第1章3節 魔法少女、決意する

第1章39話 暴君の食卓 1. 侵蝕、再び

 天空遺跡のクエストから二週間が過ぎた。

 その間にも色々とあったが、幸い氷晶竜の時のように苦戦するものはなかった。強敵はいたものの、ギフトを得たアリスとホーリー・ベルのタッグはそれらをことごとく蹴散らして行けた。

 レイドクエストは週末に限り現れる仕様なのか、金~日にかけて出てきたが、あの天空遺跡のクエストは再び現れることはなく、別の場所でのクエストばかりであった。通常のクエストでは若干物足りなくなっていた二人は積極的に挑んでいくことを望んでいたものだ。


 『ゲーム』関連については特に変化はない。

 変化があったのはリアルの方である。

 ありすと美鈴は時間の都合がつけばよく会うようになったのだ。平日は学校があるので中々会えないが、週末は『ゲーム』をやらなくても直接会うようになった。二人は年の少し離れた友人となれたみたいだ。

 天空遺跡のあの時の出来事も後を引きずることもなく、わだかまりもなく付き合えているようだし、これはこれで良かったと思う。まぁ、もうちょっとクラスの友達とも遊べばいいのに……とは思わないでもないけど。

 さて、今日は土曜日。10月最初の土曜日――かつ三連休の初日である。二人は駅前の『マックマックスフーズ』にて待ち合わせて合流し、普通に昼食をとっていた。

 どうでもいいけど、このマック、(この世界における)関西だと何て呼ばれてるんだろう……? 私の世界の『マックvsマクド』論争のようなものがあるのだろうか。

 ……本当にどうでもいいね。


「でさー、千夏ちっかちゃんが――」


 『ゲーム』の話題ではなく互いの学校の話をしているようだ。流石に私もジュジュの話題に入れないので大人しくしている。

 今は美鈴の部活動の話をしている。ありすも後二年後には中学生だ。受験でもしない限り、美鈴が通う中学校へと進学することになるので、学校や部活のことを聞きたがったのだ。

 美鈴は意外にも――と言ったら失礼かもだが――剣道部に所属しているとのことである。

 剣道部の話にありすは食いついている。そういえば、『ゲーム』での立ち回りのために何か武道とか格闘技をしようかな、と以前ぽつりと漏らしていた気がする。そのあたりは美奈子さんにむしろ相談した方がいいと思うけど。私個人としては『ゲーム』のことは抜きにしてもいいと思う。別に武道とかでなくてもスポーツでもいいとも思う。前に体育の授業を覗いた感じでは、ありすの運動神経はかなりいい方だと思うし、家に閉じこもって『ゲーム』ばかりやるよりは運動した方が健康にもいいだろう。

 私は会話に参加することなく、改めてマニュアルを隅から隅まで読み込んでみている。脱出アイテムのことといい、新しく追加されたギフトのことといい、調べなおすべきことは多い。他にも知らないことはまだまだあるかもしれない――まぁ、相変わらず読みづらい日本語な上にところどころ読めない文字だったりするんだけど。

 横で二人の話を聞いていると、美鈴の話に度々出てくる『千夏ちゃん』という子とは物凄く仲がいいようだ。ありすも『千夏ちゃん』のことは気になるらしく、前のめりに食いついている。

 ……嫉妬、なのかなぁ。美鈴の方は美鈴の方で、何かまるで好きな人っぽい感じもする――いや、まぁ個人の性癖にどうこう言うつもりはないが、まだ中学生でちょっと早いんじゃないかなぁと……と、何を考えているんだ、私。

 そんなこんなで、穏やかな土曜の午後は過ぎていく……。




 色々と気になることがある。ちょっと整理してみよう。

 まず、この二週間余りのことだが、常に私たちは美鈴と共にクエストに挑んでいたわけではない。時間が合わない時や、ちょっとした気分転換をする時などは別々に行動している。それに、私はありすに授業中の『ゲーム』は禁止しているが、美鈴の方はそうでもないらしい。小テストや自習時間など、そこそこの時間がある時にはクエストに行っているとのことだ。

 別々にクエストに挑んでいる最中、何度か美鈴たちの方は他のプレイヤーと遭遇していると言ったことが気になっている。フレンド登録はしていないが、顔なじみになるくらい遭遇しているプレイヤーもいるとか。

 対して私たちはというと、相変わらず誰とも遭遇しない。この差は一体なんであるのか? 私が『イレギュラー』であることが原因だろうか……。

 他のプレイヤーと出会えないこと自体は特にどうでもいい。協力プレイは楽しいが、美鈴と一緒に行っているだけで十分である。

 しかし、『イレギュラー』故か、何か『差』が出ていることは気になる。これが重大な何かを見落とすことにつながるかもしれないという不安があるからだ。

 ……そう考えると、マニュアルがところどころ読めない原因は、私が『イレギュラー』であるせいである可能性はあると思う。

 この問題について解決の目途は全く立っていない。マニュアルに関してはジュジュに尋ねることで解決はするが、どうも前回の一件以来私の中でジュジュへの不信感が渦巻いていて信用しきれない。明らかな嘘をつかれるのであれば逆にわかりやすいのだが、本当のことを全部話してくれないとなると、困ったことになってしまう。

 ありすと美鈴についてはわだかまりなく接しているのだが……どうも私の方はそうもいかないようだ。まぁ、馬鹿正直に信用して痛い目を見るよりはいいかと自分を納得させる。

 他にも気がかりな点がある。

 それは、結構前のことなので危うく忘れるところだったが、アラクニドの時のことだ。

 あの時ありすが言うにはアラクニドの子分の子蜘蛛が現実世界にも現れていたと言っていた。このような現象は他のクエストでは起きていない――明らかにあの時だけおかしなことが起きていたのだ。

 ここから考えを進めていくと……私の疑問は『クエスト』そのものへとたどり着く。

 もしかして『クエスト』は『ゲームの世界』のではないか? この世界とは異なる『異世界』で行われているのではないか? そんなことを考えてしまう。『異世界』からの侵略者的なモンスターがおり、それがこの世界へも影響を及ぼしている……アラクニドはそれに該当しているのではないだろうか。

 思い返せば、アラクニドのクエストを開始した時、ありすは『巣』の中からスタートしていた。丁度クエスト開始した地点が学校の中であり、『巣』と学校が異なる次元で重なっていたかのように思える。

 クエストが『異世界』を舞台とした、ある意味で現実の戦いだとして……だから、どうなるというのか。その考えが正しかったとして、『ゲーム』の謎を解くことが出来るか?

 ……考えてもわからない。私の考えが正しいとして、ますます謎が増えていくだけだ……。


”うーん……”


 一人で悶々と考えていても埒が明かないが、ありすたちと相談するほど纏まってもいなし確証もない考えだ。もうしばらくは悩み続けることになるだろう。


「……なんだ、あれ……?」


 呆然とした美鈴の声が聞こえたのは、私が一人思い悩んでいる時であった。


「……ん!?」


 美鈴の声に続いてありすが驚き? の声を上げる。


”何? 何かあったの?”


 バッグの中で大人しくぬいぐるみの振りをしている私からは何もわからない。

 私の言葉に応えてありすがバッグの口を少し開いてくれる。

 抱きかかえられたまま、窓の外を見てみると――


”……なに、あれ……?”


 美鈴と同じような言葉が思わず口から出た。

 マックスフード桃園台店は、大きめの――私の世界でいう『国道』と同じようなものだ。道も『神』が作ったものらしい――に面している。

 その神道の上に、半透明の巨大な『何か』がのそり、のそりと這っているのが見えた。

 毒々しい紫色をベースに、まるで豹のようなまだら模様が描かれた巨大なナメクジ――のように最初は見えたが、今見えているのはほんの一部分だけのようだ。

 豹紋の触手が二本、その後ろに小山のような『殻』が見えた。ゴツゴツとした巻貝のような『殻』である。

 ……察するに、ヤドカリのように殻を背負った超巨大な軟体動物系のモンスターなのだろう。


「……ラビさん、クエストは?」

”あ、あぁ、今確認する”


 ありすに言われてクエストを確認してみると、そこには見たことのないクエストが表示されていた。

 『テュランスネイル撃破』――それがクエスト名だ。目標は『テュランスネイル』の撃破、クエスト名そのままだ。報酬も5万ジェムとレイドクエスト以来の大物である。


「何、あいつ……何でこっちの世界で見えてるの……?」


 気味悪そうに美鈴が言う。

 そうだ、他のクエストではそんなことはないのに、なぜあのモンスターは見えているのだろうか。アラクニドの時と同じ、か……? だとすると……。


「……クエスト、行こう」


 ありすがきっぱりと言った。まるで、そうしなければならない、と使命があるとでもいうように。

 そうだ、もしあれがアラクニドと同じなのであれば、現実にも影響を及ぼす可能性があるということなのだ。

 あの巨体――触手一本だけで一軒家を簡単に薙ぎ払ってしまえるだけの体で暴れだしたとしたら、そしてそれが現実世界にも影響を及ぼすのだとしたら……。


「そう、ね。なんか嫌な予感がするわ」

”うん。

 でも、ここで『ゲーム』に入ったら拙い。二人とも、一度家に戻ってからね”


 マックで女子二名が意識不明、なんてことになったら困る。

 素直に二人は頷くとすぐに各々の家へと帰る。美鈴は自転車で来ていたので乗って帰る――ありすの家から更に先にあるため、ちょっと遠いのだ。

 ありすは徒歩で帰る――途中、テュランスネイルのすぐそばを通ることになったが、流石に触ろうとはしなかった。アラクニドの時は触れると悟った相手が反応していたとのことなので、気づかれないように気を付ける必要があった。




 ……後になって知ったことだが、この日、桃園台の神道にて車がハンドル操作を誤り歩道に乗り上げた上に壁に当たって大破するという事故が起きていた。

 幸い死者は出なかったようである。事故の原因は不明のままだったが……テュランスネイルと激突したのではないかと私たちは思っている。

 現実へと影響を及ぼすモンスターの存在は、アラクニドだけではなかったのだ……。

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