第1章48話 雷鳴の空へ

*  *  *  *  *




 三連休最終日――

 昨日、ありすは美鈴に会いに行ったようだ。そして、そこで美鈴の無事と『ゲーム』の記憶がなくなっていることを確認した。

 私としては、ジュジュの言ったことが正しかったことが確認できた。万が一のことがあったとしても、ありすの安全は保障されたというのは嬉しい――代償として美鈴、いやホーリー・ベルと永遠に別れることになってしまったのは悲しいことではあるが。

 帰ってきてからもありすは何かを考え込んでいるようで、結局昨日は一度もクエストに挑まなかった。これは『ゲーム』に参加するようになってから初めてのことである。

 ……ホーリー・ベルとの別れは、ありすにとっても色々と考えさせられるものがあるのだろう。

 私からは『ゲーム』への参加を促したりはしない――元々、危険があるかもしれないのだから、参加せずにやり過ごすことも考えていたのだ。ありす自身がもう『ゲーム』をしないというのであれば、それでいいと思う。

 あの『ゲーム』が何なのか、とか色々と謎は残るが……ありすが辛い目に遭ってでも解決しなければならないほどの謎ではないとも思う。


”……嫌な天気だな……”


 外の様子を見て私は呟く。

 今日も朝から部屋に籠っている。『ゲーム』をせずにひたすら籠っているのはまだ一昨日のことが尾を引いているからだけではない。今日は本当に天気が良くないのだ。

 雨はまだ降っていないが空は一面黒い分厚い雲に覆われ、雷の音が聞こえてくる。なんだっけ、雨が降ってない時の雷の方が危険なんだっけ。

 『ゲーム』内であれば外の天気は関係ないが、何にしてもこの天気では気分転換に散歩というわけにもいかない。朝、天気予報を見た美奈子さんからも、今日は外に出ないようにと言われている。


「……」


 ありすは何をするでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めている。

 昨日美鈴と何を話したのまでかはわからないが……。

 まぁ、今日は天気も悪いし、無理して『ゲーム』をする必要もない。このまま『ゲーム』から離れるのであれば、それはそれでいいと私は思う。

 ……そうなったとして、私の身の振り方も考えないといけないけれど……お腹も空かないし滅多なことでは現実世界では死ぬこともないとなると……うーん、それはそれでという感じではあるけれど。


「……ラビさん」


 外を眺めたままありすが私へと呼びかける。


”なんだい?”


 ベッドの上でゴロゴロしつつ、恋墨家の家族共用ノートPCでインターネットを適当に回りながら私は答える。

 今後『ゲーム』に対してどうするかにもよるが、何であってもこの世界で『ラビ』の体のまま生きていく以上、情報は必要だ。今までも『ゲーム』に参加していない時間帯は、美奈子さんの手伝いをしたりしつつネットで情報収集を行っていた。


「クエスト、行こう」


 ……が、あっさりとありすは『ゲーム』へと戻ることを宣言した。


”……いいの?”


 私の問いかけに、『何が?』とでも言うように首をかくんと傾げる。

 ……あれ? 私、見当違いの心配してた?


「……あれ、見て」


 ありすが窓の外――時折稲光を覗かせる黒雲を指す。

 そちらを見てみると……。


”! またか……!”


 遥か上空に、『何か』がいるのが見える。

 飛行機ではない。距離があるためどんな姿をしているのかはよく見えないが、ふわふわと鬼火のように彷徨う謎の発光体がそこにいた。

 これはアラクニドやテュランスネイルの時と同じで、こちらの世界に何かしらの影響を及ぼすモンスターが出現した、ということだろうか。

 クエストを確認してみると……。


”――多分、これだ”


 いくつかのクエストがあり、そのうちの一つに該当するであろうクエストがあるのを見つけた。




 討伐任務 雷精竜ヴォルガノフ討伐

  討伐対象:雷精竜ヴォルガノフ 1匹

  報酬  :50,000ジェム

  特記事項:飛行能力推奨、小型~中型モンスター多数




 このクエストに間違いないだろう。他のクエストは火龍やらスフィンクスやら見たことのあるモンスターばかりだ。一部謎のモンスターの出るクエストもあったが、今の状況とモンスターの名前からして『雷精竜ヴォルガノフ』こそが、あの空に浮かんでいる敵の正体である可能性が非常に高い。

 違ったら違ったで、別のクエストを受ければそれで済む――もちろん、無事にヴォルガノフを倒せたら、の話だが。いや、ネガティブなことは考えまい。


「ん、行こう」


 アイテムの補充は昨日のうちに私がしておいた。万全、かどうかはわからないが、準備は出来ているだろう。

 私は頷くとありすと共にマイルームへ移動、そして雷精竜ヴォルガノフとの戦いへと赴く――




*  *  *  *  *




 戦いの舞台は、今まで来たことのないステージであった。

 かなり広い場所なのは間違いないが、四方を見渡すとまるで巨大な壁のような山が取り囲んでいることがわかる。窪地……いや、盆地か。囲まれている場所は開けた平野となっており、小さな森がぽつぽつとあったり川が流れている。

 空を見上げると、現実世界と同じ黒い雲が見えるが――現実とは異なりかなりの圧迫感がある。多分、標高が高いのだろう。天空遺跡のように雲の上までとはいかないが、それでもかなりの高さであることは間違いない。

 ――テーブルマウンテン、だったか。確かそんな場所が存在していたことをふと思い出す。


「……あいつが、雷精竜ヴォルガノフ、ってやつか……」


 空を見上げたアリスが、今回の標的の姿を捉える。

 そこにいたのは……一言で表せば『空を舞う超巨大クリオネ』だ。実物は見たことないが、それが第一印象に近い。

 不自然に膨れ上がった胴体部は半透明? であり、その内部で青白い光球が放電をしている。頭部は見当たらない。胴体の上から生えている左右の巨大なヒレ、不自然に細くなっている胴体下部からも左右に小さなヒレが生えている。そして、胴体に比べて異常に長い尻尾……パッと見た印象はクリオネだが、もちろん全体をよく見ればクリオネとは似ても似つかない。

 ……まぁ、クリオネも見た目は愛らしいようには思えるが、実態はかなりエグい生き物だとは言うが。


”……なるほど、特記事項の『飛行能力推奨』って理由がわかるね”


 ふわふわと上空を舞うヴォルガノフ。飛行能力がなければ攻撃することも出来ないだろう。

 アリスであれば問題なく魔法で空を飛べるが……。


「ふーむ……これは素早さ重視でないとまずいか……」


 ヴォルガノフはまだこちらに気付いていないのかゆったりと宙を漂っているだけだが、もし戦うとなればおそらくはその名の通り『雷』をメインに使ってくることが予想できる。

 生身の人間が落雷を受けたら余程運が良くない限りは即死、良くて重症だろうが、変身している状態ならば雷であってもゲーム的な処理がされる。体力ゲージが削られるだけで済むだろう――テュランスネイルの握りつぶしのような即死級のダメージを受けないとも限らないが。

 戦闘が開始されたら相手は『雷』を駆使してくると思われる。そして、今はゆっくりとした動きだが、機敏に空を舞うかもしれない。

 だからアリスは『素早さ重視』で行こうと決めたのだ。それは私も同意だ。


「sts『神装解放プロヴィデンスギア・レリース』――ext《神馬脚甲スレイプニル》!」


 早速の『神装』だ。使うのはあらゆる機動力を強化する《神馬脚甲》である。

 一気にアリスの魔力ゲージの半分程が消える――が、すぐにキャンディで回復できる量だ。

 使うたびにキャンディを消耗するのは痛いが、一度使えば他の脚甲に変える必要がほとんど無くなるため――敢えて使うとすれば、踏ん張るための《碇脚甲アンカーボルト》か《神馬装甲》が持たない《瞬動クイックムーブ》を備えた《天翔脚甲スカイハイランナー》くらいか――コストパフォーマンスは『神装』の中でも群を抜いて優れている。敵が大したことのない雑魚ばかりの時はともかく、強敵相手であれば初手で必ず使ってもいいくらいの性能だ。


”もう一つの特記事項も気になるけど――って、言ってる傍から!”


 小型~中型のモンスターが多数、という特記事項の通り、平地に点在する森や岩陰から多数のモンスターの反応が現れた。

 いつもの馴染みのメンツに加えて、見たことのないやや大型の『ゴリラ』のようなモンスターもいる。


「あれは見たことのない奴だな」


 全体的なフォルムは前述の通り『ゴリラ』が最も近い。特徴的なのは、頭部である。ずらりと牙の並んだ口のすぐ上――本来ならば鼻や目のある場所がぼっこりと膨らんだ形状をしており、その中心に縦の裂け目……単眼のようなものがあることだ。

 新たなモンスター『単眼猿サイクロップス』の群れが10匹ほど、他にはアクマシラなどの小型モンスターが複数――そして大物のヴォルガノフか。

 つまりこれは……。


「ふ、ようやく【殲滅者アナイアレイター】の出番ということだな!」


 敵の大群を前にして嬉しそうにアリスが言う。

 そうだ、テュランスネイル戦では色々あって小型モンスターを倒すことが出来なかったため活躍できなかったアリスのギフト、【殲滅者】の出番だ。

 これだけ小型、中型モンスターがいれば、かなりの能力値を上げることが可能だろう――ただし、ヴォルガノフが動かなければ、だが。


”アリス、【殲滅者】にあまり拘りすぎないようにね。上からヴォルガノフが来たら危ない”

「わかってるさ」


 果たして本当だろうか……。


「さぁ、敵が来るぞ。しっかり掴まっていろよ、使い魔殿!」

”うん。サポートは任せて!”


 ホーリー・ベルがいなくなって初めての戦闘だ――私とアリスだけで戦っていたのがもう随分と前のように感じられる。

 これまでは危ないところはホーリー・ベルに助けもらってきたが、これからは私たちだけで戦い抜かなければならない……。

 不安よりも寂しさの方が勝る……けど、やるしかない。

 そして、私たちとヴォルガノフとモンスター軍団の戦いが始まった――




 ――戦いは、文字通りの『死闘』となった。

 平野部のモンスター軍団を薙ぎ払うのと共に、ヴォルガノフがこちらに気付き接近してきた。

 そして、接近してきたヴォルガノフからは予想通り『雷』の攻撃が降り注いできたのだが、予想と異なったのはそれがあまりに広範囲であったことだ。

 直撃は辛うじて避けられたものの、絶え間なく降り注ぐ雷の雨に追い立てられ、アリスはなかなか反撃することが出来ない。

 更にモンスターたちはヴォルガノフを恐れることなく、かといってそちらに攻撃することもなく、雷に打たれることも厭わずにアリスへとひたすら迫る。

 ……これは余りに不自然だ。同種類のモンスターが互いに連携してくることはあるが、全く別のモンスターが一斉に襲い掛かってくることは今までなかった。ボス級の大型モンスターがいる場合、異なる種類のモンスターはボスを恐れて近寄らないのが今までだったのだが、今回だとヴォルガノフというボス級――それも無差別に雷を落として攻撃してくる危険なモンスターがいるというのに、小型も中型も襲い掛かってくる。

 もしかして……ヴォルガノフが何かしている、のか? 確かめる術はないが、そうとしか思えない。

 何かしらの方法で他種族のモンスターを操り、自分の手ごまとして動かしているのだろう。コンビネーションと言えるほどのしっかりとした連携ではないが、損害を恐れずにひたすら向かってくるモンスターの群れは脅威となる。

 私たちはモンスターの大群、そして上空からのヴォルガノフの攻撃により段々と削られていっている。

 上空へと飛べばヴォルガノフとの一騎打ちが出来るかと思いきや、サイクロップスやオオアクマシラ等の腕力自慢のモンスターが石や木を投げつけて妨害してくる。地上だと数の暴力と上からの雷――まさに息を吐かせぬ波状攻撃である。 加えて厄介なのは、ヴォルガノフ自体の防御性能の高さだ。

 事前の予想通り、こちらに気付いてからの動きはそれなりに早い。スフィンクスよりは遅いくらいだが、巨体なだけあって動く幅が大きい。これはテュランスネイルと同じ、巨大モンスター共通の厄介な性質だ。

 厄介な防御性能とは、ヴォルガノフの肉質が『やわらかい』ことにある。まるでゴムのようにブヨブヨとしているのに弾力があり、刃を通さない。もちろん、打撃もそれほど有効ではない。アリスの最大の攻撃魔法である『神装』であれば……とも思うが、雑魚モンスターとヴォルガノフの攻撃が激しく中々使うことが出来ない。

 いかにもな弱点っぽい胸中の発光体を狙いたいところだが、ここが一番肉が厚く攻撃が通りにくい。ヒレや尻尾を狙って削っていくしかなさそうだ。




 死闘を繰り広げてどのくらいの時間が経ったか……。

 無限とも思えるくらいに湧いてくる雑魚モンスターを何度も《炎星雨ブレイズミーティアレイン》で叩き潰し、隙があればヴォルガノフへと攻撃魔法を放ち……。

 そうして、ついに私たちはヴォルガノフとの一騎打ちの状態にまで持ってくることが出来た。小型、中型モンスターをそれなりに倒してきたので【殲滅者】によるステータス上昇も行われている――ヴォルガノフの無差別攻撃で倒れるモンスターが多く、実際に戦った数よりもアリスがとどめを刺せたモンスターは少ないが、仕方ない。

 ここまでの戦いでキャンディもグミも結構使ってしまっている。まだ在庫はあるにはあるが、ここまでくるのにほとんどヴォルガノフへとダメージを与えられていない。向こうの体力とこちらの消耗によっては、回復アイテムが足りなくなる可能性もありうる。それに、雑魚モンスターがこのあとやってこないとも限らない。


「はぁっ、はぁっ……! 残りは、あいつだけ……!」


 大魔法を連発しつつ雷を回避し続け、アリスの体力も大きく消耗している。

 しかし、ギラギラと輝く瞳に狂暴な笑みは相変わらずだ。

 ……止めるべきだろうか? クエストをリタイアするというのも一つの手であると思う。アリスは一度リスポーンしているので、ここでまたリスポーンするとなると大量のジェムを失うことになる――二度目以降のリスポーン代金は不明のため、今持っているジェムでは足りないという事態も起こりえる。

 対してクエストリタイアは特にペナルティはない。リタイアまでに使ったアイテム類の消費はそのままではあるが、少なくともリスポーンのように何かしらの代償を求められることはない……とマニュアルには書いてあった。

 ここは一度撤退して、他のクエストでジェムを稼いで強くなってから……というのも一つの考え方だ。というより、ゲームであればそうするのが常道であろう。ヴォルガノフの攻撃を避け続け、無事にゲートへと戻ることが出来るのであれば、だが。


「使い魔殿……ちょっとだけ、耳閉じててくれ」

”?”


 けれども――


「mk《首輪リング》、ab《咆哮ハウリング》……」


 言われた通り耳を塞ぐ――というのは出来ないので、耳の内側をぎゅっとアリスの体に押し付けるようにして塞ぐ。

 アリスは大きく息を吸い込むと――


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 轟く雷鳴にも劣らない雄たけびを上げる。

 魔法によって増幅された声がテーブルマウンテンに響く。

 ……大気を震わせるその咆哮にヴォルガノフが怯む。が、同時に離れた位置にいたのであろうモンスターたちが集まり始めてきてしまった!


”アリス!? 何を……”

「悪い、使い魔殿」


 叫び終わったアリスが全く悪いとは思っていないであろう笑顔で言う。


「ちょっと、もやもやしてたのを吹っ飛ばした!」


 ……。


”……はぁ。それで、すっきりした?”


 私の問いに、晴れやかな笑顔でアリスは答える。


「ああ。ちょっとは気が晴れた。

 もう大丈夫――ここからは本気の本気だ!」


 一体何にもやもやしていたのか、それは問うまい。

 全力で戦えるというのであれば……彼女が彼女らしく戦えるのであればそれでいい。私は彼女の無茶を全力で支えるだけだ。

 折角倒した雑魚を呼び寄せる結果になってしまったが、そこまで狙ってのことだろうか? だとすれば、次にすべきことは……。


”まず魔力の回復を。まだまだ魔法は使うでしょ?”

「当然! ついでに、そろそろ他の『神装』も使うぞ!」


 《神馬脚甲》をずっと使い続けているが、ヴォルガノフへの決定打には攻撃型の『神装』が必要になってくるだろう。

 そして雑魚を一掃するということは、それだけ【殲滅者】の能力によってアリスのステータスが上がるということだ。

 つまりアリスの狙いは、【殲滅者】を最大限に生かしてステータスを上げ、その上でヴォルガノフへと超強力な一撃を食らわせるというものだ。

 厄介な肉の壁も、ステータスの暴力で無理やり突破してしまおうというわけである。実に脳筋ではあるが、今のところはそれが最善か。


「cl《赤色巨星アンタレス》!!」


 眼下のモンスターを巻き込むように、『神装』を除いては現状最強の魔法を撃ちこみ、私たちはヴォルガノフへと迫る――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る