第1章28話 天空遺跡の冒険 6. アリスとホーリー・ベルと新たな力(アリス編)
* * * * *
ホーリー・ベルが一匹を受け持っている間に、アリスは残りの一匹を片付ける。
お互いに一匹ずつ倒せるならばそれで良しだが、勝てると思って迂闊に攻め込んで反撃を受けては意味がない。そのことはホーリー・ベルにも言い含めておいたし、理解してくれていると思う。
分断もいつまで続けられるかわからないし、手早く倒して合流したいところだ。
「さーて、さっそく試すとするか」
決して余裕があるわけではないのだが、アリスの表情は余裕に満ちていた。
……これがただの油断であるならば窘めなければならないところなのだが、水蛇竜が油断ならない相手であることはさっき戦ったアリスには理解できているはず。
強敵であることを理解しつつも、先程の作戦会議で知った新たな自分の可能性を試せることが嬉しくて仕方ないと言った感じだ。
そして、その可能性が上手いことはまれば、水蛇竜を打倒することは容易だという確信からの余裕なのだろう。
いつものように『杖』の先端を『槍』へと変え、戦闘準備を整える。
「さっきは自分の力だけで勝った気がしなかったからな。今度こそ、オレの実力で勝ってみせるぜ。
……ん? 使い魔殿の『作戦』で勝ったとしたら、それってオレだけの力になるのか?」
と首をかしげ私に問いかけるアリス。
余裕は結構だが、その間に水蛇竜が大きく口を開けて突進してくる!
「おっと」
流石に完全に油断はしていない。アリスは突進をかわす。かわしながら攻撃は出来なかった。
「ま、オレと使い魔殿は一心同体だからな。オレたちの勝利であれば同じだ!」
”……そうだね”
……ちょっとだけ嬉しいことを言ってくれる。ありすもそうだが、アリスも無邪気に私のことを信用してくれているのが、なんだかくすぐったい。
ともかく、まずは水蛇竜の打倒が最優先である。こいつを早く倒して、ホーリー・ベルが引き付けてくれているもう一匹も倒さないとならない。
気になるのはゴーレムが来るかどうかだ。洞窟で話していた時は現れなかったのでこの辺まではやってこないものだと思っていたが、もう一つ可能性があることに思い至ったのだ。念のためゴーレム出現には注意するようにホーリー・ベルたちにも言っておいてあるが……。
来るかどうかわからないものはいくら注意していても仕方ない。レーダーの動きに気を配るしかないだろう。
私たちは目の前の水蛇竜に集中する。
「まずは……mk《
早速アリスは先程の『作戦会議』の内容を実践するつもりだ。バスケットボールほどの大きさの『マジックマテリアル』を作り出し、その辺に転がしておく。
更に三つほど、《
地面にばらまいたマジックマテリアルには目もくれず、水蛇竜は一直線にアリスへと向かってきた。
「ふっ……ジャッジメントの時間だぜ!」
――決め台詞、なのだろうか……?
それはともかく、水蛇竜との戦いが始まる……。
* * * * *
アリスもホーリー・ベルも、私が考えた『作戦』というものの、それは正しとは言えない。
私がしたのは彼女たちからいくつかの情報を聞き出し、簡単にアドバイスをしただけなのだ。だから、細かい作戦を考え実行しているのは彼女たち自身であるといえる。それを『私の作戦』と言われるのは……ちょっとむず痒いような、責任を押し付けられているような……いや、まぁ大人として責任取るのは別にいいんだけど。
まずはホーリー・ベル。
彼女の魔法の特性について尋ねてみたところ、『天道七星』の形態によって能力に補正がかかること、得意な魔法が異なることがわかった。
例えば弓型の《フェクダ》の場合だと、『魔法の射程強化』がかかり、『~ボルト』系の遠距離攻撃魔法の威力が上がるなどだ。
そして、現在使える属性の種類もわかった。彼女の言う『切り札』については、今のところ使い道が思い当たらないので水蛇竜戦ではよほど追い詰められない限りは使う必要はないだろう。
今回は『光』属性の《星装》が目的に合っているので、それの使い方について簡単なアドバイスを贈った。ホーリー・ベルには水蛇竜一匹を抑えてもらう必要があるため、攻撃や防御に優れた属性や魔法を使うよりも、攪乱に優れた魔法を使っていてもらいたい。
その点で、《星装》は都合がいい。彼女自身は『光』属性と言われて、
「んー……アンデッドとか、デーモン系の敵に有効な属性かなって思ってた」
と答えていたが、それはちょっとゲーム脳すぎる。
『光』属性の本質は、その名の通り光の力を扱えること――光の力とは、すなわち視覚にかかわる力である。
攪乱に用いるのであれば、光の力を使って幻を生み出すのがちょうどいいだろう。
……そういう力の使い方は全く想定していなかったのだろう、ホーリー・ベルは本当に感心したようだった。ホーリー・ベルもアリスも、もうちょっと
それはそれとして。
以前にホーリー・ベルが言っていたように、彼女は直接攻撃する能力もあるが、どちらかというと防御や支援、補助系の魔法に優れている。それをもっと前面に押し出していった方が戦いやすいと思うのだ。
そしてアリスの方だが、こちらには私が以前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
”アリスの魔法って、どうやって新しいものを使えるようになるの?”
「うん? 何となく、『こうしたい』って思ったら自然と使えるようになるが?」
……フィーリングか! と言いたいところだが、ちょっと違っていた。
アリスに何度か問いかけてみてわかったことは、まずアリスが『○○をしたい』と頭に思い浮かべたとする。そうすると、やりたいことを実現するために必要な魔法が頭に思い浮かぶというものであった。逆に、思い浮かんでこなかったら、それはアリスの魔法で実現できないもの、ということになる。
なるほど、今まで素早く新しい魔法を使えるようになるなぁと思っていたが、こういう仕掛けだったわけか。
もちろん、咄嗟の時に『○○すれば切り抜けられる』という発想に思い至るかどうかはアリス次第ではあるけれど。
更にいくつか質問してみて、
例えば拳銃のような複雑な機構を持つものは作成できないということ。拳銃型の道具を作って、《
ただ、その付与の範囲がものすごく広い。割とふんわりとしたアイデアであっても実現できることが多いようだ。前述の《弾丸》なんかがいい例だと思う。『弾丸のように飛ばす』という実に曖昧な付与だが、しっかりと効果は発揮している。
それともう一つ気になったことを尋ねる。
”マジックマテリアルって、いつまで残ってるものなの?”
「うーん……はっきりとしたことは試したことないからわからんが、たぶん、『壊れる』まで残ってると思うぞ」
アリスの魔法の『核』となる
このマジックマテリアルを様々な形に変えたり、能力を付与したりするのがアリスの魔法であるが、じゃあそのマジックマテリアル自体はどういう性質を持っているものなのか、を明確にしたい。
今までの経験からわかっていることと言えば、一度出したマジックマテリアルは消すことはできるが、作成に消費した魔力に還元することはできないということ。マジックマテリアルを例えば『炎』にするなどして全て燃焼しきったりしなければ、何度でも付与を重ねられる、または別の形に変えることができるということ。この二点だ。
これに加えてわかったことがある。
”じゃあ、例えば……「壁」を作ったとして、次にその「壁」を小さな「球」に変えた場合ってどうなるの?”
「ああ、その場合は余ったマジックマテリアルは消えてしまうな」
どうもマジックマテリアルには質量保存の法則は通じていないようだ。大きいものを小さいものに変えた場合、その差分は消滅してしまうらしい。
”逆に小さいものから大きいものに変えたら?”
「あー、足りない分のマジックマテリアルが自動的に作られるな。ついでに魔力も減る」
使うマジックマテリアルの量は、その時使った魔法に完全に依存しているということか。
つまりは……。
”ということは、一個のマジックマテリアルを使いまわして色々な魔法を使うのは効率があんまり良くない場合が多いってことか。
『杖』の先端や『麗装』のパーツを変化させる系列の魔法については仕方ない部分もあるが、《壁》や《球》などの無から有を作り出す系列の魔法については使いまわしは余り効率的ではなさそうだ。
《球》なんかは相手に撃ち放った後は再利用は難しいだろうが、それでも《壁》なんかは防御した後に壊されない限りは再利用が効くだろう。
タイミングは少しシビアだし魔力の残量とも相談になるけれど、タイミングを巧く合わせることが出来れば
更に尋ねてみる。ある意味、今回一番重要な点だ。
”……アリス、君の魔法って、
「え? あー……どうなんだろうな……?」
この質問にアリスは答えられなかった。今まで考えたこともなかったようだ。
少し考えた後に、たぶんできるとアリスは答えた。
そこで私たちは洞窟内でいくつか実験をしてアリスの魔法が遠隔操縦可能なのかを検証してみることとした。
洞窟を《鉄装》で広げ、離れた位置に置いたマジックマテリアルに魔法が届くかどうか。
洞窟の部屋から通路を作ってアリスの目の届かないところに置いておいても届くかどうか。
マジックマテリアルとアリスが別々の空間にいて、間に壁が挟まっていても魔法が届くかどうか。
そして、マジックマテリアルをホーリー・ベルに更に別の場所へと運んでもらい、アリスがどこにマジックマテリアルがあるか知らない状態でも魔法が届くかどうか……。
”なるほどねぇ……”
「う、うーむ……これは知らなかったぜ……」
結果としてわかったことは、アリス自身がどこにあるか認識しているマジックマテリアルについては離れていても魔法が届くことであった。
たとえアリスと隔絶された場所にあったとしても、どこにあるかがわかっていれば問題なく魔法は届いていた。
また、アリスがどこにあるかわかっているか、の範囲は割と広くて、最初にマジックマテリアルを置いた場所から少し動かしたくらいであればこれも問題なかった。
ダメだったのはホーリー・ベルが別の場所に持って行った時だけだった。これも、短い距離であればやはり魔法は届いたのだが、10メートル程度動かしてしまうともう届かないようになっていた。
まぁ、流石に数百メートルも距離が開いてしまうと、いくらアリスが認識していてもダメかもしれないが。これは流石に場所が場所だったので検証できていない。今度、メガリス討伐のような余裕のあるクエストの時にでも検証するとしよう。
「! そうか……離れていても魔法が使えるんなら……」
この検証結果を受けて、アリスの中で閃きがあったらしい。おそらく、私と同じことを考えているだろう。
マジックマテリアルの特徴である『壊れたり消費しつくすまでは残り続ける』という点に加えて、離れていても魔法が届くということは――
”じゃあ、残りのモンスターを討伐するための作戦だけど――”
そして私は、ホーリー・ベルが水蛇竜一匹を抑えている間にアリスがもう一匹を速攻で倒し、残りのモンスターを一匹ずつ倒していくという作戦を提案したのだった。
* * * * *
天空遺跡に巣くうモンスター討伐の大まかな流れは私が提案した作戦に基づいている。
けれど、個々のモンスターとの戦いについては、アリス達自身の考えで行っている。私が指示することも特にないだろう――別に私はモンスター退治のスペシャリストというわけではない。前世でもこの手のゲームは特にやっていたわけでもないし、もちろん戦闘にかかわるような仕事をしていたわけでもない。至って普通の会社員だ。
彼女たちが気づいていない自分の魔法の可能性を指摘しただけだ。新しい可能性に気付きさえすれば、後は任せた方がきっと良い結果が出せると思う。
「md《
自身の周囲に浮かべていた《球》を《壁》へと変えて攻撃を反らす。と同時に、
「md《
壁から《剣》を発生させ、水蛇竜を切り刻む。
自分の突進力そのままに体を切り裂かれ、水蛇竜が苦痛の悲鳴を上げる。
更に畳みかけるように、戦闘開始直後にばら撒いていたマジックマテリアルに魔法を使う。
「md《
マジックマテリアルが鋭い棘の生えた『鎖』へと変貌し、水蛇竜の胴体を締め付ける。今回は地面に固定して動きを封じるのが目的ではなく、棘で削りダメージを与えることと、痛みで動きを制限させることにある。
――これが、アリスの魔法の新しい可能性だ。
アリスの魔法は全てマジックマテリアルにかかっている。マジックマテリアルがなければ何もできないが、逆に言えば
予めマジックマテリアルを準備しておき、必要に応じて魔法を発動させることで『トラップ』のように扱うことができるし、更に状況に応じてマジックマテリアルを追加して強力な魔法を放つことができる。
何も一回ずつ律儀に魔法を放つ必要はない。このようにテクニカルな使い方をすることの方が、アリスの魔法の真骨頂だと私は思う。
「ふん、流石にこの大きさじゃ、動きを押さえつけるのは無理か……」
《苛棘檻》を更に《
それだけの魔力の消費は無駄だと判断したアリスは、継続ダメージだけで良しとし、自らで攻撃をしかける。
「md《
自身の周囲を浮遊する《球》に銃口を作り、そこへ沢山の《弾丸》を詰め込んで射撃を開始しつつ、自分自身も水蛇竜へと果敢に突っ込み槍を突き立てる。
先程の拳銃の例えで、拳銃そのものは作ることはできないと言ったが、拳銃と同じような動作をさせることはできるのだ。また、今知ったことだが、同じ《弾丸》でも作成系の魔法と付与系の魔法で使い分けることも出来るらしい。
……本当に柔軟で、様々な可能性を持つんだなぁ、アリスの魔法は。
かくして、洞窟での苦戦が嘘のように、実にあっさりとアリスは水蛇竜一匹を制するのであった。
残りの一匹については、アリスとホーリー・ベルが合流した時点での戦いなのだ。言うまでもない――はずだったが……。
”!? ゴーレム!?”
アリスが一匹仕留め、ホーリー・ベルと合流して最後の水蛇竜を仕留めようとした時、突如ゴーレムが地面から現れたのだった……。
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