第1章12話 侵蝕 2. 絶望の墓窟

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――ありすが辿り着いた先は、何も見えない『暗闇』の中であった。


「……ラビさん?」


 一瞬だけ戸惑うがすぐに状況を把握する。

 ここはいつもの開けたフィールドではなく、何かの内側――回りが土壁のようなのでおそらくは『洞窟』の内部なのだ。天然の洞窟なのか、それともモンスターの作った巣穴なのかはわからないが、どちらにしろ明かりなどという気の利いたものはない。

 だがおかしい。一緒にクエストにやってきたはずのラビの姿がないし、呼びかけても返事がない。


「変……身!」


 ともあれいつ敵に襲われるかわからないままじっとしていても仕方ない。

 ありすはすぐさまアリスへと変身する。


「ふむ……仕方ないか、md《灯明トーチ》」


 左手の指に嵌めている指輪の一つを明かりへと変化させる。

 敵に襲われやすくなる可能性が上がるが、他に光源もなくアリス自身も『暗視』能力等を持っていないため、真っ暗闇で行動するよりはマシと判断したのだ。

 魔法の光に照らされ、アリスは自分のいる場所がどういう場所か、よく見えるようになった。


「これは……やはり洞窟、か」


 岩と土で出来た、イメージしやすい『洞窟』である。

 縦横は学校の廊下と同じくらいだろう、それほど圧迫感があるわけではないが、かといっていつもの広いフィールドと違って自由自在に動けるほどの広さはない。


「こういうフィールドも想定しておくべきだった、か」


 大型のモンスターと広いフィールドで戦うことばかりだったので、てっきり『広大なフィールド』での戦いが主になると思っていたが、今回の洞窟のような狭い場所もあるということをアリスは全く想定していなかった。

 加えて、視界の利かない場所もあるとは思っていなかった。

 これが本当の意味でのゲームであれば、洞窟の中だとしても問題なく周囲が見えるし、外で戦うのと同じように動くことができるだろう。

 しかし、この『ゲーム』ではそういうところについては『ゲーム的な処理』をしてはくれないようだ。

 洞窟内部であれば光が届かない範囲では真っ暗闇だし、狭い通路では《天脚甲》を使って縦横無尽に動き回ることは出来ない。


(……ともかく、まずは使い魔殿と合流しないと、な。しっかし、まさか分断された状況から始まるとは思わなかったぜ)


 一緒にクエストへと出発したはずだがラビの姿はやはり見えない。

 別々の場所からマイルームへとやってきたことが原因なのか、それとも他に理由があるのかは定かではない。アリスも考えてもわかるわけがない、と今はラビが近くにいないという事実だけを受け止める。

 まずは合流を目指すべきだとアリスは判断する。

 場合によっては合流よりも戦闘を優先するかとも考えたが、真っ暗闇の洞窟が主な舞台となっている現状では、ラビの索敵能力がなければ辛い戦いとなるだろう。

 もっとも、ラビと合流しようにもラビの位置がわからないという問題があるが……。


(こちらからはともかく、あちらからは位置がわかるはず――下手に動かない方が得策、か……?)


 アリスからはラビの位置は全くわからないが、ラビの方からはレーダーによって大体の位置がわかるようになっている。となると、動き回ってしまってラビが追いつけなくなってしまうより、ラビがやってくるまで待つというのも一つの手である――迷子が中々見つけられないのと同じ理屈だ。


「――っと、大人しく待っているわけにもいかない、か」


 ぎちぎち、と不気味な音が前後から近づいてくる。間違いなく敵だろう。


「mk《スフィア》、ab《浮遊フロート》、ab《光明ライト》、mp」


 指輪の明かり一つでは戦闘するには光源が足りないと判断したアリスは、浮遊する魔法の光を二つ生み出し、それぞれ通路の前後に放る。


「……うえぇっ」


 まだ少し距離があるが、やってくるものの正体が見えた。

 それは、人間の腰ほどの高さまでの大きさの、巨大な『蜘蛛』型のモンスターであった。

 数は前方から見える範囲で5匹、後方からも同じく5匹。


「敵の方から襲ってくるのでは致し方ない、な」


 合流優先、とは言われたものの、ラビの居場所がわからない上に敵に襲われている状況――しかもいつもと異なり狭い場所なので飛んで逃げることも出来ない。

 つまり、モンスターとの戦闘を開始するのは不可抗力、と言うわけだ。仕方ない、といいつつもアリスはいつもの好戦的な笑みを浮かべ、『杖』を構えるのであった……。




*  *  *  *  *




 ありすとの電話を終えた後、予告どおりすぐに私はたちはマイルームへと移動して討伐任務を選択し『ゲーム』を開始する。

 本当なら授業中(もしかしたら休み時間だったかも?)に『ゲーム』をするなどあってはならないと個人的には思う。

 私はありすの親兄弟でもないし保護者でもない。『ゲーム』におけるパートナーではある。

 本当なら細かいことに口を出すべきではないのかもしれないが……『大人』として、明らかに『良くない』と思えることを子供にさせるわけにはいかない。

 全くの見知らぬ子供ならともかく、『ゲーム』のパートナー……(おそらくは)命のかかった戦いをお互いにしている間柄なのだ、誤ったことはさせたくない。

 ……しかし、今回は話が少し違う。

 細かい事情をありすから聞いてはいなかったが、何か緊急事態であるということはわかった。

 もしもただ『ゲーム』をしたいがための演技だとしたら――とも考えるが、一週間ほどの付き合いとはいえ、ありすはそういう『ウソ』をつく性質ではないと思う。つまり、本当に何かが起きていると考える方が妥当だろう。


”さて……まずはアリスと合流しないと、だけど……”


 近くにアリスがいないということには少し驚いたが、マイルームへと移動した時の位置が関係しているのかもしれない。まぁ考えても仕方ない。

 私のいる場所――スタート地点となるベースは、今までもよく見た荒野ステージのベースに近い。三方を岩壁に囲まれた天然の部屋だ。

 さて、アリスはどこにいるか……。


”ん……大分離れたところにいるな……”


 やはりというべきか、『ゲーム』開始時点での私とありすの位置がそのまま反映されているようだ。

 現実の距離と同じかやや遠い位置にアリスの反応がある――そして、その周囲に無数の敵反応があることもわかる。

 ……いや、というより、これは……。


”……敵が多すぎる……!? 何、これ……”


 レーダーの表示がバグってるのではないかと思えるほど、アリスの周囲に敵を示す反応がある。むしろ、敵の海の中にアリスが紛れ込んでいる、という感じだ。

 離れていても私からはアリスの位置やステータスはわかる。体力も魔力もまだ始まったばかりのため十分あるが、この敵の数だとそう長くは持たないだろう。一刻も早く合流しないと、かなり拙いことになるだろうと予想できる。


”行かないと……!”


 今までの討伐任務とは何かが違う。急いで合流し、体勢を整えないと命取りになりかねない。私はそう思い、すぐさまアリスの元へと向かおうとする。

 ……するのだが、


”くっ……遠い……!!”


 レーダーの反応を頼りにアリスの元へと向かおうとするが、今までアリスにくっついて移動してきたが、自分の足で移動しないとならないとなると、相当な距離を走らないといけないことになる。

 私の今の身体は小動物と同じであるものの、スタミナは有り余っている――不思議なことに、長時間全力疾走してもそこまで疲れることはない、前世の身体の方が体力がないくらいだ――のだが、歩幅だけはどうにもならない。更に、途中に障害物があればそれを避けて通らなければならないし、思っている以上に進むことが出来ない。

 更に悪いことに――


”モンスター!?”


 討伐対象ではないものの、ステージに出現する小型モンスターの群れが行く手を阻む。

 今回の討伐は『冥界の主』という相手――どのようなモンスターなのかわからないが、一筋縄ではいかない相手だろう。対して、今私の前に立ち塞がっているモンスターは、荒野でお馴染みのメガリスたち……特に関連はなさそうだが、それでも小型モンスターはステージ毎に沸いてくるものらしい。

 当然私には戦闘力はないので戦って倒す、という選択肢はありえない。だから避けていくしかないのだが……。


”――私を狙う、か……!”


 今まではアリスにくっついていたからわからなかったが、どうやらモンスターは使い魔ユーザーの方も狙うようになっているらしい。私の姿を発見したメガリスは積極的にこちらへと向かってくる。

 ……もし、私がモンスターにやられて『死』んだとしたら一体どうなるのだろうか?

 アリスがやられた場合、ジェムを払うことでリスポーンできることはわかっているが、それはユニットについての話だ。使い魔ユーザー側の話ではないし、それについての説明は一切ない(少なくとも私がマニュアルを読んだ限りでは)。

 興味のある事柄ではあるが、身をもって試す気には到底なれない。『使い魔はリスポーン不可、一発ゲームオーバー』などということも十分ありうる。私一人ならともかく使い魔が『死』んだとして、そのユニットがどうなるのかもわからない――私は、私一人ではなくありすの命も預かっている身なのだ、おいそれと迂闊なことはできない。


”……くそっ、アリス……!!”


 群れで襲ってくるメガリスの攻撃をかわしつつ、何とか前進しようとはしているものの、中々前へと進むことが出来ない。

 ……いつもなら《剣雨》の一撃で文字通りの一網打尽にできるような相手だというのに、私一人では逃げ惑うことしかない。幸いあまりに体格差がある上に私自身の敏捷性がそこそこあるため、攻撃をかわし続けることは出来ているが、先へと進むことが出来ていない……。

 こうしている間にも、レーダーはアリスの危機を示している。アリスの周囲を取り囲む敵の光点は際限なく増え続け、更に小さなものではなく大きなものが混じるようになってきている。これはつまり、小型のモンスターだけではなく中型か、あるいは大型のモンスターがどんどん現れているということだ。

 アリスのステータスもまだ余裕はあるとはいえ、このままでは拙い。敵の攻撃を食らっていないのだろう、体力はほとんど減っていない。が、魔力の消費は続いている。

 このままでは遠からず魔力が尽きてしまい、アリスは何もできないまま敵に嬲り殺しにされるだけだ。それを避けるためにも、早く合流したいのだが……。


”私も、アリスも敵に取り囲まれているこの状況では……!”


 アリスの方に現れているモンスターの詳細はわからないが、レーダーの反応から見るに対して強い敵ではなさそうだ――メガリスと同等かそれより少し強いくらいの、本気を出せば一掃できる程度のモンスターだろう。

 とはいえ数が多すぎる。また、私自身も囲まれてしまっている。一匹ずつならたいしたことはないが、数が多すぎる……!

 ――これは、かつてない『ピンチ』なのではないだろうか。私の心に焦りが生まれる。これは、明らかに良くない傾向だ。

 どこか今までは他人事な感じがあったことは否めない……アリスが余りに強すぎたし、そもそもアリスと離れて『ゲーム』にいたことはなかったから、自分の身に危険が迫ってくることはなかった。

 『ゲーム』の開始当初から追い詰められている――その理不尽さに憤りを感じるものの、それ以上にこのままでは拙いという危機感の方が強い。


 ――どうする? このままではアリスと合流する前に、私自身がやられるか、アリスの魔力が尽きるかのどちらかだ……!


 私は思う。いかに数が多くとも、まぁアリスがすぐにやられることはないだろう。危惧すべきは魔力切れくらいだ。

 そして、私の方は今は回避し続けられているものの、いつまでもこうしていられるとは限らない。スタミナは前世よりもあるとはいっても、限界がないとは限らないのだから。

 どちらにしても、時間がかかればかかるほど、私たちは追い詰められていくことになる。

 私自身に攻撃力は全くない。メガリスを倒すという選択肢はない。出来ることと言えば、小回りをいかして逃げることだけだ。


”……よし、こっちから回り込んでいけば――!”


 メガリスの足元を抜け、荒野の岩肌を一気に駆け上る。レッドドラゴンと戦った場所に似ていて、『枯れた渓谷』ともいうべき場所だ。岩壁をよじ登って逃げてしまえば、メガリスは追って来れない。

 私の狙い通り、メガリスは崖下から悔しそうにキィキィとわめきながら、私の方を見上げることしか出来ないでいた。


”よし、他のモンスターに出会う前にアリスと合流を……”


 メガリスが追ってこないことを確認した後、アリスの反応のある方を見やる。

 ――そこには、私の想像を超えるものがあった。


”『あれ』は……なんだ……?”


 距離的にはまだ遠く離れた場所にあるが、それでもはっきりとわかるほど巨大な『建造物』がそこにはあった。

 建造物――といっても、人間が造った建物ではない。『虫』や『動物』が作った『巣』であろうことが遠目からでもわかる。昔テレビか何かで見た、巨大な『蟻塚』が一番似ているか。大きさは比べ物にならないが。

 泥や岩石、枯れ木などを積み上げて作られた巨大な『塔』のような巣、それがアリスのいる場所である。


 ――なるほど、そういうことか。


 私は今回の『敵』がどういうものなのか、ようやく理解した。

 今まで戦ってきたモンスターとは異なる『群れ』で行動するタイプのモンスターなのだ。おそらく今アリスの周囲にある無数の敵反応は巣穴のボス――『冥界の主』の下僕にあたる、いわば『兵隊』なのだろう。

 『兵隊』の反応に埋もれてわからないが、どこかに『冥界の主』がいるはずだ。それを倒さない限り、討伐任務自体が終わらないということなのだろう。


”厄介だな……”


 何が一番厄介かというと、アリスが今あの巣穴の中にいるのだとして、合流するのがかなり難しいということだ。

 アリスの方から私の位置を把握することが出来ないので、出来ることなら私の方からアリスに近づいていくようにしたい。しかし、敵のひしめく巣穴に私が単身乗り込んでいっても、あっさりとやられてしまうであろうことは目に見えている。私が『死』んだ場合にどうなるか全くわからない今、迂闊に敵に囲まれるようなまねをするわけにはいかない。

 なのでアリスに『巣穴』の外に出てきてもらいたいのだが……討伐任務開始からそれなりの時間が過ぎているというのに『巣穴』の中から動いていないということは、そう簡単に外へ出れるような状態ではないということか。

 離れていても話すことが出来るのであれば、敵の位置をレーダーで探りつつ合流しやすい位置まで誘導することも出来るのだが、あいにくそんな能力は持っていない。ジェムで交換できる能力にはあったが、そこそこ高いうえにステータスアップのための貯金もしていたので交換できていない。

 こんな状況に陥るのであれば、便利機能をさっさと交換しつくしておけばよかった。……まぁ、ありすはこの手の便利機能よりステータス強化の方を優先したがるんだけど。

 とにかく今持っていない能力について嘆いても仕方ない。どうすればアリスと安全に合流できるのか、それを考えなければならない。


”くっ……またか!”


 とそこで再びモンスターが現れる。

 でっぷりとした四肢を持ち、大きな、捻じ曲がった角を持つ獣――実在する動物の中では『山羊』が一番近いだろうか、見たことのないモンスターが三匹、荒野の向こうから私目掛けて突っ込んでくる。

 大きさはメガリスと同じくらいか。しかし、堅そうな角や大きな身体といい、危険度は圧倒的にメガリスよりも上だということはわかる。

 どうする……とにかく逃げ回るしかないが、メガリスの時と違ってどこか駆け上れる崖があるわけではない。下手に崖から降りると、今度はまた崖下で別のモンスターに襲われる危険があるし、何よりもアリスのいるであろう『巣穴』から遠ざかってしまう。


”逃げるしかないか……!”


 どうすればいいのか、打つべき手が見つからず、かといってこのまま『山羊』に蹂躙されるのを待っているわけにもいかず、とにかく私は走り出そうとする。

 しかし、メガリスよりも『山羊』の方が遥かに厄介な相手だった。私が動き出すや否や、すぐさま方向転換して襲い掛かってくる。明らかに私を狙っている。しかも三匹が揃って闇雲に突進してくるのではなく、一匹目を先頭に残り二匹は少し下がったところから様子を見つつ向かってきている。私の動きに即応できるようにしているのだろう、何も考えずに群れごと突進してくるメガリスとは全く違う。

 ……逃げ切るのも難しい、か。

 諦めるわけにはいかない。だが、この状況を乗り切れるビジョンが全く見えない。

 『冥界の主』との戦いにすらたどり着くことが出来ないのか……。


「オペレーション――《サンダーボルト》!!」


 その時だ、誰かがそう叫ぶ。と同時に、爆音と共に激しい光が周囲を包み――


”なっ……?”


 私に襲い掛かろうとしていた三匹の『山羊』が黒こげの消し炭となっていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る