第1章44話 さよなら、魔法少女 2. 美鈴

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 《ハードシェル》――範囲こそ狭いものの、ホーリー・ベルの使える防御系魔法では最の魔法である。

 魔法の対象となったものを取り囲むように魔法の『殻』を発生させ、完全に閉じ込める代わりに外部からも内部からも破ることの出来ない、完全防御を実現する魔法だ。

 防ぎようのない超広範囲攻撃をやり過ごす場合や、厄介な敵を一時的に封じ込めるために使う魔法なのだが、今回はラビの身を守るためだけに使っている。


「……これで、本当に最後の最後、か……」


 すべてのキャンディは使い終わってしまった。

 後は《絶装》がホーリー・ベルの魔力を吸い尽くし、終わりを迎える。

 ジュジュがいれば魔力切れを起こしても復活は出来たが……袂は分かった。そのことについてはもう諦めはついている。

 彼女にとって必要なのは、後は『覚悟』だけだ。


「アリス――ごめんね」


 氷の戒めを破り、テュランスネイルが襲い掛かってくる。辛うじて氷漬けを免れたテュランベビーたちも向かってくる。

 ラビも安全を確保し、念のため風属性の魔法でアリスの復活するであろう方向へと向けて投げておいた――乱暴だったかもしれないが、今ホーリー・ベルの近くにいる方が危険なのだ。


「さぁて、やるわ――最後まで付き合ってね、『天道七星セプテントリオン』!」


 アリスのリスポーンまではもう少しだろうと予想しているが、おそらくリスポーン前に魔力が尽きる。

 そして戦っていてわかったが、このテュランスネイルは明らかにレベルが上の相手だ。氷晶竜とは別の種類の強さではあるが、今のホーリー・ベルやアリスが戦うにはまだ早い、格上の相手であると実感した。

 二人で一緒に戦えるのであれば勝機はあるだろうが、残念ながらホーリー・ベルはそこまで持たない。

 ならば、彼女に今できることは二つ。

 一つはこのまま魔力切れを迎えてしまう前に『逃げる』ことだ。

 テュランスネイルにも追い付けない位置まで逃げてしまい、そのままクエスト終了――アリスが勝つか負けるかはともかく――まで隠れることである。

 ――彼女はその選択はしない。

 残る一つ。アリスが『勝てる』ように、少しでも多くテュランスネイルにダメージを与え、潔く散ることだ。


「あたしは昔、あの子に救われた――だから……」


 ホーリー・ベルの記憶ではない。美鈴の時の話だ。

 彼女はかつて、ある一人の小さな子供によって――そのおかげで、今の自分がいるのだと思っている。

 その子供のために――そして、自分の思い描く『理想の魔法少女』のためにも――


「ここで逃げたら、格好つかないっしょ!」


 ホーリー・ベルは、最後の最後まで戦うことを選択した。

 テュランスネイルを倒すことは出来なくても、後に続くアリスの助けになるように――文字通りの『最終手段』を使う。


「ロード――《セプテントリオン》!」


 彼女の霊装が最終形態へと姿を変える。

 眩く輝く七つの光球――『天道七星』の最終形態は、他の七つの形態全ての強化を同時に行えるものだ。

 その代償は大きく、一発魔法を撃つだけで『天道七星』が壊れる、一度だけ使えるものである。


「全てを薙ぎ払え(Blast them all)!!

 オペレーション――《ヘヴンズ・クライ》!!」


 《絶装》の時のみに使える極大魔法の光が、荒野を白く焼き尽くす――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くっ……」


 《ヘヴンズ・クライ》の力で周囲一帯は岩山も何もかもを巻き込み、真っ平になっていた。

 その荒野跡で美鈴が目を覚ます。

 ――すでに魔力は尽き、変身することも出来ない状態だ。


「あいつは……!?」


 視線をテュランスネイルに向ける。

 これで倒せていれば――という淡い期待もむなしく……。


「――ダメだったか……」


 全身が焼け焦げ、背中の殻には大きなヒビが入っている。右側の巨大触腕は半ばから千切れているものの、テュランスネイルはまだ動いていた。

 流石にダメージは大きかったようだが、ゆっくりと動き始めている。瀕死にはまだ遠い。

 周囲のテュランベビーは一掃出来たようだが……。


「う、ぐっ……」


 もはや美鈴にできることはない。

 魔力が尽きた上にキャンディもなく、二度と変身することは出来ない。【装飾者】の魔法ならば使えるかもしれないが、変身が解けた時点で一緒にアクセサリも消えてしまっている。流石にあの土壇場で外す隙はなかった。

 《絶装》の影響か、全身に軋むような鈍い痛みが残っており、立ちあがるのがやっとである。走ってテュランスネイルから逃げることもできそうにない。尤も、全力で動けたところで魔法も使わずに逃げ切れる相手ではないが。


「は、はは……何これ、すっげー怖いんですけど……」


 変身している時には感じなかった『恐怖』が美鈴を包む。

 正しくは変身している間にも恐れがなかったわけではない。変身している間は戦える力があったために『恐怖』の対象とはなりえなかっただけである。

 魔法を失った今、テュランスネイルは絶対に抗いようのない『死』を齎す存在でしかない。そのような存在に対して、生身で立ち向かうことに『恐怖』を感じないほど美鈴は鈍感ではなかった。

 ……それが幸か不幸かはわからないが。


「怖い……怖い、けど……」


 それでも。


「あと、少しだけ……っ!」


 テュランスネイルがゆっくりと動き出す。

 気味の悪いタコの目が、美鈴の姿を捉えている。ダメージを負っているため素早くとはいかないが、それでもテュランスネイルのサイズからしてわずかな歩みだけで詰められる距離だ。

 視線が自分の方を向いていることを確認すると、美鈴はテュランスネイルから向かって右側へと駆け出す。

 全身の痛みで思うように走れない。が、それでも必死に走る。

 何のためか?


「あと少しだけっ! アリスが来るまで時間を稼がないと……っ!」


 逃げるためではない。

 わずかに残った最後の力を振り絞り、もはや変身できなくとも、それでも尚美鈴はアリスのために走る。

 ――それはもはや逃げることもできないと悟った上での自棄なのかもしれない。

 たとえそうであっても、美鈴は自らの気持ちに従って走り出した。

 あと少しだけ足掻く――時間を稼げば稼ぐほど、アリス、それに無防備なラビからテュランスネイルの注意は逸れる。

 このクエストの結末がどうであれ、美鈴自身――魔法少女ホーリー・ベルはここで終わりなのだ。

 ならばせめて、最後の戦いは『勝利』で終わってもらいたい……その思いが、美鈴を走らせている。

 横目でテュランスネイルを見つつ、ひたすら走り続ける。目を離さないことにさしたる意味はなくとも、もしかしたら一撃か二撃は回避できるかもしれない。

 美鈴を追うようにテュランスネイルも動き出す。

 片方の触腕がなくなったため、ずるするとゆっくりと這う動きしかできない。が、それでも単純な大きさもあり、傷ついた美鈴の走りには簡単に追いつけてしまう。


「……!」


 たった数歩で触腕の攻撃範囲へと追い付いてしまう。

 生身で触腕の攻撃――叩き潰しなどを受けたら、万が一にも美鈴は助からない。

 当然、美鈴の事情などお構いなしにテュランスネイルは触腕で攻撃を開始する。

 上から叩きつける攻撃ではなく、地表を薙ぎ払うように触腕を振るう。


(……かわしきれない!?)


 全力で走っても触腕の攻撃範囲から逃れることは出来ない。そう悟った美鈴はいちかばちか、触腕の方へと向き直り――


「――っ!!」


 向かってきた触腕に薙ぎ払われ、悲鳴すら上げられずに宙を舞った。

 ……しかし、まだ意識はある。


(受け身……とらないと……)


 どのくらいの高さを飛んでいるのかもわからない。地上に頭から落ちるのか脚から落ちるのか、背中から落ちるのかすらわからない。

 それでもまだ生きているのなら、囮くらいの役には立てる。

 朦朧とする中、美鈴は尚もアリスのために動くことだけを考え、一秒でも長く生きようとする。

 しかし、美鈴自身にはわかっていなかったが、美鈴の体は数十メートルは高く打ち上げられており、いかに受け身を取ろうとも人間が地面に叩きつけられて無事で済むわけがないところにあった。奇跡的に生きていたとしても、その後に動くことなど出来ようもない高さだ。

 更にテュランスネイルは薙ぎ払った触腕を持ち上げ、空中の美鈴へと向けて追撃をしようとしているところであった。

 つまり――美鈴へと絶対の死が迫っているのだ。

 ――だが、


「――ext《赤色巨星アンタレス》!!」


 救いの手が美鈴へと伸びた。

 《ヴァーミリオンサンズ》にも匹敵するであろう燃え盛る巨星がテュランスネイルの殻目掛けて飛来する。

 ただの炎の塊ではない、内部に巨岩を内包する炎弾を受け、テュランスネイルの巨体が揺らぐ。


「美鈴!」


 そして、地面へと落下する美鈴を空中でキャッチし、テュランスネイルから離れる。


「……アリス……」


 間一髪、アリスが間に合ったのだ。


”美鈴、頑張ったね! 待ってて、すぐに回復するから!

 デコレーション:イヤリング――《ヒール》!」


 それはアリスがリスポーンした時に怪我が治っていない時のため、とホーリー・ベルが渡していたアクセサリに込められた魔法だった。

 ホーリー・ベルに変身できない時であっても、ホーリー・ベルの体から離れていたために奇跡的にラビに渡していたイヤリングだけは残っていたのだ。

 癒しの光が美鈴の体を包み、全身の傷を癒す。


「ラビっち……アリス……」


 完全に回復するには至らなかったが、それでも全身の痛みが和らぎ呼吸も楽になる。

 テュランスネイルに殴り飛ばされた時の衝撃でまだ意識は朦朧としているが、少なくとも死ぬ寸前だったダメージは回復している。


「美鈴――遅れて済まない」

「……ううん。いいの。あたしの方こそ、ごめんね……最後まで一緒に戦えなくて……」


 テュランスネイルから離れた位置へと降り立ち、美鈴を下す。


”……周囲にテュランベビーの反応なし。ここなら安全だと思う”


 岩に擬態するテュランベビーは動き始めるまでレーダーに反応がない。しかし、この辺り一帯はホーリー・ベルの最後の魔法によって岩山も何もかもが吹き飛ばされた更地となっている。レーダーに反応がないということは、本当に近くにテュランベビーがいないということなのだろう。

 ラビの言葉にアリスは頷くと、ラビを美鈴へと渡す。


「念のため、使い魔殿は索敵を頼む。

 ……美鈴、今度はオレの番だ――最後まで見ててくれよな」

「……うん」


 美鈴がホーリー・ベルになっていないこと、それにジュジュがいないことから、アリスにももうわかっていた。このクエストが終わったら美鈴は『ゲーム』から永久に脱落してしまうということを。


”キャンディは全部補充してある。アリス……君の思う通りやっておいで”


 普段ならアリス一人でテュランスネイルに立ち向かうなどという危険なことはさせないであろうラビだが、今はアリスの思う通りにさせてやろうと思う。美鈴を守るという役目もある。

 彼女たちに出来ることは、もうアリスを見守ることしかないのだ。

 ラビの言葉に頷き、美鈴たちに背を向け、倒すべき敵へと視線を向ける。


「――sts『神装解放プロヴィデンスギア・レリース』――」


 ――そして、テュランスネイルとの最後の戦いが始まる……。

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