第1章7話 何て素晴らしい世界! 3. 初めての強敵
* * * * *
協力プレイの実装が告げられた翌日、木曜日――ちなみに私とありすが出会ったのが日曜の夜中になる。
「ん……また新しいモンスター」
”だねぇ”
学校が終わってから夕飯までの間、私とありすは『ゲーム』に挑み続けていた。
ゲームは一日一時間、と大人なら叱るべきなのだろうか……難しいところだ。
でも、ありすに、
『この「ゲーム」を進めていけば、ラビさんのこともわかるかも……』
と言われると……ちょっと弱い。ありすなりに私のことを心配してくれているのはわかる。
ただまぁ、私自身はもう大分自分のことについては諦めが付き始めているんだけどね。
私の記憶に間違いがなければ、元の世界での私は事故死しているだろうし……帰ったところで生き返れるわけでもない。
だったらこっちの世界で暮らすことを真面目に検討すべきかもしれない、と思い始めたところである。
……私のことは今はいいか。
謎の『ゲーム』に巻き込まれてしまったありすについて考えよう。
「んー……」
ありすはクエストをクリアしたというのに若干不満げな顔をしている。表情自体はあんまり変わらないんだけど、ここ四日間の付き合いで何となくわかるようになってきた。
というか、この子……大人しそうな見た目と雰囲気に反して、結構な我儘で自己主張激しい。傍若無人ってほどはないけれど。
顔には出さないけど態度に出すというか……こっちが空気を読まないでいると口にも出してくる。
まぁ不愉快になるほどのものではない。子供らしい範疇と言えばそんなもんだろうと思える程度だ。
”どうしたの?”
一応聞いてみる。
「敵が弱い」
”お、おう……”
なるほど、ありすさんにはちょっと弱すぎる敵でしたか……。
出会ってから今まで戦ってきたモンスターは、ざっとこんな感じ。
・メガリス/ギガリス:巨大リスのモンスター。弱い。
・アクマシラ:サル型のモンスター。弱い。
・オオアクマシラ:巨大猿のモンスター。まぁまぁ。
・スパイクドベア:両腕が硬い甲殻になっている熊のモンスター。まぁまぁ。
・ホーンパイソン:頭に角が生えた蛇のモンスター。気持ち悪い。
・バルディア:鹿型のモンスター。弱い。
計7種類だ。
この中では、オオアクマシラとスパイクドベアがまぁまぁ強いかな? と言った程度である。それでもアリスの魔法で瞬殺出来る程度の強さではあるんだけど。
うーん、私としては楽に勝てるモンスターばかりの方が安心できるんだけど、ありすとしてはそうではないようだ。
――もしもリスポーンできなくなったらありすがどうなるかわからない、という私の不安については伝えてはあるんだけど、
『ん……わたしは、負けない』
と、ふんすと鼻息荒く自信満々に胸を張って答えられた。
まぁ確かに今のところアリスの戦闘力を見る限りでは大丈夫だとは思うけど、これからもそうだとは限らない。
いやむしろもっと強力なモンスターが出て来る方が当然だと思う。
私たちはそんなモンスターが出てきた時に備えて、アリスのステータスを強化したり回復アイテムを揃えたりしておく必要があるだろう。
「序盤は弱い敵なのはわかってるけど、そろそろドラゴン辺りとかと戦いたい」
”えー……? やだよ、怖いもん……”
ゲームとかあんまりやらないけど、ドラゴンが強敵だというのは流石にわかる。
”それに、ドラゴンとかって最後の方に出て来る敵なんじゃないの?”
「ん……そんなことない……。狩りゲーなら割と最初の方にも出て来る」
”……そうなの?”
「そう」
そうなのかー。
狩りゲーっていうと、私の世界で言うとモンスターをハントするアレとかのことだよね。私自身はプレイしたことはないけど、友人とかがやってたのを見たことはある。
こっちの世界では『ドラゴンハンター』っていう名前の狩りゲーがあり、ありす曰くそのゲームだと割と序盤からドラゴンのモンスターが出て来るとのことだ。
もちろん、最初は弱めのドラゴンで最後の方になると物凄く強いドラゴンが出て来るんだろうけど……。
「ラビさん、強いモンスター欲しい」
”えー……? 私に言われても……”
おねだりされたってどんなモンスターが出て来るかは『ゲーム』側で決めているみたいだし、私の方でどうすることも出来ないよー。
……って思いつつもクエストボードを確認すると――
『
討伐任務 荒野に現れた謎の怪物を討伐せよ!
・討伐対象:???? 1匹
・報酬 :8,000ジェム
・特記事項:なし
』
……うわぁ。何か変なクエストがあるぅ。
「ん!」
ありすの目がきらりと輝く。
何が出て来るかはわからないけれど、少なくとも今まで戦ってきたモンスターとは比較にならない強敵が相手になることは間違いない。
なぜならば報酬額が今までとはけた違いだからだ。
メガリスが1匹で100ジェム、ギガリスで700ジェムと比較してみればすぐにわかる。
単純に報酬額の量だけで測れることではないかもしれないが、これは一筋縄ではいかなさそうだ。
「ラビさん、いこ」
”……わかった。でも油断はしないでね? 危なくなったらすぐ逃げること、いいね!?”
「んー……ラビさんは心配症……」
ええい、親の心子知らずとは言うけど……! いや、私はありすの親ですらないんだけど。
”ありすにもしものことがあったら――”
「……ん、わかってる」
くどくどとお説教をしそうになったところでありすがそう言う。
本当にわかってるのかなぁ……。
不安はありつつも、私たちは新たに現れたクエストへと出発する……。
* * * * *
既にお馴染みとなった『荒野』のフィールドだが、今回はいつもと空気が違っていた。
「これは……」
燦々と輝く太陽に照らされた不毛の大地は、見た目だけは明るいもののどこか不安を煽る空虚さがあった。
しかし今回の荒野は違う。太陽は沈みかけているのか見当たらず、空は夕焼けのように赤く――いや不気味な赤紫色に染まっている。
いつもなら乾いた空気に満たされているのに、今はねっとりとした熱気に包まれている。
「……ふん」
アリスの表情から笑みが消える。彼女は戦闘に関しては格下相手でも油断はしないが、『楽しむ』ように戦ってはいた。
だが、今回はそんな余裕はないかもしれない。敵の反応はまだ見えないが、私もアリスも今回の討伐任務が今までとはまるで違うものだということを予感していた。
「楽しくなってきたじゃないか、なぁ使い魔殿」
――どうやら気のせいだったようだ。
と、その時レーダーに反応が現れる。右上――方角は不明だが、方向は私たちから見て右斜め前方、凡そ300メートルといったところだろうか。
”アリス、今度の相手は今までよりも大分強い可能性が高い。上空を飛んでていきなり撃ち落される可能性もありうる”
敵の方が飛んでいるという可能性も勿論あるが、迂闊に飛んでて狙い撃ちされるのは避けたい。相手の方が目が良く、アウトレンジから攻撃できる場合だってあるのだから。
「ふむ、わかった。では低く飛んでいくとしよう」
《
魔力は消費するが体力は消費しない。《天脚甲》の消費なら戦闘をしないでいる待機時間で十分賄える。
私はいつものようにアリスの首に巻きつき、レーダーを注視する。
「……今までの荒野とやや違う、か」
移動しながらアリスが呟く。
アリスの言葉通り、主にメガリスと戦っていた荒野とは異なる構造になっているようだ。
全体的に広々としているのだが、大きな崖が迷路の壁のように立ち塞がっている。そのせいで思ったより見通しが悪く、敵の姿が見つからないのだ。
荒野、というよりは枯れた渓谷と言える。
「高く飛んだ方が早く見つけられるんじゃないか?」
”いや……逆に空中から見つかりにくいところに隠れられると、不意打ちを受ける危険があるよ”
「ふむ、なるほど。それもそうか」
レーダーのおかげで今まで先手を取ることはできていたが、これからもそうとは限らない。
特に今回の相手は今までより格上だと予想されるのだ。崖の間に隠れて死角から遠距離攻撃されたら大ダメージを受けてしまうだろう。
アリスの意見を却下し、レーダーを頼りに崖下に広がる天然の迷宮を進みつつ敵の姿を探す。
”……いた”
進むこと5分ほどだろうか。ついに私たちは今回の討伐対象であるモンスターを発見した。
「こ、こいつは……」
崖に隠れて相手の様子を窺うアリスも、流石に言葉を失った。
そのモンスターを表すのは実に簡単だ。
『ドラゴン』
その一言で表すことが出来る。
”いるとは思ったけど、こんなに早く出てくるなんて……”
くそぅ、さっき話題に出してしまったからか。まさか『ゲーム』の運営が聞き耳立ててるんじゃないだろうな……?
それはともかく現れたドラゴン……全体的な姿形はかつて映像で見たことがあるだけだが、コモドドラゴンに近い。あれの首がドラゴンらしく長く伸びたものと言えよう。
『翼のない陸上型ドラゴン』と言って、凡その日本人が想像するような典型的なドラゴンと私は思う。
全身を覆う鱗はまるで甲冑のように鋭く尖っており、頭から尻尾の先まで隙なく武装しているようだ。鼻先には一本の角が生えている。
甲殻の色はくすんだ赤――仮称『レッドドラゴン』、その大きさは今まで戦ったどのモンスターよりも大きい。6メートルほどはあるだろうか、巨大な口は人間どころか牛や馬すらもひと呑みにしてしまいそうだ。
相手はまだこちらには気付いていない。枯れた渓谷を我が物顔で闊歩している。
移動するたびに、ずん、ずん、と重そうな足音が響いてくる。
「ふ、ふふふ……」
アリスから嫌な感じに笑い声が聞こえる。
その表情には、好戦的な笑みが浮かんでいた。
「これだ……こういうのを待っていたのだ!」
”ちょ、アリス!?”
楽しくて楽しくてたまらない、といった風にアリスは言う。
その声が聞こえたか、レッドドラゴンが首を振りこちらを見やる。
――見つかったか。当然だけど。
「さぁ――始めようか!」
元より相手を倒すまで『ゲーム』は終わらない。
私たちの、初めての『強敵』との戦いはこうして始まった――
彼我の距離は30メートルほど。メガリスやアクマシラのような小型のモンスター相手ならば近寄らせることもなく一方的に攻撃できる距離だが、レッドドラゴンの巨体からしたら近距離もいいところだ。
ぐおおおおおおんっ!!! と、大気を震わせる咆哮を上げ、レッドドラゴンが完全に臨戦態勢に移る。
「md《
咆哮に全く怯むことなく、むしろそれを隙と捉えたアリスは先制攻撃を仕掛ける。
無数の『剣』がレッドドラゴンへと向かうが、そのどれもがあっさりと甲殻に弾き飛ばされてしまう。
「チッ、《
ギガリスにも大きなダメージを与えることが出来なかった《剣雨》だ、それよりも遥かに頑丈そうなレッドドラゴンの甲殻には文字通り刃が立たない。
アリスは舌打ちするものの気にするでもなくすぐさま次の行動へと移る。
「飛ぶぞ、使い魔殿!」
《天脚甲》を使ってその場で急上昇を始めるアリス。私は言われるまでもなく、戦闘が始まった時から振り落とされないようにしっかりとしがみついている。
アリスが上昇するのと入れ替わるように、先ほどまでアリスのいた位置へと巨大な火球が着弾する!
”……遠距離攻撃付きか”
咆哮はただの威嚇だけではなかったようだ。大きく開いた口から、巨大な火球がアリス目掛けて吐き出されてきた。
《剣雨》を撃つと共に相手の動きを見ていたアリスはすぐに上昇して回避したというわけだ。
地面へと着弾した火球は小さな爆発を起こし、周囲に火炎を撒き散らす。もし直撃していたら……想像するだに恐ろしい。
「ふん、使い魔殿の言う通り、迂闊に飛んで探し回らなくて正解だったか」
小さく呟く。もし、アリスがレッドドラゴンを発見する前に相手から見つかっていた場合、死角からあの火球を食らったとしたら……。
あの巨体を見逃すか、という疑問もあったが、上空から見下ろすとそれが間違いだということがわかる。
夕焼けのような不気味な空の色と、赤茶けた荒野が保護色となって空からだとレッドドラゴンの姿が非常に見えづらくなっているのだ。
「さて……どう攻めたもんかな」
言葉とは裏腹に特に困ったようには聞こえない口調でアリスは言う。
戦いはまだ始まったばかりだが、既にこちらからは攻めあぐねるという状況に陥りかけている。
というのも、アリスの使う魔法には、遠距離からの強力な攻撃が今のところないのだ――これからアイデア次第で作れないということはないのだが。
『魔法』とか『魔法少女』とか便宜上使っているものの、実際のところのアリスはそういうものではない。どちらかというと、不思議な力を使える『戦士』と言える。
ゲームとかでよくある、いわゆる『魔法使い』職が使うような遠距離攻撃魔法――例えば『ファイアボール』だの『アイスストーム』と言ったものは使うことは出来ない。
いわゆる『属性魔法』というものを実現しようとしても、アリスの場合はまず『杖』等の身に着けている『変形可能な物質』に対して属性を『付与』することしかできないため、かなり手間がかかるのだ。
『ファイアボール』……つまり、火炎弾を敵にぶつけようとした場合、まず《
……ここまで手間と魔力を使うより、《
が、今回の敵はそういうわけにはいかない。
《剣雨》を弾く程の甲殻に対して、アリスが接近戦を仕掛けてもあまり効果があるとは思えないし、迂闊に近寄ること自体が危ない。
というのも、敵がアリスに比べてあまりに巨大であるため、首や尻尾の振り回しに当たるだけで致命傷になりかねないのだ。
離れていても、炎を吐いてくる。これも先ほどの通り直撃は非常に危険だ。
”まずは敵の攻撃パターンを見極めよう。余り近寄らず、牽制程度に攻撃をして相手の反応を窺う”
「ふむ……迂闊には動けねー、か。いいぜ、使い魔殿の指示に従おう!」
上空を旋回しながらレッドドラゴンの様子を窺う。
レッドドラゴンもまた首を回し、また身体の方向を入れ替えつつこちらの様子を窺っている。
こちらからの攻撃に対して『怒り』や『怯え』を見せるモンスターは今までもいたが、それらに比べてレッドドラゴンの知能は明らかに高い。こちらを警戒しつつ、危険度を見極めようとしているように見受けられる。
やはり、今までとは全く異なる戦いになる。私もアリスもそう思った。
「使い魔殿、キャンディの残量は?」
”大丈夫、魔力を10回は完全回復できる!”
ジェムは貯金に結構回していたが、少量ずつではあるが毎回キャンディは購入にしていたのでかなり残量に余裕はある。
とにかく、この『ゲーム』は何をするにも魔力の消費が付きまとうのだ、キャンディは幾つあっても足りるということはない――本音を言うならば、常に最大数持ち歩きたいくらいだ。
それはともかく、キャンディの数は十分ある。アリスは心置きなく全力を振るうことが出来る。
「よし――ならばオレも全力で……っと!?」
作戦通り遠距離攻撃を仕掛けつつ相手の行動パターンを分析しようとした矢先、敵の方から先手を打ってきた。
地上から上空のアリスへと向けて、火炎弾を連続で吐き出して攻撃してくる。
制空権を取られていることなどまるで障害にならんとばかりに、あるいは制空権を奪い返そうとせんとの乱射だ。
不意打ちでもなければ当たることはないが、弾速はかなり早い。アリスは《天脚甲》を使って回避に専念する――というのも、《天脚甲》は『空中移動を可能にする』ための合成魔法であって、決してスピードに優れているわけではないのだ。
今まで戦っていた相手は対空攻撃を持たない相手だったので問題なかったが、レッドドラゴンはそうではない。ただ空中移動できるだけでは少々辛いものがある。
「くっ……鬱陶しい!」
毒づきながらもアリスは今の状況に最適な魔法を編み出す。
「ab《
《天脚甲》に対して一瞬だけの加速を加えた魔法を発動させる。瞬間、凄まじい勢いでアリスの身体が押し出される。
”うわっ……!?”
危うく振り落とされるところだったが、首にしっかりと巻きついていたために何とか着いていくことができた。勿論、アリスの首に負担がかからないようにドレスの端にしがみ付いているのが正しいが。
なるほど、アリスが今作った魔法は『長時間の高速移動』を目的とした魔法ではない。瞬間的に爆発的な推進力を発揮し、一瞬で移動するための魔法だ。
レッドドラゴンの火球に対応しての回避に特化した魔法だ。身体にかかる負荷はそれなりにあるが、魔力の消費も少ないし、火球を連発できる相手に対しては有効な魔法であると言える。
「cl《
甲殻を貫くことは難しい。ならば打撃力ではどうだろうか。《流星》は質量と速度で『叩き潰す』魔法だ。堅い甲殻であっても効果はあるはず。
レッドドラゴンの顔面へと一直線に向かう《流星》だったが、流石に直撃は避けられた。胴体――首の付け根付近へと命中する。が、やはりこれも甲殻に弾き飛ばされてしまう。
「……むぅ」
これにはアリスも呻く。
魔力に糸目をつけなければ、もっと大量の魔力を用いて威力を上げた魔法を当てることは可能だ。しかし、何も考えずにそんな大魔法を連発していたら、いくらキャンディがあっても足りない。
様子見した攻撃であったがそれだけでレッドドラゴンの防御力の高さは十分にわかった。このままではジリ貧になりかねない。
さて、どう攻めるか……。
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