第1章8話 何て素晴らしい世界! 4. アリスの流儀
* * * * *
”アリス、遠距離から更に強い攻撃を出来るかい?”
接近戦はなるべく避けたいところだ。
私の問いにアリスは少し考えて首を横に振る。
「いや――すぐには思いつかないな。不可能ではないだろうが……。
よし、ここは近接攻撃も試してみるか」
――何となくウソなんじゃないかと思った。いや、正しくは半分くらいウソ、だろうか。
やろうと思えば強力な遠距離攻撃をすることはできるが、すぐさま魔力の消費に見合う強力かつ最適な合成魔法を思いつくことができない、ということなんだと思う。
まぁ、ドラゴンと近接戦で殴りあいたいという欲もあるのだろうが。
”……十分気をつけて、危ないと思ったらすぐに引くこと、いいね?”
「わかってるさ」
無謀な特攻はしないと思うが、無茶な攻撃はしそうだと思ったので釘を刺しておく。
「よし、少々派手に動くぞ、振り落とされるなよ、使い魔殿!」
言うと共に《瞬動》――ではなく長時間の高速移動へと移り、一気にレッドドラゴンへと接近する。
火球を正面から食らうことなく、アリスはレッドドラゴンの左側面へと回り込んだ。
「ab《
『槍』に対して攻撃力強化――今回は刃の鋭さを上げる魔法をかける。
「ふっ!」
左側面に回りこむと共にレッドドラゴンが向き直るよりも早く左前足へと槍を突き立てる。
強化された槍の穂先は甲殻を削り、足へと突き刺さる!
……が、浅い。文字通りに甲殻をほんの少し削っただけで、肉まで到達していない。
「ちっ」
前足を振り上げ踏み潰そうとしてくるのを回避、が、それを追ってレッドドラゴンの首が襲い掛かってくる。
レッドドラゴンの噛み付きを《瞬動》で更に交わす。反撃をしたいところだが、すぐにレッドドラゴンは首を振り回してアリスを叩き落そうとする。
「くっ……やはり、この体格差は大きいな……」
格闘戦においては、基本的には身体の大きさの差はほとんどそのまま戦闘力の差に繋がるだろう。
レッドドラゴンは炎を吐き出す以外に特殊な行動を取っているわけではない。それでも、体格があまりに違いすぎるため、ただ首を振り回したり足を踏み鳴らすだけでもアリスにとって十分すぎるほどの脅威となっているのだ。
やはり近接戦は危険ではないだろうか。
そう思ったとき、ふと私は異臭を感じた。
”……? この匂いは……!? アリス、離れて!!”
私の言葉に聞き返すこともせずにすぐさま従い、アリスが後方上空へと飛び上がろうとする。
それと同時にカチカチと牙を鳴らすレッドドラゴン――その牙から火花が散ると、周囲の空間が一気に炎に包まれた!
「うおっ、これは……!?」
”やっぱり……”
私が感じた異臭は、きっと可燃性のガスか何かだったのだろう。
レッドドラゴンはおそらく口から可燃性の物質を吐き出すと同時に火をつけて、火球を放っていたのだ。今はその可燃性の物質を撒き散らして『火炎放射』としていたのだろう。
離れていたら火球が飛んできて、近づいたら周囲一帯に火炎放射……更には巨体による踏み潰しやらが待っている。おまけにこちらの攻撃は中々通じないときている。
強い――明らかに、今までのモンスターとは一線を画す強さだ。
「ふむ……『弱点』のようなもの、ないものかな。
なぁ使い魔殿? 火龍の弱点と言えば――」
”……ゲームなら、まぁ多分『水』とか『氷』なんだろうけど……”
そう、RPGのようなゲームなら、火を吐く火龍の弱点と言えば、『水』や『氷』などの属性だろう。
しかし、目の前にいるレッドドラゴンは炎こそ吐いてくるものの、多少の水や氷をぶつけたところで意味はなさそうに思える。
全身が炎に包まれているとかなら有効かもしれないが……結局のところ、水だろうがなんだろうが、レッドドラゴンの堅い甲殻を突き破れないことにはダメージを与えられないのだ。
「ふむ、まぁ……オレの魔法じゃ、ちょっと難しいか」
更に悪いことに、アリスの魔法は『水』や『氷』の属性は扱いにくい。
炎や雷ならば、生成した剣や球、あるは装備品に付与することは可能だが、水や氷は一体どう付与するというのか。ありえるとすれば『低温』にするということくらいだが……。
アリスも自分の魔法と属性の相性が良くないことはわかっている。今はあえて聞いてみただけだろう。
「となると、やはり――」
ニヤリとアリスが不敵な笑みを浮かべる。
……何を考え付いたのだろう……。
上空を飛び回り火球をかわし続ける私たちに対して、レッドドラゴンは明らかにイラついているように見えた。低くうなり声を上げ、こちらを睨み付けている。
火球の飛んでくる頻度は下がっているが、これが燃料切れならいいのだが……おそらくは適当に撃ってもかわされるだけと学習しているのだろう。頻度自体は下がっているのだが、狙いは以前よりも的確になっており、《瞬動》で動いた先目掛けて二連発で火球を吐いてきたりもしてくるようになった。
更には地上に対して行った火炎放射を空中にも織り交ぜ、《瞬動》でもかわしきれない範囲の攻撃を行うようになってきている。火炎放射と火球の連発を組合させられると、アリスは後ろへと逃げることしかできなくなってしまう――後ろへと回り込むことも出来るが、後ろから下手に近寄ろうとすると首以上に長い『尻尾』に叩き落される可能性がある。
討伐任務に時間制限のようなものはなかったとは思うが、このまま延々と逃げ続けていてはいずれ魔力が尽きてしまう。自然回復を待ってくれるほど、レッドドラゴンが優しければいいのだが。
「よし、使い魔殿、試したいことがある。いいか?」
”……わかった。気をつけていこう”
嫌な予感はするが、却下したところで代替案を私は出せない。基本的には戦いはアリスに任せる以外にないのだ。私に出来ることは、レーダーで敵の位置を探ったりアイテムを使って補助することくらいだ。
私の許可を受け、アリスは再びレッドドラゴンへと真正面から突撃する。
”ちょ!?”
「行くぞ!!」
一直線にレッドドラゴンの鼻先へと向けて突撃、それを黙ってみているレッドドラゴンではない。大きく口を開け、火炎弾を発射する!
「mk《
火炎弾が発射されるのよりも早くレッドドラゴンの動きを見極めていたアリスは魔法を組み立てる。
作り出した魔法は――
「ext《
アリスの前面を守るように、大きな炎の壁が出現する。
炎の壁が向かってきた火炎弾と激突するが……。
”おおっ、飲み込んだ!”
炎が炎を飲み込み、何事もなかったかのように火炎弾を消し去る。
同じ火炎同士がぶつかりあったらどうなるかを考えれば、まぁ確かに一つの炎になるのだろうということはわかる。しかし、現実なら『より勢いの強い炎』が打ち勝つのではないのだろうか? 今アリスが使った《炎壁》は明らかに勢いという点でレッドドラゴンの火炎より劣っていたが、そんなことは関係ないとばかりに炎を飲み込んでしまった。
……おそらくだが、アリスの使う魔法には現実の法則に縛られない『何か』があるのだろう。それこそ、『ゲームシステムの都合』とでも言うべき超常的な『何か』が。
ともあれ、その『何か』のおかげでレッドドラゴンの火炎弾を無効化して接近することが出来た――『何か』がなかったらどうなったか、なんて考えたくもないが……。
「md《
更に――md《
必殺の火炎弾を防がれてレッドドラゴンも動揺したのか、動きが一瞬止まった。
その隙に鼻先へと接近したアリスが二つの魔法を使う。一つは『杖』を巨大な刃物――『薙刀』へと変える魔法、もう一つは手袋を篭手に変え更に筋力強化を付与した魔法の篭手を作る魔法だ。
「はぁっ!!」
レッドドラゴンが動揺から立ち直るよりも早く、鼻先から生えている巨大な角へと薙刀を振るう。
魔法によって切れ味を強化された薙刀の刃が角をあっさりと切り飛ばす!
角に痛覚はないのか、痛がる素振りを見せず、しかし怒りをあらわにレッドドラゴンが襲い掛かってくる。
巨大なドラゴンの口に噛まれたら一発で致命傷だし、何よりも一口で飲み込まれてしまいかねない。
彼我の圧倒的な体格差、攻撃力の差があるにも関わらず、アリスの楽しそうな笑みは全く変わらない。むしろ、ますます笑みを深め――いっそ『狂暴』とでも言える笑顔を浮かべている。
「ははっ、まだまだ行くぞ!!」
レッドドラゴンの噛み付き、首振り回しによる薙ぎ払い、上半身を大きく持ち上げての体当たり――からの踏み潰しを巧みに回避しつつ、アリスは『薙刀』で少しずつ切り刻みダメージを与えていく。
一撃の威力は低いものの、ちくちくと削られていくのがうっとうしいのだろう、明らかにレッドドラゴンは怒り狂って暴れまわっている。
”ひぃ……!?”
振り落とされないように必死にしがみつくのに精一杯で周囲を見る余裕はないが、アリスの身体を掠めるか掠めないか程度の距離にレッドドラゴンの首が迫っているのがわかる。一歩タイミングが遅れれば、噛み付かれるか叩き落されるようなギリギリのところを飛んでいるのだ。
危険な戦いだが、危うくともギリギリでなければ『薙刀』で攻撃することができない。遠距離からの攻撃ではレッドドラゴンに致命傷を与えることの出来る魔法が今はないのだ、であれば《鋭化》した武器で近接攻撃をしかけていくしか方法がない。
《天脚甲》の機動力では限界がある。先読みでかわしつつ、《瞬動》を交えて巧みに攻撃を回避、反撃をしてダメージを蓄積させる。
そうこうしているうちに、段々とレッドドラゴンに消耗が見えてきた。
細かい傷ばかりとはいえ、顔面や首を中心に多数の切り傷が出来ているのだから当然だろう。
反面、致命傷とは程遠い細かい傷を幾つもつけられ、攻撃は回避し続けられることでレッドドラゴンの怒りは蓄積されていく。
怒り任せの暴走なんて当たらない――とは言えない。基本的な身体のサイズが違いすぎるために、むしろ意図なく暴れまわる方がアリスにとっては厄介かもしれない。
「ちっ……速い!」
アリスも少しずつ苦しくなってきている。
まだ回避できているが、じきに直撃を食らうかもしれない。
かといって離れることも出来ない。距離を取ったら、広範囲に火炎をばら撒かれて近づくことができなくなってしまうだろう――遠距離からレッドドラゴンを倒す魔法を組み上げることが出来ればいいのだが、今すぐには思いつけない。
……一時撤退も視野に入れるべきか? 私はそう考えたが、
「フフッ……いいぜ、なんて
それでも尚、アリスは笑う。
一撃でも食らえば致命傷になりかねない攻撃を交わし続け、こちらからは僅かなダメージしか与えられない現状にあって、アリスは笑っている。
『余裕』の笑みではない。その笑みは、『愉悦』だ。
”……はぁ……”
思わずため息をついてしまった。この状況にあって『楽しむ』余裕があることに対して、呆れてしまう。
まぁ、絶望で心折られて為すすべもなく嬲り殺しにされるよりは、何倍もマシではあるか。
「使い魔殿、そろそろ決めるぞ。キャンディを頼む!」
”わかった”
《瞬動》を何度も使っているため、大分魔力を消費している。私はアリスの言う通り、キャンディによる魔力回復を試みる。
視界の隅に見える『宝箱』を模したアイコンを、アリスにしがみついたままクリックする――『耳』の方でしっかりとしがみついているので、前足の方でクリックだ。最初は難しかったが、今は慣れた。
『宝箱』アイコンが手持ちのアイテムを表示する、要するに『アイテム』コマンドである。アイテム一覧から、マジックキャンディ(中)を選択する。
すると、アリスの目の前の空間にキャンディが出現する。アリスの動きに追随して動いているので落として失くすということはないが……何となく、紐でつるされたニンジンを彷彿とさせられる。
「よし!」
キャンディを手を使わずに器用に口だけで咥えると、一気に噛み砕く。
実際の飴のように時間をかけてなめることも出来るし、今のアリスのように噛み砕くことも出来るし、あるいは丸ごと飲み込んでもいい。とにかく、一度口に含みさえすれば効果を発揮する点については、ゲームのアイテムと同じだ。
半分近くまで減っていたアリスの魔力量を示すゲージが、一気に最大値まで回復する。
私には想像もつかないが、今までの攻防からレッドドラゴンを下す方法……あるいは魔法を思いついたようだ。
「決めるぞ!
cl《炎壁》!」
まずはレッドドラゴンの火炎を無効化した《炎壁》を作り出す。が、レッドドラゴンは炎は吐いていない……。
アリスはレッドドラゴンの噛み付きをかわすと共に《炎壁》を顔面に当てたのだ。まるで、闘牛士が突進をかわす時のようだ。
いかに炎を吐くとは言え、眼球や呼吸器まで火炎に耐性があるわけではなかったのだろう、レッドドラゴンは悶絶し首を振り回して炎を消そうとする。しかし、《炎壁》はレッドドラゴンの顔面にまとわりついたまま、そう簡単に消える様子はない。
「mk《
アリスが作り出したのは、雷光を纏った巨大な杭……いや『錐』だ。
「ext《
《炎壁》で視界を塞ぎ、その隙に巨大な『錐』を背中側から突き立てる。狙うは顔面ではなく胴体――内臓の破壊だ。
《鋭化》にて強化すればレッドドラゴンの堅い甲殻も破れることは実証済みである。深々と突き刺さった『錐』から雷撃がレッドドラゴンの体内を焼く――はずだった。
”! ダメだ、突き刺さってない!!”
確かに甲殻を突き破り『錐』の先端が突き刺さっているものの、肉を突き破るほどではない。ちょっとした衝撃で抜けてしまいかねない。
電撃も甲殻下の筋肉を僅かに焼く程度で致命傷にはならない。
……しかし、そんなこと先刻承知とばかりにアリスは――今度は『余裕』の――笑みを浮かべる。
「――md《
杖の先端を『薙刀』から大きな金槌へと変化させ、突き刺さった『錐』の頭へと全力を込めて振り下ろす!
「これで……」
更にもう一撃、二撃……。
「終わりだ!!」
三撃目でついに『錐』が背中から腹へと突き破った。
雷撃が内部から体中を蹂躙し、焼き尽くす。
おぞましい断末魔の悲鳴をあげのた打ち回っていたレッドドラゴンだったが、やがてその動きを停止した――
* * * * *
「……ふぅ……」
”……はぁ……”
レッドドラゴンが完全に絶命したのを確認した後、入り口にゲートが出現していたのですぐに戻ってきた。
元に戻ったありすも、深く息を吐く。
今回は流石に厳しかった……結果的にはほぼ無傷での勝利ではあったが、一歩間違えば致命傷を負うどころか、リスポーンの危険もあった戦いであった。
とりあえずは一旦マイルームを出て現実世界へと戻る。
”ふぅ……ちょっと、休憩しよう――”
休憩しようか、と声をかけようとして私は言葉を飲み込んだ。
アリスの時とは違い、余り表情に感情を表さないありすだったが、今は違う。
……彼女の表情には、明確に笑みが浮かんでいた。それも、アリスがレッドドラゴンへと『錐』を打ち込む前に浮かべていたのと同じ、獰猛な『愉悦』の笑みだ。
「ん……」
私の言わんとしていることはわかったのだろう、小さく頷くとありすは部屋を出て行った。きっと飲み物とかおやつを取りに行ったのだろう。
”ありす……”
やはり彼女はどこか
ジェムさえあればリスポーンは出来る。けれど、もし『リスポーンできなかったらどうなるのか?』、それを考えると私はどうしても慎重にならざるを得ない。
けれども、ありすはそれを全く考えていない……いや、全く恐れていないように思える。この『ゲーム』をただのゲームとして捉えているからなのか、それとも『死』への意識が希薄なのだろうか……。
いずれにしろ、私の方で気をつける必要はあるだろう。一度死んだ身ではあるが、二度目の死は――特にこのゲームだと『モンスターに殺される』ということに高確率でなる――ごめん蒙りたい。そして、当然ありすも死なせるわけにはいかない。
”……まぁ、このまま勝てる相手ばかりならいいんだけど……”
レッドドラゴンくらいの相手ならば、今の状態でも何とか勝てる。勿論油断は出来ないが。
果たしてレッドドラゴンはこの『ゲーム』ではどの程度のレベルのモンスターなのか。更に強いモンスターがどの程度いるのか……。
私は憂鬱な気分になり、自然とため息がこぼれるのであった。
”それにしても、荒っぽいなぁ……”
アリスの戦い方を振り返ってみると、そういう感想にならざるをえない。
まるで
……何も考えずに暴れ回っているわけではないからその例えは間違っているかもしれないけど……。
他のモンスターも大概だったけど、ドラゴンなんていう現実には存在しない理不尽な存在に対しても、全く恐れることなくより強い力で叩き潰す……それが、アリスの
”出来れば安全に過ごしてもらいたいもんだけど……”
『ゲーム』に巻き込まれている以上、そうもいかない。
でも、彼女の力なら――きっと何とかなるんじゃないか、そんな気もしているのだった。
幸いと言えるかは微妙なところだけど、ありす自身は『ゲーム』を楽しんでいるみたいだし……うーん、この先一体どうなることやら。
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