第1章34話 天空遺跡の冒険 12. 紅の絶望と――
アリスの振るった《
「――っ」
剣を振りぬいたアリスはそのまま地面に崩れ落ちる。
氷晶竜は――
「……やった、わね」
息も絶え絶え、と言った風情でゆっくりと歩み寄ってきたホーリー・ベルが言う。
両断された氷晶竜の体はビクビクと痙攣を続けていたが、やがて動かなくなる。
……私たちは、勝ったのだ。
”……アリス、やったよ……君たちの勝ちだ”
……だが、アリスからは返事がない。
”……アリス?”
地面に倒れたまま、アリスは動かず、私の呼びかけにも答えてくれない。
まさか――折角勝ったというのに!?
慌てる私だったが、その時アリスの全身が淡い光に包まれる。
”これは……!?”
そして光が止むと、そこには――
”え、ありす……!?”
アリスではない。変身前の『ありす』の姿があった。
「う、うぅ……ラビ、さん……」
小さなうめき声が聞こえる。
良かった、生きてる!
”ありす、大丈夫!? 今グミを使うから……!”
「待って、その前に――エクスチェンジ《
ホーリー・ベルが《癒装》へと変わり、回復魔法をありすに向けてかける。《メラク》を使って威力――この場合は回復力を増した状態でだ。
目に見える外傷が全て消えたところでありすの口にグミを放り込む。
体力ゲージは元々そこまで減っていなかったのですぐに満タンになった。
「あれ……わたし……?」
意識がはっきりしたらしいありすも、自分の体がアリスではなく元の自分になっていることに気付く。
『ゲーム』の中でありすの体になったことは初めて、だろうか? マイルームからも変身してからクエストにいつも向かっていたし……。
でも、今なんでありすの姿に戻っているんだ?
”ジュ、ジュジュ……”
「ふんふん。そうなのね……。
あのね、ジュジュが言うには、魔力ゲージが完全にマイナスになったから、強制的に変身が解かれたってことみたい。
……ごめんね、無茶させて……でも、ありがとう。ありすのおかげで、クエストクリアできたよ”
なるほど。見ればありすの魔力ゲージが空になっている。
最後に使った《竜殺大剣》でほとんど魔力を使ってしまった上に、氷晶竜を押し切るために更に魔力を消費してしまったらしい。その時、魔力ゲージが『ゼロ』ではなく『マイナス』に突入してしまったせいで、『ゲーム』側が強制的に変身を解除してしまったようだ。
……これから気を付けないといけないな。さっきみたいなギリギリの状況が今後もないとは限らない。いや、あってほしくはないけど。
「……そっか……」
ホーリー・ベルの回復魔法のおかげで右腕もつながり、体自体は万全になったありすがぼんやりとした表情でつぶやいた。
氷晶竜との最後の激突で極限までアドレナリンが放出されていた反動だろうか。いつにもましてぼんやりとしているように思える。
”まぁ何はともあれ、クエストはクリアできたみたいだね”
クエスト情報欄を見てみると、クリアしたことを示すアイコンが現れていた。あとはゲートまで戻るだけだ。
「どうする? 回復しておく? 何ならあたしが抱えて飛んでいくけど」
クエストはクリアしたのだから、キャンディをこれ以上消費する必要もない。彼女の言葉に甘えようかとも思ったが、私は首を横に振った。
”いや、アクマシラみたいな小型モンスターもいるし、念のためアリスに変身して戻ろう。
ありす、いいかい?”
「ん、大丈夫」
私の言葉にありすは頷く。
確かにホーリー・ベルに運んでもらえばいいのだが、ゲート付近の平原にはアクマシラ等の小型モンスターが数多くいる。小型モンスターに後れを取ることはないとは思うが、戦えないありすを抱えながらだと万が一が起こっても困る。
……アリスの時は見た目も大人っぽいため忘れがちだが、本体のありすは華奢な少女なのだ。もしもモンスターに危害を加えられたらと思うと、背筋が震える。
ちょっともったいない思いがありつつも、ありすにキャンディを渡して魔力を回復させる。
「それじゃ、戻ろうか」
「ん」
さて、どうやって戻るか。
空を飛んで戻ってもいいし、氷晶竜を不意打ちした時のように地面を掘り進んで一気に平原まで戻ってもいいけど……地面を掘っていく場合、来る時は氷晶竜のレーダー反応を目標に来れたけれども帰りには大きな目標はない。変なところを掘り進んでしまう可能性もあるし、空を飛んで行った方がいいだろうか。
クエストが無事に終わった安堵もあり、私たちはのんびりとそんなことを考えていた。
――その時だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
「ひっ!?」
「な、何だ!?」
”い、今のは!?”
突如、天空遺跡に恐ろしい咆哮が轟く。
雷鳴よりも重く響く咆哮に、私たち全員が身を竦ませる。
……嘘でしょ? 今の咆哮から感じる恐ろしさは、氷晶竜よりも――
”ジュ!!”
ジュジュが何かしら叫んだ。
ホーリー・ベルがそれを翻訳する間もなく――私たちの前に、絶望が舞い降りた……。
現れたのは、一見すると氷晶竜と同じタイプのモンスターであった。
違うのは、氷晶竜よりも二回りは大きいこと、そして、全身が燃え上がる炎のような真紅の水晶で形作られていたことだ。
――ヤバい……ヤバすぎる!!
私でもわかる。今目の前に現れた赤い氷晶竜――『紅晶竜』は、氷晶竜の
”に、逃げるんだ!!”
思わず私は叫んだ。
こいつと戦っても、勝てない――本能でそれが確信できた。
連戦で疲れているから、とか魔力が回復しきっていないから、とかそんなことは関係ない。例え万全の状態であっても、この『紅晶竜』とは戦ってはいけない。それが理屈ではなく本能でわかる。
私の叫びに、二人がすぐに反応する。
好戦的な二人でも、いや好戦的だからこそか、紅晶竜の危険度がわかるのだろう。反論することなく逃げるための魔法を使う。
ホーリー・ベルは《
二人が逃走準備を始めると同時に、紅晶竜が再度咆哮を上げる。と同時にその周囲に炎が吹き荒れる。
「くっ……こいつは『炎』か!?」
見た目通りの属性と言えばその通りだが、本当にそうかはわからない。何しろ、こいつは
地中や水中にいる相手はレーダーに映らないことはあったが、目の前に確かにいるのに映らないというのはどういうことなのか……それはわからないが、原因を追究している暇はない。
とにかく逃げるしかない。
「cl《
「オペレーション《エアボルト》!」
二人で魔法を放ち、相手が防御なり回避なりしたところで一気に距離を取ろうとする。氷晶竜と同じタイプのモンスターであれば、今いる高台から下に逃げれば追って来ないはずだ。
しかし、紅晶竜は防御も回避も行わず、攻撃魔法を無視してまっすぐにこちらへと突っ込んできた。
燃え盛る剛腕が二人を薙ぎ払う!
「ぐあっ!?」
まさかそのまま突っ込んでくるとは思わなかったため、こちらも回避が遅れた。二人揃って殴り飛ばされてしまう。
辛うじて
「md《槍》、ab《鋭化》!」
すぐさまアリスが槍を振るって相手の脚を突く。
……しかし、火龍や氷晶竜の甲殻を貫けたはずの槍は、紅晶竜には通じない。むしろ、突いた方の槍の穂先が欠けてしまった。
「な、なんつー硬さだ……!」
《鋭化》をかけてなお通じないとなると、アリスの普通の魔法では傷一つ付けられない可能性が高い。破壊力という点では現時点で最高レベルの《炎星》とかでも通じないだろう。
となると通用しそうなのは《竜殺大剣》くらいしかないが、あれを使っても氷晶竜のように両断するには至らないかもしれない。その上、残りの魔力を全部消費してしまい、無防備な姿をさらすことになってしまいかねない。
”……ジュジュ、ジュ”
「え? 緊急脱出用アイテムを使う? そんなのがあるの!?」
ジュジュがホーリー・ベルに何か言ったらしい。
緊急脱出アイテム……そんなのがあるのか。
「わかった、それ使おう。まともに逃げるのも難しそうだし」
「そうだな……悔しいが、こりゃ無理だ!」
接近してきた紅晶竜の攻撃を必死に回避しつつ、二人が叫ぶ。
今はスピード特化の魔法を使っているため回避できているが、逃げることは難しい。下手に背中を向けて距離を離すと、氷晶竜のようにブースターで一気に距離を詰められつつ攻撃されてしまう。隙さえ作れれば、距離を離しても大丈夫かもしれないが、二人の攻撃魔法では隙さえも作れない。
緊急脱出アイテム――ジェムで交換できるアイテムにそんなものがあったことは知らなかったが、それがあれば一気にゲートまで戻れる、あるいはクエストから脱出することが出来るということだろうか。
「ジュジュ、早く!」
焦るホーリー・ベルがジュジュを急かす。《羽装》ではスピードはあるが、一撃でもまともに食らえば致命傷なのだ。
急かされたジュジュがホーリー・ベルの胸元でごそごそと動き、何かのアイテムを取り出す。
そして――一瞬だけ、私たち、いや私の方を見た……気がする。
”ジュ!”
アイテムを使った瞬間、その場からホーリー・ベルとジュジュの姿が消え去った!
「なっ……!?」
”ジュジュ!!”
――嘘でしょ?
緊急脱出アイテムは、ホーリー・ベルとジュジュだけを脱出させたのだ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ここは、マイルーム……?」
先程まで紅晶竜と戦っていたままの姿で、ホーリー・ベルの体は自身のマイルームへとやってきていた。
緊急脱出アイテムの効果で、無事に戻ってこれたらしい。
ほっと安心し、アリスたちの方も無事に帰ってこれたか確認するためにチャットを起動する。
……しかし、応答がない。
「……アリス? ラビっち?」
まさか、と胸元のジュジュを見る。
”……どうも『リーブ』は使ったプレイヤーとユニットだけを退避させる効果だったみたいだね”
悪びれることなく、さらっとジュジュは言う。
ということは……。
「アリスたちは取り残されたっていうの!?
ジュジュ、どうして!!」
”いや、本当に済まない。知らなかったんだ”
「くっ……このっ!!」
思わずジュジュを掌で握りつぶしそうになるが、それはぐっと堪える。
知らなかった? 本当に?
自分のパートナーに対して疑念がわくものの、ホーリー・ベルはそれを抑えて再度クエストに向かおうとするが、
”無理だよ。僕たちはあのクエストをクリアしたことになってるんだ。クリアしたクエストには挑むことは出来ない――”
ジュジュの言う通り、クエストへと向かうための扉は固く閉ざされており反応がない。
”ま、あいつらなら大丈夫でしょ。君も知ってる通り、『強い』し『頼りになる』からね”
「ジュジュ、あんた……!」
棘のある言い方に気付き、ホーリー・ベルは歯ぎしりするがどうにもならない。
彼女に出来ることは無事に紅晶竜から逃げ切れることを祈るだけだ。
「ちくしょうっ!!」
腹立たし気にドアを殴りつけたが、相変わらず何の反応もなかった……。
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