第1章30話 天空遺跡の冒険 8. 不死の巨人と氷の支配者(後編)

 ……始まったのだが、戦いは早くも消耗戦の様相を呈してきた。


「くそっ、全然衰えないな、こいつ!?」


 もう何度目になるだろうか、《ディスインテグレーション》で分解した土塊に対して『鞭』を振るって追い打ちをかけるアリスが毒づく。


「はぁっ、はぁっ……これじゃキリがないわ」


 爪手甲の《ドゥーベ》から攻撃範囲を重視した鞭――《アリオト》へと変え、ゴーレムの全身を次々と分解していくホーリー・ベルも息が上がり始めている。

 直接ダメージを受けているわけではないので体力ゲージはまだまだ満タン付近なのだが、疲労だけはどうにもならない。疲労と体力ゲージが直結していたらそれはそれで困りものなのだが。

 これは最も恐れていた展開だ。このままじりじりと魔力を削られ、回復アイテムを消費していけばゴーレムの後に控えている氷晶竜戦に響く。

 もしかして、本体はこの場にいないのか? そんな疑念も湧いてくる。レーダーは意外とポンコツ性能だし、正しく敵の位置を表示していない可能性もないことはないが……。

 私も焦燥感はある。が、まずは落ち着いて考えよう。

 まずこのゴーレムはどこかに『本体』があるという仮定、これが正しいかどうか。


”……私の考えが間違っている? いや、でもこれだけ分解しても復活してくるってことは、どこかに本体があると考えないとおかしい……”


 ……ちょっと自信がなくなってきたが、全身をどれだけ分解しても復活する様をみていると、そう考えざるをえなくなる。

 ユニットの体力ゲージは見えるが、モンスターの方はわからないから、もしかしたら体力を削れているのかもしれないという思いもあるが……いや、だとすると、《ディスインテグレーション》のような魔法がない限りゴーレムはほぼ無敵と言えるだけの体力を持つことになる。ゲーム的にそれはないはずだ。

 ではやはりどこかに本体がいるとして……それは果たしてか?

 地中という可能性も考えたが、レーダーを信じるならそれは否定される。水蛇竜や最初のゴーレムの不意打ちを探知できなかった通り、このレーダーは水中や地中などのこちらから触れられない場所にいる敵の探知は出来ないようだ。となると、やはり今目の前にいるゴーレムの近くに本体はいるはずだ。ポンコツ故にそれがわかるというのは皮肉なものだが……。

 ――なら、ちょっと厳しいが無理やり引きずり出そう。


”アリス、ホーリー・ベル。ちょっと厳しいかもしれないけど、そのゴーレムを上空へと打ち上げて! で、空中で《ディスインテグレーション》で分解してみて!”


 私の無茶なオーダーに一瞬呆気にとられて二人は顔を見合わせるが、すぐにうなずき行動を開始する。

 ……自分で言っておいてなんだが、本当に無茶なことを言っていると思う。それでも、二人は私を信じて指示に従ってくれている。

 二人の信頼に、私も全力で応えなければ。


「さて、あの巨体をどうやって飛ばすかな……」


 ゴーレムを放り投げる役はアリスの方だ。

 ホーリー・ベルの方だと、使える魔法が限られてしまうし、ゴーレムを飛ばすような魔法はないのだろう――いや、事前に聞いた彼女の『切り札』ならばそれも不可能ではないのだが、ゴーレムを投げ飛ばすだけのために使うのは少々もったいない。


「……よし!」


 ゴーレムの岩弾をかわしつつ考えをまとめたらしい。アリスが複数のマジックマテリアルを作り出してあちこちにばら撒く。

 ……よかった。流石に《剛力帯パワーベルト》を使って投げようという発想に至らないで……いくら何でも無理なものは無理とわかってくれる娘で。


「cl《蛇絞鞭ヘヴィバインド》、cl《碇脚甲アンカーボルト》、cl《剛力帯》!!」


 ……えぇ……?


「ab《回転レボリューション》!!」


 幾本もの鎖でゴーレムを絡めとり、更に自分の足元を地面に固定――そして固定した《碇脚甲》に対して《回転》をかける。

 いやいやいや、それはいくらなんでも――


「う、おおおおおおっ!!」


 ――じりじりと、ゴーレムが引きずられ始めた。

 信じられない光景だが、アリスの魔法がゴーレムのパワーを凌駕しようとしているのだ。


「おおおおおおりゃああああああっ!!!」


 岩弾を撃って逃れようとするゴーレムだったが、そのことごとくがホーリー・ベルの《ディスインテグレーション》によって無効化される。

 更に岩弾を撃つことでゴーレムの重量が減り、またバランスを崩し、ついにはアリスによって地面に引きずり倒される!

 引きずり倒したゴーレムには、もはやアリスのパワーに対抗することは出来なかった。


「おらぁぁぁぁぁっ!!」


 一度勢いがついてしまえばもう止められない。

 華奢な美女の細腕が鎖で繋いだ岩塊をジャイアントスイングでぶん回すという悪夢のような光景が繰り広げられ、そして砲丸投げのように上空へと向けて投げ飛ばした!


「md《ネスト》!!」


 更に放り投げた後に鎖を網へと変えて完璧に動きを封じる。


「cl《跳脚甲グラスホッパー》――行くぞ、ベル!!」


 ホーリー・ベルを抱えてジャンプ。

 そのまま今度はホーリー・ベルをゴーレムへと向かって放り投げる。


「ちょっ、後でちゃんと拾ってよね!?」


 まさか投げられるとは思ってなかったホーリー・ベルの非難の声が聞こえるが、


「オペレーション《ディスインテグレーション》!!」


 私のオーダー通り、ゴーレムを空中で分解する最大のチャンスだ。逃さず、ホーリー・ベルが《アリオト》で範囲拡大した《ディスインテグレーション》でゴーレムを分解する。

 ――《ディスインテグレーション》は魔法を使用している時の『天道七星』の形態によって、分解する範囲が決まる。爪手甲の《ドゥーベ》ならば拳や爪で触れた箇所、弓型の《フェクダ》ならば矢の軌道に合わせてと言ったように。

 鞭の形態である《アリオト》の場合はというと、鞭の軌道に合わせて触れた箇所全てを分解する。鞭そのものだけでなく、その周辺数十センチ諸共だ。鞭の軌道自体もホーリー・ベルが振り回さなくてもある程度勝手に動いてくれるらしい。つまり――鞭の届く範囲、ホーリー・ベルを中心に半径約10メートル程度が魔法の範囲になるのだ。

 威力そのものは強化されず、また攻撃力自体が《アリオト》は他の武器に比べて減っているため通常の戦闘では微妙に使いづらい面もあるのだが、『土』属性のものならば問答無用で分解する《ディスインテグレーション》には『威力』というものは不要だ。

 空中戦に全く対応できていないゴーレムは逃げることも出来ずに全身をバラバラに分解されていく。


”……見えた!!”


 そして私は見た。

 分解されて消えていくゴーレムの肉体だったものの隙間から、黒い、どろりとした『液体』がにじみでてきたのを。


「――あれか!?」


 アリスにも見えたらしい。

 その黒い液体は《ディスインテグレーション》の影響を受けないのか、ぼとぼとと地面へと落下していく。

 そして落下した地点から新しいゴーレムが出現してきた。


「……あれが、ゴーレムの本体か!」


 ホーリー・ベルを落下前に受け止め、再度ゴーレムと対峙する。

 敵の正体はわかった。

 どういう理屈なのかまではさっぱりわからないが、あの黒い液体こそがゴーレムの『本体』なのだ。黒い液体が岩や土に入り込み、ゴーレムの肉体を作っていたというわけだ。


「なるほどねー……いくら《ディスインテグレーション》を使っても意味ないわけだわ」

「ああ。だが、倒すべき相手はこれでわかった。

 ――で、どうやって攻める?」


 二人が再び私の方へと尋ねる。

 ……まるで私が指揮官のようだが、まぁいい。こうなったらとことんまでやろう。


”炎……いや、ここは氷の力で攻める。

 ホーリー・ベル、頼むよ。アリスはとどめを!”

「氷……? あぁ、そういうことね、わかったわ!」


 私のやろうとしていることを汲み取り、ホーリー・ベルがうなずく。アリスは……よくわかっているのかどうか何とも言えないが、


「よし、任せろ!」


 とどめを刺すという単純明快な役割にあっさりと納得したらしい。

 ……脳筋度は、どっちかというとアリスの方が上だなぁ……。

 ともかく、私たちはゴーレムとの最後の戦いに挑む。


「そういえば、これアリスたちの前で使うの初めてかもね」


 事前に情報自体は聞いていたが、確かに見るのは《星装》ともども初めてかもしれない。

 ホーリー・ベルの『精霊の加護衣セブンス・エレメンツ』の扱える属性の一つにして、今回ゴーレムに引導を渡す属性――


「エクスチェンジ――《氷装ミズハミ》!!」


 『精霊の加護衣』がその姿を変える。

 《鉄装》の刺々しいメタリックな質感から、淡いブルーの涼やかな、清流を思わせるような色へ。袖や裾も鋭利な刃を思わせるものから、水しぶきをイメージした衣へ。

 『水の衣』――そういう表現がぴったりの、水と氷の属性を操る衣装だ。


「ロード――《メグレズ》!」


 『天道七星』もまた変化する。先端に《氷装》と同じ青い宝玉を抱えた『杖』である。強化するのは『放出系魔法』の全て、だ。《ボルト》系魔法のような、属性を矢や弾丸として放つ魔法全てを強化することが出来る形態である。

 強化といっても、射程だけ、威力だけ、と一分野に限ってなら他の装備の方が強化率は高いらしい。だから普段は滅多に使わないと彼女は言っていたが……。


「威力、範囲、射程……どれをとってもちょっと中途半端なんだけど、おおざっぱに『とにかく広く魔法を撃ちたい』っていうなら、《メグレズ》が一番よ」


 特に今回有効なのは『範囲』の拡張だ。同じ範囲拡張でも、鞭型の《アリオト》だとあくまで『鞭の範囲内』に留まる。まぁ、鞭自体がかなり長いうえに自由自在に動かせるので、範囲自体はかなり広いのは間違いないのだが。

 対して《メグレズ》の範囲はというと……。


「オペレーション《ウォータースフィア》!」


 ゴーレムを取り巻くように青い光が渦巻き、次の瞬間、青の光の結界内に『水』が満ちる。

 その直径はおよそ5メートルと言ったところか。かなりの広範囲であることは間違いない。《メグレズ》の拡張は、『魔法そのものを大きくする』ことなのだ。

 指定した箇所に『水』を発生させる《ウォータースフィア》を、ゴーレムを起点として発生させ、更に《メグレズ》の特性によって範囲を拡大。ゴーレムの全身を包み込むほどの巨大な水球へと閉じ込めた。

 が、《ウォータースフィア》はあくまで前座。水を発生させるだけなので、《ウォータースフィア》自体には特に攻撃力はない――発生も一瞬なので相手を溺れさせるということも出来ない。


「まだまだ! オペレーション《ウォータースフィア》!!」


 更に続けて三発、《ウォータースフィア》をゴーレムの付近に放つ。

 それで何が起きるかというと……。


「おお、ゴーレムが崩れていく!?」


 アリスが驚きの声を上げる。

 話は単純だ。ゴーレムの体を構成しているのは、あくまで『この付近の地面から持ってきた岩や土』なのだ。流石に岩は水だけでどうにかなるものではないが、体の各所を構成している――私の見立てでは間接部分に使われている『土』が水によってドロドロに溶けた『泥』へと変わっていく。

 謎の黒い液体で繋ぎ合わされたゴーレムとは言え、流石に泥と岩では体を結合し続けることは難しくなる。

 かといって『泥』となった部分を捨てて新しい『土』と入れ替えようとしても、すでに《ウォータースフィア》によって周囲一帯の地面は泥の沼と化している。

 魔法は物理を完全に無視している。地面の奥深くまで何の理屈もなく湧き出した水によって浸され、かなりの深さまでが泥と化しているだろう。

 体の維持ができないと判断した黒い液体が、岩の部分を放棄してゴーレムの体が崩れ、そして――


「今度は泥人形か!」


 岩と泥だけでは体を作れないとみて、今度は『泥』のみで肉体を構成する。泥のゴーレム――マッドゴーレムが現れた。

 岩よりも頑丈ではないが、その分動きは軽い。

 『水』を発生させるホーリー・ベルが脅威と見たか、飛び掛かって襲い掛かろうとするが、もうホーリー・ベルから逃れる術がないことには理解が及ばなかったようだ。


「オペレーション――《フリーズコフィン》」


 襲い掛かってくるゴーレムの動きが完全に停止した。

 その全身は完全に凍り付いている。

 ホーリー・ベルが行ったのは至極簡単なことで、ゴーレムの全身を水で濡らして、全身を凍り付かせたというだけだ。

 ただの氷の魔法では、ゴーレムはたとえ凍り付いても力づくで何とか抜け出そうとするかもしれない。しかし、体の内部まで水で浸され、それが全て一瞬で凍り付いてしまえばそうもいかない。無理に動こうとすれば、全身が粉々に砕け散ってしまうだろう。


”よし、アリス、とどめを。

 あいつを逃がさないようにして、完全に焼き払って”

「なるほどな。わかったぜ!」


 確かに炎で焼き払うのは有効だろう。けれども、それではゴーレムの本体である黒い液体に逃げられてしまうかもしれない。

 だから、まずは黒い液体毎ゴーレムを氷漬けにして動けないようにして、そのあとに焼き払おうとしてたのだ。




 ――かくして、ようやく私たちはゴーレムを完全に倒すことに成功したのであった。




「……ふぅ、何とかなったな……」


 戦闘終了後、ようやく私たちは一息つくことができた。

 アクマシラとかの小型モンスターが、大型モンスターがいなくなったため隠れていたところから出てき始めている。見晴らしのいい平原にいてはいつまでも休めないので、私たちは作戦会議をした時のように岸壁に穴を掘ってそこで休息することにした。

 ダメージ自体はほとんど受けていないため、キャンディでの魔力補給だけを行っておく。

 それに、ダメージはないといっても、水蛇竜二匹と連戦だったのだ。疲労してしまっている。残る敵は氷晶竜だけだが、ここで休息して万全の調子で戦いたいところだ。


”ここで少し休憩しよう。結構な時間が経っているけど、中途半端な状態で挑んで負けました、じゃしょうがないしね”


 出来るだけリスポーンはしたくない。ホーリー・ベルたちも一度もリスポーンしたことがないというし、初回のリスポーン代金が割り引かれているのは残しておきたいところだ。

 ……氷晶竜戦で、果たしてリスポーンせずにいられるかどうか。それはまだわからない。今まで戦ってきたモンスターの中でも、間違いなく最も強く、そして危険なモンスターだ。気力、体力、魔力全てを整えてから戦いたい。


「……で、残りの氷晶竜、どうやって戦う?」


 細かい打ち合わせができるのはこれが最後だろう。ホーリー・ベルから確認のための声が上がる。

 それなんだよなぁ……。

 アリス達の期待の眼差しが私へと向けられる。


”うーん……ちょっと待って、今考えるから”


 いや、ほんと、どうしたらいいのか私も良くわかっていないんだけど……。

 とにかく、弱点らしい弱点は前の戦いでは見当たらなかった。あえて言うのであれば『炎』の属性が有効だというくらいだが、『炎』であっても氷晶竜を覆う氷の鎧や刃を溶かすことくらいしかできない。

 ……そう、やつに致命傷を負わせる手段が思い当たらないのだ。全身が氷で出来たドラゴン型のゴーレムというのであれば『炎』でいいのだけれども、氷晶竜は単に『氷』の力を使っているだけであって、本体にまで炎が有効かどうかわからない。

 全く効果がないということはないと思うが、炎だけで何とかなる相手ではないと思う。

 とはいっても、炎がないと氷の鎧とかに対抗するのは難しいし……うーん。


”――よし”


 アリスとホーリー・ベルの手持ちの札はわかっている。

 それらと現時点でわかる氷晶竜の情報から、私はある作戦を提案した。


”まず、片方が攻撃、片方が防御という割り当ては一旦忘れよう。

 で、ホーリー・ベルは基本的には《炎装フレイミ》で。本体にどれだけ炎が通じるかわからないけど、少なくとも向こうの鎧を剥がせるし、防御も両立できるからね”


 属性が衣装依存で固定となるホーリー・ベルには、《炎装》で挑んでもらう。何度考えても、ホーリー・ベルにはこれしかないと思う――『切り札』の切りどころはどこかにあるとは思うが、使わないならそれに越したことはない。


”アリスの方なんだけど、かなり魔力を消耗することになると思う。流石にキャンディを使い切るまではしたくないんだけど、覚悟はしておいて”

「うむ、良いぞ」


 どうしてもアリスの場合、手数を多くしようとすれば魔力の消費が大きくなる。一撃を重くしようとしても消費は大きくなるし、難しいところだ。やろうと思えば何でもできる汎用性の対価として割り切るしかない。

 アリスにも氷晶竜戦での戦い方を伝え、更に私は続ける。


”それで、氷晶竜に挑む前になんだけど――”


 果たしてこの『作戦』がうまくいくかどうか……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 氷晶竜には『使命』がある。

 この天空遺跡、その最上部にある『封印神殿アルカトラス』へと近づくものを■■するという使命だ。

 長い年月誰も近づいてこなかったこの場所に、何やら不可思議な存在が現れだしている。

 一度は追い払い、従僕である『岩人』がそれを追っていたようだが、『岩人』の存在がなくなったことを感じ取れた。

 ――なるほど、不可思議な存在ではあるが、それなりの『力』は持っているらしい。

 であれば、今度は自分へと向かってくるであろう、と氷晶竜は思う。




 ……そう、のだ。

 最初の戦いの際にラビが疑ったように、氷晶竜にはただの動物とは異なる次元での『知能』があり、『意思』がある。それは人間の持つような『意思』とは異なる『使命』を果たすための装置としての意思ではあるのだが……。

 わずかな『意思』、そして彼の持つ心のようなものが、違和感を覚えていた。

 彼の使命は『封印神殿』に近づくものに対して■■を行うことである。久しぶりに現れた不可思議な存在は、氷晶竜の元に現れたものの、『封印神殿』を目指しているわけではないようだった。では、何をしにここまで来たのか――彼にはそれがわからない。

 けれども、あれらは『封印神殿』のふもとまでやってきた。そこに現れたのであれば、『封印神殿』のことを知ろうが知るまいが、彼の■■の対象であることには変わりはない。

 今、『岩人』を倒したものたちの存在が近づいてきているのを感じる。具体的にどこにいるかまではわからないが、一直線に氷晶竜へと向かっていることを感じ取れるのだ。

 ――来るか。

 存在感が増してくる。もう間もなく、崖から登ってきた姿が見えるだろう。

 彼には『意思』はあっても『感情』はない。戦いを楽しむということもない。『封印神殿』に近づくものに対して容赦はしない。

 崖から来るであろう不可思議な存在たちに向けて大きく口を開き、氷のブレスを撃ち放つ準備をする。




 ――その足元が、突如崩れた。

 いや、足元の地面が唐突に『消失』し、大きな穴となって氷晶竜の脚をとらえたのだ。


「cl《天燕襲撃ロケットレイダー》!!」


 バランスを崩したことに動揺はしない。だが、動きは止まる。

 氷晶竜の動きが止まった一瞬、穴の奥から一条の光――鋭い輝きの槍が飛び出し、氷晶竜の胸へと突き刺さる。


「ab《サンダー》!」


 突き刺さった槍の先端から電撃が迸る。

 突撃時の衝撃と電撃によって氷晶竜は大きくのけぞり、地面へと倒れる。


「よし、まずはうまく行ったな!」


 突き刺さった槍を引き抜き、白い服の少女が言う。


「ええ、でも本番はここからよ――!」


 続けて現れたのは鉄の衣を身に纏った少女だ。

 ――なるほど。地面の下を一直線に向かってやってきたというわけか。氷晶竜は自分の認識の甘さを『思い』知った。

 彼が相手にしているのはただの『人間』ではないのだ。

 超常の力を操り、『封印神殿』にも目もくれずに氷晶竜だけに向かってくるものなのだと――

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