第1章14話 侵蝕 4. 不屈の魔法少女

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 糸に燃え移った炎もアリスが魔法を解除すると共に消える。

 火だるまになることこそ免れたものの……。


(くっ……しかし、これでまたやり直しだ……!)


 状況は全く良くなっていない。多少のダメージを与えることは出来ただろうが、アラクニドを倒すには全く至らない。その上、アリスは魔力をそれなりに消費してしまっている。

 何をすれば倒せるのか、何が有効なのか。すぐに考えをめぐらせる。

 ――徐々に追い詰められていく感じが拭えず焦りがあったのだろう。次の手を考えるのではなく動く方が先であった。

 火が消えると同時にアラクニドはまるでそれを待っていたかのように動く。尾部をアリスの方へと向けつつ転がりながら『糸』を放出する。


「!? しまった――」


 まず左腕に糸が絡みつく。気付いたアリスがすぐに右手の鎌で糸を切ろうとするが、今度は鎌へと糸が巻きつく。


「くっ、うおっ!?」


 反撃をしようとする前に転がるアラクニドに引きずられてバランスを崩し、転倒してしまう。

 更に糸が降り注ぎ、両腕どころか上半身をぐるぐる巻きにされて完全に動きを封じられてしまった。


「こ、のぉぉぉぉっ!!」


 《剛力帯》はまだ有効だ。強化した腕力で糸を引き千切ろうと力を込めようとするが、アラクニドは大きく尾部を振り回しまるで分銅のようにアリスの身体を糸で振り回す!


「がっ!?」


 両足で踏ん張って耐えることもできず、為すすべもなく振り回され壁へと叩きつけられる。

 上半身の動きが封じられており受身すら取ることが出来ない。


(《跳脚甲》ではなく、《天脚甲》に変えて――いや、ダメだ!)


 対策を考えようとするが、壁へと何度も叩きつけられる衝撃で冷静な思考が出来ない。

 ……今までの戦いでアリスはダメージと言えるような手傷を負ったことがなかった。それはアリスが相手よりも遥かに強いというのが理由の一つではあるが、そもそも冷静な思考と動きで『攻撃を食らわないようにしていた』ということが大きい。

 本人は意識していなかったであろうが、戦闘中に初めて負った大きなダメージに加え、追い詰められかけている状況が、『焦り』を産んでいるのだ。そしてその焦りによって普段通りの思考が出来なくなって来ている。


 ――焦りが思考を鈍らせ、更なるダメージを受け、そしてまた焦る――完全な負の連鎖にアリスは陥っている。


「ぐっ……md《スパイク》、ab《重化ヘヴィネス》――ext《碇脚甲アンカーボルト》!!」


 三度、壁に叩きつけられたところでアリスは脚部に対して新しい魔法を上書きする。

 靴底が鋭い釘に変化、四度目に壁に叩きつけられる瞬間に身体を捻って足で壁を蹴る。釘が壁へと突き刺さると共に《重化》によって更に深く食い込む。


「くっ、これで……」


 五度、更にアリスを振り回そうとしたアラクニドだったが、思わぬ抵抗に動きを止める。が、如何に釘で地面に固定しようとしても、アラクニドのパワーを覆すことは出来ない。一瞬振り回す動きを阻害することくらいしかできない。

 その一瞬の時間をアリスは逃さない。


「はぁっ!!」


 壁に固定した瞬間に両腕の力を込めてまきつく糸を強引に引き千切り、振り回しから脱出する。

 更なる力を込めてアリスを叩きつけようとしたアラクニドは、すっぽ抜けた勢いでバランスを崩し転倒してしまう。


「でやぁぁぁぁぁっ!!」


 逃げる、という選択肢はなかった。この好機を逃すまいとアリスは炎の鎌を構えなおしてアラクニドへと切りかかる。


 ――やはり、『焦り』が彼女の思考を鈍らせていたことに本人は気付けていなかった。


「――……あ……?」


 最初、自分の身に何が起きたかをアリスは理解できなかった。

 鎌を振り上げ、転倒したアラクニドへと切りかかったはずが、前へと進めなくなっている。


「がっ、ぐあああああっ!?」


 前へ進めなくなった理由は簡単だった。転んだはずのアラクニドの前脚が――先端が槍のように鋭く尖った脚が伸び、突進するアリスの腹部を貫いていたからだ。

 その事実を認識した途端、今まで感じたことのない激痛がアリスを襲う。

 腹部を貫かれたまま悲鳴を上げるアリス。

 起き上がったアラクニドはそのまま前脚でアリスを地面へと、まるで昆虫採集の標本のように縫い付ける。


「うぐ、ぐぅ……!?」


 地面に仰向けに縫い付けられた体勢で完全に動きを封じられてしまった。この状態から抜け出すには、突き刺さっている脚を切断するなりしなければならない。脚甲を魔法で変化させたところでどうにかなるような状態ではない。

 致命傷のように思えるが、まだ身体は十分に動く――怪我の深さはともかく、『ゲーム』的にはまだ体力に余裕があるということなのか……あるいは、体力がほぼなくなりかけていても攻撃力等に変化はないということなのだろうか。

 どちらにしても、身体は動かせるという点はアリスにとっては良い点である。まともな思考力を奪う激痛が付きまとうのだけはどうにかして欲しいと思いもするのだが。


「md《スピア》!!」


 鎌を槍へと変化させる。冷静な思考は止むことのない痛みによって奪われたままではあるが、アリスの『本能』が彼女を突き動かす。

 今必要なのは腹部を貫く脚をどうにかすること――ではない。


「mk《ウォール》!」


 すぐさま防御壁を作り出す。理由は簡単。縫い付けられ逃げることのできないアリスに向けて、更にアラクニドは脚を突き立て、両腕の鎌で首を切り落とそうとしてくるからだ。

 絶望的な状況であるがアリスは諦めない。ひたすら槍で脚を弾き、壁で守る。

 アラクニドが攻撃しようと動くたびに貫いている脚が傷口を抉り、内臓を滅茶苦茶にされる痛みが走るが、悲鳴を上げることはもうしない。痛みを感じてないわけではない。痛みよりも『闘争心』が勝っているのだ。


(まだだ……こんなことで死んでたまるか……!!)


 ここで一度敵にやられれば『リスポーン』出来る。アリスがリスポーン可能な状態になれば、離れていてもきっとラビには伝わるだろう。それでリスポーンしてもらえれば、おそらくはラビの近くでリスポーンできるはずだ――今までリスポーンしたことがないので憶測に過ぎないが。

 仮にラビの近くではない場所であったとしても、リスポーンすれば今の状況からは脱出できる。腹部の気が狂いそうな激痛からも解放され体力・魔力も最大値まで回復するだろう……そうでなければリスポーンの意味がない。

 しかし、アリスはその選択を拒否する。拒否するが故に、虫のように無様に縫いとめられ、体力・魔力を削られつつの防戦をし続ける。

 ラビが言っていたように二回目以降のリスポーン時に支払うであろう代償を恐れたのもある。

 あるのだが――


「――舐めるなよ……!! このオレが、こんなところで負けてたまるか……!!」


 根底にあるのは、やはり『闘争心』である。

 『ゲーム』を開始してまだわずかな期間だ。つまりは、今はまだまだ『序盤』である、とアリスは思う。序盤であるならば――今相手にしているモンスターは基本的には『雑魚』である、と更にアリスは考える。

 そんな雑魚相手にリスポーンをすることを良しとはしない。もとい、誰が相手であろうと『一度死んでからやり直し』等ということは考えられない。

 アリス、いや恋墨ありすは、この『ゲーム』に嵌っており、そして何よりも非常に好戦的で勝利に貪欲な少女なのである。


「ab《サンダー》、ab《拡散スプレッド》――ext《雷光閃ライトニングブラスト》!」


 防戦しつつ、相手の攻撃の隙を突いて槍から雷撃を放つ。勿論これだけではどうにもならないのはわかっている、ほぼ目くらましにすぎない。

 雷撃を放つと共に自らを縫いとめる脚へと槍を突きたて、更に、


「cl《剣雨》!!」


 火龍に通じなかったことを反省し、ただの《ソード》ではなく《鋭化キーンエッジ》を付け足した強化剣雨を放つ。全弾命中させる必要はない、手傷を負わせたり後ろに引かせたりするだけでよいのだ。

 至近距離からの甲殻を貫く無数の『剣』を受け、流石のアラクニドが揺らぐ。それでもアリスを逃がすまいと貫く脚だけは引き抜こうとしない。


「くかかっ……敵ながら、天晴れ……っ!」


 口から血を吐き出しながらアリスは壮絶に笑う。

 《剣雨》の刃のうち幾つかはアラクニドの甲殻を貫いているが、大半は掠る程度かあるいは両腕の鎌によって弾かれてしまっている。

 突き刺さった剣に怯むことなく、アリスを貼り付けにしたまま《剣雨》を捌ききったことに対し、アリスは素直に賞賛する。もっとも、『雑魚のくせにやるではないか』という意味合いではあるのだが。


「――が、まだ終わってない!!」


 それでも尚アリスは諦めない。今の《剣雨》でかなりの魔力を消費し、もう防御壁で攻撃をガードできる回数も少ない。ほぼ反撃の手はなくなったといえども、大人しくやられるつもりは毛頭ないのだ。

 槍一本で攻撃をいなし、隙を突いて脚を抜くことが出来れば――あるいは残った魔力で攻撃をすることが出来れば――

 闘争心の塊ともいうべき少女は、血反吐を撒き散らしながらも戦い続ける。




 ――轟音が、鳴り響く。




「……は?」


 予想外の事態に思わず呆けた声をアリスは上げる。

 そして、声を上げずとも同じく予想外の事態であったのだろう、アラクニドも戸惑うように轟音の方向へと意識を向ける。

 洞窟の天井の一角が崩れ落ち、土煙を上げている……その崩れ落ちた穴は外へと続いているのであろう、一筋の光が洞窟内へと差し込んでいた。

 その穴から、一人の少女が舞い降りた。


「……」


 そう、『少女』である。

 中学生くらいであろうか、整っているが未だ幼さの残るあどけない顔立ち、わずかな日の光を受けキラキラと輝く見事な銀色の髪を二つ括り――いわゆる『ツインテール』というものだ――にした少女である。

 人間離れした美貌も、鮮やかな銀髪も目を引くが、それ以上に注目されるのが身に纏った服である。

 肉付きの未だ薄い、スリムな肢体を覆う水着のような服をベースに、肩回りを覆うケープ、二の腕まで覆うグローブ、太ももまで覆うオーバーニーソックスとブーツ、腰回りを覆うひらひらのスカート――いずれもフリルにキラキラとしたスパンコールがついた、一般的には『可愛らしい』と言えるであろう衣装である――若干装飾過多であるともいえるが。

 何よりも特徴的なのは――そのいずれもが、『赤く燃え盛る炎』で出来上がっているということだ。

 アラクニドから少し離れた位置に着地した少女は、慎ましやかな胸を堂々と張り、『ポーズ』を決めつつ叫ぶ。


「闇夜に響く聖なる鐘の音――魔法少女ホーリー・ベル、参☆上♪」


 自ら『魔法少女』を名乗る少女は、『ばきゅーん♪』と言わんばかりにさらにポーズを決めつつ、可愛らしくウィンクをする。


「さぁ、あなたの罪を浄化してあげるわ!」


 炎のドレスを身に纏った少女はそう言った。




 これが、アリスの運命を大きく変えることとなる『魔法少女ホーリー・ベル』との出会いだった。

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