第1章49話 エピローグ ~この物語は――

*  *  *  *  *




”……晴れてきたね”


 テーブルマウンテンから空を見上げ、私は呟く。

 私たちの前にはヴォルガノフの死体が横たわっている。

 ――あの後も幾度も魔法を繰り出し、そしてヴォルガノフも本気モードとなったか電撃の渦を巻き起こしてこちらを巻き込み……最後にはお互いに回復も防御も捨ててひたすら最大の攻撃を撃ち合い、どちらが先に倒れるかという『殴り合い』を繰り広げていた。結果、アリスがヴォルガノフを制した。

 ヴォルガノフが雷雲を生み出していたらしく、空から急速に雲が消え青空が覗いている。


「現実世界の天気も、これで良くなるかもな」


 ああ、そうかも。あの天気の悪さはヴォルガノフの影響だったのかもしれない。

 何度も電撃を食らい、尻尾で殴り飛ばされボロボロになったアリスだが、その表情は実に晴れやかだ。

 『もやもや』は雷雲と共に吹き飛んだのであろうか。


「……使い魔殿、クエストはクリアしたわけだが……周囲に敵の反応はあるか?」


 そわそわと辺りを見回しながらアリスが訪ねてくる。

 なんだろう、小型モンスターを更に狩ってステータスを上げたいとかかな?

 レーダーを確認してみるが、モンスターの反応はない。ヴォルガノフとの戦いの最後辺りで雑魚モンスターは打ち止めになっていたようで、実は途中からヴォルガノフ以外の反応は消えていたのだが。

 もうモンスターはいないようだ、とアリスに告げると……。


「よし――念のため、ゲート近くまで移動して、っと」


 モンスター退治が目的ではないらしく、アリスはゲートまで戻ってくる。が、そのままクエストクリアはしないようだ。

 そして、戻ってくると……。


「……変身解除」


 アリスは自ら変身を解除し、ありすの姿へと戻る。

 ……自力で変身できるのだから、変身を解除することも出来るか、そりゃ。今までその必要がなかったからやってこなかっただけで。

 けど、一体なんで?


「……んしょっと」


 私が疑問を発するよりも早く、首にしがみついていた私をありすが胸に抱きかかえるようにして持ち直す。

 ああ、そりゃそうか。ありすの体格で首にしがみつかれたら辛いよね。


”どうしたの、ありす?”


 彼女が何をしたいのかがさっぱりわからない。

 私の問いに、ありすは静かに答える――口調や態度は今まで通りのぼんやりとした感じだが、その瞳はぼんやりとはせず、空の向こう側をはっきりと見つめている。


「……あのね、ラビさん」

”うん”

「わたし――この『ゲーム』を、クリアしたい」


 この『ゲーム』を……クリアする……。

 それは、つまり――


”……クリアしたら、終わっちゃうかもしれないよ?”


 私自身はプレイしていないが、この『ゲーム』がいわゆる『狩りゲー』に属するものであるならば、『クリア』という概念自体がないと思われる。

 ストーリーモードのようなものがあるとしても、基本的には『飽きるまで』延々と遊べるのが『狩りゲー』だという認識だ。そして、この『ゲーム』にはおそらくストーリーはない――あの黒晶竜たちのことは気になるが、ホーリー・ベルたちが普通に脱出できたことから考えても、強制イベントでも何でもない……となると本当になんだったのか気になるところだが、とにかく『ゲーム』のイベントではなかっただろう。

 『クリア』の定義が不明ではあるが、それが何にしろありすが『クリアした』と思ったその時が、彼女の中での『ゲーム』の終わりなのだ。

 ――そして、私はこの時、彼女の中での終わりが、彼女の中だけではなく全体としての『ゲーム』の終焉となるだろうと、何の根拠もなく思った。


「ん……」


 私の返しに困ったようにありすは首を傾げ、少し黙り込む。

 ありすはさほど雄弁な子ではない。私の問いかけに返す言葉を心の中で紡ぐのに少し時間がかかっているだけだろう。返答を促さずに私は待つ。


「ん、と……わたしね、この『ゲーム』……好きなの」

”うん”


 それはわかっている。

 『ゲーム』を一緒にやる以前のありすのことを私は知らないが、きっと今までの人生で一番生き生きとしているんじゃないかと思う。


「すず姉のこととか……モンスターにやられたりとか……悲しいこと、辛いこと、いっぱいあるけど――やっぱり、好きなの」

”……うん”


 この言葉は本心だ。

 ありすは『好きでも嫌いでもない』場合なら、『びみょー』とか『ふつー』とかいう適当な感想を返す。どちらかと言えば好きな部類なら、『好きでも嫌いでもない』だ――天邪鬼気味だなぁ。そして、嫌いよりならはっきりと『苦手』『嫌い』と言う子である。

 そんなありすがはっきりと『好き』と言っているのだ。となれば、本当にこの『ゲーム』が好きで好きでたまらないのだろう。

 ……確かに美鈴とのことはショックだった。今後、もしかしたら彼女と同じように仲良くなれるプレイヤーとユニットと出会えるかもしれないが、同時にそれは別れの辛さも味わう可能性があるということだ。

 ありす自身も色々と辛い目にあっている。テュランスネイル戦では一度んでリスポーンしているし、氷晶竜戦や、もっと遡れば初めて出会った時も、平和に生きる10歳の子供ならば泣き喚いて二度と味わいたくないほどの痛みや恐怖を経験している。

 それでも――それでも尚、彼女は『ゲーム』が『好き』だと言うのだ。

 そして、それを『クリア』――終わりにしたい、と言うのだ。


「好きだけど――好きだから、この『ゲーム』をクリアして、エンディングが見たい。

 だって、

”……”

「どうすれば『クリア』なのかまだわからないけど……すず姉とも約束した。もう誰にも負けないし、必ずクリアするって」


 ……昨日、美鈴と会った時、か。

 きっと美鈴は意味がわからず戸惑ったであろう。『ドラハン』の話かな、と思って困惑しているに違いない。

 誰にも負けない――もうどんなモンスターと戦ったとしても、リスポーンするなんてことはしない。だって、リスポーンしている間に大切な仲間が傷つき、取り返しのつかないことになるかもしれないから――きっと、そんな思いがあるのだろう。


「ラビさん……これからも、わたしと一緒に戦ってくれる?」

”……ああ”

「これからも……わたしを助けてくれる?”

”ああ”

「……ん。

 うん……。これからも……ずっと一緒にいてくれる?」

”ああ!”


 ――いや、まるで愛の告白みたいじゃないか。と野暮な突っ込みはすまい。

 言われるまでもない。


”私はありすと一緒にいるよ。これからも助けるし、一緒に戦う。

 だから……私とありすで、この『ゲーム』をクリアしよう!”

「……ん!」


 ありすは頷き――今まで見たこともないような、小さかった頃のような、無邪気に嬉しそうな笑みを浮かべるのであった……。




*  *  *  *  *




 この物語は、理不尽な『ゲーム』に翻弄される魔法少女ユニットたちの物語である。

 同じように巻き込まれた私は、あくまで彼女たちを見守り、時に少しだけ手助けする脇役に過ぎない。

 魔法少女たちの、愛とか勇気とか希望とか、そういうキラキラした『何か』による物語ではなく、凶悪なモンスターと血みどろの戦いを繰り広げる『理不尽なホラー』こそが本質であると私は思う。

 けれども――この子となら……ありすアリスとならば――

 きっと、この物語は、そんな理不尽を真正面から打ち破る『ヒーロー物』になるんじゃないかと……そんな風に思うのだ。

 一体どうすればこの『ゲーム』の終わりへとたどり着けるのかはまだわからない。これからももっと強力なモンスターがどんどんと出てくるだろう。でも、きっとありすアリスならばアリスの流儀でアリスマティックにそれらを乗り越えていけるはずだ。

 かくして、ありすアリスと私の物語――この理不尽なクソゲーを木っ端微塵に打ち砕くための、痛快ヒーロー活劇は本当の意味で幕を開けた。




「……それとね、ラビさん……これからも、一緒にお風呂に入ってくれる?」

”うん……え!?”


 ――なんてこった!

 にやり、とありすが邪悪に笑うのを私は見たのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 この『ゲーム』は、『ある目的』のために作られたものである。

 あくまでその目的は過程であって、最終的な目的は異なるのだが――少なくとも現在参加しているプレイヤーにとっては、過程の時点の目的を達成することこそが『目的』である。

 ありすが言う『クリア』も、『運営』側の目的からすれば、その過程の目的を達成することで果たされるであろう。

 しかしてその最終目的とは――

 『運営』側の思惑と、各プレイヤーの思惑と――それぞれの目的へと向け、『ゲーム』は新たな段階へと移行する。




<アップデートのお知らせ

  ・対戦モードの追加を行いました>




第1章『魔法少女』編 完

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