第1章43話 さよなら、魔法少女 1. 絶装
これから起こることは、アリスのリスポーンが完了するまでの、ほんの一分か二分くらいの間の出来事だ。
その短い時間で起こったことを、私は決して忘れることはないだろう。
――私たちの相棒であった、ホーリー・ベルの最後の戦いを……。
* * * * *
《
全身を包み込む衣装は七色に輝き、背には同じく虹の輝きを持つ翼が生えている。
正義の魔法少女の最終フォームと言っても過言ではない、神々しい姿だ。
……だが、その美しい姿とは裏腹に、この衣装は目に見えない禍々しさを持っている。
「ぐ、うぅ……!」
苦しそうにホーリー・ベルが顔を歪め呻く。
よく見ると衣装がホーリー・ベルの体へと深く食い込んでいっている――まるで、彼女の体を侵蝕するかのように。
”ホーリー・ベル、大丈夫なのか!?”
「だ、大丈夫……心配しないで、しっかり掴まっていて!」
凄まじい力を発揮する代償に、この衣装はホーリー・ベルの肉体を深く蝕む。体力ゲージに減少はないものの、明らかに肉体には影響が出ているのが傍から見ていても明白だ。
そして、見る間にホーリー・ベルの魔力ゲージが減少していく。魔法を何か使っているわけでもないのに、だ。
「ちょっと、これ負荷が大きすぎて……使いどころが難しいんだよね……」
氷晶竜との戦いに使わなかったことを気にしているのだろうか。確かに負荷が尋常ではなさそうだ。大幅な魔力減少の度合いを見るに、アリスの『神装』に当たる切り札的な衣装なのだろう。
「魔力がなくなるまで――キャンディ全部使い切ってでももたせて見せる!」
アイテムホルダーにどのくらいアイテムが残っているのかはわからない。
ジュジュがいない以上、魔力も体力も回復し続けることは出来ない。
絶望的な戦力差であることを自覚しつつも、ホーリー・ベルはテュランスネイルたちに最後の戦いを挑む。
「ふっ、ふふっ……」
その戦いにあって、可笑しそうにホーリー・ベルが笑う。
”……どうしたの?”
「ううん、ちょっと思い出し笑い。まるで、ありすの好きな『マスカレイダー
……あれか。
主人公の相棒が、たった一人で主人公を守るために敵の軍勢と戦った、ありす曰く『神回』のやつか。ありすがあまりに強くオススメしてくるので、学校に行っている間に全話見たんだよね。
……でも、あの時のラストは――
「当然、アリスが戻ってくるまで負ける気はないけどね!!」
そう言いながら魔法を展開する。
彼女の周囲に幾つもの光球が生み出される。《
これは発熱し、発光する超高温の――
「オペレーション《プラズマボルト》!」
生み出された光球――プラズマボールが四方八方へと飛び、地上から飛び掛かってきていたテュランベビーを焼き払う。
一撃で小型とは言えテュランベビーを焼き尽くすとは……。だというのに、威力に見合わず魔力の消費がない。
「これが《絶装》の持つ能力よ。
一度使うと魔力切れになるまで魔力が勝手に消費され続けるけど、どれだけ魔法を使ってもその消費はない……そして、使える属性は他の衣装全部を兼ねる!」
……それはとんでもない能力なのではないか? 魔力の続く限り、無限に魔法を撃ち続けられるということか。
あまりに強力な衣装の力だが、デメリットとして常に魔力を消費し続けてしまうというのがある。しかも魔力切れになるまで解除できないということは、これを使って相手を倒しきれなかったとしたら致命的な隙が出来るということになる。
キャンディ全て使い切って、それでもアリスが戻ってこれないようだと……いや、とにかく今は悪いことを考えるのは止そう。ジュジュがいないホーリー・ベルのサポートに徹しなければ。
レーダーには、まだたくさんの反応がある。一体、どれだけの数がいるというのか……。
”ホーリー・ベル、まだまだテュランベビーがいっぱいいる! こっちへと次々と向かってくるから迎撃を!”
「うん!」
更にアリスから遠ざけるように移動しながら、《プラズマボルト》を連打してテュランベビー共を焼き払う。
そこへ、ひっくり返った姿勢から元に戻ったテュランスネイルが現れる。
「……来たわね……」
いくら雑魚を倒していってもこのクエストは終わらない。最終的にはテュランスネイルを倒さなければならないのだ。
ホーリー・ベルは《プラズマボルト》をテュランベビーだけではなくテュランスネイルにも放つ。が、流石にほとんど効果がない。
「これなら――オペレーション《ソードストーム》!!」
《
無数の剣がテュランベビーを切り払い、テュランスネイルへと向かう。
……しかし、その全てが分厚い触腕に阻まれてしまう。多少食い込むぐらいで、ダメージには至っていない。
「……あの触腕、何とかしないと……」
彼女の言う通り、テュランスネイル攻略のためには、まずあの触腕を何とかすべきだ。
ただ振り回すだけでも脅威となりうるパワーを持ち、移動手段にも使える。そしてなによりも向かってきた攻撃を防ぐ役割も持っている。
背中に背負っている『殻』ももちろん硬いので盾として使われるだろうが、もともと『見えている』ため、積極的にそちらを攻撃しようとは思わず、自然と私たちはテュランスネイルの『口』を攻撃しようとしていた。狙いのわかっている攻撃を防御することは容易い。それが生半可な攻撃をものともしない触腕による防御なのだからなおさらだ。
”幾つか気づいたことがある”
もちろん、完全無敵な防御などあるわけがない。仮にあったとして、それは何かしらの条件付きであるはずだ――このクソゲーでなくても、絶対無敵なんて都合のいい存在があるはずがない。
今までのこちらの攻撃と向こうの動きから私は幾つか気づいたことがある。
まず、あの触腕は『物理攻撃』には滅法強いということ。正直、ホーリー・ベルもアリスも、まともな手段であの触腕を『破壊』することは無理だと思う。『剣』や『槍』を使って攻撃しても、そもそものサイズの違いからして大した傷を負わせることが出来ないし、ちょっとぐらいの傷ではすぐに再生されてしまう。流石に切断までしてしまえば、そうそうすぐに再生することはないだろうが、そんなことが出来る手段は乏しい。
もう一つ、散々魔法を撃っていたにも関わらずあまり効いていなかったことについてだが、これはおそらく――
「……『粘液』? ……なるほどね」
私の考えにホーリー・ベルが納得がいったという風にうなずく。
さっき私とアリスが動きを固められた粘液……あれがテュランスネイルの全身を覆っているのだ。それは掴まれた時にも分かった。
そして、その粘液だが、おそらく『熱』をシャットダウンする性質がある。最初に二人が魔法を撃ちこんでいた時は火炎や雷撃を中心に使っていたが、それらは大したダメージを与えることが出来ていなかった。粘液によって大幅に威力を殺がれていた結果だろう。
テュランベビーほどのサイズであれば《プラズマボルト》の熱量の方が上回っているのだろうが、テュランスネイルのサイズではほとんど効果がなくなってしまう。
だから使うべきは炎や雷の力ではない。
「となると――もっともっと強い攻撃が必要ってことね」
え?
「大丈夫、任せて! 《
私の話、聞いてた?
こちらの戸惑いを余所に、ホーリー・ベルが新たに魔法を使う。
「オペレーション――」
彼女の魔力が渦を巻き頭上へと集中する。
そこに現れたのは、燦然と輝く光球――いや、『太陽』そのものだ!
「《ヴァーミリオンサンズ》!!」
振り下ろす手の動きに合わせて、灼熱の大火球がテュランスネイルへと降り注ぐ。
……相手のサイズが大きすぎて攻撃が通じにくいならば、その巨体に見合った最強魔法をぶつけてやればいい。その理屈は確かにわかる。そして、この魔法が普段使うには難しい――アリスの『
約熱の小型太陽はテュランスネイルへと一直線に向かうが、それを大人しく食らうわけがない。
触腕を伸ばし、強引に体を引き寄せてかわそうとする。
「逃がすか!」
更にもう一発、テュランスネイルの逃げる先へと向けて《ヴァーミリオンサンズ》を放つ。
いや、《絶装》強すぎないか、これ? 魔力が切れるまで解除できないというデメリットを考えても、魔法撃ち放題というメリットが大きすぎる。
これならいけるか……?
もしかしたら、アリスがリスポーンする前に決着をつけられるかもしれない。あるいは、一旦魔力切れになったとしてもリスポーンしたアリス一人でカバーも出来るくらいに削れるかもしれない。
私の脳裏にそんな考えが思う浮かぶが……。
「くっ……」
ホーリー・ベルが小さく呻くと、アイテムホルダーからキャンディを取り出して口に放り込む。
……もうそんなに魔力を消費していたのか!? こちらからではジュジュのユニットであるホーリー・ベルの魔力ゲージは一々情報ウィンドウを開かないと見えないが、キャンディを使ったということは魔力が尽きかけたということだろう。
私が思うよりも消耗が激しい。これは想像以上に早くホーリー・ベルの魔力が尽きてしまうかもしれない……。私の方でもちょくちょく確認しておかないと危ない。
”ホーリー・ベル、キャンディの残りは!?”
「後、三つ!」
くっ、思った以上に少ない! 本当に後一分持つかどうかといったところか。
私の手持ちのキャンディが使えればそれがいいのだけれど……。
「大丈夫、やれるわ!」
追撃の手を緩めず、更に《ヴァーミリオンサンズ》を次々とテュランスネイルへと放つ。
直撃こそかわされているものの、触腕へは着実に効いているようだ。
おそらくあの粘液は、体の乾燥を防ぐためのものなのだろう。陸地に上がっているとはいえ、見た目は巨大なタコだ。全身が乾燥してしまうのは致命的なはず。
その粘液が《ヴァーミリオンサンズ》によって焼き払われていく。触腕が徐々に熱に炙られ変色していっているのがわかる。炭化した部分はもう再生できないだろう。この調子で《ヴァーミリオンサンズ》で焼いていけばいずれ触腕も破壊できるかもしれないが、それでもまだ表面を焼いただけにすぎない。触腕一本を破壊するよりも魔力切れの方が早い。
加えて、敵も黙ってやられる一方ではない。
”拙い、テュランベビーが一斉に向かってくる!”
《ヴァーミリオンサンズ》は巨大な火球とは言っても、攻撃範囲自体は火球の大きさだけだ。その範囲から逃れているテュランベビーにまでは届いていない。
炎から逃れたテュランベビーが地上から再び飛び上がり襲い掛かってくる。
倒しても倒してもキリがない!
「オペレーション《ベクトルコントロール》!」
向かってくるテュランベビーを《ベクトルコントロール》で反らすが、この魔法自体ではダメージは与えられない。
地上に落ちたテュランベビーは態勢を立て直すとすぐにまた向かって来てしまう。
ならばと、飛んでこれないくらい上空へと上がろうとするが、そうすると今度はテュランスネイルが飛んできてしまう。殻を盾にして飛んでくるため、《ヴァーミリオンサンズ》で迎撃することも出来ない――熱量だけではあの殻を打ち破ることは難しい。あの大質量の相手を押し切るには、こちらも大質量の魔法で対抗するしかないが……。
「くっ……数が多い!?」
《ベクトルコントロール》は全方位に有効とは言っても、常に効果を発揮し続けるわけではない。次々と飛び掛かってくるテュランベビーの数が多すぎて捌き切れなくなってきた。
辛うじて飛行してかわすことはできているが、徐々に追い込まれていく感じだ。
テュランベビーも倒さないとならないが、そちらに攻撃魔法を使っている余裕がない。《ヴァーミリオンサンズ》でまとめて焼き払えればいいのだが、テュランベビーはあちこちに散らばっている上に、テュランスネイルを『守る』という概念がないのかこちらの攻撃を回避するために逃げだしてしまうのだ。
いかに魔法を使い放題の状態とはいえ、大きな魔法を使おうとすればそれだけ隙が出来てしまう。その隙を狙って襲い掛かられ続けては堪らない。
”もっと広範囲に使える魔法じゃないとダメだ!”
「そうね! なら――オペレーション《プラズマハリケーン》!!」
今度は《羽装》の最大魔法か!
彼女の周囲に吹き荒れる暴風と雷が近づこうとするテュランベビーを吹き飛ばしつつ電撃で焼き払う。
攻撃範囲は自分の周囲のみのためテュランスネイルに攻撃は届かないが、これならテュランベビーに悩まされることはない。
……が、一つの魔法を発動状態にしていたら他の魔法が使えなくなってしまう。
「……ラビっち、ちょっと危ないかもだけど、一気に近づくわ!」
そうするしかないか。
時間稼ぎが目的とは言え、遠間で逃げ回っていても注意を引き付けられない。というより、離れれば離れるほど、あの突撃がやってくる可能性が高まる。テュランスネイルの攻撃で一番厄介な攻撃があの突撃なのだ、もしやられても回避以外に防ぐ術がない。
危険は増すが、テュランスネイルの注意を引き付けつつテュランベビーを削っていくには距離をある程度詰めた状態で保たざるをえない。
”触腕に気を付けて”
「うん!」
飛び込み突撃は距離が離れている時に使ってくるが、接近したら今度はただ振り回されるだけの触腕が厄介だ。攻撃範囲が広い上に破壊力も高い。《鉄装》の防御魔法や《ベネトナシュ》での防御強化をしても大ダメージは避けられないだろう。
ギリギリ触腕の届かない位置まで近づきつつ、テュランスネイルへと攻撃を仕掛ける。
「オペレーション《ソードストーム》!」
刃の嵐を浴びせかけ、
「オペレーション《ヴァーミリオンサンズ》!」
更に炎の塊をぶつける。
近距離からの《ヴァーミリオンサンズ》は回避すらさせず、着実にテュランスネイルの肉を焼く。突進してこようとしていた何匹かのテュランベビーをも巻き込む。
それでも敵の動きは鈍らない。
”……そういうことか……”
テュランスネイルはともかく、テュランベビーが《ヴァーミリオンサンズ》に巻き込まれて無事で済むはずはない。それなのに一向に数が減らないことを気にはしていたのだが、その理由がわかった。
《ヴァーミリオンサンズ》が当たる直前に、テュランベビーは背中に背負った殻へと身を隠していたのだ。殻は耐熱性能に優れているのだろう、全くのノーダメージではないだろうが、かなりの熱をそれでカットしているらしい。そのせいでテュランベビーが中々減らないのだ。
となると、思ったほど《ヴァーミリオンサンズ》は有効ではないかもしれない――テュランスネイルは殻よりも体が大きいせいで触腕にダメージを与えられているのだが。
「むぅ……小型を無視するかどうかってことか……」
テュランベビーを無視して《ヴァーミリオンサンズ》、あるいは炎系の魔法を使い続ければテュランスネイルにダメージをいくらか与えることは出来る。しかし、テュランベビーを無視すると四方八方から飛び掛かってきて危ない。
実に厄介な連携だ。こちらも二人であれば、片方がテュランベビーの迎撃に専念できるのだが……それは今考えても仕方ない。
「くっ……魔力が持たない……!」
ホーリー・ベルが《絶装》を使ってからそろそろ一分程度だが、既にキャンディをいくつか使ってしまっている。
アリスのリスポーンはまだだ。ステータス画面は相変わらず体力ゲージが空のままである。
……これは厳しいか……?
こちらの窮状を見抜いたのか、それとも偶然か。ここでテュランスネイルたちが今までになかった動きをしだす。
テュランスネイルが威嚇するように両方の触腕を振り上げ、口をこちらに向けて開く。
「……ヤバい!?」
私もホーリー・ベルも、それがただの威嚇ではなく新たな攻撃の予兆だと直感。
その直後、テュランスネイルの口から勢いよく水の塊――テュランベビーがアリスの動きを封じたのと同じ、『粘液』の塊を飛ばしてきた!
考えてみれば当たり前だ。テュランベビーが使えるのだからテュランスネイルが使えないわけがない。だが、吐き出された量は桁違いだ。
これを浴びてしまえば身動きが取れなくなり一巻の終わりだ。口から粘液が飛ばされるのとほぼ同時にホーリー・ベルは横に飛んで回避しようとする。
こちらの動きに合わせてテュランベビーの群れが一斉に飛び掛かってきた。
「ぐっ……!?」
体当たりの直撃は避けられたものの、腕や足に掠りダメージを食らう。
更にこちらの動きを封じようとテュランベビーも粘液をすれ違いざまに吐き出し、テュランスネイルもまた粘液を連射してくる。
テュランスネイルの粘液塊だけは何とか回避できているものの、テュランベビーの体当たりや粘液は回避しきれない。徐々に体力を削られ、動きを封じられていく。
「オペレーション――《メイルシュトローム》!!」
ホーリー・ベルが使ったのは《
何もない空中に大量の『水』が現れ、渦を巻き周囲一帯を薙ぎ払う。同時に、彼女の体についていた粘液も水で洗い流す。
渦に巻き込まれたテュランベビーたちは地上へとたたきつけられるが、それだけではまだ倒せない。
「もう一つ、オペレーション《アイスエイジ》!!」
今度も《氷装》の魔法だ。周囲の気温が一瞬で下がり、《メイルシュトローム》で放った大量の水が凍り付く。
たくさんのテュランベビーが氷漬けとなり動けなくなる。テュランスネイル自体も凍り付いているが、こちらは力ずくで氷を砕いて動き出し始めている。
……炎も氷もダメとか、どんだけの怪物なんだ……。
「これで――終わり」
ホーリー・ベルが静かに言う。
その言葉に込められた不思議な圧力に、私は言葉を失う。
「ラビっち、ありがとね。
――オペレーション《ハードシェル》」
ホーリー・ベルがその魔法を使うと同時に、私の周囲に白い『何か』が現れ、私を完全に閉じ込めてしまう。
これは――防御の魔法か!?
”ホーリー・ベル!?”
私の声は外に届かないのだろうか。わんわんと声が反響するだけで返答はない。
と、唐突な浮遊感と共に私の体が周囲を取り囲む『殻』へと押し付けられる。
……『殻』ごと、私を思いっきり放り投げた!?
何をする気なんだ、ホーリー・ベル!?
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