第1章26話 天空遺跡の冒険 4. 危機と狂乱の遺跡(後編)

*  *  *  *  *




”……やっぱり、これは辞めておいた方が良かったかなぁ……”


 そう呟き、今までのことを振り返る。

 とにかく今回は敵の数が多い。今までも何度か大型モンスターを複数討伐するクエストはあったが、それらとは難易度が桁違いだ。

 何しろ一匹一匹が手ごわい。さっきはあっさりと倒したように見える水蛇竜だが、あれはゴーレムからの予期しない援護射撃があったため何とかなっただけだ。真正面から戦うとしたらかなりの苦戦を強いられただろう。

 そして……神出鬼没のゴーレムの攻撃も脅威だ。まともに食らった水蛇竜の体はミンチに変えられていた。私たちが食らうと一撃で致命傷――最悪、一撃必殺ワンパンもありうる。

 最も脅威であるのは氷晶竜であることはもはや言うまでもない。祭壇よりも上に上ってしまうと攻撃範囲に入るようだから気を付けなければならないだろう。水蛇竜やゴーレムを回避しようとして上昇したら、最悪の場合三種類のモンスターに同時に襲われるという可能性がある。

 この理不尽難易度はクソゲー故なのか、それとも以前に私が危惧した通りに難易度が上昇しているだけで、私たちには難しく感じられるだけなのか……。


「ん……?」


 水蛇竜二匹の追撃を振り払ったところで、抱きかかえられていたホーリー・ベルが目を覚ます。


「おお、ベル。大丈夫か?」

「……あれ、あたし……?」


 まだ意識がはっきりしていないのだろう、状況が思い出せないようだ。

 けれどものんびりと話をしている暇はない。後ろからは水蛇竜の反応が迫ってきている。


”アリス、時間が惜しい。このままホーリー・ベルを抱えて、崖の洞穴の家へ! ジュジュ、状況はわかってるよね? 彼女に説明してあげておいて!”


 長い崖が終わり、視界が大きく開ける。私たちが最初に出てきたポータルの位置からはやや山の下方にあるなだらかな平原だ。ここから山側へと向かって少し上っていくと、壊れた家が沢山ある平原、更に奥へと進めば崖に穴を掘って作った住居跡――今はアクマシラの巣へとたどり着く。目的はこの洞窟住居跡だ。

 ゴーレムの反応はなし。そして、水蛇竜はまだ追いかけてきている。一匹は崖を伝い地上を這ってきており、もう一匹は水場を移動しているようだ。たぶん、あちこちにある水場は地下深くでつながっているのだろう、水蛇竜はその中を自在に移動してきているというわけだ。つまりは、水場の近くは要注意、ということになる。

 私たちが目指すのは、崖に開けられた洞窟住居だ。

 水蛇竜の動きを見ていて私はやつらの『習性』について気が付いたことがある。私の考えが100%正しいとは限らないが、大筋では間違っていないだろうとは思う。それに、ホーリー・ベルに立ち直ってもらう時間も欲しい。やつらが入ってこれない広さ……いや、この場合は狭さか? とにかく水蛇竜の胴体が入ってこれない程度の洞窟に逃げ込めれば、時間は稼げるはずだ。気がかりなのはゴーレムが現れるかどうかだが……こればかりは現状どうにもならなそうに私は思っている。

 水蛇竜はしつこく私たちを追ってきている。けれども、《天翔脚甲》の速度の方が早い。何しろ障害物を無視して空を高速で飛んでいるのだから。まぁ、水蛇竜の巨体ならば多少の障害物なんかあってないようなものだけれど。

 そして私たちは予定通り洞窟住居跡へとたどり着く。


”アリス、なるべく上の方の穴へ! ……そう、この辺でいいよ”


 私の指示に従い、崖の真ん中よりも上の方の洞窟へと入る。

 内部からアクマシラが出てきてこちらを威嚇してくるが……。


”そいつをそのまま外へ放り投げて!”

「? うむ」

”で、ホーリー・ベルはすぐに《鉄装ガンテツ》になって穴を塞いで!”

「わかったわ」


 先端を《ホルダー》へと変え、アクマシラを掴んで外へと放り投げる。私たちの後を追いかけてきた水蛇竜は、放り投げられた哀れなアクマシラを空中で丸呑みにしてしまう。

 それを見届けると共に《鉄装》へと切り替えたホーリー・ベルが周囲の土を操り壁を作って穴を塞ぐ。

 土の壁だけではどの程度もつかわからない。私たちはそのまま洞窟の奥へと進み、更に横穴を掘ってその中へと逃げ込んだ。


「……ふぅ……」


 レーダーには水蛇竜が近くにいる反応があるが、洞窟の中にまではやってこれないようだ。ゴーレムはいつ現れるかわからないが、今のところ反応はない。

 ようやく一息つける……。


「……ごめんね、あたしが気絶してたせいで……」


 一息ついたところでホーリー・ベルがすまなそうに頭を下げる。


”いや、君のせいなんかじゃないよ”


 あえて言うなら、レーダーの範囲外からの攻撃を予測できなかった私とジュジュのせいだ。もっと言うなら、タコな性能のレーダーのせいだろう。

 何にしろ窮地は一旦切り抜けることができたのだ。リスポーンしなくて済んだことを喜ぼう。


「それにしても、思った以上にハードなクエストだな」

「そうね……」


 逃げながら状況を聞いていたホーリー・ベルも頷く。

 一匹は倒したとは言え、まだ二匹水蛇竜は残っている。しかも、さっきアリスが倒したのよりも大型のものがいる。

 更には神出鬼没のゴーレムに加え、今まで戦ったどのモンスターよりも強大な氷晶竜まで控えているのだ。まさかここまで厳しいクエストとは思っていなかった。

 幸いなのは、氷晶竜の縄張りは山の上の方に限られているらしく、祭壇の間よりも上に行かなければ積極的に襲い掛かってくることはないということと、ゴーレムは水蛇竜も攻撃するということか。

 うまい具合に同士討ちを誘えればいいが、果たして次はうまくいくかどうか……。


”今のうちに回復して、状況を整理しておこう”


 氷晶竜との戦いでもそれなりに魔力を消費している上に、アリスはその後水蛇竜と戦い、更には《天翔脚甲》をそれなりに長い時間使っている。魔力の残量はアリスが残り三割、ホーリー・ベルはまだ八割といったところか。ここでケチっていても仕方ない。私たちはグミとキャンディを使って体力・魔力共に満タンにしておく。

 その上で状況を整理する――いつゴーレムが現れるかもわからないので、レーダーには気を配りながら。


”まず――今回のクエストの討伐目標だけど……。

 山頂に現れた氷晶竜が一匹、ゴーレムが一匹、そしてあの水蛇竜が三匹……でいいのかな?”

”……ジュジュ”

「多分そうだって。あの蛇がもっといる可能性はゼロじゃないけど、少なくともクエストで倒さないといけないのはその三種類で合ってると思う、って」


 ジュジュが言うのならばまぁその通りなのだろう。私からは見えないが、クエストの詳細欄にはそう書かれているのかもしれない。

 水蛇竜一匹は撃破済みだから、残りは二匹。氷晶竜とゴーレム合わせて全部で残り四匹を倒さないとならないということだ。


”多分だけど、氷晶竜は山の上からは動かないと思う。ゴーレムの方はそうでもないみたいだけど”

「そうね。祭壇に逃げようとした時も追いかけてこなかったし、迂闊に上に行かなければ大丈夫なんじゃないかな」


 もし氷晶竜がここまで追いかけてくるようだったら、はっきり言ってクリアできる気がしない。

 ゴーレム同様、水蛇竜と同士討ちをしてくれるかもしれないけれど、氷晶竜・ゴーレム・水蛇竜が一緒にいる状態での乱戦なんて考えたくもない。

 まずは水蛇竜とゴーレムを倒す。氷晶竜との戦いは最後にしたい。


”それと……水蛇竜だけど、もしかしたらってくらいだけど気付いたことがある”


 ここで私は先程思いついた水蛇竜の『習性』について考えを話す。

 あの水蛇竜は、見かけ通りの爬虫類なのだとは思う――水の中も動けるから両棲類なのかもしれないけど、それはまぁどうでもいい。

 『狩り』のスタイルは、獲物を見つけたら遠くから水弾を鉄砲魚のように射出して仕留め、それを捕食することがメインだろう。水場の近くに潜んで獲物を撃ち落してそれを食べているのだと思う。

 縄張りはおそらくこの遺跡の下層全域。山の上には氷晶竜がいるため、積極的に上ってくることはないと思われる――もし山の上まで来るのであれば、もっと早くから襲い掛かってきたはずだ。

 弱点は今のところなさそう。全身を覆う強固なウロコに分厚い筋肉に守られており、そう簡単に輪切りにするというわけにはいかない。加えて全身は『粘液』に覆われている。この粘液は炎や電撃などを和らげる効果がありそうだ。また、電撃に至ってはどういう仕組みなのか、背中のコブへと蓄えることによって強力な放電を行うことも出来るときた。もしかしたらデンキウナギのように自力でも放電可能なこともありうる。

 超大型のモンスターだけあって、モーションが大きく、普通に移動しているだけでもかなり素早く見える。ただ動き回るだけでも脅威であるが、尻尾や体を振り回すだけで周囲一帯を薙ぎ払う強力な攻撃となる。

 そして、その体躯に見合った膨大な生命力を持っている。


「……なんか、聞けば聞くほど絶望的な相手に思えてきた……」


 直接戦ってはいないホーリー・ベルにできるだけ正確に水蛇竜について伝えたところの感想だ。まったくもって同意である。

 弱点らしい弱点はない。とにかくこちらからできることは、強力な攻撃魔法でダメージを与えることくらいだ。

 出来れば一匹ずつ相手をしたいところだが、レーダーの反応を見る限りだと今は二匹同時に固まっていて離れる様子がない。


”確かに強敵だけど、勝てない相手じゃないよ”


 そう、強敵なのは確かである。が、無敵ではない。単体で比較するなら、氷晶竜の方がやはり脅威度は高い。

 それに――


”さっきも少し触れたけど、どうも水蛇竜と氷晶竜――あとゴーレムは『敵』同士っぽいんだよね”


 根拠は同士討ちをしていることだが、もう一つある。

 一匹目の水蛇竜と戦っていた時、なぜか残りの二匹は積極的に襲い掛かってこなかった。考えられる理由は二つ。

 あの水蛇竜は『他人の獲物を奪わない』というルールがあるという可能性。これは少し考えたが、今はちょっと否定気味だ。今まさに二匹が同時に襲い掛かってきているわけだし。

 となればもう一つの理由の方が正しそうだ。


”多分なんだけど、この山の頂点にいるのが、あの氷晶竜なんだと思う。そして、ゴーレムはその配下にあたる。

 で、水蛇竜もそれは認識していて、氷晶竜やゴーレムのいる範囲には近づこうとしないんだと思うんだ”


 私たちが倒した水蛇竜は他の二匹よりも小型であった(それでも私たちからしたらとんでもない巨体だけど)。

 おそらくはまだ年若い個体だったのだろう。だから、ゴーレムが現れる範囲にも来てしまった。

 残りの二匹はゴーレムの縄張りだと知っていたから、あの場では襲い掛かってこなかったのではないだろうか。

 この推測から導き出される結論としては――


「つまり……水蛇竜とゴーレムは分断して戦える、ということ?」

”そうだね。100%とは言えないかもしれないけど、結構な確率で出来ると思う”


 同士討ちを狙うよりは、分断して戦った方が良さそうだというのが私の結論だ。

 ゴーレムが常に水蛇竜を狙ってくれるとは限らないし、水蛇竜が暴れまわっているのを回避しようとしてゴーレムの岩弾を食らったりしたら目も当てられない。

 確実ではないが可能性が高いのはやはり分断して戦う方だろう。それでも水蛇竜二匹を分断することは難しいので、同時に相手をしなければならないという危険には変わりないのだけれど。

 悩ましいのは、ゴーレムと氷晶竜の分断がどこまでできるか、だ。氷晶竜のところまでいけば確実にゴーレムは来るだろうし、その後も割としつこく追ってきてはいたが、ずっと離れたままでいてくれるかどうかは不明だ。出来ればゴーレムも分断して単体で戦いたいところだが……。


「ふーむ……」


 アリスは何か考え込んでいるようだ。

 手持ちの魔法では水蛇竜にうまく対応できるものがないため考えているのだろうか。

 とりあえずアリスは置いておいて、ホーリー・ベルたちと今後のことについて話す。


”順番としては、水蛇竜かゴーレムを倒して、それから最後に氷晶竜と戦うという感じかな。ちょっとゴーレムの動きが予想つかないんだけど……”


 『ゲーム』だからでスルーしていたが、あのゴーレムは訳が分からない存在だ。こちらを追跡して襲ってくるということは『意思』のようなものはあるんだろうけど……。

 そもそも、ゴーレムはどうやったら倒せるのだろうか? とふと気になった。

 全身が岩でできているのはわかっているが、果たして粉々に吹き飛ばせば倒せるのだろうか? どうもそれだけでは倒せないような気はしている。崖や空洞の岩から現れてくることから、特定の岩でしか作られないというわけではないだろう。どこかに『核』があってそれを倒さないとならないという風に考える方がしっくりくる。


「うーん、まぁ見た感じだけど、あのゴーレムならあたしの《鉄装》で何とかできるかも」

”ああ、そうか。岩石で出来ているならそうかも”


 ホーリー・ベルの言う通り、《鉄装》の魔法を使えばゴーレムを倒せる可能性はかなり高い。私の予想が当たって『核』、あるいはそれに類する何かを破壊しなければならないとしても、岩巨人の部分は《鉄装》で簡単に破壊することができるし、厄介な岩弾も防ぐことが可能だろう。

 ただし、《鉄装》だと今度は水蛇竜に対抗するのが厳しいというのが難点か。防御力を強化できるとは言え、重量差までは如何ともしがたい。ガード出来たとしても吹き飛ばされてしまうだろう。

 私の指摘にホーリー・ベルは頷く。


「そうね……あっちの水蛇竜、それに氷晶竜にはどうするかねー……」


 『切り札』使うしかないかなー、と小さく呟く。


”……何か、『切り札』があるの?”


 この状況で聞き流すことはできない。有効なものがあるのであれば使うべきだろう。

 私の問いかけに浮かない表情でホーリー・ベルは頷く。


「うん……まぁ、一応あるっちゃあるんだけど……あんまり使いたくないってゆーか……」


 どうも『切り札』については余り使いたくないようだ。その理由まではわからないが……。


”わかった。何か理由があって気が進まないんなら仕方ない。

 けど、危なくなったら躊躇わないで欲しいな”

「ん……そうね」


 私の言葉に小さくうなずく。

 と、そこで何か考え込んでいたアリスも頷き私へと話しかける。


「よし、使い魔殿。オレは決めたぞ」

”……何を?”


 唐突にそれだけ言われてもわからないんだけど……。

 聞き返す私にアリスは笑って答える。


「使い魔殿が作戦を立ててくれ。オレはそれに従う」

”……はい?”


 なんでまたそんなことをいきなり?

 言われている意味がわからずに答えに詰まる私だが、アリスの言葉にホーリー・ベルも同意する。


「そうね。ラビっち、何か考えてあたしたちに指示して。

 ……正直、あたしたちって、ほら――」


 基本的に脳筋だからさぁ。

 となぜか照れた笑みを浮かべて続ける。

 うん、まぁ……脳筋だよね、君たち。

 ……って納得しかけたが、私だってそう大差はないと思う。そもそも、ゲーム的なことはよくわかっていないし、いわゆる『お約束』のようなものもそんなに理解しているわけではない。

 いやいや、と断ろうとしたが……。


”…………はぁ……”


 二人の期待の籠った眼差しに推され、私はため息をついた。

 頼られるのは悪い気はしないけれど、こうも無条件に信頼されるのは……何というかくすぐったい。

 見た目はともかく中身はまだまだ子供な二人に慕われているのも、身近な大人が私しかいないから――と思うと子供を騙しているような気になってしまうのだが。


”……わかった。出来るだけのことはするよ。二人も、それにジュジュも協力してね”


 それでも、私は最後には頷いた。

 ここで二人を突き放すのは、それはそれで『大人』として間違っていると思うのだ。




 ――それから私は『作戦』を決めるために必要なことを二人とジュジュから聞き出していった……。

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