第1章21話 ありすと魔法少女 5. 秘密の合言葉を決めよう!

「それにしても……知り合いになれたのがありすたちで、ほんと良かったよ」

「……そう?」


 しみじみと言う美鈴。言葉にウソはなさそうだが、何か妙に実感が篭っている。


”もしかして、私たち以外のプレイヤーに会ったことがあるの?”


 試しに聞いてみると美鈴は頷き、割と嫌そうな顔をして続ける。


「ありすたちと会う何日か前かなー。あの蜘蛛程じゃないけど、小型の魔物をいっぱい引き連れて襲い掛かってくるタイプのモンスターがいてさ。

 あたしたちがそのクエスト受ける前に他のプレイヤーが受けてて、あたしたちは途中参加したんだけど――」


 これは後になって聞いたことだが、クエストに途中から別のプレイヤーが乱入してくることは可能らしい。

 COOP――協力プレイ禁止のクエストはその限りではないが、そうではない場合、最初にクエストを受けたプレイヤーが途中参加不可の設定をしない限り、別のプレイヤーが参加することが可能なんだとか。

 途中参加不可の設定自体が初耳ではあったが、このシステムのおかげで、アラクニド戦で私たちは助かったようなものだ。


「もー、その時に最初にいたプレイヤーがすげー嫌なやつでさ!」


 不快感と憤りを隠さずに美鈴は続ける。

 ありすと違って、感情がよく表に出る子だ。とてもストレートな性格なのだろう。


「ユニットの子の方は、なんつーの? ひらひらしたエプロンドレスを着た結構可愛い子だったんだけど、何かすげービクビクオドオドしててさ……。

 で、使い魔の方がすげー嫌なやつでさ。『バカ』だの『ノロマ』だのユニットの子を怒鳴りつけてて……」


 その時のことを思い出し、美鈴は怒りに拳を震わせる。

 ……それは、確かに不愉快なプレイヤーだ。その場にいたら私もきっと怒るだろう。


「見てらんなくてクエスト終わった後に一言文句言ってやろうと思ったんだけど、『煩い、屑が』って言ってさっさと消えやがったんだよね、そいつ! フレンドになってそいつはともかくユニットの子を何とかしてあげたかったんだけど……」


 フレンドになれば会話する機会も増える。

 今のありすと美鈴のように直接会って話すこともできるだろうし、いざとなれば『ゲーム』から離脱するように説得も出来るかもしれない。

 うーん、そうか……そんなプレイヤーもいるのか……。


”ジュ、ジュジュ……”


 義憤に駆られる美鈴にジュジュが何事か話しかける。

 その言葉を聞いて一瞬驚いた表情をする美鈴だが、ジュジュの言葉を私たちへと伝える。


「……そいつ、ジュジュやラビみたいな小動物の姿じゃなくて、もっと大きな――黒と白の縞模様の……ああ、そうだ、『虎』みたいなおっかない格好だったんだけど。

 ジュジュが言うには、そいつの名前は『クラウザー』って言って、多分『最強』のプレイヤーなんだってさ。だから、無理して関わるなって……いや、納得できないっつーの!」

”ジュ……ッ!?”


 ジュジュと美鈴が小声でなにやら言い争いを始めてしまう。

 頃合を見てなだめておこう、と思いつつ私は別のことを考える。

 『最強』のプレイヤー……これは一体どういうことだろうか、と。


「ラビさん、この『ゲーム』って……何なんだろう、ね」


 二人の言い争いを横目に、ありすが私に話しかける。

 ありすも『ゲーム』について疑問は抱いているらしい。

 ただ、彼女の場合、これがただモンスターを倒す『ゲーム』であれば特に気にも留めなかったに違いない。実際、今まで口には出さなかったし、特に疑問に思っている様子もなかった。

 しかし、今のジュジュの言葉は違った。

 ジュジュたちと出会ったことで――いや、それよりももっと前の協力プレイが可能になった時からわかっていたことだが、この『ゲーム』には私たち以外にも複数の参加者がいる。それはこの際いいとして――

 そのプレイヤー間で『最強』というがある理由がわからない。例えば、この『ゲーム』に一番近い形態の普通のゲームとして、この世界にはドラゴンハンター、通称『ドラハン』――私の世界でいうモンスターをハントするアレだ――なんかがあるが、あのゲームで『最強』と呼べるようなプレイヤーはいないだろう。タイムアタックで全世界一位、とか初期装備でクリアとかが出来たとして、『最強』かと言われると……違うような気がする。

 ましてやこの『ゲーム』において、実際に戦っているのはユニットの方である。『最強のユニット』というのなら話はわかるのだが、『最強のプレイヤー』とは一体……。

 と考えると、『最強のプレイヤー』とは、この『ゲーム』の『目的』にかかっているのではないかと思えるのだ。

 つまり――


”この『ゲーム』の目的は、退――”

「ん……」


 モンスター討伐はいわば小目的に過ぎないのだろう。大目的――この『ゲーム』の本質にかかる何かがあるからこそ、その『クラウザー』とやらは『最強』のプレイヤーと呼ばれるのだと推測できる。

 じゃあ、それが何かと言われると……全く見当もつかない。


「あ、ごめん。ジュジュと喧嘩してて」


 私たちを放置してジュジュとやり合っていた美鈴がこちらへと向き直る。

 宥める必要もなく、決着はついたのだろうか。


「まー、とりあえず、その『クラウザー』ってやつが危険だからあまり関わるなってことをジュジュは言いたいみたい。

 悔しいけど、あいつのユニットの子を助けたりはまだ無理みたい」


 本当に悔しそうに美鈴が言う。

 きっと彼女は真直ぐで、この『ゲーム』の本当の目的に関わらずに楽しんでいるのだろう。

 だからこそ、ユニットをぞんざいに扱うクラウザーのことが許せないのだと思う。


”わかった。私たちもクラウザーとやらには気をつける。後、もし出来そうなら、そいつのユニットの子のことも考えてみるよ”


 現状、何も出来ないことには変わりない。そう言っておくのが精一杯だ。

 もしも機会が巡ってくるのであれば――その時はクラウザーのユニットのことも考えよう。




 ――後々振り返ってみると、美鈴と出会って間接的に話を聞いたこの時から、私たちとクラウザーとの長い戦いは始まっていたのだろう。

 だが、私たちとクラウザーが出会い、そして実際に争うことになるのはもう少し先の話になる――




「んー……ラビさん、ジュジュ、一体どこから来たの?」


 ありすがいきなり核心を突く。

 中々答えにくい質問だが、私としてはこの場で言ってしまってもいいかと思えてきた。

 問題はジュジュの方だ。美鈴が『ゲーム』に参加する経緯を聞いて思ったが、おそらくジュジュは私とは違うのだろう。本当に巻き込まれただけの私と違い、ジュジュの方はより核心に近い位置にいるのだと思える。それはクラウザーの件についての意見からしてそうだ。


”信じてもらえるかわからないけど……”


 と前置きをしてから私は続ける。


”私はこことよく似た別の世界――そこで一度死んで、それから今の姿に生まれ変わったんだ”


 先ほどの『ゲーム』参加の経緯の話をした時には省いた点はここしかない。

 私の言葉にありすはいつも通りの表情で、


「そうなんだ」


 とだけ返す。……いや、予想通りの反応だけどね?

 対して美鈴は驚いたような表情で返す。


「へぇ~。異世界から生まれ変わった、かー……まぁ、あんな超常現象物の『ゲーム』があるんだし、そういうこともあるんだなーって感じだな。

 ね、自称『魔法の国からやってきた』ジュジュさん?」


 今度は意地悪そうに笑いジュジュへと語りかける。

 言われたジュジュは無反応だ。

 ……そうか、ジュジュはそういう風に説明してたのか……美鈴もそれで納得していたわけではないだろうが、深く追求してこなかったというところか。


”……ジュ、ジュジュ、ジュ”

「え、なにそれ?」


 美鈴が怪訝そうにジュジュに尋ねるが、返答はなし。

 戸惑いつつもその言葉を私たちに伝える。


「えーっと、ラビにだって。『アストラエア』は元気か、って」

”……? いや、何のことを言っているのかわからないけど……”


 『アストラエア』とは、誰かの名前のことだろうか。

 どこかの神話か何かでそんな名前の神様がいたような気もするが、その手の知識はあまりないのでわからない。

 どちらにしても、私に『元気か?』と尋ねるということは実在の人物なのだろう。

 本名なのかペンネーム――この場合はコードネーム、だろうか、その辺りだとは思うが、生憎と心当たりはない。


”ジュッ”


 私の返答にジュジュがおそらくは驚きの声をあげ、


”……ジュジュ”


 何事か呟く。


「――ラビは、『イレギュラー』だ、だって」


 イレギュラー……?


”ジュジュジュ、ジュ、ジュジュ、ジュ……”


 更にジュジュが言葉を続ける。

 こんなにも饒舌なジュジュは初めて見た。

 いや、まぁ知り合ってそんな間もないけどさ……。

 いつもは一言二言をたまに話すくらいなのだが――それも美鈴以外に言葉が通じないから口数が少ないだけなのかもしれないが。


「これあたしにも言ってる?

 えーっと、色々と疑問に思っていることもあるだろうが、『ゲーム』について、それにジュジュ自身については説明することが出来ない。リスポーン不可になっても記憶を失うということはあるが、生命の危機はないという言葉にウソはない。『ゲーム』の操作方法とかについては教えてあげられることは出来るが、それ以外については出来ない、だって」


 なるほど、説明、ね……。

 色々と胡散臭いことはあるが、この『ゲーム』の運営にとって、目的とか諸々の説明をユニットを含めて『この世界の人間』にすることはタブーだということか。

 そして、それはプレイヤー側とは言っても、ほとんどこの世界の人間側と言える私も同じということなのだろう。


”いや、説明できないことは仕方ない。ありすたちに危険がないというのであれば、私はそれでいいよ”

「ん、ラビさん……?」


 問いかけたそうなありすを視線で諌める。ありすも微妙に納得がいってなさそうだが、それ以上の追求はしない。

 ジュジュは説明できないと言っているが、その言葉だけでわかったこともある。

 ――ジュジュ、というか私以外のプレイヤーは、『運営側』ないしは『運営寄り』の存在である、ということだ。

 この『ゲーム』の運営がこの世界を裏で牛耳る超技術の持ち主なのか、宇宙人なのか、はたまた私ともまた異なる世界の存在なのかはわからないが、私以外のプレイヤーは皆そちら側の住人なのだろう。

 彼らが積極的にこちらに危害を加えるつもりであるとは思わないが……このクソゲー側の存在だということは、油断はしない方がいいということだ。


”でも、『ゲーム』の操作とかについて教えてくれるというのは嬉しい。正直、マニュアルも読めない箇所多いし、ご存知の通りマイルームの設定とか色々知らないことあるしね”


 これは本音だ。私たちが最終的にどうするかということに関わらず、『ゲーム』には参加し続けるしかない。そうしないと、『ゲーム』の『目的』にも近づけないだろうし。

 ……いや、まぁ『ゲーム』をしないとありすの機嫌が急降下するという事情もあるんだけど。


”ジュ”

「それは構わない。答えられる範囲でなら、だって」


 全幅の信頼を置くことは出来ないが、信用はしてもいいだろう。

 これからもわからないことがあったらどんどん質問しようと決める。生命の危機はないとは言っても、『ゲーム』内で受ける痛みは本物だ。ありすに降りかかる危険は少しでも下げたい。そのためなら、初心者丸出しの質問をすることは恥ずかしいことでもなんでもない。


「まー、色々とジュジュは胡散臭いけど、そんな悪いやつじゃないから許してやってよ」

”ジュ!?”


 ジュジュのおそらくは抗議の声は黙殺した。

 『ゲーム』の『目的』はこのまま続けていけばいずれわかるだろう。どんな『ゲーム』にだっていつかは終わり――エンディングがあるのだから。


「でさ、本題入っていい? ありすと会ったら決めようと思ってたことがあるんだ」

「ん?」


 未だかつてない意気込みを感じる。

 美鈴にとって『ゲーム』に纏わる謎よりも優先されるような話題がある、ということか。


「あのさ――変身する時の掛け声決めね?」


 ――うん、そういう子だって、何となくわかってきた。


「ん!」


 ありすも同意、と言わんばかりに首を縦に振る。いや、完全に同意している。

 そうだね、ありすも美鈴も『ゲーム』好きだもんね。仕方ないね。




 『ゲーム』を楽しもうとする少女二人のあーでもないこーでもないという議論を横で聞きつつ私は思う。

 難しいことや胡散臭い謎に挑むのは、大人の私だけでいい。二人には危険が及ばない限りは、純粋に『ゲーム』を楽しんでもらう方がいいと。

 かくして、二時間にも及ぶ議論を費やし、二人の変身時の掛け声が決まったのであった。

 その後は持ってきたゲーム機で『ドラハン』を協力プレイして遊び、最後に一応『ドラハン』でも二人はフレンド登録をしあって別れた。

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