第1章33話 天空遺跡の冒険 11. アリスとホーリー・ベルと死闘(後編)

 防戦一方のホーリー・ベルだが、《鉄装》に《ベネトナシュ》という完全防御特化なため一人で氷晶竜の攻撃を何とか耐え抜いていた。

 氷晶竜もバーサーカーのようになっており、遮二無二拳をホーリー・ベルへとたたきつけ続けている。

 単純だが、今の氷晶竜の腕力ならば最も効果的な攻撃だ。辛うじて防御魔法と盾の組み合わせで受けているものの、じりじりとホーリー・ベルが圧され気味となってきている。


「くっ……そろそろ、ヤバいかな……!?」


 冷気を纏わせた拳は、単純な防御魔法だけでは全てを相殺しきれない。ホーリー・ベルの体力ゲージが徐々に削れていっているのがわかる。


「cl《蛇絞鞭ヘヴィバインド》、mp!」


 そこへアリスが拘束の魔法を放つ。

 さっきまでの戦いでバラ撒いておいた『マジックマテリアル』が硬い鎖となって氷晶竜の全身に絡みつく。


「アリス!? あなた大丈夫なの!?」


 強化された鎖の拘束はそう簡単にはほどけない。氷晶竜の猛攻から解放されたホーリー・ベルが盾を構えながら下がり、アリスと合流する。

 ホーリー・ベルの心配そうな言葉に、アリスは獰猛な笑みを浮かべ応える。

 無理やり繋いだだけの腕は不安定ではあるものの、驚くことに普通に動かせるようにはなっている。この『ゲーム』のいい加減なところではあるが、そのおかげで痛みさえ我慢できればどうにかなっているのだ。

 かといって放置していていいダメージではない。本当ならば早く《癒装》で回復してあげたいところなのだが、そんな余裕はなさそうだ。


「ベル、済まないがもう少しやつの動きを止めてくれ! 次で決めてやる!」

「……わかった」


 アリスの言葉に驚きながらもホーリー・ベルは頷く。勝算があるのか、とか何をするつもりなのか、とかは尋ねない。アリスが『やる』と言った以上、必ずやり遂げると信じてくれているのだ。

 まぁ、私もアリスがどうする気なのか、何をするつもりなのかもうわからないんだけど……。


「ジュジュ、『奥の手』行くよ! キャンディ用意しておいて!」


 今にも鎖を引きちぎろうとする氷晶竜へと、再度ホーリー・ベルが単身で向かう。

 口ぶりからして、あまり乗り気ではなかった『切り札』を使う気のようだ。


「使い魔殿、こっちもキャンディ頼む――ここで全てを出し切るぞ!」

”……わかった”


 ここからは作戦も何もない。暴力の化身となった氷晶竜との全力を出しての『殴り合い』だ。


「エクスチェンジ――《黒装アンクウ》!!」


 氷晶竜が鎖を引きちぎるのと同時に、ホーリー・ベルが動く。

 今まで見たことがない新たな属性――彼女の『切り札』となる属性、それは『闇』だ。

 煌びやかな魔法少女風の衣装が漆黒に染まる。服の各所にはカラスの羽のような装飾が現れ、今までの衣装とは異なり頭部のティアラが鋭い棘を生やし、まるで悪魔の冠のようになる。

 ……なるほど、使うのを渋っていた理由がわかる。


「……これ、ちょっと魔法少女ってより魔女って感じなのよね……」


 そんな彼女の小さな呟きが全てを物語っていた。


「ロード《メグレズ》――オペレーション《ブラックアウト》!!」


 『天道七星』を杖型の《メグレズ》へと変え、氷晶竜へと魔法を放つ。《メグレズ》の持つ特性は、魔力の消費を増やす代わりに魔法の威力を強化することである。

 どろりとした、纏わりつくような『闇』の塊が出現し、氷晶竜を包み込む。

 これだけでは攻撃力も何もないが……。


「オペレーション《ブラックホールド》!」


 新たな魔法が発動、『闇』が拡散――幾つもの『触手』となり氷晶竜へと絡みつく。

 あの『闇』には何かしらの実体が存在するのだろうか。『闇』というよりは『謎の黒い物質』だ。

 絡みつく闇の触手だが、それだけだとアリスの鎖よりは脆そうだし拘束力はなさそうであるが、氷晶竜が同じように力任せに引きちぎろうとしても、まるでゴムのように伸びて千切れない。

 更にホーリー・ベルが『天道七星』を槍型の《メラク》へと変え――


「これで、どうだぁっ!!」


 放つ魔法は、


「オペレーション――《グラヴィティジェイル》!!」


 絡みつく闇に『重さ』が付与される。

 重さに潰され、氷晶竜が地面にうつ伏せにねじ伏せられた。

 ホーリー・ベルの《黒装》――その属性は『闇』、そして『重力』らしい。何で『闇』なのに『重力』なのかは……たぶん、『ブラックホール』とかから連想したんじゃないかなとは思うが。

 今の魔法の場合、氷晶竜そのものではなく、拘束する方の『闇』に対して重力をかけている。結果的には、ゴムのように伸びて千切れない上にものすごい重さの鎖によって、氷晶竜を押さえつけていることになった。

 凄まじい威力だ。これを最初からやっていれば……と言いたいところだが、ホーリー・ベルの魔力ゲージがものすごい勢いで減少していくのがわかる。

 威力を増幅する代わりに、魔力の消費が倍以上に膨れ上がってしまうのが《メラク》の欠点だ。短期決戦以外では消費が多すぎてわりに合わない。


「アリス……っ! あんまり長くは持たないわよ……!」

「ああ、わかってる!」


 キャンディを途中で補給しながら必死に氷晶竜を抑え続けるが、長くは持たない。ホーリー・ベルの魔力が尽きるのもそうだが、氷晶竜自身の力がまだまだ増していくのを感じる――それに対抗して魔法を使い続けているので、いくらキャンディをつぎ込んでもあっという間に魔力が消費されてしまっているのだ。

 そしていずれ氷晶竜のパワーが《グラヴィティジェイル》の効果を上回ってしまうかもしれない。それはそう遠くないうちにやってくる。

 ――だが、アリスにとっては、無限に等しいくらいの長い時間だ。


「行くぞ――」


 キャンディで魔力を全快させたところで、アリスが一度深呼吸をする。

 まだ見たことのない領域まで、限界を超えた大魔法を使おうとしているのだ。


「md《ソード》――」


 《剣雨》等でいつも使っている『mk』ではなく『md』、つまり『霊装』そのものを『剣』へと変化させる。

 アリスの『杖』は、先端の宝珠部分が『マジックマテリアル』となっており、その部分だけがいつも変化していた。杖の『柄』の部分は不変なのだ。それゆえ、今までは『槍』や『鎌』などの長柄物を使っていた。『鞭』を使う時もあったが、柄が長いので客観的には『釣り竿』のように見えていたものだ。

 それを『剣』に変えたらどうなるか――?

 宝珠部分が『横』に伸びる。柄の部分と合わせて、ちょうど巨大な『T』の字を描く感じだ。

 これだけでは当然『剣』足りえない。これは、『柄』と『鍔』でしかない。


「ext――」


 アリスの魔法は、彼女の持つ魔法の範囲内であれば自動的にそれを実現する力がある。

 その実現のための複雑な手順は一切が省略され、変化の『md』、作成の『mk』の組み合わせ順を設定する。多数の手順が必要な場合、アリスは頭に思い浮かぶまま一つずつそれらを順に発動させていくことになる。

 『剣』の柄と鍔を作り、更に幾つもの付与魔法を発動させ、氷晶竜を倒すための必殺の魔法を編み出してゆく。

 そして――全ての手順をひとまとめにして発動させるのが『ext』――すなわち、『顕現せよイグジスト』!


「――《竜殺大剣バルムンク》ッ!!!」


 柄と鍔だけの剣に、『刃』が出現した。

 マジックマテリアルで出来た巨大な刃は、大きく横に広がった鍔と同じだけの太さを持ち、その太さに比例する長さを持つ――『剣』と表現するのも馬鹿馬鹿しいほどに長大な剣……敢えて表現するのであれば『超極大剣スーパーグレートソード』とでも言うべきか、現実に鋼鉄製で同じ剣が存在したとしても、巨人が扱うとしか思えない代物であった。

 アリスの全身よりも大きな刃は紅く、煌々と燃え上がっている。《鋭化》、《巨大化》、《赤熱化ヒート》、その他諸々……アリスの使えるだけの強化系の付与魔法をかけられているのだ。

 魔力ゲージはほぼ空となっている。

 これは……文字通りの、アリスの今持てる全ての力を振り絞った『全身全霊』なのだ。


「おおおおおおおおおおっ!!!」


 残った魔力は《剛力帯》と《跳脚甲》に使い、自らを鼓舞するように咆哮。

 竜を殺すべくして生まれた剣を振りかぶり、身動きの取れない氷晶竜へと飛び掛かる。


「ぐっ……」


 振り下ろした刃が氷晶竜の左肩口へと食い込む。

 氷の鎧も分厚い筋肉もものともせずに刃はやすやすと切り裂くが、アリスの腕が止まる。

 ……切断された右腕か!?

 無理やり繋げただけの右腕が痛むのか、刃を押し込む力が緩む――いや、そんな生ぬるい娘ではない。《芯針》で繋げただけの腕が不安定で、力が入り切っていないのだ。


”アリス!!”


 本当に、何て娘なんだろう。

 激痛で泣きわめくどころか、ショックで気絶していてもおかしくないような痛みを受け続けているというのに、その闘志は衰えることを知らない。

 今も、氷晶竜へ後一歩で勝てるというところまで来ているのに、その一歩が足りていない――それが痛みや恐怖によるものではなく、単に『腕が千切れかかっているから』という理由なのだから……。


「くそがっ……!!」


 氷晶竜にではない、千切れかけて思うように動かない自らの右腕に向けて罵倒を放ちつつ、左腕一本で何とか押し切ろうとするが……。

 ゴアアアアアアアッ!! と氷晶竜が雄たけびを上げ、肩口のアリス目掛けて大きく口を開く。

 体は自由に動かせないため噛みつくことは出来ないが、口を開くことは出来る。そして、口が開ければ氷の弾丸を発射することは出来る。

 この至近距離から直撃を受けたら、体力ゲージが丸ごと吹っ飛ぶ!?


「アリスーーーッ!!!」


 叫びながら、ホーリー・ベルが氷晶竜とアリスとの間に入り込み――氷の弾丸の直撃を受ける!

 『闇』――重力の力で自分に届くダメージを最小限に抑え込もうとしたものの、防御向きの能力ではない。何割か相殺することは出来たが、ホーリー・ベルの体力ゲージの半分以上が消し飛び、また彼女も吹き飛ばされる。

 ――そうだよね。ここまでやったんだから、やるしかないよね!


”アリス、怯むな!! これで決めよう!!”


 次のブレスが飛んでくるまで数秒もない。

 私はアリスの肩から飛び降りてアリスの右腕の代わりに耳を伸ばして、千切れそうな腕を全力で支える。

 アリスは一瞬だけ驚いた表情をするが、すぐにいつもの獰猛な――そして不敵な笑みを浮かべ、


「おう、行くぜ、!!」


 ……アリスに初めて私の名前を呼ばれた気がする。

 何かが私の胸の内に湧き出てくるが、それに思いを馳せている余裕はない。


”ああ!”


 応え、ぎゅっとアリスの両腕を体で繋ぎとめる。

 切断された腕の痛みなんてまるでないようにアリスは笑みを浮かべ――


「あばよ、クソドラゴン!!」


 ――左肩から右脇にかけて袈裟懸けに《竜殺大剣》を振りぬいた……!!

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