦モード』――別プレイヤーから私たちに向けての対戦希望依頼……というか、挑戦状だった。

 プレイヤー名は――『クラウザー』。


「クラウザー……そいつ、確か――」


 聞き覚えのある名前だ。

 ジュジュが言っていた『最強のプレイヤー』だったか、確か。関わらない方がいいと忠告されていたけれど……。


「なんか、すげー感じの悪い奴だな! 受けようぜ、使い魔殿!」


 そうだ、美鈴が言っていたが、自分のユニットに対して罵詈雑言を浴びせたりと酷い扱いをしているというやつだ。そして、もし出会ったとしたらそのユニットの子を助けてあげたいとも……。

 アリスも当然それを覚えている。だからか、当然のように対戦を受けようと言ってくる。

 ……さて、どうしたものか。

 対戦モードが実装されたのは知っていたが、詳細は相変わらずわからないままだった。私が一番心配なのは『負けた時点でゲーム脱落』みたいな一発アウトにならないかどうかなのだが……。

 うーん、こういう時に相談できる相手がいないというのが辛い。


”……わかった。やろう”


 けど、結局私はアリスの言う通り対戦を受けることに決めた。

 危険は確かにあるけれど、わからないからと逃げ続けても状況は変わらない。なぜか他のプレイヤーとも接触出来ないし、これはある意味では好機かもしれない。

 ……まぁ、話を聞く限り、クラウザーとやらとはジュジュのように友好関係を結べるとは思えないけれど――ああ、いや、ジュジュとも結局……。

 ともあれ、私たちは対戦を受けることに。

 ウィンドウに表示されている『対戦を受けますか?』の問いかけに『Yes』と答える。

 すると、更にウィンドウが開き幾つかの選択項目が現れる。


「お、おお?」


 どうやら新しいウィンドウはアリスにも見えているらしい。

 ウィンドウに表示されているのは、対戦の細かい条件だ。対戦時間、対戦場所、投入するユニット数etc……あまりやったことはないけど、対戦ゲームなら選択できるであろう項目だ。

 気になる項目は二つ。『BETするジェム数』と『プレイヤーへのダイレクトアタックの有無』だ。

 ……なるほど、そういうことか……。


「ふーむ、プレイヤーへのダイレクトアタックか……つまり、これをONにすると――」

”対戦で勝てば他のプレイヤーを減らせていけるってわけだね”


 ジュジュ曰く、プレイヤーがモンスターの攻撃を受けて体力がゼロになれば、その時点でゲームオーバーだという。この選択をONにしてしまうと、対戦でも同じことが起きるのだろう。

 もう一つのジェムのBETについては、おそらく勝った場合には相手からBET分のジェムがもらえ、負けた方はジェムを支払うというものだろう。ダイレクトアタックをONにしてしまえば、負けた方はジェムを払うどころではないと思うんだけど……もしかしたら、対戦ではゲームオーバーにならないのだろうか?


「流石にダイレクトアタックはなしだな」


 アリスはあっさりと言う。流石に初の対戦でわからないことだらけで危険は冒せない。

 ――いずれ、この機能をONにして戦うことが来るかもしれないが、それは今ではない。


”わかった。BETするジェムは……うーん、とりあえず初めてだし1000ぐらいにしておこうか”


 少なすぎるかもしれないが、相場が全然わからない。

 どうも対戦条件の設定権は挑まれた側にあるようだし、ここは様子見させてもらおう。

 諸々の条件を選択し、いよいよ『対戦開始』のボタンをクリックする。

 すると、クエストに挑む時と同じような一瞬の浮遊感が私たちを襲い――私たちは設定された対戦フィールド、『コロシアム』へと移っていた。


”……ここが対戦フィールドか……”


 四方を壁、そして観客席――誰もいないが――に囲まれた円形の闘技場だ。ここを選んだ深い理由は特にない。

 あえて言うなら、対戦と言えばコロシアム、みたいなノリ程度だ。


”ふん、ようやく来たか……決断が遅ぇんだよ、愚図が”


 私たちの背後から聞こえてくる声――低い濁声の主……。

 振り返るとそこには見たことのないプレイヤーと、そしてユニットがいた。


「……お前がクラウザーか」


 事前に話に聞いていた通りだった。

 『最強のプレイヤー』クラウザー……その姿は、私やジュジュとは明らかに異なる。見た目は完全に大型のネコ科の肉食獣……ぶっちゃけ、『トラ』そのものだ。普通のトラと異なるのは、黒地に白い縞模様が走っていることだろう。白地に黒縞なら『白虎』と言えるのだが……。また、私の耳と同じように、普通とは違う太い尻尾が二本生えている。

 え、ナニコレ……私やジュジュは小動物だったのに、クラウザー大きすぎない? 何か差がつきすぎじゃない? もしかして、この体格差が『最強のプレイヤー』と呼ばれる所以だったりするのだろうか……何か、メガリスどころかギガリスくらいなら倒してしまえそうな雰囲気なんだけど……。


「……」


 一方、クラウザーの傍らに静かに佇むユニットの少女――私たちの視線に応えるように、スカートの裾をつまんで優雅に挨拶する。


「お初にお目にかかります。わたくしは『ヴィヴィアン』――どうぞお見知りおきを」


 彼女――ヴィヴィアンの挨拶は実にしっくりと来るものだった。

 見た目の年齢は10台半ば……あるいはもう少し下だろうか、アリスに比べるとやや幼さを残した少女の姿だ。涼やかなエメラルドグリーンの瞳に、柔らかそうな栗色の髪を背中側で一本の三つ編みに纏め、頭にはメイドさんがつけているあのひらひらの飾りホワイトプリム――ではなく、なぜか金属製のティアラを載せている。

 ヴィヴィアンが身に纏っているのは、なんというか――一言で表せば『メイド服』である。深い紺色のドレスの上から真っ白のエプロンを身に着けた、コスプレ的なメイドではなく本格的なメイドである……私も初めて見たけれど。あまりひらひらとした装飾はなく、かといってシンプルすぎず……衣装自体はとても可愛らしいというか、綺麗なものである。

 アリスもホーリー・ベルもそうだったが、ユニットはどうも人間離れした美貌を持っているようだ。ヴィヴィアンもその例に漏れない。

 ……が、その美しさを全て台無しにするかのように、彼女の表情は『死』んでいる。

 感情が薄いというのもありそうだが、顔色は青褪め、瞳には生気がない。まるで病人が無理やり起き上がっているかのようだ。


「オレはアリスだ! よろしくな、ヴィヴィアン!」


 ヴィヴィアンの状態に気付いていないわけではないだろうが、殊更快活にアリスは振る舞う。名乗ると共に右手を差し出す。

 その意味がわからないということはないだろう。けれど、ヴィヴィアンは戸惑いおろおろとアリスと自らの使い魔――クラウザーとの間に視線を通わせる。

 そんなヴィヴィアンの様子に、苛立たし気にクラウザーが舌打ちする。


”愚図が! 敵と馴れ合ってんじゃねぇぞ! さっさと始めろ!”

「は、はい……」


 クラウザーの怒鳴り声にびくりと身を震わせ、ヴィヴィアンが後退し、その手に辞書のような大きな本を持つ。どこから取り出したのかはわからないが、あの本が彼女の『霊装』なのだろう。

 一方で握手を拒否されたアリスはやれやれ、と言わんばかりに肩を竦ませるだけであった。

 余り気にしていないのかな?


「どうやら、美鈴が言ってた通りっぽいな。

 ……まぁ具体的にどうするかは後で考えるとして――まずは対戦で勝たないとな!」

”そうだね。私からは手助けは出来ない、何が起こるかわからないから気を付けて”

「おう!」


 応え、アリスも少し下がって距離を取ると――


「来い、『ザ・ロッド』!」


 自らの『霊装』――『杖』をその手に取る。

 二人が共に『霊装』を手にした瞬間、空中に文字が浮かび上がる。


 ――『Ready』――


 なるほど、お互いの戦闘準備が整った時点から対戦開始というわけか。

 そうでなければ、私たちがコロシアムへとやってきた瞬間、ヴィヴィアンの不意打ちが後ろから撃てるわけだったし、クラウザーなら不意打ちをさせただろう。しかし、そうはならなかった。となると理由は対戦開始の条件が整っていなかった、ということ以外考えられない。


 ――『Fight!!』――


 空中の文字が対戦開始を告げる――!




 私たちの初めての対戦、そして、クラウザーとの長い戦いはこうして始まったのだった……。

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