第1章23話 天空遺跡の冒険 1. 高き遺都と滅びの獣達(前編)
「これは……ちょっと、想定外だな……」
全身濡れ鼠となり、両腕には気絶したホーリー・ベルを抱きかかえたアリスが呟く。
思わぬ攻撃を受けてボロボロになった私たちは、《
”とにかく今は逃げ回ってホーリー・ベルの回復を待とう! 一人で戦うには分が悪すぎる”
私たちに今出来ることは逃げることだけだ。
ホーリー・ベルをどこか安全な場所に隠しておいて一人で戦うという選択肢もないことはなかったが、言葉通り一人で戦うには今度の相手は強すぎる。
今追いかけて来る敵も
”! アリス、右前から来る!”
私のレーダーが敵の反応を捉える。
かなり大型の敵――今私たちを背後から追いかけてくる敵と同種だ。
「チッ、もっと上に逃げるか!?」
今戦っているステージは今までにない場所――雲の上まで突き抜けた山とそこに築かれた天空都市の遺跡だ。更に山の上へと逃げることも考えられるが……。
”いや、山の上に登ったら、また
……あの急加速する魔法を使って、真正面から振り切って更に奥へ! そうすれば、住居跡に辿り着ける!”
敵は一匹ではない。
私たちを背後から追ってくるのと、右前方より向かってくる大型モンスター。これが確認しただけでも三匹はいた。一匹は既にアリスが倒している。
更に陸上に別種のモンスターがもう一匹。こいつはスフィンクスよりも遥かに強い。
その上更に悪いことに山の上の方にもう一匹……桁外れに強力なモンスターが控えているのだ。こちらは縄張りから出て積極的に襲い掛かってくることは今のところないが、縄張りがかなり広く私たちの移動範囲が大分制限されている。
「かぁっ、これは本当に堪らんな!」
流石のアリスも今回ばかりは参っているようだ――と思ったが、口元にはやはり不敵な笑みが浮かんでいる。
想定外ではあるが、思わぬ強敵の出現を楽しんでもいるようだ。アリスらしいといえばらしいが……。
”……やっぱり、これは辞めておいた方が良かったかなぁ……”
独り言を呟きながら、私は今回のクエストを受けた時からのことを思い返していた……。
* * * * *
「「エクストランス!!」」
ありすと美鈴の声が唱和する。
二人の掛け声と共にその姿が光に包まれ――アリスとホーリー・ベルの姿が現れる。
「……ふむ、やはり何度もやると、慣れるものだな」
「そーねー。なんだかんだでしっくりくるようになってきたわね」
変身後、二人が頷きあう。
『エクストランス』――ありすと美鈴が直接会った日の最重要課題で決まった『変身時の掛け声』がこれである。
あの日、色々な意見が出てきた中で、最終的に残ったのが『エクストランス』と『プリズムトランス』の2つであった。
ありすは『エクストランス』推し、美鈴が『プリズムトランス』推しで中々決着がつかなかったのだが、ありすの『プリズム要素、ない』という冷静な意見の元、互いの同意を得て『エクストランス』に決定した。
ちなみに、『extreme』あるいは『exchange』と『transform』から来ている。もしかしたら『trance』の意味も含んでいるかもしれないが、まぁ多分二人はそこまで考えていないだろう。
他にも色々と意見はあったのだが、出来るだけ『カッコいい』がいいありすと、出来るだけ『可愛らしい』がいい美鈴との間で調整した結果がこれだ。
個人的には変身ヒーローっぽくもあるし、魔法少女っぽくもあると思う。やや変身ヒーロー寄りではあるかな。
さて、二人が変身して挑むのはいつも通りのクエストだ。
――そして、まぁ特に何事もなくクリア。
今までも何度も倒した相手だからね。数が増えたところでどうということもない。
「ふっ、今日もいい感じに稼げたな」
時刻は20:40くらいか。マイルームに戻ってきて最後のチャットをしようかと言ったところ。ちなみに今日は金曜日だ。社会人の感覚だと明日休みだなーと思うのだが、ありすも美鈴も土曜日は午前中は学校である。そういえば、小学校・中学校の土曜授業は私の頃は……いや、この話はやめておこう。
とにかく、最後のチャットをして別れようと言う時に、『そのクエスト』はやってきたのだった。
”……なんだろう、新しいクエストが来たけど……”
もう寝る前だし黙っていたいところだったが、マイルーム内だと『クエストボード』から今発生しているクエスト一覧がありすにも見えてしまう。誤魔化しきれない。
新しく発生したクエストは、今までにないマークがついていた。そして、こう記載されている。
『レイドクエスト』と。
「レイド……うーむ、他のゲームだったら、複数人で挑むような高HPのボス戦だったりするが……」
アリスの言っているレイドなら知っている。前世で暇つぶしにやっていたスマホのゲームとかで見たことがある。
ただ、この『ゲーム』のシステムにはそぐわないのではないかと思えるが。複数人前提というのはありえるかもしれないが……プレイヤーが何人いるかもわからないし、倒しきれない可能性の方が高いような気がする。それなりにプレイしているが、ジュジュ以外のプレイヤーに会ったことないし(名前だけならもう一人『クラウザー』という者がいるそうだが)。
『ジュジュ、何か知ってる?』
画面の向こうでホーリー・ベルが我らがジュジュ先生に質問をしている。
ジュジュの声は聞こえなかったが、ふんふんとホーリー・ベルが頷いている。
『えーっと、ジュジュが言うにはいつもみたいに特定の討伐目標を倒せばクリアになることには変わりないんだけど、討伐目標が複数いるタイプのクエストなんだって。
最初から全部の討伐目標がいるかもしれないし、後から追加で出てくるかもしれないし、それはわからないけど……って』
ふーむ? つまりは、いつもの同時討伐系のクエストと同じ、だけど数がもっと増えてるってことだろうか。
この点に関してはジュジュの言葉を疑う余地はない。
”うーん……流石に時間がなぁ……”
ちらりと報酬の欄を確認してみると、なんと20万超のジェムが報酬となっていた。私たちとホーリー・ベルの二組で挑んだとしても、軽く10万超は手に入る計算だ。
正直、美味しい。アラクニド戦以降、アリスの火力強化に使うジェムだけではなくサポート系のスキルを私が習得するためにもかなり多くのジェムを必要としている。
ジェムは幾らあっても足りないくらいだ。喉から手が出るほど欲しい――サポート系スキルと回復アイテムとリスポーン代に半分以上割いている現状、ステータスを上げたいありす的には特に。
……そう、アラクニド戦を経てサポート系の重要さを実感したありすだが、そのために攻撃力等の直接的な能力の上昇を後回しにされていることにフラストレーションが溜まっているらしい。心なしかお風呂での私の身体の弄り……いや洗浄に余計な力がかかっている気がする。
表に出さないだけでかなりストレートなありすの感情を表していると言ってもいいだろう。気持ちはわかるけど我慢して、と内心思っていたのだが……。
「よし、やろう!」
案の定アリスはそう言う。
気持ちはわかるんだけど、今からやると果たしてクエストが終わるまでどのくらいかかるか……夜はしっかりと睡眠をとらせたい私としては、オーケーを出すわけには……。
『あ、何かジュジュが言うには、クエストの横に時間の表示がされてるから、その時間内ならいつでも出来るみたいよ?』
言われて見てみれば、確かに時刻表示がされている。今は『23:58』程だ。
ジュジュの言葉に従えば、おそらく明日のこの時間までクエストの受付時間が有効ということだろう。クリアまでの想定時間が長いクエストに対する救済措置のようなものなのかもしれない。
明日ならば土曜だし午後が空いている。時間を気にして挑むより、余裕のある時の方がいいだろう。
”わかった。それじゃあ、明日の午後……そうだね、14時か15時くらいにマイルームに集合して挑むというのでどうかな?”
私の提案にアリスもホーリー・ベルも頷く。
こうして、私たちは初の『レイドクエスト』へと挑むことになったのだった。
* * * * *
そして挑んだ『レイドクエスト』だが、出現したフィールドは今まで見たことのない場所であった。
「これは……凄いな……」
流石のアリスも感嘆の声を漏らす。
『絶景』――その言葉しか思い浮かばない。
今回のフィールドは『天空遺跡』と呼称されるフィールドであったが、まさに『絶景』だ。
雲の上まで聳え立つ巨大な山の表面に作られた古代の街が舞台となっている。山肌を削り取るかのような崖に岩壁を刳り貫いて作った家々があったり、なだらかな部分に集落が作られていたり……。
前世には確か『マチュピチュ』という遺跡があったと記憶しているが、この天空遺跡はそれよりも遥かに規模が大きい。山全体が都市となっているのだ。探索はこれからだが、表面だけではなく山の内部まで都市が広がっていることがレーダーでわかる――レーダーも強化して地形もわかるようにしたのだ。
”今のところ大型モンスターの反応はないね。範囲外にいるのか、それとも――”
レーダーも絶対というわけではない。ステルス能力を持っている敵がいないとも限らないし、特定条件でレーダーに映らなくなるということもこのクソゲーならありえる。
その辺の説明が一切ないが、ある前提で考えた方がこの『ゲーム』の場合は安全だ。
「うーん、とりあえず一回りして敵を探しましょ。ここで止まっていても仕方ないわ」
ホーリー・ベルの提案により、私たちは一通りフィールドを見て回ることにした。
アリスはいつもの《
「平地部分の遺跡は……随分と壊されているようだな」
”そうだね……”
アリスの言葉通り、平地部分にある集落は損傷が激しい。家屋としての原型を留めているものは皆無で、瓦礫の山があちこちに散乱しているという感じだ。
自然に風化して倒壊したというわけではなさそうだ。ところどころ焼け焦げたような痕跡もあり、『何か』によって破壊されたことは間違いないだろう。その『何か』が何なのかまではわからないが……おそらくはモンスターの仕業であろう。
平地部分を越えて切り立った崖へとやってくる。ここも山肌を刳り貫いた小さな洞穴――住居の跡がある。外の家屋に比べたら損傷は少ないようだが、当然人の気配はない。
「小型モンスターの巣になってるみたいね」
私たちの接近に気付いた小型モンスターが洞穴から顔を出してくる。以前も戦ったことのある狂暴な猿型のモンスター『アクマシラ』だ。
向こうには飛行能力はなく、洞穴から石を投げてくる程度のことしかできない。大した脅威ではないが、大型モンスターとの戦いの時に乱入されると厄介なので、適当な攻撃魔法で倒していく。
更に崖を回っていくと、今度は巨大な天然の洞穴が見えてきた。近くからは水音が聞こえる。
”水源があるのか。まぁ人が住んでいたってなれば当然か”
平地部分にも湖はあったのだが、あれはおそらく人工の湖であった。人が住んでいる以上、水は絶対に必要となる。巨大洞穴の水源から引っ張ってきていたのだろう。
……そこまで考えて妙なことに気付く。この遺跡……『ゲーム』の中のフィールドであるのだが、妙に現実感がある。都市も朽ちていたとはいえ、きちんと区画整理されていたように見えたし、水源から水を引っ張ってきていたり……まるで本当に人が住んでいたかのようなリアリティがあるのだ。
『ゲーム』の製作者がディティールに凝っているから、と言えばそれまでだが……。
「どうする? 洞窟の中も見てみるか?」
アリスの言葉によって思考を中断する。考えてたって仕方ない。
「んー、敵の反応ないし、一応行ってみよっか。洞窟の中を主な縄張りにしているモンスターかもしれないし」
”そうだね……レーダーの反応もまだないし、探せるところは探してみよう”
洞窟に入らずにそのまま空を飛んで山の頂上まで一回行ってみるという選択もあったが、まずは低地部分――と言っても既に雲の上まで来ているのだが――を全部回って直接地形を確認しておきたい。
そう思った私たちは洞窟へと侵入する。
「ほぅ……外も凄かったが、こちらも凄いな」
火龍でも自在に動けそうな巨大な洞窟の中にまで遺跡は広がっていた。
外の光がどこからか入ってきているのだろう、特に明かりを使わなくても見える程度には明るい。
私たちが入った方向から向かって右側は更に切り立った崖となっており、底が全く見えない程深い。そちらから僅かに水音が聞こえるので、多分地底湖――繰り返すが、ここは既に雲の上だが――があるのだろう。その地底湖へと流れ込む水脈が正面を横切っている。
水脈を越えるように橋が架けられていたようだが、外の家屋同様に既に壊れていて橋としての役目は果たせそうにない。まぁ、空を飛んでいる私たちには関係ないけれど。
更に進んでいくと急に視界が開け、外の景色が見える場所へと出てきた。洞窟の壁が崩れているのか、あるいは元々そうなのか、まるで巨大な獣が口を広げたような場所だ。
”……祭壇、みたいだね”
獣の口の中央付近に小型のピラミッドのような建造物があった。頂上部にはベッドのような形状の石が置かれている。確か、私の世界の……マヤ辺りにあった『生贄の祭壇』を思わせるものだ。
一体ここで何が行われていたかはわからないし、この遺跡に住んでいた人々がどのような宗教を信仰していたのかはわからない。けれども、ここがこの天空遺跡において重要な位置であることは想像できた。
「相変わらず敵反応はなし、か」
ちなみに省いていたが、道中に小型のモンスターはそれなりにいた。アクマシラだけではなく、初見だが巨大なトカゲのようなワニのようなモンスターや、プテラノドンのような空を飛ぶ小型モンスターが出てきていた。どれも鎧袖一触だったが。
大型モンスターの反応は……未だなし。
”うーん……大型モンスターが出てこないクエスト、とか?”
”ジュ……”
「そんなはずはないと思う、だって」
”まぁ、そうだよね……”
未だかつてない広大なフィールドを駆け回って、出てくるのが小さな魔法一発で沈められる雑魚だけというのはちょっと考えにくい。
『レイドクエスト』と言うからには、もっと出てくるものだと思っていたけれど……。
とりあえず私たちは『祭壇の間』から開いている部分から外へと出て、更に山の上を目指すことにした。
「それにしても、どんだけデカイんだ、このフィールド……」
既に雲の上に来ているというのに、まだまだ山頂が見えない。山自体の横幅もかなり大きく、再び平坦な部分へとやってきていた。
しかし、ここは最初にいた平野部とは異なり人が住んでいた形跡がない。草木もほとんどなく、不毛の荒野のようになっている。赤茶けた岩がゴロゴロと転がっているだけだ。
先ほどまでいた『祭壇の間』までが人が住んでいる場所だったのだろうか。私たちは変身しているせいか暑さも寒さもほとんど感じないが、生身だとしたら流石に暮らすには厳しい条件だろう。
未だ敵反応はない――と思っていたその時だ。
ウォォォォォォォォォン!!!
「な、何!?」
遥か遠くから雷鳴のような咆哮が轟く。
その咆哮が聞こえたと同時に、レーダーの隅に巨大な反応が現れ、一直線にこちらへと向かってきた!
”来るよ!”
方向からして山頂から『それ』はやってくる。まだ距離はかなり離れているはずだが、いかなる機動力なのか、物凄い速度でこちらへと向かってきていた。
これは……スフィンクスみたいに飛行能力を持っているモンスターなのだろう。地形を物ともせずに『それ』は移動している。
「よし、ベル、行くぞ!!」
アリスも『
10秒後、『それ』はついに私たちの目の前に現れた。
「これは……水晶で出来たドラゴン、か……?」
出現したモンスターは一匹。大きさとしては火龍よりもかなり小さく、アラクニドよりはやや大きい程度の比較的小型と言える大きさであった。
しかし、その大きさからには似合わない程の濃密な『暴』の気配を私でも感じ取れる。
このモンスターは、今まで戦ってきたどのモンスターよりも狂暴で、そして強靭な難敵である。
全身を覆う鱗はまるで水晶のように煌く美しい『蒼』。フォルムは火龍と同じようなトカゲに似たドラゴンだが、両腕両足共に大きく発達しているのがわかる。完全二足歩行というわけにはいかないが、おそらくは猿のように動くことが出来るはずだ。
背中には二対のこれまた水晶のように輝く巨大な翼――見るものの心を奪うかのような美しい姿だ。
「cl《
先手必勝、アリスが手始めに《剣雨》で攻撃する。
水晶竜の防御力は如何ほどであるか確かめようとしたが、その姿が一瞬で掻き消える。
「なに!?」
――速い!!
一瞬で横へと跳び退り《剣雨》を回避、掠りもしない。
そして回避と同時に口を大きく開き、私たちへと向けてブレスを吐きかける。
火龍の吐き出す火球と同じ単発の弾丸であるが、その色は『白』――超低温の氷の塊だ。
周囲の地面を凍結させながらこちらへと向かってくる冷気の塊を飛んで回避、こちらからの反撃を試みようとするが、
「くっ、こいつ!?」
私たちが回避するのを見越していたのか、冷気を吐くと同時に自身も動いてアリスへと向かってきていた。
そして、丸太のような腕を振り回しアリスへと叩きつける。
「ぐっ!?」
咄嗟に『杖』で受け止めようとしたアリスだが、相手の腕力の前には無駄だった。直撃は避けられたものの派手に殴り飛ばされ岩壁に叩きつけられそうになる。
背中から岩壁にぶつかったら私が潰れる、と判断したアリスは何とか空中でバランスを立て直し上空へと上がる。が、更に水晶竜は追い討ちをかけ、冷気の弾丸を乱射してくる。
「エクスチェンジ《
そこへホーリー・ベルが割って入り、炎の盾で冷気の弾丸を防ごうとする。
「くっ……重い!!」
しかし、一撃一撃がかなり重い。
立て続けに発射される冷気の弾丸を受け止めきれず、炎の盾がどんどんと小さくなっていく。
更に――
「もう来た!?」
吹っ飛ばされた時にかなり距離が開いたはずなのに、一瞬にして水晶竜が接近してきていた。
あまりに不可解な機動力だったが、私は見た。
”こいつの翼は空を飛ぶためのものじゃない! ロケットみたいに移動してるんだ!”
そう、背中の翼は羽ばたいて飛ぶためのものではない。翼の先端から猛烈な勢いで冷気を噴出して、まるでロケットのように身体を飛ばしているのだ。
アリスも似たような魔法はあるが、それと同じだ。かなり距離が離れていたのにすぐに山頂付近から私たちのいる場所まで飛んできたのも、ロケット噴射で移動してきたからだろう。
……生き物として一体どうなんだろうと思うが、モンスター相手には今更か。
「md《
接近してきた水晶竜に炎の鞭で攻撃するアリス。
鞭が水晶竜の身体に絡みつくと共に、じゅう、という音がし水蒸気が噴き出す。
……そうか、こいつは『水晶』のような見た目ではあるが……。
「氷のドラゴンか!」
全身に氷の鎧を纏った氷の竜――『氷晶竜』だ。
氷相手ならば炎が有効だとは思うが、骨まで氷で出来てでもいない限りはそう簡単にはいかないだろう。
「!? 再生している!?」
炎の鞭で動きを止めつつ氷の鎧を溶かしているものの、溶かす端から鎧が再生していく。
自力で噴き出す冷気だけではない。私たちは寒さを感じてはいないものの、山の上のここはかなり気温が低いはずだ。大気中の水分を凍らせて自分の鎧を作り出しているらしい。溶かした水蒸気がすぐに固められていく。
しかも悪いことに近くには水源がある。おそらくは水源から水を確保して貯蔵しているのだろう。いくら溶かしてもきりがない。
グアァァァッ!!
氷晶竜が吠え大きく体を振るうと、体を拘束する炎の鞭が切り裂かれる。
その両腕には巨大な三日月型の刃――先程まではなかったものだ。鋭い氷の刃を作り、鞭を切り裂いたのだ。
炎の鞭と言っても、全てが炎で出来ているわけではない。マジックマテリアルで作った鞭の周辺が燃えているだけなのだ。刃で切り裂くことはもちろん出来る。
出来るのだが……こうもあっさりと切り裂くとは……マジックマテリアルは柔軟な上に非常に強靭な謎物質なのだが。
”追撃が来る!”
氷晶竜の腕の刃が消えると同時に、今度は拳の先端に鋭い氷の杭が作られる。こちらを刺し貫くための武器――
「くっ……!」
ホーリー・ベルの炎の盾では防ぎきれない……!
一瞬で判断したアリスがホーリー・ベルを抱きかかえてその場から《
「あぶなっ!? ……ありがとう、アリス!」
ホーリー・ベルの《フレイムウォール》の性能は初見なので不明だが、氷晶竜のブレスを防ぐことは可能だが流石に杭付きのパンチは止められないだろう。単純な腕力勝負での防御には向かないということだ。
外した杭が深々と地面に突き刺さるが、氷晶竜はあっさりと杭をへし折ってすぐさま追撃をかけてくる。
「氷だからって炎属性だけだときついか……なら、エクスチェンジ《
氷を防ぐだけでは勝てない、と判断したホーリー・ベルが属性を変更する。
《鉄装》はその名の通り『金属』の属性、そして『土』の属性を持つ。私たちが最初に出会った時、アラクニドの巣に穴をあけて一直線にアリスの元に辿り着いたことがあった。あれは、《鉄装》の力によるものであった。
一方、アリスにはそのような力はないが――
「よし、なら氷の方はオレに任せろ!」
炎の力で氷晶竜の氷の鎧や武器を溶かすことができる。
それぞれが攻撃も防御も担当することができるのが、この二人の強みだ。
……とは言え、この氷晶竜は今までの相手とは明らかに『格』が違う。二人が全力を尽くして戦って勝てるかどうか、それすら怪しいと感じさせられる。
相手にとっても同じようで、今度はすぐに追撃をかけずにこちらの様子を窺っている。翼の噴射を使えば一瞬で詰められる距離だが動こうとしない。私たちの方も迂闊に距離を取ろうとはしない。下手に動こうとしたら、その瞬間に氷晶竜が攻撃を仕掛けてくるのは目に見えている。
”……こいつ、もしかして……”
数秒間の睨み合いの最中、ふとした疑念が頭によぎる。
この、ただの獣とは思えない行動……このモンスターには高い知能があるのではないだろうか。言葉が通じる相手ではないとは思うが、動き方が今までのモンスターとは違う。
今までのモンスターは本能によって動いていた。いわば、戦闘ではなく『狩り』の延長であった。
しかし、氷晶竜には『知能』がある。こいつの動きは『狩り』ではない、明確に『戦闘』を意識した動きだ。格闘技まで修めているとは思わないが、適当に攻撃を仕掛けてもそれに対応して動いてくるだろう。
さて、どう動けばいいものか……。
炎で氷に対抗すること自体は間違いではないと思う。氷晶竜の『鎧』、すなわち外殻を溶かして本体への攻撃を行うのは有効であると思うし、吐き出してくる氷のブレスや氷で出来た武器を受け止めることは必要だ。
けれどもそれだけでは勝てない。私はそう感じている。氷晶竜の力の本質は、氷ではない――先程も述べた通り、他のモンスターよりも明確に高い『知性』にある。
だから今までのように相手の弱点だけを隙を見て突き続ければいいというわけではないと思う。そもそも、隙を相手はなかなか見せないのだから。
”!? アリス、敵反応……真後ろだ!!”
”ジュ!!”
その時、私とジュジュが同時に叫ぶ。
今まで何の反応もなかった――目の前にいる氷晶竜以外に私たちの近くに敵はいなかったというのに、突然真後ろに巨大な敵反応……氷晶竜の大きさと同じような反応、つまりこのクエストの討伐目的である。
「――くっ!」
私たちの警告と同時に二人が動く。
ホーリー・ベルは《鉄装》のまま氷晶竜に対峙しガードを継続、アリスがホーリー・ベルの後ろへと回り新手へと向かう。
私たちの背後に現れた新手は――
「なっ……『岩』で出来た巨人……!?」
そこに現れたのは、全身が岩で作られた高さ5メートルほどの人型モンスター――『ゴーレム』だったのだ。
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