第1章15話 侵蝕 5. 清らかな聖鈴
* * * * *
”アリス!”
ホーリー・ベルと共にアリスの元へとやってきた時、実際に減少している体力ゲージの量はともかく、見た目だけなら瀕死の重傷に見えた。
まぁ、実際の体力ゲージも6割以上削れているというかつてない程の大ダメージだったが。
体力回復アイテム『グミ』を使おうとするが、未だアリスは敵に腹部を貫かれて地面に縫い付けられている状態だ。このまま回復して、果たして効果があるのか……?
「ウサギさん、まだあたしから離れないで!」
思わず駆け出そうとした私の気配を察したのであろう、ホーリー・ベルが言う。
ちなみに、今私はいつもアリスにしているのと同じように、ホーリー・ベルの肩にマフラーのように耳を巻きつけて体を固定している。
……どうでもいいが、彼女も私のことは『ウサギ』で認識しているのか……いや、今はそんな場合じゃない!
「まず、あの子を助けないと!」
言うなりホーリー・ベルは彼女の
アリスと全く異なる機能の魔法とは――
「エクスチェンジ――《
魔法の発動と共に、彼女の身を包む『炎のドレス』が一瞬にして消失し、変わりに漆黒の金属質のパーツへと変化する。胴体を包む水着のような部分は変わらず、手足を覆う部分やケープ、更に服の縁部分が鋭い金属質のパーツへと変わる。
「ロード――《ドゥーベ》!」
敵に向かって突進しながら、続いて魔法を発動させる。彼女の右腕の手首から先が二回り程大きい『怪物の手』へと変貌する。鋭い爪の生えたその腕で、アリスを押さえつける敵を薙ぎ払う。
だが敵もそう簡単には引かない。アリスを解放することなく、足をとどめたまま両腕の鎌を振るってホーリー・ベルを迎え撃つ。
……しかし、それはあまりに無謀であった。
「cl《
ホーリー・ベルの突然の登場に戸惑いはしたものの、すぐに私がいることに気付いたアリス。ホーリー・ベルが自分の援軍だと理解したのだろう、ホーリー・ベルの攻撃を迎え撃とうとしたカマキリに対して、足元からの《剣雨》を至近距離から叩きつける。
ギィ、と金属がこすれるような悲鳴を上げてカマキリが後ろへとのけぞる。
その隙にホーリー・ベルが懐へと飛び込み、アリスを貼り付けにしている脚を掴んで――
「うぅぅぅぅぅ、りゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
思いっきり引っこ抜くと共に巨体を投げ飛ばす!
呆れたパワーだ……これが、彼女の魔法の効果の一つである。
”今だ、アリス、回復を!”
ホーリー・ベルの肩から降りて未だ横たわるアリスの口へと体力回復のグミを放り込む。
「う、ぐ……」
”……くっ、体力ゲージは回復しているが……!”
悪い予想が当たってしまった。
グミによってアリスの体力ゲージは上限まで戻ったものの、肉体の損傷が治っていない。貫かれた腹部はそのままだし、痛みも残っているようだ。
……傷と体力ゲージはどうも連動していないようだ。となると、グミを幾ら持っていても致命傷を負ってしまうと何も出来なくなってしまうということなのでは……?
……本当に、あきれ果てるほどのクソゲーだな!
「ちょっとだけ待ってて!」
と、傷が治っていないことをちらりと横目で確認したホーリー・ベルが言う。
投げ飛ばしたカマキリは既に起き上がり、こちらへと襲いかかろうと様子を窺っている。
「ぐぅっ……何かあるなら、早くしろ……! オレが時間を稼いでやる!」
「えっ、ちょっ!?」
ホーリー・ベルが何をしようとしているのかはわからないが、数秒時間を稼げば何か『良いこと』が起こるのだろうと、アリスが立ち上がる。
――内臓が零れ落ちる、ということはなかったが、腹からも口からも血を撒き散らし、満身創痍でありながらも。激痛に耐えながらも魔法を行使する。
「cl《
アリスたちと敵の間に巨大な氷の壁が現れる。《巨大化》された氷の壁は厚さもかなりあり、強引に破壊して突破するのは難しい。
ほんの数秒、カマキリが回りこんでくるまでの間だが、時間稼ぎが出来た。
「エクスチェンジ――《
血まみれのアリスが動くのに戸惑うのは一瞬だけ。ホーリー・ベルもアリスとほぼ同時に新しい魔法を使う。
冷たい金属質の衣装が一転、今度はひらひらとした白衣――看護師の制服と医者の着るような白衣を足して割ったような衣装へと変わる。
「オペレーション――《ヒール》!」
ホーリー・ベルの両手から暖かい、白い光の粒子があふれ出す。
その光の粒子は敵ではなくアリスへと向かい――
「お、おお?」
光がアリスを包み込むと共に、腹部の傷がまるで何事もなかったかのように消失する。
《ヒール》――つまり、いわゆる『回復魔法』ということなのか。体力ゲージは既に満タンだったのでそちらまで回復するかはわからないが、グミでは癒せなかった肉体の損傷を跡形もなく癒せるとは……。
「凄いな、貴様」
いつもの好戦的な笑みではない、にっこりと微笑んでアリスはホーリー・ベルを褒め称える。
「さて――使い魔殿、それと、ホーリー・ベル? だったな。色々と話したいことはあるが――」
「ええ、そうね。まずは――」
アリスが『槍』を構え、ホーリー・ベルが再び衣装を《鉄装》へと戻す。
「「あいつを倒す!!」」
* * * * *
戦場を照らす明かりは、私たちが来る前に戦ってたアリスがばら撒いていた魔法の光がある。その上、今はホーリー・ベルが降りてきた穴からも外の光が降り注いでいる。
つまり視界は十分ある。大きく動くにはややスペースが不足しているが、視界さえ確保できていれば戦うことは出来る。
「貴様、前に出るのと後ろから撃つの、どっちが得意だ?」
「んー、どっちかというと……後ろから、かな」
アリスの質問にホーリー・ベルは答える。要するに、遠距離攻撃や後方支援が得意、ということだろう。
「よし、ならオレが前へ出る。そっちは後ろから適当にやれ!」
言うなり、《跳脚甲》を脚に纏い『槍』に電撃を纏わせて敵――アラクニドへと向けて突撃する。
細かい作戦の打ち合わせなど当然していないが、あのアリスの言葉で十分伝わるだろう。
宣言通り、アリスは雷の槍を手にアラクニドへと肉薄し接近戦を仕掛ける。
電撃を纏った槍は掠っただけでもそれなりのダメージを与えられる――が、敵は両腕の鎌だけではなく八本の脚全てが鋭い槍となっている。本気で真正面から切り結ぼうとすると、敵の方が圧倒的に手数が多い。
「ふん、貴様の動きはもう見飽きたわ!」
だが手数の不利を物ともせず、アリスは巧みな槍捌きで鎌を弾き、脚をかいくぐり、腹下へと潜り込む。
「魔力や体力の残量を気にしないで済むというのは、やはりいいものだな」
”……これで、私との連携の大切さ、少しはわかってくれた?”
ステータスを上げることも重要だが、補助系の機能の重要性もわかってくれるといいのだが……。
「ふふん!」
私の言葉への答えなのかどうなのか全くわからないが、上機嫌に笑うと『槍』を『鎌』へと変形、更に『鎌』に《
「回復が出来るのなら、貴様に負ける要素など何一つとしてないわ!!」
腹の下から敵の八本の脚を大鎌で一気に薙ぎ払う。
もぐりこまれた時点で敵も逃げようとしていたのだが間に合わない――二本の脚が、龍の甲殻すら切り裂く鎌によってあっさりと切断される。
間髪いれずに残りの脚も切り裂こうとするが、逃げようとしていた敵がバランスを崩しアリスの上へと覆いかぶさるように崩れ落ちる。
「うげっ!?」
押しつぶされそうになり慌てて《跳脚甲》の力で地面を蹴り距離を取る。
腹下を抜けて、丁度アラクニドを中心にホーリー・ベルとアリスで取り囲んだ形になった。
「エクスチェンジ――《
ホーリー・ベルが魔法を使う。
鋼鉄の輝きを持つ衣装が今度はまるで炎のように赤く――実際に裾や襟等、服の一部が『炎』と化している――燃え盛る衣装へと変わる。
その手には先ほどまで装着していた巨大な手甲ではなく、炎で形作られたかのような真紅の弓が握られている。
「いくよっ!!」
番えられた矢もまた、先端が炎で形作られている。
「オペレーション――《ファイアボルト》!!」
発射された矢が魔法により巨大化、炎の矢――どころか炎の槍となってアラクニドへと突き刺さる。
それが二発、三発と連続で向かってくる。
両腕の鎌で迎撃するも、
「ふん、二人掛かりなら、思った以上に大したことないな」
背後からはアリスが大鎌を振るって襲い掛かる。
如何に手数が多いとはいっても、前後から同時に襲い掛かられては対処しきれるものではない。
私たちが駆けつけた時には今にもアリスはやられそうであったが、今や完全に状況は逆転している。もはや、勝敗は明らかだ。
「md《
アリスが武器を『鞭』へと変える。付与する属性は『硬化』――つまり、
「ext《
残った脚と胴体を縛り付ける鞭、その硬さが強化され、そうそう簡単には振り解けない拘束と化す。
それでも体格差は如何ともしがたい。アラクニドがなりふり構わず地面を転がって鞭から抜け出そうとする――よりも早くアリスが次の魔法を唱える。
「md《
脚甲を変化、地面へと食い込む『碇』として身体を固定させる。勿論それだけでは敵の巨体を抑えられない。今まで気付かなかったが、既にアリスの両腕には腕力強化の魔法である《
「ぬ、おおおおっ!!」
暴れるアラクニドを強引に力で抑え込もうとする。《剛力帯》だけでは巨体に振り回されて終わりだったろうが、がっしりと地面に食い込んだ《碇脚甲》で無理矢理固定して堪えている。
……とはいえ、いつまでも拮抗できるわけがない。魔法によって腕力を強化したりしても、アリス自身の体力が変わっていないのだ。あっという間に疲労で全身の筋肉が悲鳴を上げるであろう。
一人であったなら、ここからやれることはなく、ただの時間稼ぎにしかならなかったが……。
「オペレーション《ファイアボルト》!!」
縛り付けられた巨体に何本もの炎の矢が突き刺さる。
遠距離からの攻撃が得意と自称するだけあり、ホーリー・ベルの遠距離魔法は実に強力だ。アリスの魔法とは異なり、直接『炎』等の力を攻撃に使うことのできる魔法のようだ。
道中に簡単に説明を聞いただけだが、ホーリー・ベルの魔法はアリス同様、3種類ある。
1つは今使っている《ファイアボルト》のような、いわゆる『
これら3つの魔法は互いに連動し合っているのが、彼女の魔法の特徴でもあると言える。実質的には、3つ合わせて1つの魔法なのだろう。尤も、それはアリスの魔法にもほぼ同じことが言えるのだが。
「いいぞ、そのままやれ!」
アリスがそう叫ぶのとほぼ同時に、ホーリー・ベルが次の矢を放つ。
逃げることも出来ず、アラクニドに何本もの炎の矢が突き刺さる。
「もうちょっと、威力が足りないか……なら、ロード――《メラク》!!」
弓を消し、新しい武具を召喚。今度は長柄の武器――鋭い『槍』へと持ち換える。
槍の先端が衣装の属性『炎』を纏う。
「オペレーション《フレイムスピア》!!」
空中に巨大な槍――アラクニドの上半身に匹敵するくらい巨大な炎の塊が出現する。
「上手く避けて!」
「お、おうっ!?」
流石に攻撃範囲が広すぎる!
そのまま撃てばアリスさえも巻き添えにしかねない。ホーリー・ベルの警告にアリスは頷く。
「いけぇっ!!」
飛んで来る巨大な炎の塊から逃れようとするが、ギリギリまでアリスが押さえつける。
そして命中する瞬間――
「cl《
鞭はそのままに脚甲だけを機動力重視の《跳脚甲》へと変化させ離脱、巨大な炎の槍をかわす――そして、アリスと入れ替わりに飛来した炎槍がアラクニドの上半身を焼き焦がす。
表現しようのない強烈な悪臭が立ちこめ、金切り声を上げてアラクニドが転げまわる。
炎が周囲に張り巡らされた糸へと燃え移り、部屋の中が一気に火炎地獄と化す。
「くっ、またか!?」
――アリスが忌々しそうに舌打ちをする。きっと、私たちが来る前に炎を使って同じような目にあったのだろう。周囲一帯を覆う火炎……確かにアリス一人でどうにかするには難しい状況だ。
けれども、今はアリスだけではない。
「エクスチェンジ――《
ホーリー・ベルが再度衣装を変換する。淡い緑を基調とした、まるで妖精を思わせる衣装だ。背には翼が生えている。
この衣装が持つ属性は――
「オペレーション《トルネード》!!」
私と最初に出会った時にも使っていた衣装である。背中の翼から想像できる通り、飛行能力とそれを実現するための『風』属性を持っている。
ホーリー・ベルの放った風の魔法が、アラクニドの周囲を取り囲むように風の壁を発生させる。
炎は消えてはいないが、アラクニドの周囲だけ炎がない状態になった。
「今よ!」
炎の槍によって大ダメージを受けて動きが大分鈍っている。ここで逃げられたり手下の子蜘蛛を呼ばれたら厄介だ――部屋の入り口を塞いでいるから邪魔は入っていないが、私のレーダーが周囲に無数の敵の反応を捉えているままだ。
いかに二人が強いとはいえ、数の差が大きすぎる。子蜘蛛が来る前に決着をつけたい。
”アリス、頭を潰すんだ!”
「おうっ!」
手足を切ってもそう簡単には死なない。確実にアラクニドの息の根を止めるには、頭を潰すのが確実だ。まぁ、虫だし、頭を潰してもしばらくは生きているかもしれないが……。
「md《
巨大なハンマーを振りかざし、それを一気にアラクニドの頭目掛けて振り下ろす。
――ぐちゃり、と嫌な音を立て、汚い体液を撒き散らし、アラクニドの頭部がハンマーに文字通り叩き潰される。
頭部を潰されて尚、腕や脚はかさかさと動いていたが……数秒後にはそれも停止した。
「う、げぇ、気持ち悪い……」
虫の頭を叩き潰した手ごたえと、ハンマーに着いた体液に心底嫌そうにアリスは顔を歪める。
”……あ、クエストクリアみたい”
視界の隅に、クエストクリアを知らせるポップアップが上がっていた。
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