第1章40話 暴君の食卓 2. 恐るべき怪物
やってきたのはいつもの『荒野』のステージだ。
レーダーの反応を見る限り、テュランスネイルと思しき巨大な反応以外のモンスターの反応はない。
――いや、よくよく見るとテュランスネイルの反応と重なるようにいくつかの小さな反応が見える。これは……テュランスネイルが他の小型モンスターを捕食しているということだろうか?
「むぅ……他のモンスターがいないと、オレのギフトは使えないな……」
不満そうにアリスは言う。確かに彼女の言う通りだ。ギフトの効果が得られないというのは痛い。
まぁ、今までの戦いでもギフトには頼っていなかったのだから、使えたらラッキー程度に考えておく方がいいだろう。この点については、効力はともかくとして【
「あたしの方は、問題ないんだけどね」
一方でホーリー・ベルのギフトはアリスと違い雑魚モンスターを倒す必要がなく発動するものである。
彼女のギフトは【
今は《羽装》を纏い、テュランスネイルへと接近しようとしている。
アリスも《天脚甲》で飛行している。向こうに遠距離攻撃があるかは不明だ、十分に注意する必要がある。
テュランスネイルの反応に向かって少し飛行していくと――その巨体がすぐに見えてきた。
マックの窓から見たのはほんの一部分だけであったが、改めてその全貌を見るとどれだけの怪物なのかがわかる。
背中に背負った濃い茶色の殻は、貝――ぱっと見た時に思い浮かんだのは『サザエ』の殻だ――によく似ており、ゴツゴツとした突起があちこちに生えている。この殻だけで三階建ての建物くらいの大きさはあるだろう。
その殻からはマックからも見えた二本の触腕が伸びている。その長さはどのくらいだろうか、多分数十メートルはあるだろう。太さは大型のトラック程はある。その触腕の根本、殻に埋もれるようにして鋭い牙が見える――あそこが頭部か。
他に、二本の巨大触腕以外にも左右でそれぞれ三本ずつ小さめの触腕が生えている。合計八本――殻を背負っていることを除けば、テュランスネイルは巨大な『タコ』のモンスターのように見える。
テュランは……『タイラント』のことだろうか。スネイルは意味は『タコ』ではなかったはずだが……ああ、そうだ、確か『カタツムリ』のことだったか。
名前からするとどうも『カタツムリ』のモンスターらしいが、まぁ『タコ』でいいだろう。
毒々しい全身の模様からすると、ひょっとしたら『豹紋ダコ』モチーフなのかもしれない。となると、毒を持っている可能性が高いか。
”二人とも、もしかしたら『毒』持ちかもしれない。気を付けて”
一応解毒用のアイテムも持ってはいるが、アイテムホルダーには入れていないし数に限りがある。流石に食らったら一撃で戦闘不能になるほどの強力な毒なんてことはないとは思うが、このクソゲーだとどうなることかわかったものではない。
毒にしても直接噛みついたりで与えてくるのではなく、毒霧を吹きつけたりしてくるかもしれない。用心するに越したことはない――これで毒を持っていないというのであれば、それはそれで別に構わないが。
「どう攻める? あの巨体に加えて殻でガッチリ守っているからな……」
確かに難しいところだ。殻はとても堅そうだし、生半可な攻撃は通じないだろう。かといって殻から出ている部分も水蛇竜よりも太く、こちらもちょっとやそっとの攻撃では大したダメージになりそうにない。それに、殻を背負っているということは、いざという時には殻の中に隠れることが出来るのかもしれない。
弱点らしきところは見当たらないが……あえて言うなら口の部分だろうか。殻の根本になるので接近するのは困難だが、おそらくそこに目玉とかもあるはずだし、真っ先に潰せればそれだけ有利になれると思う。
”まずは遠距離から根本の部分を狙おう。流石にあの殻を破壊するとかは無理がありそう”
「そうね。まぁ名前の通りの『カタツムリ』なら、殻を壊せばそれで勝ちなんだけど……」
流石に中学生。『スネイル』の意味を知っているか。確かにカタツムリなら、殻を壊せば死ぬだろう――カタツムリの殻は着脱可能ではないのだ、殻の中に主要な臓器が収まっているためだ。
「ふーん、どの程度の硬さか、確かめてみても良かったんだが……」
流石にアリスの魔法でもあの殻は無理があるだろう。『神装』を使えばもしかしたら……とは思うが、いきなり魔力切れで戦闘不能になってしまっては仕方ない。
それはアリスもわかっているだろう。私たちの提案に特に反対はしない。
”触腕の範囲に入らないように気を付けて。無理せず、遠距離から攻撃しよう!”
あの太い触腕に捕まったらきっと一発でアウトだ。薙ぎ払いを受けても大ダメージは必至だろう。
とにかくまずは離れた位置から攻撃して様子を見つつ、相手の体力を削っていく。地味で時間はかかるが、ここは安全策を取るべきだ。
「よし、それじゃ――エクスチェンジ《
射程強化の
そうなると空が飛べなくなり機動力が激減してしまうが、
「デコレーション:アンクレット――《ラピッドウィング》!」
彼女の持つギフト――【装飾者】の力が使われる。
足首に巻いたアンクレットにあらかじめ付与しておいた高速飛行の魔法が発動し、《炎装》であっても今まで通り空を飛べるようになっているのだ。
「おぉ、いいな、そのギフト」
うらやましそうにアリスが言う。私も同意だ。弱点を補うことが出来る、実にいいギフトだと思う。
アリスのギフトは……何ていうか、攻撃一辺倒で前のめりすぎる。一体どういう基準でギフトが選ばれているのか、機会があったら『運営』に問い詰めたい。
……いや、何となくだけど今までの戦闘の傾向とかから決められたんじゃないかなーってそんな気はするんだけど。
ともかく、二人が戦闘態勢に入る。
同時にテュランスネイルもこちらへと気が付き、二本の触腕を振りかざし威嚇してくる。
「オペレーション《ファイアボルト》!」
「cl《
二人の魔法がテュランスネイルの口目掛けて放たれる。
が、テュランスネイルは振りかざした触腕をそのまま振り回して口をガードしてしまう。触腕に魔法が当たるものの、分厚い肉に阻まれて大したダメージにはならない。
予想はしていたが、やはり触腕の頑丈さは厄介だ。軟体動物――特にタコなんかは、全身が筋肉の塊である。骨も外骨格もない分、すべてを筋肉で支えているわけだから、そのパワーは計り知れない。
……水中ならまだしも、陸上でどうやって体を維持しているのかはわからないが、そこは問うだけもはや無駄なのはわかっている。
「むぅ……あの腕が厄介ね……」
口に攻撃しようとしても、触腕をちょっと動かすだけでガードできてしまう。接近してしまえば攻撃も出来るだろうが、そうなると触腕の攻撃範囲に入ってしまう。
さて、どうしたものか。
「近づくのは……流石にヤバいか。
ベル、このまま遠距離から攻撃を仕掛け続けるぞ! 隙が出来たら口へと魔法を叩き込んでやろう!」
「そうね、それしかないか」
それから二人は遠距離からありったけの魔法を撃ちこみ続ける。
幸いにしてテュランスネイルには遠距離攻撃の方法がないようで、触腕を振り回しつつこちらを追いかけようとはしているが、空を飛んで回避することは容易だ。
けれども、こちらの攻撃は全然効いている気がしない。肉を削れてはいるが、それがかたっぱしから再生しているためである。あの巨体で再生能力持ちとか、卑怯すぎる……。ゴーレムのように本体が別にいて不死身というのならば本体を探して倒すという手もありうるが、テュランスネイルの場合は本体自身が再生しているためそれも出来ない。
魔力を消耗し続けるだけで、一向に手応えが得られない状況に、私たちに焦りが見え始めてきた。
現状、向こうからこちらへは攻撃を仕掛けても簡単に回避できる。当然と言えば当然だが、あの巨体では素早く動くことが出来ないため、空を飛んで触腕の範囲外から攻撃を撃ち込んでいる限り、こちらはダメージを負うことはない。
逆に相手側はいくら攻撃を食らっても全く削れていない。再生能力も無限ではないとは思うが……あちらの再生能力が尽きるよりもこちらの魔力の方が先に底をつきそうだ。
攻撃を受けていないため氷晶竜程は強さを感じないが、単純なパワーとタフさはテュランスネイルの方が上だろう。
キャンディでそれぞれ魔力を回復するものの、攻撃の手を一旦止める。
「うぅむ……使い魔殿、これは『
”……うーん……そうかも、ねぇ……”
アリスが使いたいだけ、とは思わない。もちろんその思いもあるのだろうけど、相手のタフさを思うと『神装』で一気にダメージを与えていくのが正しいようにも思える。
幸い、魔力切れを起こしたとしても傍らにはホーリー・ベルがいる。フォローはしてくれるだろう。
”よし、アリス、やっちゃおう。
ホーリー・ベル、悪いけどフォローをお願い。アリスが魔力切れを起こしちゃうかもしれないから”
「オッケー。危なくなったらあたしが抱えて一旦逃げるわ」
流石に敏い。こちらのしたいことを的確に汲んでくれる。
いくつかある『神装』のうち、テュランスネイルに有効そうなのは……やはり遠距離から撃ち込むタイプのものか。流石にあれに接近戦を仕掛けようとしても、触腕に先に潰される可能性が高い。
「よし、行くぞ!!」
アリスもそのつもりだろう。杖を逆手に持ち頭上へと掲げる――つまりは『杖』を投擲しようとする姿勢だ。
『霊装』は手元から離してしまっても、少量の魔力を使えばまた手元へと引き寄せることが出来る。ついでに言うと、モンスターの攻撃で破壊されたりしても復活させることは出来る。まぁそもそも滅多なことでは壊れることはないが。
「
『神装』の使用を宣言するワードと共に、アリスの魔力ゲージが急速に減っていく。
この一撃で勝負が決まればそれでよし。そうでなくても、触腕の一本を破壊したり、あの背中の殻にダメージを入れられればその後ずいぶんと有利になるだろう。
――だが、そんな私たちの考えを読み取ったか、あるいはこちらの攻撃の手が緩むのを待っていたのか、突如テュランスネイルが動き出した!
両方の巨大触腕をそれぞれ斜め前方へと伸ばしたかと思うと、地面へとぴったりと腕を張り付ける。
そして、触腕が一回り太くなったかと思うと……。
”いけない、逃げて!”
あれは触腕に力を込めたんだ!
となると、しようとしていることは――
私の警告とほぼ同時に、信じがたいことにテュランスネイルの巨体が空中へと持ち上がる。
両方の触腕を地面に張り付け、踏ん張って体を持ち上げたのだ。
空中へと持ち上げられた体は今度は殻を下向きにして私たち目掛けて落下してくる!
「危ない!」
『神装』を使うための準備に入っていたアリスの反応が遅れた。
ホーリー・ベルが咄嗟にアリスを掴んで逃げようとするが、それよりも早くまるで隕石が降ってくるかの如くテュランスネイルの巨体が私たちへと襲い掛かる。
「――っ!!」
直撃は食らわなかったものの、わずかだが落下してくる殻に掠り二人が大きく吹き飛ばされる。
掠っただけだが、腕の力も使っていたのだろうすさまじい速度で落下してくる巨体に触れたのだ。二人は大きく吹き飛ばされ悲鳴を上げるが――その悲鳴はテュランスネイルが地上へと『着弾』した轟音によってかき消される。
遠距離からの攻撃はないという油断だった。いや、確かに『遠距離攻撃』ではないのだが……まさかあの大きな体を持ち上げて、殻を『弾丸』として撃ってくるとは思わなかった。
二人は弾き飛ばされはしたものの意識を失ってはいない。体力ゲージは三割程度が削れたか。直撃を受けていたら流石に危なかっただろう。
”二人とも、離れて!”
テュランスネイルは殻を下にしてさかさまになっている状態だが、その姿勢からでも触腕を振り回すことはできる。今の攻撃で一番ヤバいのは、距離を詰められてしまったことだ。
私の想像通り、ひっくり返ったままテュランスネイルが二本の巨大触腕を振り回す。更には、他の短い触腕もうねうねと動いている。
三角形に近い形状の殻は地面に突き刺さった頂点を軸として、器用に回転している。さかさまになっていてもあまり向こうにとっては問題ないようだ。
振り回される触腕に薙ぎ払われないように二人はテュランスネイルから離れていく。
……さかさまになっている今なら、殻の下――本体へと直接攻撃が出来るのではないかとも思うが、まずは退避優先だ。
『神装』は不発に終わってしまったが、準備のために使われていた魔力はきっちりと消費されている。魔力ゲージも半分を割ってしまっているので、回復をしとかなければならないのだが……。
「くっ……追ってくる!?」
テュランスネイルは触腕をただ振り回していたわけではなかったようだ。
荒野に点在する小さな岩塊を掴んで器用にも元通りの態勢に戻る。そして、触腕で岩を掴んで体を引きずって二人に追いすがろうとしていたのだ。
その動きはかなり早い。
”……様子を見てたのはこっちだけでなくあっちも、ってことか……!”
軟体動物にどこまで知恵があるのかはわからないが、少なくともあのテュランスネイルにはそれなりの知恵があるようだ。
こちらの攻撃の威力と間合いを測りつつ、脅威となりうる『神装』の発動を察知して妨害をしてきた。そして、『神装』以外では自身に碌なダメージを与えられないと見るや、一転して攻勢に移ってきた……。理解してはいたが、私たちの思う以上に相手は賢いらしい。やはり一筋縄ではいかないか。
しかし、触腕を使った動きは素早いとはいえ二人の魔法による飛行程ではない。加えて触腕を使って移動しているため攻撃を同時に行うことが出来ないという欠点もある。
まだこちらつけ入る隙は十分にある。
ここは再度距離を開けてから『神装』を狙うのが得策か。気を付けるべきなのは先程やられたような自らを弾丸として飛んでくる攻撃か、あるいは岩を投げ飛ばしてくるようなものくらいだろうか。それとも、まだ使っていないだけで私たちの知らない攻撃をしてくる可能性もあるか……。
……と、逃げる私たちに対してテュランスネイルが行動を変える。
太い触腕で移動をしつつ、短い方の触腕を自らの殻へと伸ばす――短く細い触腕であったが、伸ばせば自らの殻の上部にまで届くほど伸びるようだ。
何だ、何をしようとしている?
”何かしようとしている……気を付けて”
殻に生えているゴツゴツとした棘――私が『サザエ』を想起した理由の一つである――を細い触腕が取り外し、それを岩のように私たち目掛けて投げつけてくる!
「うおっ!?」
私たちを狙う……というよりも、私たちの進路の先へと放り投げているようだ。直撃はしないしかわすのも簡単だが、それを幾つも放り投げてくる。
投げつけながらも触腕での移動は止まらない。こちらは逃げるだけで精一杯だ。
物を投げつけてくるのは想定通りではあるのだが、なぜその辺に転がっている岩ではなく、わざわざ自分の殻から棘を取り外して投げつけてくる? というより、そもそも殻についている棘って取り外しできるものなのか?
私の疑問はすぐに解決した――割と悪い意味で。
「!? ベル、避けろ!」
アリスたちがテュランスネイルに背を向けているため、私が後ろを見ていたのだが、前を見ていたアリスが何かに気付く。
彼女の声とほぼ同時に、私のレーダーに新たなモンスターの反応が現れた。位置は……私たちの進行方向!?
「小型モンスター!」
テュランスネイルが投げつけたのは、殻に生えている棘なんかではなかった。
その棘はよく見ればテュランスネイルの殻と同じような形をしている――そして、その棘の下から毒々しい豹紋の触腕が見え隠れしているのだ。
つまり、投げつけられたのは棘なんかではなく、テュランスネイルの『子供』なのだ。
私たちの進行方向に現れたテュランベビーの数は総勢6。そのそれぞれが殻の下から触腕を覗かせ、正体を現した。
”構ってる余裕はない、逃げるよ!”
小型モンスターならばアリスが倒せば【殲滅者】のボーナスが入るとは言え、流石に今戦っている余裕はない。二人はテュランベビーをかわして行こうとするが、殻から身を起こしたテュランベビーが先程のテュランスネイルのように自らの体を弾丸としてこちらへと跳んできたのだ。
まだ小さいとはいえ、殻にずっとへばりついていたのだから、相当な腕力があるのは間違いない。その腕力を使って自らの体を飛ばしているのだ。
突然の不意打ちだが、二人はそれを横に飛んで回避しようとする。
だが、飛んできたテュランベビーはすれ違いざまに二人に向けて何かの液体を吐き出していく。
「ぐわっ!? 何だ!?」
周囲に風を纏って飛んでいるホーリー・ベルは浴びずにすんだが、アリスにはそのような防御は出来ない。まともに液体を浴びてしまう。
全身に絡むその液体は粘度が高い――毒とかは含んでいないようだが、
「や、ヤバい、体が……」
空気に触れた途端、その粘液はどんどん硬さを増していく――拙い、これは獲物を拘束して捕獲するためのものだ!
体の自由が利かず、アリスはついに地上に落下してしまう。
”アリス!”
毒でもないためアイテムで回復することが出来ない。拘束系の攻撃を回復させるようのアイテムが何かあれば……と思ったが、どのみち手持ちにそのようなアイテムはない。
というか、私の体も固まって動かすことが出来なくなってしまっている。
そして後ろからはテュランスネイルが迫り――
「ぐっ!?」
アリスはついに触腕に捕まってしまったのだった……!
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