第1章46話 さよなら、魔法少女 4. さよなら、魔法少女

*  *  *  *  *




”ありす!”


 急いでありすの元へと美鈴と共に駆けつける。

 美鈴のダメージも癒えていないが、それでも構わず私を抱いて走ってくれている。

 ありすはと言うと、地面にへたり込んだまま動けないでいる。


「……ん、ラビさん……すず姉……」


 大怪我をして動けないというわけではなく、魔力だけではなく気力も体力も使い果たしてしまったようだ。

 いつも通りのぼんやりとした表情だが、隠しようのない疲れが見て取れる。


「ありす……無茶しちゃって……」

「……すず姉に言われたくない……」

”いや、君も大概だからね?”


 私とありすが同時に突っ込む。

 ……まぁ、彼女が無茶をしたのは、アリスのリスポーン待ちというどうしようもない事情があるにはあったが。

 それにしても――と、私はもはやぴくりとも動かないテュランスネイルの死骸を見上げる。

 よくもまぁこんな化物と対峙していた、と思わざるを得ない。

 それも二人とも変身せずに生身で一時は立ち向かっていたのだから……その胆力には驚かされる。


”何はともあれ、これでクエストクリアみたいだね”


 目標となる敵はテュランスネイルだけであったため、これでクエストは終わりだ。

 天空遺跡の時のように更なる強敵が乱入してくるという気配もない。まぁ、あれはかなり特殊な事例だとは思うけど。

 後はゲートまで移動すればクリアだ。脱出アイテムはあることはあるが、前回の事から考えて美鈴が置き去りになってしまうだろう。ジュジュがいない以上、美鈴は変身することが出来ない。置いて行ってしまうと、自力で歩いて帰るかあるいは……うろついているモンスターにやられるかだ。流石にそんな事態にはするわけにはいかない。


「ん、じゃあ……戻ろう」


 ここからベースまではかなり距離はある。徒歩で行くのは流石に厳しいと思うけど……。

 ありすの魔力残量はひどいことになっている。キャンディを幾つか使わないと変身することは出来ないだろう。


「……キャンディ、もったいない……」


 ……まぁ、ありすならそう言う気はしていたけど。

 が、私のレーダーが他のモンスターの反応を捉えた。


”残念だけど、まだモンスターは出るみたいだ。流石にもったいないって言ってる場合じゃないね”


 テュランスネイルに恐れをなして離れていたのか、それなりの数のモンスターが集まり始めている。テュランスネイルの死骸を漁るつもりだろうか。

 メガリス程度でも生身のありすと美鈴では太刀打ちできない。体調が万全ならば走って逃げることもできるかもしれないが、今は二人とも傷を負っている。

 ……そうだね、モンスターがいようがいまいが、消耗している二人に長距離を歩かせるのは良くない。

 ありすの魔力が回復するまでキャンディを使い、変身したアリスに運んでもらうのが安全確実だ。

 私はいつも通りの位置にしがみつき、美鈴を抱きかかえてアリスが飛行しゲートへと向かう。超遠距離から攻撃を仕掛けてくる敵でもいない限りは安全だろう――そんな敵がいたら、テュランスネイルとの戦いでも乱入してきただろうし、レーダーの範囲に映っていなければ問題ないはずだ。




「……しかし、アレだな。やっぱりもっと攻撃力を上げないとダメだな!」


 しばらく無言で飛んでいたところ、沈黙に耐えきれなくなったかアリスが言う。


”そうだね……まぁ『神装』の威力と消費が微妙に釣り合ってないってのもあるとは思うけど”


 無言で過ごすのも何だし、アリスの言葉に私はそう返す。

 もちろん本音でもある。確かに『神装』の威力は高いのだが、テュランスネイルに対しては一撃必殺とまではいかなかった。もっと攻撃力を上げればその分『神装』の威力も上がるのだろうが、それでも魔力のほとんどを消費するのに見合う威力なのかというと、ちょっと難しいところだ。

 『神装』の実験でわかったことだが、『神装』の魔力消費は固定値ではなく割合である。《神槍》ならば9割5分――つまり95%も常に消費することになる。《剛神力帯》なんかはもっと少ない消費で済むのだが、割合消費なのは変わりない。威力の上昇よりも魔力の消費量の方が上なのだ。


「多分だけど、それ一撃で済んじゃうような魔法は作れないんだと思う」


 美鈴がそう言う。

 なるほど、『強力な切り札』としては機能させるが、『強力すぎる一撃』にはならないということか。『神装』の一撃でどんな敵も粉砕できてしまうとなると、『ゲーム』が成り立たなくなってしまう。モンスターと戦わされるこちらとしては一撃で決着がつけば楽ではあるが、それはそれでバランスのおかしいクソゲーではあるか。

 美鈴……ホーリー・ベルの《絶装》も同じなのだろう。こちらは、超強力な切り札ではあるのだが、リスクが強烈であった。一度使ってしまったら、魔力切れになるか敵を全滅させるまでキャンディを使うかしかないわけだ、『神装』よりもリスクは大きいかもしれない。


「うーむ、確かにそうかもしれんな。幾つか『神装』を試してみた時、どう足掻いても確実に魔力切れを起こすものもあったし、リスクは切り離せんか……」


 そんな美味しい、こちらが有利になるような話はないということだ。もちろん、アリスのステータス強化が無意味なんてことはない。『神装』はいざという時の切り札として、他の魔法をメインに使うというのがこれからの基本的な立ち回りとなるであることから、ステータス強化はむしろ積極的にしておくべきだと思う。

 ……まぁ、ステータス強化に使うジェムを稼ぐよりも、敵を倒すのに使うキャンディの消費が増えていくことが予想されるので、なかなか強化に回すことは出来ないとは思うが――ああ、それと今回リスポーンしてしまったので、次回以降のリスポーンに使うジェムも増えるんだった。そのための貯金もしておかないと……。

 ――などと、色々と話しているうちにゲートへと私たちは戻ってきた。

 ゲートの前に立ち、後は光の中に飛び込めばクエストクリアだが……。


「さて……戻ろっか、アリス、ラビっち」


 何事もないと言うように美鈴がそう言う。

 その言葉に対して、アリスは――


「……美鈴……オレは……」


 アリスも、これが美鈴――ホーリー・ベルとのお別れだと理解しているのだろう。言葉に詰まる。

 どうにか出来ないか、私も考えたが……どうすることも出来そうにない。ホーリー・ベルはあくまでジュジュのユニットであり、私の方から干渉することは出来ないのだ。アイテムすら融通することが出来ないのだから、それ以上の干渉など出来るはずもない。

 寂しいけれど、彼女とはここでお別れということになる。……ならざるをえない。

 泣きはしないが、今にも泣きそうなアリスの顔を見て困ったように美鈴が微笑む。


「……ごめんね、アリス。あたしがもうちょっとジュジュと上手くやれていたら、こんなことにはならなかったと思うんだけど……」

「いや、オレがあの時あいつにやられなければ……っ!」


 お互いに今回の原因が自分自身にあると主張するが……いくら言っても今更なことでしかない。

 アリスよりも美鈴の方がそれを理解しているのだろう、苦笑する。


「……仕方ないわ。まー、あたしの戦いはここまでってこと。

 今まで楽しかったよ、アリス」

「……うぐっ、美鈴……」


 ついに堪え切れなくなったアリスが俯き、必死に涙を堪えようとする。

 見た目は大きくなっているものの、中身は10歳の子供なのだ。仲のいい友達と永遠に会えなくなる――そのことに涙することは決して恥ずかしいことではない。大人であってもそうなのだから。


「泣くな泣くな、アリス。

 ……心配しないで。この『ゲーム』の記憶は無くなるだろうけど、あたしはありすのことを絶対に忘れたりしないから」


 アリスを安心させようと美鈴は言う。『ゲーム』に関する記憶はジュジュの言葉が正しければ消されてしまうだろう。だが、それ以外の記憶は……? 『ゲーム』で知り合ったありすの記憶自体は残るのではないか?

 何かの根拠があるわけではない。アリスを安心させるためだけに言っているのかもしれないし、実際美鈴にもどうなるかはわからないだろう。

 それでも、今はそう言うしかない。そう信じるしかない。


「あたしはありすのことを忘れないから……嘘だと思うなら会いに来て。この『ゲーム』に関してはもうあたしは手助けは出来ないけど、普通の友達としてこれからも一緒に遊べるから」

「……うん……」


 まだぐすぐすと泣いているが、それでも少し落ち着いてくれたようだ。

 ……ひょっとして、美鈴はありすのことを――幼馴染のことを思い出したのだろうか……。いや、それは聞くまい。

 別れは惜しいが、そろそろ時間がヤバい。レーダーに映るモンスターの反応が徐々にこちらに近づいてきている。


”アリス、気持ちはわかるけど、そろそろモンスターがこっちにまで来る”

「ああ……」

「そうね、モンスターも来るし、ここまでね」


 テュランスネイルと戦っている間の時のように遠巻きに様子を窺って襲って来ないというわけではない。一度モンスターに襲われたら次々と乱入されてしまうだろう。そうなると無防備な美鈴が危ない。

 今度こそ、お別れの時だ。


「それじゃ、アリス、ラビっち。今度こそ……」

”うん。今までありがとう、美鈴。君たちのおかげで私たちはここまで来れたんだと思う”

「美鈴……」


 美鈴――ホーリー・ベルがいなかったとしたら、私たちは今こうしていられなかっただろう。あのアラクニド戦できっと終わっていたに違いない。

 この『ゲーム』を続けることが喜ばしいことなのかどうかと言われると難しいところだが、美鈴と一緒に『ゲーム』をしていた時間が楽しかったのは間違いじゃない。だから、彼女には本当に感謝している。


「美鈴、『また』、な」

”……そうだね。『また』ね、美鈴”


 『ゲーム』の中ではお別れだが、現実世界の方ではお別れではない。

 だから、『さよなら』ではなく『またね』、だ。

 そんな私たちの気持ちを汲んでくれたのだろう。美鈴は笑って言ってくれた。


「うん、またね、二人とも!」




 ――こうして、私たちは美鈴と別れ……魔法少女ホーリー・ベルと永遠に別れたのだった。

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