第1章27話 天空遺跡の冒険 5. アリスとホーリー・ベルと新たな力(ホーリー・ベル編)
* * * * *
作戦は決まった。
まずは水蛇竜を倒して天空遺跡下層の安全を確保する。
それなりの時間話していたが、ゴーレムは追ってくる気配はなかった。ということは、かなりの確率でゴーレムは下層――この平原付近には現れないということになる。
であれば、水蛇竜を倒しさえすれば、この付近は小型モンスター以外に脅威はいなくなるということだ。いざという時に撤退して休めるところを確保しておきたい。そんな場所、使わないに越したことはないのだけれども……。
”それじゃ、ホーリー・ベル、よろしく”
「うん、行くよ!」
私の合図に合わせてホーリー・ベルが《
「ロード《フェクダ》、オペレーション《ディスインテグレーション》!」
《天道七星》を弓へと変化させ、洞窟の壁へと魔法を放つ。
使ったのは《ディスインテグレーション》――『分解』の魔法だ。同属性のものに対して、文字通りの分解を行う魔法である。今は《鉄装》、つまりは『土』属性のため、洞窟の壁を構成する岩や土を自在に分解・除去することができる。以前、アラクニドの巣を一直線に掘り進んだのもこの魔法であった。
洞窟に穴を開け、私たちは崖から平原へと飛び降りる。
私たちが現れたことを察知した水蛇竜二匹が一斉に向かってきた。
……付近には水蛇竜が食い散らかしたと思われるアクマシラの残骸が飛び散っている。
「エクスチェンジ《
崖から飛び降りると同時に衣装を変更、アリスを抱えて滑空する。アリス自身は《天脚甲》を使わない。
水蛇竜が水弾を放って撃ち落そうとするが、ホーリー・ベルはそれを楽々とかわす。
不意打ちならともかく、目に見えている範囲から撃たれたところで、飛行能力に優れた《羽装》を纏ったホーリー・ベルに命中するわけがない。
「cl《
アリスが反撃をする。これだけではそんなにダメージを与えることはできないことはわかっている、あくまで牽制目的だ。
決着は空中戦ではなく地上戦で着ける。それが私たちが話し合った結論である。
水弾をかわしつつホーリー・ベルが大きく旋回しながら飛行し、水蛇竜を翻弄する。
そして、二匹のちょうど間がやや大きく開いたところで、
「よし、使い魔殿、行くぞ!」
アリスがホーリー・ベルから離れ、《天翔脚甲》を使ってその間に入り込む。
アリスが離れると共にホーリー・ベルは片方の水蛇竜に向かって距離を詰める。
「エクスチェンジ《
ここでホーリー・ベルが衣装を変更する。
緑色の服が黒地に無数の青く輝くスパンコールを配置した輝かしい服――『光』と『星』の属性を操る
ホーリー・ベル本人は使い方がよくわからなくて余り使用していなかった、と言っていた衣装だが、今回のような乱戦では実に
「オペレーション――《イリュージョン》!」
新しい魔法を解き放つ。すると、ホーリー・ベルの姿が幾重にも『分身』する。
『光』の属性を利用した分身魔法だ。分身そのものはただの幻像なので攻撃力は全くない。
しかし、見ただけでは本体と幻像の区別が全くつかない。更には幻像は本体とは全く異なる動きをさせることができるという優れた魔法だ。
高い知能や技術を持っている相手には通じないだろうが、水蛇竜相手であれば十分通用すると私は判断した。
なお、私のうろ覚えではあるが、『蛇』は視覚や聴覚等以外にも、『熱』で獲物を探知しているとかいう話があったと思う。なので、ホーリー・ベルの幻像には合わせて『熱』を発するだけの簡単な魔法を付け加えてもらっている。『光』属性には熱に関する属性も含まれているらしい。実に便利だ。
案の定、片方の水蛇竜は突如増えた獲物に戸惑いつつも尻尾を振り回して暴れまわり始めた。
「ふん、そのまま幻覚と戯れているがいい」
二匹同時に水蛇竜を相手にするのは流石に厳しい。ただ暴れまわられるだけで十分な脅威なのだ。
だから必然的に私たちは水蛇竜を一体ずつ相手にせざるを得ない。
そうなると問題なのが、どうやって水蛇竜を分断するかだったのだが、話を聞いていてホーリー・ベルの《星装》の力が使えるということがわかったので、それを利用することにしたのだ。
「よし、ベル、そちらはそのまま任せたぞ!」
「うん、任せて!」
欠点としては、幻像だけで水蛇竜をいつまでも押しとどめておくことは難しいということだ。
だから、基本的には幻像と一緒にホーリー・ベルには戦ってもらい、水蛇竜を一匹引き付けておいてもらわなければならない。
《星装》は《
ホーリー・ベルが一匹を抑えている間に、アリスが残り一匹を手早く片付け、残った一匹を二人がかりで倒す――それが私の描いたシナリオだ。
途中にゴーレムの乱入があったためとは言っても、アリスには水蛇竜を倒した実績がある。決して無茶なことはないはずだ。
……それに。
「さぁて、使い魔殿の『作戦』、さっそく試させてもらうぜ!」
アリスは自信満々に――いや、違うな。実に楽しそうに、わくわくとした感じでそう言った。
さっきの話で自分の新たな可能性を知り、期待に満ちているのだ。
個々の力では相手に劣る場合に分断は悪手であるが、水蛇竜とアリス達を比較すると私の目からは大きく劣っているとは思わない。
うん。これならきっと大丈夫だろう。私はそう思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリスが水蛇竜を一匹相手にしている間、ホーリー・ベルは残り一匹を抑えておく。それが彼女に与えられた役割である。
当然、倒せるものなら倒してしまってもよいのだが、彼女は《星装》だけではそう簡単にはいかないということは理解していた。別の属性の衣装――それも『切り札』となる衣装に切り替えれば水蛇竜を相手にすることは可能だろうが、今一番重要なのは水蛇竜の意識をくぎ付けにしつつ『この場から離脱させない』ということだ。
ここで一匹逃してしまうと、また祭壇の間、あるいはその下層の洞窟で戦うことになる可能性が高い。そうなるとゴーレムが乱入してくるだろう。体の大きさや数からいって水蛇竜の方が厄介にも思えるが、
”水蛇竜よりもゴーレムの方が厄介な相手だね。だから、できればゴーレムは単独で撃破したい”
とラビは語った。
動きは鈍いものの、とにかく神出鬼没な上に水蛇竜を叩き潰せるほどの攻撃力を持つゴーレムは、他のモンスターと一緒に相手をすべきではないとラビは言う。
気絶していたために自分の目で見てはいないものの、ラビの言うことなら信用できる、とホーリー・ベルは思った。ラビの意見を裏付けるように彼女の使い魔であるジュジュも言う。
ならば、とホーリー・ベルは自分の役割を水蛇竜を引き付けることに集中する。
元々防御や攪乱の方が得意でもある。この役目は自分にピッタリだとも思う。
「さぁ、あなたの相手はあたしよ!」
果たして相手に通じるかどうかわからないが、大声を張り上げて水蛇竜の注意を引き付ける。
”……何でそう君たちは無茶するかね……。大人しく防御に徹していてくれないかな?”
ジュジュが小さくぼやくが無視する。
決して悪い奴ではない、とホーリー・ベルは思うものの、ところどころ方針に食い違いがあるのはお互いに苦々しく思っているところだ。
ジュジュは良く言えば慎重なのだが、どちらかというと小心者で臆病と言った方が正しいだろうと彼女は思う。
対してホーリー・ベルはラビも思う通りの脳筋、積極的に敵と戦いたい『ファイター』である。
一度死んだら二度と甦れないジュジュと違ってジェムさえあればリスポーンできるホーリー・ベルとの戦いにおける意識の差は大きい。もちろん、ホーリー・ベルとてジュジュを無駄に危険に晒すことを積極的にしようとは思っていないが、時には危険な目に合わざるを得ない時がある。
今がまさにその時だ。
守りに徹しているだけでは水蛇竜には勝てない――というか押し切られてしまうのは明らかだ。格闘においてウェイト差はちょっとやそっとのことでは覆らない、大きな戦闘力の差であることを彼女は理解している。
対等の条件で勝負してはいけない。相手の土俵に上がってもいけない。それでも正面からぶつからないとならない場合には、相手のペースに合わせないことが重要だ。
「ロード《ミザール》!」
《星装》には飛行能力はない。ここから先は地上に降りて戦う必要がある。
なのでホーリー・ベルがロードしたのは《ミザール》、二対のショートソードだ。
――『
武器そのものの性能も劇的に変化するし、武器に合わせて使える魔法の特性が変わることもある。
しかし、一番の特徴は、武器の形態毎にホーリー・ベルの
そして今選択した双剣――《ミザール》と《アルコル》は『機動力』、すなわちスピードの強化をする。
「はぁっ!!」
疾風の如く素早い動きで水蛇竜の足元へと接近、双剣を振るい切り裂く。
『光』と『星』の力を付与された斬撃の軌跡は、まるで流れ星のように煌めき水蛇竜の足首をざっくりと切り裂く。
痛みに反応して足を振り上げて押しつぶそうとするが、それよりも早くホーリー・ベルは今度は反対側の足元へと移動する。
「だーいじょうぶ! 相手は大きいけど、《ミザール》のスピードなら全然かわせるって!
だからジュジュはゴーレムが来ないかどうかだけしっかり見てて!」
”……はぁ、わかったよ”
楽観的なホーリー・ベルの言葉にジュジュは嘆息する。
この自称『魔法少女』がジュジュの意見を聞き入れないのは、そこまで長くはない付き合いでもわかりきっていた。
と言っても、彼女の言葉通り水蛇竜の攻撃はホーリー・ベルにそうそう当たることはないだろうとは、今の動きで理解できた。なんの根拠もない自信ではないのだ。
言われた通りジュジュはゴーレムの気配にのみ集中する。
ホーリー・ベルの戦い方は見事であった。
素早い動きで水蛇竜の死角へと回り込んでは双剣で、時には魔法を放ってダメージを与え、同時に幻像の動きを交えて巧みに水蛇竜を翻弄する。
少し距離を置いて弓――魔法の射程強化能力を持つ《フェクダ》で目を狙ったりもして休ませる隙を与えない。
離れた場所ではもう一匹の水蛇竜とアリスが戦っている。アリスの放つ苛烈な魔法の轟音と水蛇竜の咆哮が轟いている。
ホーリー・ベルが相手にしている方の水蛇竜はそちらには一切目もくれず、幻影相手に暴れまわっている。
「そろそろかな……?
ロード《アリオト》!!」
水蛇竜が次第に幻影に振り回されなくなってきた。見た目だけで実体のない、放っておいても無害なものだと段々と理解してきたらしい。
自分に向かってくるものだけをはじくことに集中してきたのを見てとり、ホーリー・ベルが次の手を打つ。
ロードした《アリオト》は、長大な『鞭』の形状をした武器だ。その特性は――
「うふふ、慣れたと思ったその油断が命取り♪
オペレーション――《レイボルト》!!」
ホーリー・ベルの得意とする属性を『矢』として撃ち出す『ボルト』系の魔法――今は《星装》の力により、文字通りの光速で放たれるエネルギーの矢を撃ち込む。
通常は一本の矢しか放たれないが、《アリオト》によりそれが強化される。
《アリオト》の特性は『魔法範囲強化』。この『範囲』の含む意味が割と曖昧で、単純に『矢』を大型に変えることも出来るが、今は別の『範囲』を拡張する。
複数の『矢』を同時に作り出し、それを各幻像に合わせて一斉に射出する。
「どうよ!」
無害なはずの幻像から、同時に複数方向からの攻撃を受けて水蛇竜が思わずひっくり返る。不意打ち気味にあちこちに攻撃を受け、かなりの体力を削られたのだ。
油断せずに更に《レイボルト》を繰り出し、水蛇竜を追い詰めていく……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます