第1章32話 天空遺跡の冒険 10. アリスとホーリー・ベルと死闘(中編)
「うっ……あれ、あたし……」
そこでホーリー・ベルが目を覚ます。
目覚めてすぐに状況を把握したようだ。
「ごめん、すぐにあたしも戦うわ!」
「おう、頼む! あれはちょっとオレ一人では無理だ!」
何があったかはわからないが、明らかに先程までの氷晶竜とは異なっている。
パワー、スピード、更に防御に至るまで全てがパワーアップしている。今のアリス一人で手に負える相手ではない。
大きさこそ水蛇竜よりも小さいものの、この戦闘力はまさにこの天空遺跡を舞台としたクエストの『ラスボス』に相応しいものだ。二人が全力を尽くさなければ勝てないと思う。
……ふと、このクエスト、一人で攻略するのは無理なんじゃないか、と思った。つくづく、ホーリー・ベルとフレンドとなっておいて良かったと思う。
”二人とも、作戦変更だ。『炎』はどうも通じにくくなっているみたいだし、『硬さ』重視で!”
全く効果がないというわけではないと思うが、常に冷気を身に纏っており遠距離からの炎属性の攻撃は並大抵の威力では通じなくなっている。
ならば、下手に属性攻撃に頼るよりも、こちらの攻撃力・防御力を上げた状態で戦った方が良いだろう。何より、炎属性で防御しようとしても、今の突撃のような肉弾攻撃は防ぎきれない。かといってこちらがスピード重視にしても、瞬間的には相手のスピードの方が上回っている。
守ってばかりいてはじり貧に陥る可能性が高いが、打開策がない現状、一撃でやられるというのだけは防がないと……。
私の指示に従い、ホーリー・ベルは《鉄装》へと変える。アリスは《剛力帯》で攻撃力を上げる。とにかく今は相手の攻撃を防ぎつつ、反撃の糸口を掴まなければ……。
「ああもう! 属性が他にも使えればいいのに!」
ホーリー・ベルが愚痴る。
確かに《鉄装》で身を守りつつ、炎の属性が使えたりすれば大分楽にはなるのだが、できないものは仕方ない。
そう考えると、発想次第で幾らでも属性を使えるアリスの魔法は、やはり特異だと言える。まぁその分、一つずつの属性の力はホーリー・ベルに比べると威力不足な面もあるんだけど。
”気を付けて、あいつの周囲は冷気のバリアがある!”
「ああ、オレが炎で切り裂く!」
自在に属性を使えるアリスの方が炎をメインに使い、ホーリー・ベルは《鉄装》で身を固めつつ隙を見つけて攻撃する。当面はこれで行くしかない。
そういえば、《アリオト》は氷晶竜にバラバラに千切られていたが、大丈夫なのだろうか?
「ロード《ベネトナシュ》」
壊れた《アリオト》に代わり、盾の《ベネトナシュ》を呼び出す。《アリオト》自身がどうなったのかはわからないが、『天道七星』自体は問題ないようだ。もしかしたら、
《ベネトナシュ》は防御特化なだけに攻撃手段に乏しい。攻撃魔法自体は別に『天道七星』の形態にかかわらず使うことはできるのだが、威力に補正がかからないためどうしても威力不足になってしまう。強烈な相手の攻撃を防御することに主眼を置くようだ。
アリスは変わらず、炎の槍を手に戦う。遠距離からの魔法が冷気であっさりと防がれてしまう以上、接近して戦う方がよいという判断だ。接近戦を仕掛けるにしても、相手の素早さがどうにもならないということがあるが、離れていてまたロケットダイブを撃たれる方が危険である。
こちらの戦闘態勢が整うと同時に、氷晶竜が飛び掛かってくる。
振り下ろされる拳を《ベネトナシュ》で受け止める。
「くっ……流石に重い……!?」
しかし、氷晶竜の一撃は魔法を使わずとも《ベネトナシュ》で受け止められる。
すかさずアリスがホーリー・ベルの影から飛び出し、炎の槍で氷晶竜の腕を狙う。
槍の穂先が手甲のように大きく膨れ上がった氷晶竜の腕に突き刺さり、氷の装甲を溶かす――が、溶かした端から再度凍り付き、装甲が再生してしまう。
うーむ……やはり炎で溶かしても、ちょっとやそっとじゃ意味がないかな、これは……。
「cl《
ちょっとやそっとで諦めるアリスではない。超至近距離から《炎星》を放つ。
炎の岩が氷晶竜の胴体へとめり込む。が、それを左腕で押しとどめ、受け止め切る。
「オペレーション《アースグレイヴ》!」
《炎星》が受け止められたと同時に、ホーリー・ベルが魔法を放つ。
氷晶竜の足元から土の杭が何本も生え、胴体を穿とうとするが、強固な氷の鎧に阻まれ貫くには至らない。
「エクスチェンジ《
と、そこで何を思ったか突如ホーリー・ベルが属性を切り替える。
選んだ属性は『水』と『氷』――氷晶竜にはどちらも通じそうにないが……いや、そういうことか!
「アリス、少し下がって!」
”アリス、下がって!”
ホーリー・ベルと私の警告が同時に飛ぶ。やはり、考えることは同じだ。
訳が分からないまま、私たちの指示通りにアリスが後ろに下がると同時に、ホーリー・ベルが魔法を使う。
「オペレーション《ウォータースフィア》!」
使った魔法は水の球を生み出す《ウォータースフィア》。全身がずぶ濡れになる氷晶竜だが、もちろんこれだけではダメージにはならない。
ダメージにはならないのだが、
「おお、そういうことか!」
アリスもホーリー・ベルの意図を理解したらしい。
そう、濡れるだけなら何のダメージにもならないが、今の氷晶竜は全身が冷気を纏っている。一瞬で氷の装甲を再生させるほどの超低温の冷気だ。
そんな状態で水を被ったらどうなるか……答えは簡単。全身が氷漬けになるだけだ。
加えて、先程出した土の杭も水に濡れて凍り付いている。氷晶竜は、土の杭ごと凍り付き動きを封じられたのだ。
「今よ!」
これだけではすぐに脱出されてしまう可能性がある。が、アリスが魔法を使うには十分な時間が稼げた。
「よし、この機は逃さん!
cl《炎星》、mp――ext《
巨大な燃え盛る岩を複数生み出し、それを氷晶竜に至近距離からたたきつける。おそらく、今アリスが使える魔法の中では最も破壊力が高い魔法だろう。
凍り付いた土の杭毎、氷晶竜を叩きのめし吹き飛ばす。
”まだだ! アリス、背中の翼を狙って!”
吹き飛ばされた氷晶竜がすぐに立ち上がろうとする。皮肉なことに、動きを封じ込めていた氷のせいで、氷晶竜へのダメージが軽減されてしまったようだ。
すぐにとどめが刺せるとは思わない。だから、まずは相手の機動力の要となっている背中の翼――冷気を勢いよく噴射することでとてつもない機動力を生み出すブースターを狙う。スフィンクスの時同様、相手の機動力を奪うことが出来ればこちらのアドバンテージになる。
私に言われるまでもなく追撃に移っていたアリスが武器を『鎌』へと変え、背中を狙う。
「おらぁっ!!」
右背の翼へと鎌を叩きつける。炎を付与した刃が氷の守りを突破し、翼へと深く食い込む。
「ab《
それだけでは済まさない。更に体内へと向けて電撃を食らわせる。直接触れて攻撃するのであれば、炎よりも電撃の方が効率が良い。加えて、電撃の放つ熱が氷の装甲を溶かす。
氷晶竜もやられる一方ではない。動けないながらも全身から冷気を噴出してアリスを振り払おうとする。
「ぐっ……く……」
至近距離で冷気を浴びるアリスも無事では済まない。しかし、鎌を押し込む手は一切緩めない。
「使い魔殿、大丈夫か!?」
この距離で冷気を噴出されたら自分だけではなく私にも被害が行くと思ったらしいアリスが問いかける。
”だ、大丈夫!”
寒さは感じるものの、ダメージというほどのものは来ていない。アリスの近くにいることで守られているのだろうか、ともかく私に大きなダメージはないようだ。
それを確認し安心したのか、アリスは更に腕に力を込めて氷晶竜の背中へと刃を突き立てる。
これでいけるか!? 私たちがそう思った次の瞬間、氷晶竜が左側の翼から強烈な冷気を噴出する。
「うおっ……!?」
片側だけの噴出のため、今までのように前方へと進むことはなく、その場でスピンする。
唐突な氷晶竜の動きにアリスがバランスを崩し、投げ出されてしまう。
アリスが背中から離れた瞬間、氷晶竜は真上へと跳び、拘束から逃れる。
そして、そのまま片側だけブースターを噴射して真下にいるアリスへと左拳を振るう。
「がっ……」
咄嗟に『杖』を掲げて防ごうとしたものの、何の魔力もかかっていない状態では氷晶竜の拳は受け止め切れない。
更に悪いことにホーリー・ベルの時とは違い地面を背にしている状態だ。吹き飛んで衝撃が分散されることもなく、拳と地面に挟まれて直撃を受けてしまう。
アリスの体力ゲージが大幅に減ったのがわかる。もう一撃食らえば、リスポーンを免れない!
「アリス!」
武器を
氷晶竜はそちらを一瞥すると口から冷気の弾丸を放つ。
機動力重視の《ミザール》では受け止められない。横に飛んで回避しつつ向かってこようとするが、そこへ氷晶竜が追い打ちをかける。
両腕に巨大な氷の刃を生やし、回避したホーリー・ベルへと両腕を振るう。
振りかざされた刃をかわそうとしたホーリー・ベルだが、その足が止まる。
「――え?」
戸惑いの声を上げるホーリー・ベル。見れば、彼女の足元が凍り付き、動きを封じていた。
先程自分がやられたことをやり返したというのか。動きの止まったホーリー・ベルへと氷晶竜が刃を振るう。
「ベル!!」
激痛を堪え、アリスが立ち上がると共に氷晶竜へと飛び掛かる。
片方の刃はホーリー・ベル自身が受け止めることはできるが、もう一方の方は無理だ――《ベネトナシュ》に切り替えて防御魔法を使っている余裕はない。
今まさに、氷晶竜の刃がホーリー・ベルに迫ろうとする瞬間、アリスが《跳脚甲》の力を使って地面を蹴り、ホーリー・ベルへと飛び掛かって押し倒す。
二人の頭上を刃が通り過ぎてゆく――が、攻撃を外したくらいで氷晶竜は止まらない。倒れこんだ二人に向けて刃を突き立てようとする。
「くそがっ!!」
すぐに起き上がったアリスが鎌を振るうが――
「――あ?」
氷晶竜の右腕の刃を受け止めた次の瞬間、横なぎに振るわれた左の刃がアリスを捉える。
「が、うああああああああっ!?」
胴体毎真っ二つにはならなかったものの、振るわれた刃はアリスの右腕を肘から切断していた!
”アリス!!”
地面に倒れこみ悲鳴を上げるアリス。体力ゲージ自体はまだ残っているが、体力ゲージと体にうけている苦痛は連動していない。腕を切断されて平気でいられる方がおかしいのだ。
「アリス、今すぐ助けるから!」
両足の氷を砕き、《ベネトナシュ》に持ち替えたホーリー・ベルがアリスを庇う。
が、氷晶竜の猛攻は留まることを知らない。
両腕の拳、刃をめちゃくちゃに打ち付けつつ、尻尾を振り回し、更に氷のブレスを放ってくる。
《ベネトナシュ》の防御魔法を使って耐えているものの、耐えるだけで精一杯の状態だ。アリスを連れて一旦離れるということも出来そうにないし、何よりもこのままでは防御も破られそうだ。
”ダメだ、ホーリー・ベル! 《
体力ゲージはグミで回復できるが、傷そのものは治せない。ホーリー・ベルの《癒装》であれば切断された腕も戻せるかもしれないが、今の状況で《鉄装》を解除してしまうと氷晶竜に押し切られてしまう。
どうする……どうすればいい!?
「つ、使い魔殿……」
その時、アリスが私を呼ぶ。
苦し気ではあるものの、意識ははっきりとしているようだ。
「オレの腕、持ってきてくれ……」
”は? 腕?”
「早く、頼む!」
アリスが何を考えているのかさっぱりわからないが、彼女の鬼気迫る様相に圧され、私は切断された腕を回収する。
幸い、すぐ近くに落ちていた。
……見たくないと思いつつ、怖いもの見たさで切断面を見てみると、そこには想像したようなものはなく、真っ白な切断面だけがあった。
――このゲーム、そんな気はしていたのだが、どうも人体の内部までは忠実に再現しているわけではないらしい。切られたりすれば血飛沫は舞うものの、肉や内臓がこぼれたりすることはないようだ。以前のアラクニド戦でアリスが胴体を貫かれた時からそうではないかと思っていたが。
それはともかく、私はアリスに言われた通り腕を持ってくる。
”アリス、どうする気?”
「決まっている……こうするんだよ!」
左腕で切断された右腕を切られた場所へとくっつけて固定し、アリスはその魔法を使う。
「mk《
”……は?”
アリスが作り出したのはステイプラー……つまり、巨大な『ホッチキスの針』だ。
その針を躊躇うことなく自らの右腕に突き刺し、切断された腕をつなぎ合わせようというのだ。
”な、なに考えてるの!?”
腕深くに食い込む針が痛くないわけがない。
アリスは歯を食いしばりその痛みに耐えている。額には脂汗が滲んでさえいる。
それでもアリスは止めようとしない。
……この娘、本当に……。
「グミ、頼む……」
”あ、あぁ……”
鬼気迫る、なんてもんじゃない。
何が何でも立ち上がり、相手を粉砕する――そんな気迫に圧され、私はうなずくしかなかった。
私は思い出していた。この娘は『普通』ではないということを――この娘は、生粋の『
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