第1章25話 天空遺跡の冒険 3. 危機と狂乱の遺跡(前編)

 水蛇竜は三体。そのうち二体の居場所はわからない。おそらくは崖の向こう側の水の中にいるのだとは思うが、水源がどこにつながっているのかが不明なため、いきなり今いる空洞に現れる可能性もありうる。

 ホーリー・ベルが気絶している間はアリス一人で何とかするしかないが、時間の余裕はあまりない。


「速攻で片を着けるぞ!!」


 ホーリー・ベルを岩陰に隠し、更にその上からマジックマテリアルで岩に模したカバーを置く。水蛇竜がどの程度視覚に頼っているのかは不明だが、多少は身を守ることができるだろう。

 アリスは『ザ・ロッド』の先端を『槍』へと変え、ブーツを《跳脚甲グラスホッパー》にする。この空洞では高く飛ぶことにさほど意味はないし、機動力という点ならば《跳脚甲》の方がよい。

 後ろに隠したホーリー・ベルを庇うように横へと跳びつつ《剣雨ソードレイン》を放ち、意識を自分の方へと向けさせようとする。

 狙い通り水蛇竜はアリスの方へと向き直り、一息に丸呑みしようと大きな口を開けて向かってくる。


「cl《炎星ブレイズミーティア》!」


 開ききった口の中へと、巨大な燃え盛る岩の弾丸を放つ。

 《炎星》は狙い通り水蛇竜の口内へと突き刺さるが……。


「!? 嘘だろ?」


 アリスが驚愕の声を上げる。私も全く同じ思いだ。

 水蛇竜はあろうことか噛みついて受け止めると、《炎星》をなんと丸呑みにしてしまったのだ!

 ……燃えていてもお構いなしか……。

 驚いている余裕はない。すぐさまアリスは次の攻撃を仕掛ける。

 真正面から魔法を放っても、同じように丸呑みされてしまうだろう。ノーダメージで済んでいるとは思えないが、それでも直撃とは程遠い程度の軽傷にしかならない。ならば、と両腕に《剛力帯パワーベルト》を装着し、接近しての攻撃に移る。


「相手は『水』属性……って感じか。ならば、ab《サンダー》、更にab《鋭化キーンエッジ》」


 『槍』へと雷の力を付与する。私もアリスが普通のRPGをしているのを横で見ていて知識としては水に対して雷というのは知っているが、何ていうかとってもゲーム脳だ。もちろん、有効であるのであれば何ら問題ない。

 私はアリスの戦いを邪魔しないようにしっかりとしがみついておき、ゴーレムと残り二体の水蛇竜の反応がいつ現れてもいいようにレーダーに集中する。


「オオッ!!」


 気合の叫びと共にアリスの方から水蛇竜へと接近して仕掛ける。

 相手の大きさは火龍よりも大きい。一軒家を丸ごと包み込めてなお余りある長大な胴体目掛け、雷槍を突き立てる。

 《鋭化》によって強化された槍の穂先が青緑色のウロコを突き抜けて刺さるが、深く抉るには至らない。が、それでも問題ない。突き刺さった箇所から電撃が走り水蛇竜を内部から焼こうとする。


「……効いてない!?」


 が、雷撃がまるで効いていないのか、胴体……いや尻尾を振り回して反撃してくる。

 丸太よりも太い胴体は頑丈なウロコに覆われており、またそのウロコの下は分厚い脂肪――いや、あの巨体を支える筋肉に包まれている。ちょっとやそっとの攻撃は通じないのだろう。

 私の見立てではそれだけではなく、ぬらぬらと怪しく光るウロコにも理由がありそうだ。最初は水にぬれているのだと思っていたが、おそらくは炎や電撃等を和らげる特殊な粘液を全身に塗っているのだと思う。

 ……その推測が正しければ、属性魔法を得意とするホーリー・ベルとは相性がとことん悪そうだ。

 広範囲を薙ぎ払う尻尾をかわしながらアリスは次の攻撃をしようと隙を窺っている。幸い、水蛇竜は狙い通りにアリスに集中してくれているようで、尻尾の薙ぎ払いはホーリー・ベルの方へとは届いていない。

 当たっていないとは言え、ものすごい風圧だ。もしも直撃したら一気に体力を削られてしまうだろう。


”……視界が少し晴れてきた……?”


 尻尾の風圧で周囲の霧が晴れていく。とことん出鱈目な相手だ。

 視界が開けたことで私は気づいた。水蛇竜の背中のコブが淡い青白い光を放っていることに。

 これは……まさか。


”アリス! 電撃は――”


 ダメだ!

 と私が叫ぶよりも早く、


「mk《スフィア》、ab《回転》、ab《弾丸》、ab《巨大化》、ab《雷》――ext《雷星ライトニングミーティア》!!」


 雷を纏った巨石を撃ち放つ。

 《炎星》の時と同じく丸呑みにして防いでしまうが、今度は電撃が体内から水蛇竜を焼く――はずであった。

 電撃を意にも介さず、魔法を撃ったアリスへと尾撃を見舞う。それと同時に、背中のコブが眩い輝きを放つ。


「何!?」


 アリスも流石に気づいたようだ。この水蛇竜は、電撃を苦手としていない。それどころかむしろ――


”来るよ! 防御!!”

「わかってる!?」


 私の悲鳴と応じるアリスの叫びと同時に、水蛇竜のコブを中心に光が――蓄積された電気による電撃結界が展開される!

 水蛇竜の背中のコブは、電撃の力を貯める『蓄電器』のような器官なのだろう。ラクダのコブは脂肪を蓄えているようだが、水蛇竜は電気を貯めるのだ――いや、もしかしたら栄養も一緒にためているのかもしれないけれど。

 凄まじい電撃の渦に私たちは巻き込まれる……!!




 ――が、私たちは無事であった。


「あ、危なかった……」


 間一髪のところでアリスが使った魔法――《護謨ゴム》の壁が電撃を防いだのだ。

 ……ゴムだからと言って完全な絶縁体ではないと思ったけど……まぁそこは『魔法』だからで納得する。もとよりそのおかげで助かったのだ、感謝する以外ない。

 ともあれ私たちは相手の攻撃を防ぎきることができた。あの攻撃をまともに食らったら、アリスだけではなく私まで大きなダメージを受けたに違いない。


「ベルは無事か!?」


 そうだ、ホーリー・ベルは無事だろうか?

 彼女のステータスを確認してみると、電撃はそこまで届かなかったのであろう、体力は減っていなかった。もしも無防備な状態であの電撃を浴びていたとしたら……想像するだに恐ろしい。

 あの電撃結界は水蛇竜のコブを中心に展開し、範囲はおそらく水蛇竜の周辺だけなのだろう。それでもあの巨体だ、相当な範囲であることには変わりない。最初にホーリー・ベルから離れて水蛇竜に接近して注意を引き付けておかなければ危なかっただろう。

 とにかく、これで水蛇竜に有効と思われる攻撃はなくなった。炎は《炎星》を飲み込んで大したことなさそうなのであまり効果的ではなく、電撃はむしろ相手に強力な攻撃をさせるきっかけとなってしまう。

 あとは……強化した武器で殴るか、飲み込まれないような位置に魔法を当てるしかないか。

 しかし、あの巨体だ。相当な体力を持っていることは間違いない。ちょっとやそっとの攻撃ではほとんど削れないだろうし、ほかのモンスターいつやってくるのかわからないのだ、余り時間をかけてはいられない。

 速攻で片づけるためには……。


「……md《大鎌サイズ》!」


 そう、一撃で首を切り落とすしかない。心臓をつぶすというのも考えられるが、蛇の心臓がどこにあるのかよくわからない。胴体を輪切りにでもすればそれでいいような気もするが、いくら何でも胴体が太すぎる。『大鎌』と言えども切り刻むことはできても切断は難しいだろう。

 だからアリスは首を狙いつつ肉を深く切り裂ける『大鎌』を選んだ。もちろん、状況次第でほかの武器にいつでも切り替えるのは言うまでもない。

 気になるのは、他の水蛇竜がこの場にやってこないことだが……回り込んで来ようとしているのか、それともほかに理由があるのか……? モンスターの考えていることなどわかりようもない、今はレーダーにだけ集中しよう。

 かくして、アリスと水蛇竜の絶望的な体格差による格闘戦が始まった。

 大きさだけの話ならばアリスに勝るものはない。かといって素早さでアリスが勝っているかというとそうでもない。


「くっ……!」


 水蛇竜は基本的には四足歩行をしている。その動きはトカゲのようでそれなりに素早いのだが、《跳脚甲》をつけたアリスの方が機動力は上だ。

 それでもアリスが苦戦している理由は二つ。一つは単純に相手が大きく、また体自体が異常に長いので少しの移動であってもかなりの距離が稼げるし、また適当に体や尻尾を振り回すだけでアリスを寄せ付けないのだ。

 もう一つの理由は、時折水蛇竜は足を使わずに普通の蛇のように胴体をくねらせて地面を滑ってくることがあるのだ。この動きがものすごく速い。あまり多用してこないのは、足場が硬い岩とざらざらの砂地であるため、皮膚を傷つける、あるいは体に纏わせている粘液が剥がれてしまうからだろう。

 逆に地面を滑ってくる時はアリスを丸呑みできるタイミングを的確に狙える時だ。尻尾や体の振り回しでアリスを翻弄しつつ、着地のタイミング等を見計らって這いずり突進を仕掛けてくる。

 氷晶竜のような知能は感じないが、自分の『狩り』のスタイルを熟知している獣の狡猾さがある。


「デカい割には素早い……!」


 アリスもギリギリで回避しつつ大鎌で切り付けて着実にダメージを与えてはいるものの、相手にとってはかすり傷が増えているだけだ。こちらの疲労のペースの方が早い。

 いちかばちかで大技を狙う、という選択肢もあるのだが、《炎星》《雷星》が威力としては今のところ最大の魔法なのだ。その両方が通じない以上、やはり物理的に首を切り落とすような一撃必殺が望ましい――そしてそれを為しうるような強力な魔法は今のところ手持ちにない。新しくここで開発するには余裕がなさすぎる。

 時間と体力と集中力だけが無駄に浪費されていく……。

 ここで状況を一変させるようなことが起これば――具体的にはホーリー・ベルが目を覚まして参戦してくれればよいのだが、目覚める気配がない。まぁ無理もない。彼女が浴びたのは水蛇竜の吐き出した水の弾丸――言うなれば、ものすごい高所から水に叩き落された時と同じような威力の攻撃を不意打ちで受けたのだ。一撃で体力を削られきらなかっただけマシだというものだ。

 ――状況を一変させる出来事は、別の理由で起きた。


”アリス! ゴーレムだ!! 上から来る!”


 私たちにとって最も嬉しくない状況の変化だ。

 空洞の天井部分の岩から、ゴーレムの腕が出現する。崖で私たちを襲ってきた時と同じように、その指先には銃口がある。


「チッ!?」


 銃口から放たれる石弾――だが、その狙いはアリスではなく水蛇竜へと向かっていた。

 頭上からの石弾を諸に浴び、水蛇竜が苦悶の声を上げる。

 ……こいつら、同士討ちしているのか? 氷晶竜とゴーレムは協調しているように見えたが……。

 水蛇竜とゴーレムの様子を見てある考えが頭に思い浮かぶが、とりあえず今は置いておく。


「mk《パイル》、ab《巨大化ギガント》、ab《弾丸バレット》!!」


 アリスも好機と見たか、すぐさま行動に移る。いつゴーレムが標的をアリスの方に向けるかわからない、このチャンスを逃さずに速攻で片を付ける気だ。

 出現した巨大な『杭』が飛翔し、石弾を受けのたうつ水蛇竜の頭部へと突き刺さる――が、まだ浅い!


「md《ハンマー》!!」


 『大鎌』を『槌』へと変更し、《剛力帯》で強化した腕力で突き刺さった『杭』を叩く!

 叩き込まれた『杭』が水蛇竜の頭蓋を割り、頭部を貫通して地面にまで突き刺さる。それでも尚、胴体が暴れまわるが――


「これで終わりだ!!」


 再び『大鎌』へと変化させ、首を深々と切り裂く。さすがに一撃では切断には至らず、三撃でようやく首を断つことに成功した。

 その間もゴーレムからは石弾が撃ち込まれ続けていたが、それらは全て水蛇竜へと向かっていた。砕かれたウロコの欠片が飛び散り、肉と骨がぐちゃぐちゃに潰されていく……やはりアリスたちがまともに受けたら、一撃で体力を全部持っていかれかねない威力だ。


「よし!」

”このままホーリー・ベルを連れて逃げよう!”


 思わぬゴーレムの出現により水蛇竜を倒した私たちは、すぐさまホーリー・ベルを抱えて空洞から外へと出る。ゴーレムは水蛇竜の死体に向かってなおも石弾を撃ち続けており、こちらに気付いた様子は見えない。

 崖の方へと出ると、再度霧に視界を阻まれるが近くに敵の反応はない――と言ってもさっきはレーダーの探知範囲外から攻撃を受けたのだから油断は出来ない。


”仕方ない、アリス、このまま崖に沿って進んで行こう!”


 上昇して祭壇まで行くことも考えたが、まっすぐに進んでいては他の水蛇竜から攻撃を受けやすい。横方向へ飛んでいた方が向こうも狙いを付けづらいのではないかと私は思ったのだ。そこまで狙撃に優れているわけでもなさそうであったし。

 私の指示に従い、気絶したホーリー・ベルを抱きかかえてアリスが崖に沿って飛ぶ。使っているのは《天脚甲スカイウォーク》だ。

 方向感覚が間違っていなければ、このまま崖に沿って飛んでいけばスタート地点に近い平原までたどり着けるはずだ。果たしてそこまでゴーレムたちが追ってくるかはわからないが……。


”くそっ、後ろから一匹来た!”


 私の予想は早くも裏切られる。

 残りの水蛇竜のうち一匹が崖に這い上がりこちらを補足していた。先程倒した個体よりも更に大きい!


「振り切るぞ!!」


 だいぶ魔力を消費しているが回復している暇がない。

 それでもアリスは残りの魔力を全て逃走のために使う。《天脚甲》に更に《瞬動》を加えた新魔法――消費は激しいが空中でもかなりの機動力を持つ《天翔脚甲スカイハイランナー》を使い、振り切ろうとする……。

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