第1章47話 さよなら、魔法少女 5. こんにちは、■■■■

*  *  *  *  *




 テュランスネイル戦の翌日、日曜日。

 結局、昨日はあの後はクエストに挑むことはせずに、そのまま何となく『ゲーム』をしないまま終えてしまった。ありすも私もそんな気分ではなかったのだ。

 そして今日はと言うと、いつも通り朝早く起きて『マスカレイダー フィオーレ』を視聴していたありすだったが、どことなく上の空っぽい感じがする。

 その後はいつもならクエストに向かうのだが、今日はそれもない。

 ……やっぱり昨日の美鈴の件が後を引いているのだろう。


「……ラビさん、わたし、ちょっと出かけてくる……」


 ありすがそんなことを言い出したのは午前11時ちょっと前くらい。お昼ご飯にはちょっと早いが、これから出かけるにしてはちょっと遅いくらいの時間だ。


”……いいけど、どこへ? 私も着いていこうか?”

「ん……今日は、一人でいい……」


 ――ああ、そうか。そういうことか。

 ありすがどこに何をしに行くのか見当がついた私は、それ以上は何も聞かずにありすを見送る。

 そうだよね……確かめずにはいられないよね……。

 私ももちろん気になるところだけれど、もしも――彼女に記憶がない場合、混乱の元になるだけだ。もとより、『ゲーム』の記憶がなくなっているのだから、『ゲーム』関係者の私のことについては忘れてしまっているかもしれない。


”わかった。行ってらっしゃい、ありす。車に気を付けてね”

「ん、大丈夫。行ってきます……」


 ここはありすの好きなようにさせてあげよう。気にはなるけど、視界共有もせずに私はありすを待つことにした……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ありすの家から桃園台とは逆方向に向かって徒歩でおよそ15分程度。実畑みのはた地区と呼ばれる地域に、美鈴の通う『立実畑中学校』はある。

 桃園台南小に通っていた子供たちのおおよそ六割程度が進学するのが実畑中学校である。ありすも二年後、中学受験をしなければこの学校に通うことになるだろう。

 そして、ありすと同じ小学校出身である美鈴も、今は実畑中へと通っている。

 実畑地区は桃園台よりも起伏に富んだ地形となっており、一部にはまだ手付かずの森があったりもする。実畑中もその特殊な地形の中に建てられており、坂の上に校舎、坂の下に校庭及び体育館があるといった特殊な形状をしている。


「……結構、遠い……」


 自転車を使わずに徒歩で来たありすはそう呟く。

 実畑中へと来たのは今日が初めてである。思ったよりも遠く、後二年後には毎日この距離を通うのか……と思いため息をつく。

 それはともかく――

 ありすが今日ここに来たのは、もちろん美鈴と直接会うためである。

 携帯の番号をお互いに知っていれば良かったのだが、残念ながらありすの携帯は保護者がパスワードを設定しており勝手に番号の登録が出来ない子供用の携帯だったので、美鈴の番号を知らないのだ。『ゲーム』をする上では、マイルームでチャットが出来るし特に不便はなかったためそれでもよかったのだが……。手動で番号を入力すれば電話は掛けられたので、聞くだけ聞いておけば良かった……と思うが今更である。

 また、美鈴の家も――ありすは思い出せていない。同じ小学校の出身とは言っても、桃園台南小の学区はそれなりに広い。あてずっぽうで探し回っても見つけられるとは思えないし。

 それに――もしも美鈴がありすのことを覚えていなかったとしたら――突然家にやって来たら不審に思われてしまうだろう。

 だから、ありすは中学校へと直接やってくることにしたのだ。特別なことがない限り、土日の午前中は大体部活動をしていると美鈴から以前聞いていたため、今日ならいる可能性が高いと思ったのだ。

 いつもならば大体昼ご飯を食べて、それから『ゲーム』で合流していたことから考えて、大体11時過ぎくらいに午前の部活が終わると推測しやってきたのだが……。


「ん……これからどうしよう……」


 実畑中の正門前までやってきたところで、ありすは立ち止まってしまう。

 勢いでここまで来たものの、これからどうするかを全く考えていない。中学生でもないありすが勝手に校内に入ってしまっていいものかどうか、そのことに思い至った。

 不審者として通報されることは流石にないだろうが、教師に捕まって色々と話を聞かれたりするのも厄介だ。下手すると親へと連絡が行ってしまうかもしれない。

 ……いや、いっそのことそれならば美鈴を呼び出してもらえるか……? とも思うが、それでもし美鈴がありすのことを覚えていなかったとしたら……。


「お、超可愛い子はっけーん」

「……はっけーん」

「……ん!?」


 正門前でまごまごしているありすに、声をかけてくるものたちがいた。

 びくりと身を震わせ声の主を見ると――そこには見たことのない少女たちがいた。制服を着ていることから、実畑中の生徒であることはわかる。

 双子――だろうか、よく似た顔立ちの二人の少女は、中学生とは思えない大人びた雰囲気を漂わせている。

 片方は緩くウェーブがかかった腰まで届くロングヘア、もう片方は肩までで切り揃えた髪に眼鏡をかけている。ぱっと見ただけでは印象はかなり異なるが、顔立ちはそっくりだ。


「あ、あの……」

「んー? どしたのどしたの? 君、まだ小学生だよねー? 中学校に何か用でもあるのー?」


 ロングヘアの方はぐいぐいとありすに近づきながら、やはりぐいぐいと質問攻めにしてくる。

 詰問されているというわけではないが、あまりに押しが強くありすは気圧されてしまう。


「ハナちゃん、その子、怖がってる」


 それをもう片方の少女が押しとどめようとする。

 優等生っぽい見た目の通り生真面目な声音だが、ピクリとも表情を変えないのが不気味と言えば不気味だ。


「おっと、それもそっか。

 んで、お嬢ちゃんはどうしたの? 返答次第じゃあ……」

「ハナちゃん、ステイ」


 まさか取って食われるわけはないが、そうであってもおかしくない。そんな本気なのかどうなのかよくわからない雰囲気がある。


「そ、その……お姉ちゃんを、迎えにきて……」


 相手のペースにこのまま巻き込まれていは話が進まない。

 勇気を出してありすはそう答える。

 答えつつ、悪くない言い方だったと思う。休日に部活で学校に来ている姉を迎えに来ている妹――よくあることかはわからないが、そこまで不自然な話ではない。中学校まで迎えに来たものの、気後れして校門前でまごついているという設定ならば不自然でもないだろう。

 ありすの答えに納得したのかどうか、二人は同時に『ふーん』と言うと、


「なーに、お姉ちゃんの部活終わりに迎えに来たって?」

「お姉ちゃんは何部?」


 疑われている? と冷や汗が流れる。


「剣道部……です……」


 嘘をついても仕方ない、正直にありすは答える。


「あー、なら向こうの体育館だねー。見える? あの坂の下のところ」

「剣道部ならまださっき元気な声聞こえてきてたし、残ってると思う」

「そーねー。お嬢ちゃん、こっちから入って学校突っ切ってったら先生に見つかって面倒なことになっちゃうかもだし、ぐるっと回って裏門行った方がいーよー」

「……ん……」


 どうやら二人は疑っているわけではなく、先程ありすが考えていたのと同じことを心配してくれていたようだ。

 二人の言葉によれば、剣道部が部活をしている体育館は裏門のすぐ目の前にあるのだという。そこなら教師に見咎められることなく剣道部のところへと行けるだろうと。


「……ありがとう、ございます……」


 ありすは二人にお礼を言うと、彼女たちの言葉に従って裏門を目指すことにした。

 住宅街や畑があり一直線に裏門へと向かうことは出来ないが、学校のある方角をもとにぐるっと回り込んでいけばたどり着けるだろう。幸い、ありすは方向音痴ではない、大体の場所がわかればそこまで迷うことはない。




「やー、可愛い子だったねー、フーちゃん」

「そうだね、ハナちゃん」

「特に、お姉ちゃんを迎えに来たんだけど、中学校にちょっと気後れしてまごまごしているところが超可愛い!」


 ……などと、謎の双子はありすを見送った後、きゃいきゃいと騒いでいるのであった。




*  *  *  *  *




 双子の言う通り、ありすは裏門へとやってきた。目の前には体育館がある。中からは既に部活動をやっていると思しき声や音は聞こえてこない。

 部活は終わって帰ってしまったか……? いや、先程の双子の話によれば声が聞こえたという。ありすが裏門まで来るのに大体10分くらいかかってはいるが、たった10分で部活動を終え、着替えも終わらせて帰宅したとは思えない。

 体育館の入り口のドアも開いたままだし、まだ着替えている最中とかではないだろうか、とありすは思う。

 さて、どうすべきか……体育館の中を覗き込んでみるか、それともここでそのまま待っているか……とありすが悩んでいる時、体育館の中から一人の少年が出て来る。

 紺色の胴着を着ており手には竹刀を持っている。男子剣道部員であろう、中学一年生か二年生か、小柄な少年だ。


「……ん?」


 少年が裏門前にいるありすに気が付く。

 裏門の周りにも家はあることはあるが、小学生が中学校の裏門から中の様子を窺っていることは普通ないだろう。


「……おい、お前。何か用か?」


 無視して素振りをしようとも思ったらしいが、少し悩んで少年がありすに声をかけてくる。

 初対面の年上の男子にぶっきらぼうに声をかけられてありすが緊張する。見た目の割にはずっと低く重い感じのする声だ。


「あの……すず姉――美鈴、さんに会いに……」


 先程の双子よりも話しづらい。別に男嫌いというわけではないのだが、身近に年上の男性が父親くらいしかいないので余計に緊張してしまう。

 美鈴の名前を聞いた少年は怪訝そうに眉を顰める。


「みすずぅ?

 ……あ、あぁ、堀之内か」


 どうやら『美鈴』の読み方を本名の方で覚えていたらしい。ありすもすっかり忘れていたが、彼女の名前の正しい読み方は『みれい』である。

 こくこくとありすは頷く。


「ちょっと待ってろ――おい、! お前を呼んでる子がいるぞ!」


 少年が体育館の中に向かって呼びかける。

 ホーリー……おそらく苗字の『堀之内』からとられた愛称だろう。その呼び名にどきっとする。

 ――ああ、そうか、『ホーリー・ベル』ってそういうことか……とありすは今更ながら納得する。苗字の方からとられた綽名と、美の『ベル』を合わせた名前だったわけだ。

 ともあれ、どうやらここに美鈴がいるらしいことに安堵する。

 ここにいるということは、ラビが以前心配していたように『ゲーム』で脱落してしまったら現実世界にも影響があるのではないか、という点については完全に否定されたことになるわけである。尤も、美鈴に関しては変身できなくなったもののポータルから無事に帰還しているので、今後も絶対に安全というわけではないだろうが……。

 ひとまず無事だということに安堵はするが……問題は美鈴がありすのことを覚えているかということだ。

 無事ならばそれでいい、そう思ってはいたものの――


「んー? あたしに?」


 と、少年に呼ばれて体育館の中から一人の少女が出てくる。

 白い胴着に白い袴――それに、きらきらと煌めく金髪の少女……まぎれもない、美鈴本人である。

 少年と入れ替わりに外に出てきた美鈴がありすを見つけ、二人の目が合う。


「……あ、の……」


 覚えてくれていなかったらどうしよう、と不安に思い中々声が出せない。

 思えば、とにかく美鈴に会おうと思って飛び出してきたものの、実際に会った時にどうしようとまでは考えていなかった。


「……おー、誰かと思ったらありすじゃん。どしたの?」


 ……が、ありすの不安など吹き飛ばすように、いつもの調子で明るく美鈴が声をかけてくる。

 ――覚えていてくれてた!


「……すず姉!」

「おぅ!?」


 堪え切れず美鈴へと駆け寄り、思い切り抱き着く。

 やや小柄なありすと中学二年生の女子にしては長身な美鈴では身長差があり、ありすの頭突きを腹部に食らうような感じになり美鈴が呻く。


「えっ、ちょ、ありす!? 待って待って、あたし部活終わったばっかで……」


 胴着を着たままということは、シャワーもまだ浴びていない状態だ。それを必死に訴えようとするが、ありすは美鈴の胸――いや腹に顔をうずめたまま動こうとしない。

 何が起きているのかさっぱりわからず、美鈴を呼んだ男子があんぐりと口を開けているが、それに気づいた美鈴がしっしっとあっちへ行けと手を振る。


「……どうしたの、ありす?」


 ただ事ではない、と思った美鈴がいつになく優しい声音で尋ねる。

 よく見るとありすの体が小刻みに震えているのがわかる――泣いているのだ。


「…………ごめんね、すず姉」

「ん?」

「わたしが……すぐに死んじゃったから……」


 クエストが終わる時にも話していたが、ありすはどうしても自分があの時テュランスネイルにすぐにやられなければ、美鈴を――ホーリー・ベルを助けることが出来たのではないかという思いがあった。

 アリスがいれば、ジュジュがホーリー・ベルから離れるということもなかっただろう。


「あー、昨日の『ドラハン』か……いや、別にいーって。結局、最後には勝てたんだし」

「……!」


 美鈴の言葉から、やはり『ゲーム』の記憶がなくなっていることがわかる。彼女の記憶では、テュランスネイルとの戦いは『ドラハン』での出来事に置き換わってしまっているようだ。


「そんな気にする必要ないよ。あたしもあの後やられちゃったし、何より、そんな泣くことないって」


 『ゲーム』に関する記憶はなく、美鈴の中ではホーリー・ベルのことはなかったことになってしまっている。

 魔法少女が好きで、『ゲーム』に参加することで憧れの魔法少女になれた美鈴であったが、その記憶はもはやない。

 失われた記憶であれば辛いということすら感じないだろう。けれども、ホーリー・ベルのことを覚えているありすにとっては――美鈴が無事であることは喜ばしいが、ホーリー・ベルは『死』んだのだということを思い知らされてしまう。


「……すず姉……」

「ん?」


 美鈴は無事だった。ありすのことも忘れていなかった。確かめたかったことは確かめられた。

 ――しかし、ありすにはこの時新たな思いが芽生えていた。


「あのね、わたし――」


 そしてありすは、その時の思いを美鈴へと告げる――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る