第1章24話 天空遺跡の冒険 2. 高き遺都と滅びの獣達(後編)

 私たちの背後から現れた新手……そこにいたのは全身が岩石で出来た人型――いわゆる『ゴーレム』というものであった。その大きさ、約5メートルといったところか、ごつごつとした岩石で構成されているからか氷晶竜よりも巨大に見える。

 その巨大なゴーレムが腕を振り上げ、こちらへと殴り掛かってこようとしていた。

 ……しまった、二人の判断は素早かったが失敗した! いや、判断する余裕なんてなかったから仕方ないのだが。こっちのゴーレムの方にホーリー・ベルの《鉄装》で対応する方が良かったか。


「チッ、cl《硬化壁ハードウォール》!」


 ゴーレムを見たアリスも自分たちの判断ミスに気付いたものの、もう遅い。

 《硬化》で硬さを増した壁を作り出しゴーレムの拳を受け止めようとする。

 しかし……。


「ぐぁっ!?」


 たった一撃でアリスの《硬化壁》が殴られて破壊されてしまう。アリス自身に直撃はなかったものの、衝撃で吹き飛ばされ後ろにいたホーリー・ベルへとぶつかる。


「きゃあっ!?」


 ホーリー・ベルの悲鳴はアリスがぶつかったことによるもの……ではない。

 ゴーレム出現に合わせて氷晶竜が動き出し、ブースターによる瞬間移動で目の前まで一気に距離を詰め殴り掛かってきたせいだ。

 《鉄装》による硬さで氷晶竜の攻撃を受け止めることはできたが、あまりにも重い一撃で悲鳴を上げたのだ。


「挟み撃ちか……くそっ」


 氷晶竜が睨み合いで動かなかったのはこちらの様子を窺っていたわけではない。ゴーレムの出現を待っていたのだろう。この二匹は『組んで』いるということか。


”……ダメだ、一旦逃げるよ!!”


 巨大モンスター二匹に囲まれている状況は不利なんてものじゃない。しかも、相手はおそらく同士討ちをしてくれない。野生のモンスターなら同士討ちしろって思うけど、このクソゲーにそれを言っても仕方ない。というか、こいつらは仲間同士っぽい。

 ここは一度引いた方が良さそうだ。相手にするにしても、一匹ずつでないと難しい――特に氷晶竜は一匹であっても戦うのが辛い強敵だ。

 私の提案に二人ともすぐにうなずく。どちらも割と好戦的な性格だが、引くことを知らないわけではない。


「行くぞ、ホーリー・ベル! ext《瞬動》!」


 そうと決まればすぐに撤退だ。

 ホーリー・ベルを抱きかかえ、再度瞬動で飛ぶ。


”祭壇の間まで!”


 どこまで逃げ切れるかはわからないが、まずは祭壇の間まで戻る。

 ゴーレムはともかく、氷晶竜は今いる高台の荒れ地に来るまで動く様子はなかった。もしかしたら祭壇の間までは追ってこないかもしれない――仮に追ってきたとしても、ゴーレムの方は動きが遅いと思う。距離は取れるはずだ。

 私の指示に従い一旦距離を取り、そこでホーリー・ベルが《羽装》へとエクスチェンジ、今度はアリスをホーリー・ベルが抱えて飛ぼうとする。

 氷晶竜も今度は遠くからブレスを発射するだけではない。ブレスを吐き出しながら恐るべきスピードで迫り、近接戦闘を仕掛けてこようとする。


「ベル、迎撃はオレがする! お前は回避に専念しろ!」

「ええ、任せる!!」


 《羽装》は風属性だ。飛行能力を付与するだけではなく、スピード関連の魔法も豊富にそろっている。


「オペレーション《ラピッドウィング》!」


 エメラルドグリーンの霊装が力強く光り輝き、スカートの裾、袖口、ブーツのかかと、そして背に薄いヴェールのような羽が出現する。その名の通り、飛行スピードを強化する魔法なのだろう。


「行くわよ!」


 アリスの宣言通り迎撃をすべて任せ、一直線に元来た崖――祭壇へと戻る道を飛ぶ。

 私の予想通りゴーレムはゆっくりとした動作でこちらへと顔(と思われるパーツ)を向けて動こうとしている。とりあえずは警戒すべきは氷晶竜の方のみか。

 そしてその氷晶竜はまた私の予想通り、ブレスを吐きかけると同時にブースターでこちらへと一瞬で向かってくる。

 さすがにこのスピードはホーリー・ベルよりも速い。

 おそらく、長時間に渡って移動するのであればホーリー・ベルの方に分があるだろう。どう見ても氷晶竜のは短距離走のそれだ。


「cl《炎壁フレイムウォール》!」


 氷晶竜の突進を炎の壁を何枚も出現させて防ごうとする。さっきまでの攻防で炎だけではやつの肉弾攻撃を防ぐのは難しいのはわかっている。しかし、足を止めさせるには十分だ。

 さらにアリスは《炎壁》と一緒に普通の《壁》も出している。ただし、どちらにも《硬化》を使っていないので完全には攻撃を受け止め切れていない。

 受け止め切れないものの威力は殺がれているため、《槍》で適当にいなす。

 魔力の節約もあるが、とにかく徹底的に『逃げる』ことに重点を置いているのだ。

 ギリギリで防御しつつも私たちは崖の上までやってくる。


「下に降りるよ! しっかり掴まって!」


 急ブレーキをかけてから今度は真下へと向かって飛ぶ。ジェットコースターに乗っている時のような、胃袋がせりあがってくるような強烈な浮遊感が襲いかかってくる。


”!? 氷晶竜は……動かない?”


 崖より下へと移動した時点で、レーダーに映る氷晶竜の動きが停止した。

 先程の睨み合いのようにゴーレムを待ったりしているのか……?


「cl《天脚甲スカイウォーク》……ベル、大丈夫だ。ここからは自分で飛ぶ」


 二人とも崖上の様子を見守るが、やはり氷晶竜はやってこない。


「……うーん?」

「ふむ」


 試しにアリスが上方目掛けて魔法を撃ってみると……。


「あ、撃ち落された」


 氷のブレスが飛んできて魔法を迎撃する。

 これは――


”どうやら、あの崖の上に行かなければ氷晶竜は襲い掛かってこないみたいだね。縄張り以外には興味ないって感じなのかな”


 レーダーの反応を見ると崖の淵あたりで留まっているものの、そこから先、私たちの方へ向かってくる様子はない。

 ……縄張りを荒らされた動物が怒り狂って向かってくるというのはわかる。けれども、縄張りから出た瞬間に追撃をやめるとはちょっと思えないのだが……。やはり、あの氷晶竜は普通のモンスターとは異なるという予感がする。それが何なのかはわからないけれど……。


「そういえば、使い魔殿。もう一体の方……ゴーレムはどうなっている?」

”おっと、そっちもまだ残っていたね”


 氷晶竜の方にばかり気を取られていたが、もう一匹のゴーレムも問題だ。こちらの方の反応は……。


”……消えてるね”


 レーダーに反応がない。どこに行ったかもわからない状態である。

 そういえば、あのゴーレム……出てくる直前まで反応がなかったし、どうなっているんだろうか? 氷晶竜と同じで、崖の上が縄張りでそこから先には現れないというものなのだろうか?

 と私が思った瞬間、


”!! いや、目の前だ!!”


 突如ゴーレムの反応が現れる。場所は目の前の崖――見ると、崖の一部の岩石が盛り上がり腕のような形状を取ろうとしている。

 その指先に空いている穴は――!


”回避して!”


 私の言葉と同時に二人が左右に分かれて飛ぶ。

 二人が先程までいた空中に、崖から岩石が放り投げられる。正しくは、指先に空いた穴から射出されてきた。

 二発、三発と岩石が射出されてくる。速度はそれほどでもないので回避自体は可能なのだが、当たれば一発で体力が削られてしまうだろう。質量と速度からして、氷晶竜の一撃よりも重いかもしれない。


「どうする、予定通り祭壇のところまで一度戻るか!?」


 どうやらゴーレムには縄張りは関係ないようだ。こちらを追って移動してきたらしい。

 そしてわかった。どうもこのゴーレム、地中を移動してきているらしい。そして、地中にはレーダーが効かないようなのだ――レーダーに頼り切ってしまうのはよくないということだろう。レーダーそのものの性能がクソなのはもうどうしようもない。

 アリスもホーリー・ベルも飛行能力はあるとはいえ、一歩間違って奈落の底へ真っ逆さまという事態は避けたい。


”まずは祭壇まで! そこでゴーレムを迎え撃とう!”

「ああ、承知した!」


 氷晶竜は追ってこないようだし、祭壇の間までとりあえず逃げる。ゴーレムが追ってくるようならそこで迎撃するし、追ってこないのであれば休憩しつつ次の手を考える。少なくとも二体同時に相手してはいられない。

 幸いゴーレムの攻撃は威力はともかく速度は遅い。《天脚甲》でも簡単に避けることができる。

 そのまま祭壇へと移動しようと崖を下る私たちであったが……。

 崖の遥か下方――雲、いや霧? に阻まれて見通すことのできない奈落の底から、『何か』が飛んでくる!!


「きゃあっ!?」


 素早い動きが仇になった。

 機敏な動作で岩石を回避し、先行して祭壇の間へと降りようとしていたホーリー・ベルが飛んできた『何か』の直撃を受ける。

 しまった、ゴーレムの方に気を取られすぎた!


「ベル!?」


 直撃を受けたホーリー・ベルがそのまま力無く落下してゆく。

 拙い、完全に気を失っているのか!?


”アリス!”

「わかっている! cl《飛脚甲スカイダイバー》!」


 落下するホーリー・ベルを助けるため、氷晶竜と同じブースターで一気に加速する。

 本当にあてにならないレーダーだ!


「ベル!」


 更に下方から今度はアリスに向けて『何か』が飛んでくる。それを《瞬動》で左右に細かく振って避けながら落下するホーリー・ベルへと近づく。激しい動きに、私は振り落とされないようにしっかりと掴まっているのが精いっぱいだ。

 と、横を通り過ぎて行った『何か』から、ぴちゃりと冷たい水滴がわずかだがかかってきた。

 ……そうか、この下からきている『何か』の正体は、『水』の塊か!

 おそらく崖の下にある水源にいるモンスターが、吸い込んだ水を弾丸のようにして吐き出しているのだろう、鉄砲魚のように。

 つまりは、これが三種類目のモンスターによる攻撃ということか。

 氷晶竜がここまで追って来ないのは助かるが、ゴーレムはまだやってくる。さらに同時に三種類目とは……。


”アリス、下から敵が急接近してくる!”

「ああ!」


 間一髪でホーリー・ベルへと追い付き横から抱きかかえた次の瞬間、下から現れた巨大モンスターの大顎がホーリー・ベルのいた箇所を通過していった。

 危ないところだった……。


「くそっ、どこかに地面ないか!?」


 後ろには崖、正面には何もない青空――ところどころ雲を突き抜けた山が見えるが、遠すぎる! そして下は雲か霧で隠れて見えないが……。


”モンスター反応……三体!?”


 先程ホーリー・ベルのところを通り過ぎて行ったモンスターはそのまま落下、霧の中へと戻る。その時にバシャーン、と大きな水音が聞こえてきた。この下はやはり水源になっているのだろう。

 そして、その水源付近にさっきのモンスターのほかに更に二体、同型の反応が現れた。

 これで全部のモンスターが揃ったのか? だとしても、氷晶竜、ゴーレム、そして水の中から襲ってきたモンスターの合計五体ものモンスターを相手にする必要があるということか……。


「祭壇の下側か? 洞窟がある! そこへ逃げるぞ!」


 崖側を見ていたアリスが言うと同時に動き出す。

 言われて見ると、霧のちょうど切れ目辺りに洞窟――というよりは大きな空洞が見える。おそらく、祭壇と同じような構成になっているのだと思われる。

 私たちはそこへと避難することにした。戦うにしても、気絶したホーリー・ベルを抱きかかえている状態ではまともに戦えない。

 霧の中から次々と撃ち込まれてくる水の塊を避け、私たちは空洞へと入った。

 そこは祭壇に比べると、広さはあるものの薄暗く湿った場所であった。内部はやはり霧で覆われており視界はあまり良くない。全く見えないというほどではないのだが。


”敵が追ってくる……”


 私たちを追って、水弾を放ってきていた大型モンスターが空洞へとやってきた。レーダーには一体だけの反応だ、ほかの二体はまたレーダーから消えている――マジで使えないレーダーだが、たぶん、水の中とか壁の中の敵は追えないのだろう。


「逃げ場は……くそっ、すぐに見つからないか」


 どこかに横道があるのかもしれないが、霧に包まれてよく見えない。私のレーダーは敵の位置や大まかな地形はわかるが、この空洞にはそのようなものは見当たらない……つまり、ここから逃げるにはまた崖の方へと出ていかなければならないのだ。


”来るよ!!”


 霧の向こうから三種類目のモンスターが出現する。


「……うぇ!?」


 珍しく素っ頓狂な悲鳴をアリスが上げた。

 私も思わず悲鳴を上げたくなるようなモンスターだ。さっき下から飛び出した時にちらりと姿は見えていたものの、やはりか……。

 現れた三種類目のモンスターは、超巨大な『蛇』のモンスターである。人間を丸呑みできるほどの巨体、長さは何十メートルあることか。深い青緑の不気味なウロコに覆われた体は水に濡れてぬらぬらと光っている。ちろちろと口から飛び出してくる舌、どこを見ているのかわかりづらい黄土色の目は瞬き一つしない。

 特徴的なのは、背中に大きな『コブ』があることと、蛇であるにも関わらず四本の脚が生えていることだ。普通の蛇のように這って移動することなく、四本の脚でトカゲように移動してくる。

 ……『虫』系の敵も(見た目が)苦手だが、『蛇』も中々にキツイビジュアルの敵だ――アリスも嫌そうな顔をしていることから、やはり苦手なのだろう。

 …………これが更に二体、合計三体いるのか……。


”ゴーレムは……ダメだ、どこにいるかわからない”

「逃げ場もなし、か……。

 仕方ない、ここで何とかこの蛇を倒して突破口を開く!」


 他の蛇――『水蛇竜』が現れる、またはゴーレムがこの場に現れる前に速攻で目の前の一体を倒し、また崖から逃げる。それしかないか。

 気絶しているホーリー・ベルを岩陰に隠し、私たちは水蛇竜と対峙した――

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