第1章5話 何て素晴らしい世界! 1. 恋墨ありすという少女
私が今の謎生物の姿になって、そしてアリスの
この三日間で色々と情報を収集してみた結果……。
”うーん、日本に似てはいるんだけど、やっぱり違う世界みたいだな……”
という結論に私は達した。
言葉も普通に通じるし、科学水準というのだろうか、いわゆる文明の利器といったものは日本とほぼ同じだ。車も飛行機もあるし、電気や水道はもちろん通っているし、スマホだってある。
でもここは私が今までいた世界とは異なるのだ。
”
小学生ならまず間違いなく持っているであろう『地図帳』だ。一回見せてもらったんだけど、色々と私の知っている地球の世界地図とは異なる箇所があった。大筋では似ているんだけどね。
ちなみに今私はあの子が暮らしている二階建ての一軒家――恋墨家の二階のベランダでのんびりと日向ぼっこをしている。
……流石にこの姿では小動物のふりをしているしかない。まぁ仮に人間の姿だったとしたら、なおさら家の中には入り辛いが。
「……ただいま、
おっと、ちょうど帰って来たみたいだ。
私のいるベランダの戸を開けて、アリスへと変身した少女が私に声を掛ける。
――ラビ、が今の私の名前だ。ちなみに彼女が名付けた。今の姿で『冠城りょう』はちょっと名乗りにくいので彼女に名付けてもらった――多分、『ラビット』の略なんだと思う……私自身はどっちかというと猫寄りだと思うんだけどなぁ。
それはともかく。
”おかえり、
彼女の名前は恋墨ありす――アリスとは似ても似つかないが、紛れもなく彼女こそが私のユニットなのだ。
長い黒髪に比較的整った顔……何だけど、なんかいつも眠そうな、ぼんやりとした表情をしている。服装も女の子にしては珍しいというか、Tシャツにショートパンツとラフなのか適当なのか判断に迷う格好だ。
このくらいの年代の女子の平均身長はちょっとわからないけど、まぁ多分小柄な方だと思う。まだまだ成長期を迎える前なんだろう、手も足も身体もほっそりとしていて髪を短くしたら『男の子』と言ってもまだ通じそうな感じもする。
……というのも、この子、巻き込んでしまった私が言うのも何だけど、ちょっと変わっているとこの三日間で感じているのだ。
「ラビさん、『ゲーム』いこ」
”あ、うん……”
ありすの部屋へと招き入れられ早々に『ゲーム』――あの『M.M.』とかいう謎のゲームだ――への参加をねだられる。
……巨大リスに襲われ、仕方ないとは言え今後もモンスターと戦っていかなければならないというのに、彼女は全く『恐れ』とかを感じていない。
むしろ、積極的に『ゲーム』へと参加したがるのだ……。
「ラービーさーんー」
”はいはい、わかったから耳引っ張らないで……”
やれやれ……大人しそうな文学少女な見た目な割には『ゲーム』好きだなぁ。
彼女に請われるまま、私たちは『ゲーム』へと向かう。
”それじゃ、『マイルーム』に移動するよ”
「ん」
ありすは自分のベッドに横たわり、私は布団の中に潜り込む。
そして『マイルーム』へ、と念じると最初に巨大リスのいる謎空間へ移動した時のような浮遊感に襲われ――
* * * * *
――私とありすは殺風景な、真っ白な部屋へとやってきていた。
広さは12畳間くらいはあるだろうか、結構広い長方形の部屋だ。
天井も床も白く、天井に明かりもないのになぜかそれなりに明るい。電灯とかあったらきっと目が痛くなること間違いなしの、驚きの白さである。
部屋の隅には木製の大きなドアがあり、そのわきにポツンとボード――小さな喫茶店とかで店の前に置いてあるメニューボードのようなものだ――が置かれている。壁の一辺には大きな壁かけ型のテレビ……のようなディスプレイがあるが、何も映っていない。
他に目立った調度品もない殺風景な白い部屋……ここが私たちの『マイルーム』だ。
このマイルームに来る時、ありすの体は眠った状態になるらしい。
どういう仕組みかはわからないけど、意識だけがマイルームへとやってきて『ゲーム』へと参加するというわけだ。来る前にありすがベッドに横たわったのも、そういう理由だ。
私に関しては身体ごとこっちに来ているらしい。プレイヤーとユニットの差、だとは思う。
「んー……何度来ても目が痛い……」
”そうだねぇ。この部屋もカスタマイズできるとは思うんだけど”
この『ゲーム』、時折来る通知メッセージの不親切さからもわかる通り、とにかくわかりづらい。
私の方でも色々と調べているんだけど、マニュアル自体が読みづらい……というか
「んー、クエストー……何があるかなー」
ぼんやりとした表情のままだが足取りは軽く、ありすはドアの横に置かれたボード……通称『クエストボード』の内容を確認に向かう。
この『ゲーム』についてわかったことについて述べよう。
まず、『ゲーム』の内容そのものについてだけど、これは三日前に私が推測した通りのものであるようだ。
モンスターとの戦いは『クエスト』を選び、マイルームのドアから出ることで始まる。
クエストはボードから選択できる。ボードの表示は何時間かすると勝手に切り替わるようだ。ちなみにだけど、私はマイルームに来なくても今あるクエストを知ることが出来る。
モンスターとの戦いは、三日前の巨大リス戦の時のように『異空間』としか言いようのない場所で行われる。クエストで指定された条件――主に「○○というモンスターを××匹倒す」をこなせばクリアとなる。
で、肝心なことなんだけど……クエストをクリアすると報酬が得られる。
この報酬が『ジェム』と呼ばれるもので、この『ゲーム』における通貨の役割を果たしている。
ジェムを沢山集めることでモンスター戦において有利になるアイテムを購入したり、ユニット自身のレベルアップを行うことが出来るのだ。
……この『ゲーム』の目的は未だ不明だ。
モンスターとどうして戦わせるのか、なんで
そもそも、この『ゲーム』は一体如何なる技術で実現しているのか……。
とにかくわからないことだらけだ。そして考えたってわかるわけがない。
「んー……またあのリスばっかり……」
”そうだね……まぁジェム稼ぎするにはちょうどいいでしょ”
「ん、仕方ない」
今出現しているクエストは私たちが出会った時に出現していた巨大リス――モンスター名『メガリス』討伐ばかりだ。
初日に戦った時からわかっていることだが、このメガリス、数を頼みに襲い掛かってくるものの強さとしては大したことはない。まぁ、もちろんありすが変身しないと手も足も出ないんだけど。
幸いなのは今言ったように苦戦するような相手でもないということと、ありすが『ゲーム』について非常に乗り気なことだ。
……巻き込んでしまった私としては今も罪悪感でいっぱいなんだけど……うわべだけでなく本心からありすは『ゲーム』を楽しんでいるようで、
『ん……? この『ゲーム』、プレイできるようにしてありがとう?』
と返されてしまったことがある。
ありすがいいと言ってるんだから気にすることはない、のかもしれない。
でも私には一つ気がかりなことがあるのだ。そのせいでありすがこの『ゲーム』に参加し続けることを素直に歓迎できない。
その気がかりとは――
私が考えに耽っている間に、ありすは待ちきれないとばかりに『変身』する。
「……変……身……っ!!」
『変』で両腕を胸の前で交差させるように構え、『身』で腕を大きく広げ彼女が叫ぶ。
叫びと同時にその身体が光に包まれ、白い女王――『アリス』へとありすの姿が変化する。
……ありすがアリスに変身する姿は三日間でもう何度も見ているのでそれ自体に驚きはないが、その……もう少し、こう、変身ポーズや掛け声は何とかならないのだろうか。これではまるで、某仮面のライダーみたいだ。
そのことを一度突っ込んだことはあるのだが、ありすはいつも通りのぼんやりとした表情のままかくん、と首を「何がおかしいの?」と言わんばかりに可愛らしく傾げただけであったが……。
「よし、行こうぜ、使い魔殿!」
”う、うん”
……考え事は後にしよう。
不安なことはあるけれど、とにもかくにも私たちはまず
私はアリスの背中におんぶされるような体勢でしがみつく――耳をマフラーのようにアリスの首に巻き付けてしっかりと体を固定する。
こうしないとアリスに振り落とされてしまうんだよね……首を絞めないように気を付けないといけないけど。
「いざクエストへ!」
ありすとは全く似ても似つかないアリスが、実に晴れやかな笑顔を浮かべつつクエストへと向かうドアを潜って行った……。
* * * * *
やって来たのは初日の時と同じ『荒野ステージ』だ。
今回受けたクエストは、先述の通り
『
討伐任務 メガリスの群れを討伐せよ!
・討伐対象:メガリス 10匹
・報酬 :100ジェム(メガリス1匹につき)
・特記事項:討伐数により、追加報酬あり
』
……という内容のクエストだ。
気になるのは特記事項の『討伐数により~』の部分。
”アリス、もしかしたら敵は10匹だけじゃないかもしれない。油断はしないで”
「おう、わかってるぜ」
この文言から読み取れるのは、クエストクリアのためにはメガリス10匹を倒せばいい、ということなんだけど、メガリスが10匹だけとは書かれていないのだ。
討伐数によって追加報酬が貰えるということは、ノルマの10匹を超える数は出て来るんじゃないかと思う。
10匹倒したところで油断して後ろから攻撃される……なんてことは避けたい。
私の警告に軽くアリスは頷く。
……まぁ、よっぽどのことがない限りはアリスにとってメガリスなんて物の数じゃないのはわかってるけど……油断しないに越したことはない。
「で? 敵はどこだ?」
”えーっと、向こうの方にいるみたい”
私の視界の隅に移るレーダーはモンスターの反応を捉えることが出来る。
距離が開きすぎるとわからなくなっちゃうみたいだけど、基本的にはこのレーダーを指針に進んで行けば迷うことなくモンスターを見つけられるだろう。
今レーダーの右上隅に幾つか光点が点滅している――これが多分メガリスの反応だ。
「よし、それじゃ飛んでいくぜ!
アリスが『魔法』――としか言いようがない――を使うと、彼女の履いているブーツから翼が生える。
ふわり、と体全体が持ち上げられ……。
「いっくぜぇぇぇぇっ!!」
”ちょっ……ひゃあぁぁぁぁぁっ!?”
まるで矢のように私ごとアリスはメガリスと思しき反応の方へとかっ飛んで行った。
……これがあるからしっかりと掴まってないと怖いんだよなぁ……。
さて、この三日間アリスと共に何度も討伐を繰り返してきて、色々とわかったことがある。
まずはアリスそのものについてだ。
「md《
彼女の唱えた呪文に反応し、『杖』の先端に頂くハート型の宝珠が変形、鋭い穂先の『槍』へと変化する。
変化した槍で目の前から無防備に突進してくるメガリスの頭部を貫き、蹴りいれて抜く。
「ふん、左右から挟みこみ、か。
mk《
左側から回り込んで襲い掛かるメガリスを『槍』で貫くと共に、右側からきたメガリスに向けて手を突きだして新たな呪文を唱える。
すると何もなかった空間に黒い壁が突如出現し、突進してきたメガリスは頭から壁に突っ込んでしまい、くらくらと目を回して倒れる。
”アリス、残り5匹だよ。一斉に来る!”
「おう、心得た!」
残ったメガリスは壁にぶつかったやつは放置して、数に任せて同時に襲い掛かろうとしてくる。
槍でも壁でも同時に捌くのは難しいが――
「ふむ、ちと数が多いか……ならば、md《
今度は槍の穂先が長く伸び、まるで蛇のように自在にのたくる『鞭』へと変化する。
それだけではなく、宝珠と同じ赤い色だった鞭が目もくらむような紫電を放つ。
「ext《
紫電を放つ鞭――それが魔法の名の通り、電撃を纏った蛇の如く周囲を薙ぎ払う。
ぎゃあぎゃあと不快な鳴き声を上げ、扇状に広がって一斉に飛びかかろうとしていた残りのメガリスが黒こげになって倒れる。
特に苦戦することもなく、アリスはあっという間にノルマである10匹のメガリスを撃破していた。
――彼女の持つ能力について、まずは語ろう。
このゲーム的には『スキル』と呼ぶらしいが、まぁわかりにくいのでとりあえずはざっくりと『魔法』と呼ぶとして――
アリスの持つ魔法は多岐にわたる……ように思えて、実質はたったの『3つ』だけである。
一つは、杖を『槍』や『鞭』に変形させたり、靴のかかとを翼に変えたりする魔法――『
一つは、何もない場所に『剣』や『壁』を生み出すことができる魔法――『
最後の一つは、前述の二つの魔法の影響が及ぶ物に対して新たな力を付与する魔法――『
この3つである。これ以外の魔法は一切使えない。『槍』であっさりとメガリスを突き殺しているのは、特に魔法を使っているわけではなく単に武器として『槍』を振るっているだけだ。
そして、3種類の魔法を組み合わせることで実現させるのが、アリスの魔法――『
「さて、どうする、使い魔殿。まだ時間はあるようだし、追加報酬でも狙うか?」
魔法を使う毎に、『魔力』という値が減っていく。
アリス自身からは『魔力』の残量は見えないらしい(感覚で何となくはわかるらしい)が、私には他のアイコンと一緒にアリスの『ステータス』が見えるようになっている。
表示されているステータスからして、魔力の残量は十分に残っている。
加えて、魔力はゆっくりとではあるが自然に回復するようだ。
尚、ステータスは『体力』『魔力』の他には持っている魔法の種類や攻撃力などのパラメータ、後は今は大丈夫だけど『毒』などの状態異常がわかるようになっている。
アリスの言葉通り、時間にも余裕はあることだし、追加報酬を狙ってもいいかもしれない――報酬の『ジェム』が増えれば増えるほど、このゲームでは有利になるのだから。
”そうだね。メガリスの反応が現れたら、そちらへと向かって――”
私が言い終わる前に、レーダーが新たな敵反応を捉えた。
場所は私たちのすぐ背後――荒野に転がる岩の向こう側!!
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