第1章38話 ありすとお姫様とマスカレイダー

 そういえば、ふと疑問に思ってたことがある。


”ねぇ、ありすの変身後の姿とか名前って、どうやって決めたの?”


 アリスの持っている魔法については、ギフト同様に運営が決めたものではないかと思う。

 しかし、名前や姿はどうだろう。狩りゲーとかにしろ、最近のゲームならばキャラメイクとかあるんじゃないだろうか。

 私の疑問にありすはちょっとだけ言いよどむ。珍しい。


「ん……」


 何だろう、話しにくいことなのだろうか。であれば無理して聞くつもりもないのだけど……。


「名前はデフォルト名そのまま使ったんだけど……んー……笑わない?」

”え、笑わないよ”


 笑われるようなことなのか?

 ともあれ、こういう態度をとるということは、『アリス』については運営からのお仕着せではなく、ありす自身が決めたものであることは間違いないようだ。


”話しづらいなら無理には聞かないけど……”


 無理には聞かないけど、興味があることは否定できない。

 あのありすが話すのをちょっと躊躇う理由……気にならないわけがない。


「……ん、笑ったら、怒る……」


 それは怖い。アリスの時はともかく、ありすが本気で怒ったらどうなるのか。これも気になると言えば気になるけど、もちろんわざと怒らせるようなことはしない。

 ……きっと、お風呂でめちゃくちゃにされるんだ……絶対に嫌だ……。


”大丈夫だよ”


 私の言葉を聞いて、ふぅと小さく息を吐いてありすは『アリスの誕生』について語る――




*  *  *  *  *




 天空遺跡のクエストが終わってから一週間が経過した。その週の日曜日。


「……」


 いつもなら午前中には私たちだけでクエストに挑んでいる時間だ。

 だが、ありすはいつも以上にぼーっとしていて、今日は部屋でゴロゴロとしている。

 まぁ原因はわかっているけど。


「……はふぅ……」


 ため息を吐く。

 憂鬱ではないのは、満ち足りたと言わんばかりの表情が物語っている。




 ――今日は、ありすが毎週欠かさず(そして録画も忘れない)視聴している『マスカレイダー VVヴィーズ』の最終回だった。

 私は以前のマスカレイダーは知らないが、ありす曰く、


「『マスカレイダー VV』は、レイダーの最高傑作……わたしもシャッポを脱がざるをえない」


 ということだそうだ。正直よくわからない――どこでそんな言い回し覚えてくるのやら……。

 ともかく、ありすはついに『マスカレイダー VV』が最終回を迎えてしまい、しかもその最終回が非常に満足のいくものであったことから放心状態になっているようだ。

 ちなみに私は見ていない。実は先週も見ていない。ありすがここまではまっているものだし、ちょっと今週の放送から見てみようかと言ってみた時のありすの表情は忘れられない。


「ラビさん……正気!?」


 『驚愕』としか言いようのないありすの表情を初めて見た。というか、今後も見ることはないくらいレアなんじゃないだろうか。感情を表にあまり出さないありすだが、事マスカレイダーのこととなると話は別のようだ。

 ……正直、『ゲーム』に関することより感情表現豊かになっているのではないかとも思う。

 で、結局先週と今週はありすに部屋を追い出され(ありすの部屋にはテレビがあるので)、終わった頃合いを見計らって部屋へと戻ってきた。そして今日は部屋に戻ってみたら、ありすが放心状態という有様だったわけである。


”むむっ……そんなに……?”

「……最高だった……」


 なんだそれは。私も見てみたいぞ……。

 実は先週の放送の後、興味が湧いたのでありすが録画したものをちょこちょこと見始めていたりする。平日はありすは学校に行っているので『ゲーム』をすることもないし、美奈子さんのお手伝いも丸一日かかるようなものはない。マニュアルもたまに読み返すが目新しい記述は発見できないので、実は私は結構暇を持て余している。

 なので暇つぶしも兼ねて『マスカレイダー VV』を見始めたのだが……最終回には間に合わなかったか。残念。

 来週から始まる新番組は、ありすと一緒に初回から見ようと決めた。




 全くの余談になる。『マスカレイダー VV』について少し語ろう。

 『VV』の話の軸となるのは、現実世界と対をなす鏡の中の世界――『鏡面領域ミラーワールド』からやってくる侵略者と戦う物語だ。

 主人公の青年『加賀美光太』、そして鏡面領域から現れた光太の鏡写し――『キョウ』の二人がそれぞれレイダーへと変身する。

 ストーリー以前に興味深いのは、光太とキョウを演じる役者が『一人二役』であるということだ。役者一人で、光太とキョウを演じているというのだから、その苦労は計り知れない。役者もそうだが、撮影もきっと大変だったろう。

 話ももちろん面白い。格好つけているがどこか抜けていて、それでいて決める時には決める正に『主人公』と言うべき光太と、それとは正反対にクールで時に冷徹なキョウのちぐはぐなコンビがミラーワールドからの侵略者と戦うというのが話の筋なのだが、単純に侵略者と戦うだけではない。現実世界でもまたミラーワールドへと侵攻し、その力を利用しようとする『結社ソサイエティ』といういわゆる悪の組織がおり、光太たちレイダーと三つ巴の戦いを繰り広げるのだ。

 巻き込まれるそれぞれの世界の住民たち、強敵との戦いで目覚める新形態フォーム、そしてお互いにぶつかり合い、協力しあう光太とキョウのある意味倒錯めいた友情と信頼関係、次第に明かされていくミラーワールドの謎etc…。ヒーロー物のお約束を踏まえつつも『VV』独自の設定を最大限まで利用したストーリー展開が魅力だ。

 こちらの世界のインターネットでちらっとだけ読んでみた感想なんかでも、概ね高評価を得ているようだ。

 かくいう私も最初は興味本位の暇つぶしで見始めたのだが、今ではすっかりとはまっている。本当に最終話をリアルタイムで見れなかったことが残念でならない。

 ……念のため補足しておくけど、私は元の世界では特に仮面何某も何とか戦隊も見ていたわけではない。いや、本当に。

 なるほど、ありすが好きなのもわかる。

 以前にも述べた通り、ありすの好みはどちらかといえば男子寄りだ。もっと言えば『かっこいい』ものが好きなのだ。

 その点で言えば、『VV』は文句なく『かっこいい』と思う。光太・キョウ役の人が実際ハンサムであるというのもあるが、役付けが実にかっこいいのだ。

 光太もキョウも、どちらも特殊な才能は持っていない、ただの凡人である。それがたまたまレイダーへと変身することが出来るようになり――『VV』の設定では、変身用のアイテムを持っていれば誰でも変身可能なのだ。その変身用アイテムの希少性はともかく――自分たちよりも圧倒的に優れた能力を持つ侵略者たちと歯を食いしばって戦い、勝利する……。

 彼らの目的は非常に単純明快で、一言で表せば『正義の味方』であろうとしている。

 侵略者も結社も、それぞれの目的のために人々を利用する。彼らの目的のために多くの人間たちが傷つき、悲劇に見舞われている。

 さしたる力も持たない光太たちだが、それでも『正義の味方』になろうと人々を守り、足掻き、戦い続ける。

 絶対強者ではなく凡人だからこそ生まれるドラマもある。『VV』はその表現が実に巧みだ。子供にもわかりやすい勧善懲悪の物語であり、かつ『正義の味方』とは何かを表現しようとしている。

 強くないかっこいい、ではなく強くないかっこいい、なのだ。

 わかりやすいかっこよさではないかもしれないが、『かっこいい』ことには違いない。ありすだけではなく、他の視聴者のハートもガッチリと掴んでいるようだ。もちろん、私もその中の一人となったが。

 私は今30話まで視聴完了した。光太、キョウに続く第三のレイダーも本格的に参戦し、話が更に盛り上がってきたところである。とりあえず、来週までに残り20話を見ることを決意する――幸い時間はたっぷりとある身だし……。

 ちなみにタイトルの『VV』だが、主人公の変身するレイダーの名前から来ているようだ。光太が『ヴィクトリー』、キョウが『ヴェンジェンス』という名前のレイダーになる。どちらも頭文字が『V』なので、2つのVを合わせて『VVヴィーズ』ということだろう。この二人のレイダーの名前、特にキョウの方が『復讐ヴェンジェンス』となっていることにも意味があって――おっとこれ以上はネタバレになるので控えておこう。後は、レイダーシリーズには幾つかの区切りがあり、『VV』はそのとある区切りの10作品目なのだとか。Vをローマ数字の5に見立てて、2つ並べて合計10ということでもある、という説もインターネットで見かけた。




 さて、放心状態のありすであったが、時間と共に復活してきた。

 今日の予定はというと、午前中は美鈴が部活。彼女が帰ってきてから昼食を摂って、午後は直接会うことになっている。

 マックマックスフーズで『ドラハン』をやるのかなと思っていたが、今日はありすの家――つまりここで美鈴と遊ぶ予定なのだという。ちなみに、午後には美奈子さんは出かけてしまうとのことだが、ちゃんと『友達を家に呼ぶ』ということについて許可はとっている。


”ほら、ありす。そろそろ掃除しないでいいの?”

「……ん、わかった……」


 決して散らかっているわけではないが、折角美鈴を自分の部屋に入れるのだ。できるだけ綺麗にしておくに越したことはない。

 私に促されて、ありすは『VV』の余韻に浸りつつも部屋の片づけを始める。




*  *  *  *  *




「ラビちゃん、ちょっといいかしら?」


 美奈子さんが私にそう呼びかけたのは、美鈴が来た日の夜である。時刻は夜の10時過ぎ、ありすは既に眠っており私は彼女の部屋を抜け出して日課のインターネットでの情報収集をしようとしていた――流石にありすが寝ている部屋でパソコンを弄っているわけにもいくまい。


”なんでしょう?”


 様子が少しおかしい。何か心配事でもあるように見える。

 少し迷った後、美奈子さんが言う。


「その……今日来たありすのお友達って、どういう子なのかしら……?」


 うん? 美鈴のことで何か気になるのだろうか。

 美鈴は夕方前に帰り、美奈子さんとは会っていない――まぁ考えてみたら、小学生のありすと中学生の美鈴が一緒に遊ぶというのは心配と言えば心配か。美奈子さんは美鈴のことを知らないし。


”えぇっと――ありすのゲーム友達です”


 知り合ったきっかけはもちろん話せないし、かといってクラスメートとか下手な嘘もつけない。

 当たり障りのないことしか言えないなぁ。

 思い悩んだ様子の美奈子さんが、私に手を差し出す。

 その手には、長い髪の毛があった。


「こんな髪の毛を見つけたんだけど……。

 金髪に染めていて、もしかして悪いお友達と付き合いがあるんじゃないかって……」


 あ、あぁ、そういうことか。

 いや、確かにその通りだ。娘の友達が留守中に来るのはまだいいとして、その子が小学生(美奈子さんは美鈴が中学生とは知らないし)にあるまじき金髪に染めた子だとしたら、親として心配になるのは当然のことだ。


”大丈夫ですよ。その子、ハーフなんです。その髪も染めたものじゃないので不良とかじゃないです”


 げに恐ろしきは偏見かな。

 ……初対面でほとんど同じようなこと考えた私の言えた義理じゃないが。

 私の言葉に美奈子さんは微かに眉を顰め、


「……ハーフの子……?

 あら? あらあら?」


 今度は笑顔になる。


「もしかして、ミレイちゃん?」


 ミレイ――ああ、美鈴のことか。そういえば正しくはミレイと読むんだったったけ。ずっと美鈴と呼んでたからすっかり忘れてた。

 って、まさか知っているのか?


”そ、そう。そのミレイです”


 この近辺で金髪のミレイが複数人いるとは思えない。

 まさか美奈子さんが知っているなんて……。


「あらー、いつの間に仲良くなったのかしら」

”……へ? ?”


 えっと、つまり……実はお互い忘れているけど、二人は以前知り合いだったということか?

 私の疑問に美奈子さんが答えてくれた。


「そうよぉ。ここに引っ越してくる前の家の近所の子なの。

 ここに引っ越したのは……ありすが幼稚園に入る前だったかしら?」


 幼稚園前、というと……三歳か四歳くらいかな? 美鈴はありすの四つ上だから、幼稚園の年長か小学一年生ってところか。

 そのくらいの年齢で幼稚園だの小学校だのと色々と人間関係が広がっていくと、確かに記憶も曖昧になってくるかもしれないなぁ。


「そうだ、ありすが小さいときのアルバム見る?」

”え、この時間から? 大丈夫ですか?”


 美奈子さんは専業主婦ではない、近所のスーパーでパートをしている。

 ……それとは別に夜更かしして大丈夫なのだろうか、と余計な心配をするが……。


「大丈夫よぉ。明日はお休みだし、ありすが学校に行ったらお昼寝するから」

”はぁ、そうですか……」


 まぁ、ならいい……のかな?

 ということで私たちは恋墨家のアルバム鑑賞会を開始することにした。ありすの小さい頃――確かに興味はある。


「これが、ありすが……2歳くらいの頃のね」

”おやまぁ……”


 多分前に住んでいた家だろう、小さな家の前にありすのいる写真だ。

 何となくありすであることがわかる、黒髪の幼児が満面の笑みを浮かべている。うーん、今のありすからは想像も出来ないくらいの笑顔だ。

 この頃はまだ美奈子さんが服を着せたりしていたはずだろう、ありすの格好も髪にもリボンをつけていたりピンクの服だったりと随分と女の子らしい。


「で、ありすの隣にいる子が――」

”……ほんとだ、美鈴だ……”


 その写真でありすの隣にいるちょっと年上の幼女――ありすが2歳だとすると6歳くらいだろうか。鮮やかな金色の髪の女の子だ。顔立ちは確かに美鈴とよく似ている。

 彼女の後ろにいる金髪碧眼の大人の女性は、まぁ間違いなく美鈴の母親だろう。確か母親の方が外国人だと言っていた気がする。

 美鈴も笑ってはいるものの、ちょっと元気がなさそうに見える。ありすとは逆の意味で今の姿からは想像も出来ない。


”美鈴、ちょっと元気なさそう?”

「そうねぇ……」


 美奈子さんが言うには――私も想像していたことだが――この頃の美鈴は周りの子供たちからはちょっと距離を置かれていたらしい。

 はっきりと虐められていたというほどではないのだけれど、やはり子供は正直だ。自分たちと見た目が違うために色々と言われていたのだろう。

 幼稚園でも余り上手くいっておらず、それが故のこの表情なのだろうか。

 しかし、ありすはというと、そんな美鈴にものすごく懐いていたのだとか。


「そりゃもうすごく懐いてたわよぉ。ミレイちゃんが幼稚園に行っている間、『お姫様に会いたい~』って泣いてたくらい」


 おおう、そりゃまた……。


”お姫様?”


 ちょっと気になる単語が出てきた。


「そうそう。ありす、ミレイちゃんのことを『お姫様』だって信じてたのよね。で、ソフィ――ミレイちゃんのママね――彼女のことはお妃様だって」

”へぇ……”


 大人、あるいはもう少し大きくなった頃なら「ああ、外国の人なのか」くらいだけど、この当時のありすからしてみれば美鈴たちは絵本の中から出てきた『お姫様』に見えたのだろう。

 私の目から見てもそれらしい服を着せたら『お姫様』と言われても納得してしまうくらいのかわいらしさだ。今の美鈴については……うん、ノーコメントで――決して悪い意味ではなく。


「この頃はありすも可愛い服とかお人形とか好きだったんだけどねぇ……」


 とため息。

 世の全ての女子が可愛い物好きとは限らないが、少なくとも2歳くらいのありすはまだ可愛い物が好きだったのだろう。今も別に嫌いではないとは思うけど、比重としてはやはり『かっこいい』の方が大きいようだ。

 うーん、ありすが2歳くらいの頃だと……『プリスタ』も既にやっていたかな? あれもレイダー程ではないにしろ結構長いシリーズのはずだ。

 可愛い物好きとなると、見ていたんじゃないかなとは思うけど。2歳くらいだと……うーむ、どうだろ。私が2歳のころに比べればテレビ番組も豊富な時代だから比較できない。

 そのままアルバムを捲っていくと、ある時期を境に美鈴が登場しなくなった。

 背景に移っているのが今の家なので引っ越した後ということか。

 そしてこの頃から、ありすの手に持っているものやら背景に映りこんでいるものに、レイダーのものと思わしき物がよく現れるようになってきた。

 心なしかありすの表情も段々と今のありすに近づいていくように、ぼんやりとした感じになってきている。


「引っ越ししてからかしらねぇ……ありすが今みたいになってきたのって。

 最初はミレイちゃんに会えなくなって元気がなくなっただけかと思ってたんだけど……」


 元気がない、というのとはちょっと違うからなぁ……。

 でも、何となくわかってきた。なぜありすが『アリス』であるのか――私はこの前聞いた、『アリス誕生』の経緯について思い出していた……。




*  *  *  *  *




 ありすが言うには、『インストール』時に色々と説明を受け、最後に自分のアバターをするように運営から迫られたそうだ。

 細かいキャラメイクはどうもできず、運営の用意した幾つかのアバターから好きなものを選ぶことしかできなかったらしい。その点は不満、と零していたが……。

 選択可能だったのは三種類。一つは当然、今のアリスの姿。残り二つは今のありすの姿に比較的近い、黒ずくめの『魔女』の姿をしたものと、アリスの方にやや近い――年齢が少し上の女性の姿だが髪の色はありす同様黒い、体にぴっちりとフィットした全身スーツの姿だったらしい。後者の方は、レイダーモチーフなのかも。


”……それで、その中から今の姿を選んだんだ?”


 こくん、と頷くありす。

 ちょっと意外だった。その三つの中からだったら、最後のレイダーモチーフを選びそうな気もするんだけど。


「ん……どっちにするかはちょっとだけ迷った……」


 迷ったけど、今のアリス――『お姫様』モチーフを選んだ、ということか。

 でも、なんでだろう。


「……あのね、わたし……昔お姫様の『人形』を持ってたの」

”ほうほう”


 女の子だし、そういうものを持っていても何もおかしくない。むしろ、持っている方が自然だ。


「でも、その子……いつも泣いてたの……」

”……うん?”


 そういう『設定』、なのかな? 子供あるあるだろう。


「その子のことはすごく大切にしてたし、わたしの一番のお友達……だったんだけど……。

 引っ越しした後に無くしちゃって……」


 ありすは前の家のことをはっきりとは覚えていないらしいが、小さい頃――幼稚園に入る前に今の家に引っ越ししたのだとか。

 その引っ越しのごたごたで大切な人形を失くしてしまったらしい。

 が、ありすは首を傾げる。


「んー……でも、お母さんに聞いても、そんな人形持ってなかったって言ってたし……ん……?」


 小さい頃の記憶をはっきりと覚えているかと言われると……少なくとも私はあまり覚えていない。きっと多くの人が、大部分は曖昧だと思う。

 ありすもそうで、実際に持っていた人形と絵本やテレビの『お姫様』が入り混じった記憶になっているのではないだろうか。

 何にしても、ありすには大事な『お姫様』に相当する何かがあり、引っ越しを機会に失われてしまったということだろう。

 ……ということは……?


「……あのね、今のアリスの格好見て、その時のお姫様だって思い出したの……服とかはちょっと違うけど」


 そりゃそうだ。あんな露出度の高いお姫様の人形なんてあるわけ――うん、少なくとも子供向けの人形ではないだろう。

 なるほど、思い出の人形に似ているから、あのアリスの姿を選んだというわけなのか。


”ありす、お姫様好きなんだ”

「ん……」


 特に否定も肯定もしない。何とも判断が付けづらいが、少なくともこの場合は嫌いではないのだろう。

 意外に――と言ったら失礼かもしれないが、ありすにも女の子らしい好みもあるんじゃないか、と私は思う。逆に好ましい。


「それでね……わたし、泣いてたお姫様を助けたいって思って……」


 だから、『正義の味方』であるマスカレイダーが好きなのだ――と。

 自分が『お姫様』となり、かつ『正義の味方』となって戦う――ある種の代償行為と言えなくもない。

 ……まぁ、今のアリスを見る限り、どっちかというと戦闘狂バーサクったお姫様になっちゃってるけど……。

 今となってはその泣いてたお姫様が本当にあった人形なのか、ありすの記憶が曖昧なだけなのかわからない。

 けれど、事実はどうあろうとも、それが今のありすアリスを形作っているものであることは間違いないだろう。


”そっか。わかったよ、ありがとう、ありす”


 また一つ彼女について新しいことを知れた。まだまだ私はありすについて知らないことが多い。


「ん。じゃあ、今度はラビさんの番」

”私?”

「ラビさんの、前の話聞きたい」


 私の前世の話かぁ……そんなに面白い話でもないと思うんだけど――特に日本とこの世界はほとんど同じような世界なんだし……。

 でもまぁ、私だけありすの話を聞いて終わりというのも何だし、何か面白いエピソードはないものか。私は自分の記憶を辿ってみる。


”うーん、それじゃ、私がありすと同じくらいの年のころなんだけど――”




 ……とまぁ、以前ありすにこんな話を聞いていたのだが……。

 色々と話がつながった気がする。

 ありすの『かっこいい』を求める理由も、アリスがなぜあの姿なのかも。

 それにしても、ありすと美鈴が実は幼馴染だったとはなぁ……今はお互い覚えていないようだけど。

 まぁお互い小さい頃のことだし、ありすに至っては美鈴のことを『大切だった人形』と間違ったまま記憶してしまっているようだし。それに、二人とも当時とは大分性格も変わっているようだ。仮に子供のころの友達のことを覚えていたとしても、お互いに結び付けられるかどうか……。

 二人が幼馴染だということを話すかどうかだが――私は少し悩んだが話すのは止めておいた。彼女たちはお互いを覚えていなくても、再び友人となった。今の関係は、今の関係だ。幼馴染であろうがなかろうが関係ない。知ったところで二人の関係が悪くなったりすることはないけれど、今新しく育んだ友情に余計な情報は不要だろうと思う。

 ……それに、もしかして、と二人が思い出すかもしれないしね。そちらの方が驚きも喜びも大きくなるだろう。私はそう思い、今日知った秘密を胸にしまっておくことにした。

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