第1章42話 暴君の食卓 4. 訣別の時

*  *  *  *  *




 ホーリー・ベルとジュジュの間でどんな会話が交わされたのかは私にはわからない。が、大体の内容は想像がつく。

 ……私のせい、かな。

 どういう理由かまではわからないが、『イレギュラー』である私をジュジュは疎ましく思っていた――理由は『イレギュラー』なだけではないかもしれないが――そのことで彼女との間でぎくしゃくしていたのだろう。

 どうにか出来なかったのかと考えるが――


「ラビっち、集中!」

”あ、あぁ”


 後悔している暇はない。

 今はジュジュの代わりにホーリー・ベルの命を預かっているのだから。彼女のケアを私がするのはおこがましいかもしれないけれど、何にしろこのクエストを無事に攻略しなければ何にもならない。

 再度レーダーを注視する。

 あちこちに散らばっていたテュランベビーと思しき小型モンスターが一斉にこちらへと向かってきている。テュランスネイルに関してはレーダーを見るまでもなく、こちらへと一直線に這いずって向かってきている。

 アリスのリスポーンは……まだ終わらない。リスポーンが完了したら体力ゲージも復活するはずだ。そちらも注意しておかなければ。

 アンクレットの飛行魔術を使って飛び回りながら、テュランベビーに向かって《ダークボルト》なる黒い矢を撃つ魔法を放つ。倒せればそれでよいが、目的は注意を引き付けることだ。

 そして肝心のテュランスネイルだが、こちらは特に何をする必要もなくホーリー・ベルの方へと向かって来てくれている。

 ……ありがたいやら恐ろしいやら。


”ホーリー・ベル、テュランベビーがあちこちから飛んできている。後ろからも来ているから気を付けて!”

「うん!」


 いつのまにこれだけの数が増えたのか、レーダーのあちこちにテュランベビーの反応がある。

 テュランスネイル本体の殻から投げつけられたものだけではない。周囲の岩に擬態していたものが大勢いたというところだろうか。知らずに近づいたら不意打ちされるというパターンかな。

 ……そうなると、一人でどこかへ――多分ゲートだろう――行ったジュジュが心配だが……。


”……来るよ!”


 他のことを考えている余裕はない。私はホーリー・ベルへと敵の接近を告げる。


「オペレーション《グラヴィティフィールド》!」


 ある程度まとまった数のテュランベビーがやってきたのを確認し、ホーリー・ベルが広範囲に重力の『場』を作りだす。『場』の中に入ったら強制的に動きを鈍らせる効果のある魔法だ。

 突撃してきたテュランベビーたちの動きが遅くなる……が止まるわけではない。それでもかわすのは容易なスピードに落ちている中、巧みに飛び回り更に魔法を叩きつける。


「これでどう!? オペレーション《ベクトルコントロール》――落ちなさい!」


 《黒装》の属性の一つ『重力』を用いた魔法だろうか、力の方向を反らす魔法だ。一直線にホーリー・ベルへと向かって来ていたテュランベビーたちが一斉に地上へと向けて落下……いや『飛行』を開始する。

 本人たちは真っすぐホーリー・ベルに向けて飛んでいるつもりだろうが、力の向かう先だけを反らされてしまい、本人たちも気づかずに自ら地面へとダイブしていく。

 これだけで全て片がつけばいいのだが、まだまだテュランベビーたちはやってくるし、何よりもテュランスネイル本体が近づいてきている。


「ラビっち、もう少しここから離れるよ!」


 言うや否や、ホーリー・ベルはアリスのリスポーン地点から離れるように飛行する。

 ……同時にゲートからも遠ざかっている方向でもある。ジュジュが無事に逃げ切れるように一応気を遣っているのかな。

 ジュジュの方がどう思っているのかはわからないが、少なくともホーリー・ベルの方はジュジュのことは嫌いではないようだ――不信感は多少持つにせよ。

 こちらが離れようとしているのを見て、テュランスネイルが両触腕を斜め前方へと伸ばして地面にたたきつける。これは――


”ホーリー・ベル、また上から飛んでくるのが来るぞ!”


 私たちの態勢をめちゃくちゃに崩した、触腕を利用しての本体ごとのダイブだ。飛んでいる限りは滅多に当たることはないだろうが、直撃を受けたら間違いなく体力ゲージは消し飛ぶだろう。

 《ベクトルコントロール》や《グラヴィティフィールド》で受けられるか? と一瞬だけ思うが、流石に大きさが違いすぎて無理があるだろう。

 ホーリー・ベルは魔法で迎え撃つことはせず、飛んで逃げようとする。


「くっ……」


 テュランスネイルの、この上から飛び掛かってくる攻撃が厄介だ。攻撃準備はわかりやすいものの、一度動かれるとかなりのスピードと範囲のため、わかっていながらも回避が難しい。【装飾者】の力で飛んでいるものの、本家の《羽装ハゴロモ》に比べるとやはり機動力は劣っているため、落ち始めてからの回避だとギリギリになりやすい。かといって、早めに動いたとしても向こうが軌道を変える前に動いたのでは意味がない。《羽装》に変えてしまうと無数に襲い掛かってくるテュランベビーを対処しきれない――回避だけでは限度がある。

 目的は相手の注意を引き付けるだけだとはいえ、ここまで防戦一方で追い込まれる状況ではどれだけ持つか。


「拙いわね……これ、あんまりもたないかも」


 ホーリー・ベルもそれはわかっている。相手は空中を自在に動けるわけではないので、その点だけがアドバンテージではあるが、テュランベビーはともかくテュランスネイルについてはそのアドバンテージもあまり意味をなさないほどの攻撃範囲を持っている。

 今はバラバラに襲い掛かってきているため何とかなっているが、これが一斉にとなるとどうなるかわからない。今までの経験上、相手に知能がないと思い込んだり、連携してこないと思わない方がいいことはわかっている。


「……やるしか、ないか」

”……ホーリー・ベル?”


 ひっくり返ってバタバタと暴れるテュランスネイルの触腕をかわしつつ、ホーリー・ベルが何事か呟く。

 何だ……何か、嫌な予感がする……。


”何をする気!?”

「ああ、大丈夫。別に特攻かけるとかそういうのじゃないから。

 ――もしかしたら、アリスがリスポーンする前に何とかできちゃうかもしれないし、やるしかないかなって」


 だから一体何を――


「ごめんね。別に隠してたわけじゃ……あ、いや、隠してたことになるのかな……?

 とにかく、これがあたしの本当の『最後の手段』――エクスチェンジ――」


 それは、私たちが見たこともない、ホーリー・ベルの『最終形態アルティメットフォーム』――


「《絶装アルテマ》!!」


 彼女の全魔力を燃やし尽くす、本当の意味での最終手段なのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 プレイヤー名『ジュジュ』は、決して悪人というわけではない――と本人は自負していたし、プレイヤーとしての彼ではない姿を知る者たちもそう思っている。そしてそれは事実ではある。

 だが、彼は自分自身で思っているほど、『正しい』者ではない。


”結局のところ、彼は『中途半端』なんだよね”


 どこかの誰かのマイルームにて――

 男とも女ともつかないプレイヤーの声が響く。


「『中途半端』?」


 自らの使い魔の声に、湖に半身を付けた人魚の少女――ユニットが首を傾げる。


「それって、善人でも悪人でもない、ふつーの人ってこと?」

”いや、まぁ……それはそれで認識合ってるけど。

 彼の場合は……この『ゲーム』に対しての姿勢が中途半端すぎるんだよね。

 『このゲームに勝ち残りたい』けど、『勝つために面倒なことはしたくない』って具合にね”


 ふーん、と少女は返事をするが、どこまで理解しているかはわからない。


「あー、だから『ボーナス』なんてエサにあっさり釣られたりしちゃうんだ。うわ、何か将来詐欺られそー」

”そうだね。勝つために徹底するのであれば、彼の選択は途中までは合ってたんだけどね”

「途中?」

”うん。あの『イレギュラー』とフレンドになるところまでは合ってる。『ゲーム』に勝ち残るためには、強いユニットを揃えることは最終的には必要になることなんだけど、『ゲーム』開始直後の時期には必要なことじゃない。ユニットはその気になれば無限に強くすることが出来るからね――まぁそこまで根気よく育てられるプレイヤーはきっといないだろうけど。

 間違っていたのは、折角強力なユニットを持つ『イレギュラー』とフレンドになれたんだから、最後の方まで協力しておくべきだったことだね”

「……いつか必ず敵対することになるのに?」

”こういう『バトルロワイアル』形式の『ゲーム』だったら、普通そうじゃないの?”

「いや、あたしあんまりゲームやらないから……」


 このプレイヤーの言うことは決して間違っていない、とユニットの少女も思うものの、それが最善の手段かと言われるとよくわからない。

 『最終的に敵対する』ということを考えると、いつ協力関係を解消するか――自分よりも強い相手をどう出し抜くかを考えるのが難しいとも思うのだ。最強の味方が最大の敵となってしまうのが、『バトルロワイアル』形式の難しいところである。


”ま、まぁ……ともかくボクはそう考えるわけだ。

 でも、彼の一番の間違いはそこじゃない――”


 そう、ジュジュの一番の過ちはそんなことではないのだ。


”彼は、自分のユニットとの信頼関係を築けなかった――ああ、いや、彼の方が築こうとしなかったことだね”

「……どういうこと? 話聞いた限りだと、『イレギュラー』の件を除いたらそれなりにうまくやってそうだったけど」

”もちろん、『イレギュラー』のことがなければそれでも良かったんだけど……いや、遅かれ早かれ信頼関係が築けずに破綻していただろうね。

 なぜなら――彼は『ユニットの言葉を理解しようとしなかった』からね。『イレギュラー』とでなくても、他のプレイヤーと何度か遭遇しているうちに、自然とユニットの心が離れていったと思うよ”

「ん? ……ああ、なるほど。あのネズミ君、あたしたちの言葉を喋れなかった……覚えようとしなかった、ってことか。

 あー、そりゃどこかで離れるわね」


 今、この場で話しているプレイヤーとユニットは、ジュジュのようにプレイヤー・ユニット間だけで通じる言葉で会話しているわけではない。

 ラビとありすのように、通訳を必要とせずに会話が通じているのだ。

 つまり、このプレイヤーはユニットと同じ言語を用いて会話をしている。


”彼は善人でもないし、悪人というほどのものではない。『ゲーム』においても中途半端なビジョンしか持っていない。

 でも、一番始末に負えないのは――自分のユニットを見下していたってところだね。本人に自覚がないのが最悪だ”


 プレイヤーがいかなる存在なのかは未だわからないが、少なくともユニットたちと同じ世界の住人ではないであろうことは確かだ。

 言語や価値観も全く異なるだろう。それでも『ゲーム』としては不都合なので、プレイヤーとユニットの間でだけは意思疎通が出来るようになっていた。

 けれども、やろうと思えばプレイヤー側はユニットと同じ言語を使うことが出来るはずなのだ。この場にいるプレイヤーと同じように。

 このプレイヤーの言う『見下していた』というのは、そういうことだ。ジュジュは自分よりも下位の存在であるユニットと同じ言葉を話すことを拒んだのだ――それを自覚していたわけではないだろう。しかし、彼はそれを怠った。ユニットを『対等のパートナー』として見ていなかったがために。


”何とも間の抜けた話だよ。本人、気づいてないだろうけど、自分のユニットを文字通りの『駒』としてしか見ていなかったが故に、その真価を見抜くことが出来ず、上手く立ち回ろうとして失敗して……。

 ……あー、うん。ボクを含めた他のプレイヤーの名誉のために言っておくけど、あんな『間抜け』がボクたちの世界の基準じゃないからね?”

「はいはい、わかってますよー。我がご主人は最高にクレバーでありますことよー」


 少女はへらへらと笑って答える。

 『信頼関係』と言えるかは微妙だが、少なくとも彼女たちは同じ言葉を使って軽口を叩きあえる程度の仲にはなっている。そこが、ジュジュとの違いだ。

 ……その違いが、ジュジュの運命を決めたのかどうかについては――誰にもわからない。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュジュは一人で荒野を駆けていた。

 向かう先はゲート。自分がゲートへと飛び込めば、自動的にクエストをリタイアしたことになり離脱できる。天空遺跡で使った離脱アイテムは、残念ながら今回は使用できない。あれはクエストクリア後にゲートまで瞬間移動するためのアイテムだ。リタイア用のアイテムはない――それならそれで、コマンド一発でリタイア可能にすべきなんじゃないの? とラビならクソゲー批判をしていただろう。

 流石にあのタイミングでホーリー・ベルにゲートまで運べとは言えない。言ったところで聞いてくれるとも思えない。

 だからジュジュは自分の脚で駆けていくしかない。

 ――どうしてこんなことになってしまったのか。何が悪かったのかを考えてもジュジュにはわからない。

 短気を起こさずにあのままホーリー・ベルと共にテュランスネイルに向かっていけばよかったのか?


(……いいや、それは無意味だ……あのモンスターは、相手にしてはいけないレベルの相手だった。まともに戦っても――『イレギュラー』のユニットがリスポーンしたとしても、どうなるかわからない。無駄にジェムを消費するのも嫌だし……)


 かといってホーリー・ベルから離れてしまえば、もはやジュジュは何も出来ない。

 ゲートから脱出して、新しいユニットを見つけださないことには、『ゲーム』への参加も出来ないのだ。


 そして、彼の目の前に『死』が迫る。

 ゲート付近にまで到達し、やっと脱出できると安堵した瞬間、彼のすぐ横にある『岩』が動き出す。

 ……それは、岩に擬態して獲物が通りかかるのを待っていたテュランベビーであった。

 レーダーに反応が現れたのに気付いた時には、既に手遅れであった。


”……ちくしょう……ボクは、間違ってなんか――”


 彼の最後の叫びは、上から覆い被さってきたテュランベビーの口の中でかき消されてしまう――

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