第1章4話 転生したら魔法少女の使い魔でした
* * * * *
光が、弾けた。
それと同時に少女へと殺到していた巨大リスたちが弾き飛ばされてゆく。
……何だ? 何が起こった……?
”あれは……あの子は、一体……?”
光は倒れていた少女から発せられていた。
その光の中でふわりと少女の体が持ち上がり――そして
まだ10にも満たないと思われるほどの小柄で細い、そして『女性』としての特徴が見えない身体が、見る間に大きく成長してゆく。身長が数十cmも伸び乳房も大きく膨らみ、黒髪がまるで太陽の如く黄金に輝きを変える。
そう、それはまさしく『変身』としか表現のしようのない変化であった。
光に怯んだリス共が彼女から少し離れる。その様子は無力な獲物を嬲る先ほどまでとは違い、明らかに『恐れ』を含んでいるのがわかる。
私は別に武道家ではないし格闘技の経験とかがあるわけではない。けれども、この身の上でもはっきりとわかるくらい、今の彼女には『力』がみなぎっているのがわかった。
なんと言えばいいのだろう。根源的な生命力とでもいうか、生き物として全く異なるレベルに感じられる。
さっきまで巨大リスに襲い掛かられて為すすべもなかった少女とは次元が違う。
「……」
と、眩い光が収まり、ついに私のユニット――『彼女』が姿を現す。
頭部には豪奢な王冠――
……というよりも、全体的なシルエットは豪奢な、端的に言えば『お姫様ドレス』なのだが、実際に見ると異様に露出度が高い。ドレスは胸元から大きく開いているだけではなく、スカートに至っては前面が真っ二つに分かれている。下着が見えている――と思ったが、水着のようにも見える。レオタードの上からお姫様ドレスっぽいパーツを取り付けている、という感じか。
露出狂というほどの露出ではないが、正気ではありえないほどの露出の高い衣装だ。扇情的で蟲惑的だが、不思議と厭らしさや下品さは感じさせない。それは彼女の持つ雰囲気にも起因しているように思える。
手には彼女の腰ほどの高さと同じくらいの長さの『棒』が持たれていた。先端にハートの形をした赤い石が取り付けられている。ただの棒ではなく『杖』あるいは『王錫』であろうか。
杖の先端のハート型の石を見て気付いたが、ドレスやその他装飾品をよく見るとどれもが『ハート』をモチーフとしているようだ。
さしずめ彼女を言い表すのであれば、『白いハートの女王』――小柄な(暫定)日本人の少女が『変身』した姿である。
「……おお」
開かれた彼女の視線が私へと向く。
その瞳は深い――アメジストのような紫色だった。
「貴様がオレの
”……
言われてああ、と思いつく。
彼女は私のユニット、ということは彼女から見た私は『使う側』――つまりユーザーというわけか。
そうだ、と応答するよりも前に巨大リスが動揺から立ち直り再び彼女へと牙を剥こうとする。
不快そうに顔を歪め、
「ふん、落ち着いて話もできぬ。まずは雑魚を片づけるゆえ、しばし待つがよい」
そう言うと共に右手に持った杖を横薙ぎに振るう。
「
振るった杖の先端、ハート型の赤石が瞬時に形態を変える。
鋭く尖った穂先――彼女の言葉通り、『槍』へと。
そして、そのまま『槍』を無造作に自分の目の前にいる巨大リスの眉間へと突き立てる。
ぴぎゃあああああああっ!!!
――眉間を貫かれた巨大リスは聞くに堪えない悲鳴を上げてのた打ち回る。
飛び掛ろうとした他のリスも、やられたリスの悲鳴に一瞬動きを止める。
その一瞬の隙を見逃すことなく、彼女は続けて動く。
「フゥッ!!」
短く息を吐くと共に、右斜め前のリスへと『槍』を突きたてる。
二匹目もそれで眉間を貫かれ地面をのた打ち回るが、今度は残りのリスも黙っていなかった。
”後ろから二匹来ている!”
彼女から向かって左斜め前から一匹、背後から二匹が突進してくる。
思わず私は叫ぶ。
「ふふっ、助かるぞ、使い魔殿」
襲われているにも関わらず、ふんわりと『彼女』は微笑みを浮かべる。
――その微笑みを彩るように血飛沫が舞う。左前から来ていたリスの首を『槍』が薙ぎ払い、大量の血(だと思われるもの)が撒き散らされる。
そのまま後ろを振り返らずに、彼女は真上へと
「md《
『杖』の先端の宝珠が『槍』から大きな対の『翼』となり、彼女の身体を上空へと持ち上げ文字通りの『飛翔』を行い空中から残り二匹のリスを見下ろす。
リスが彼女の行方を見つけたときには既に遅い。
「
翼の生えた杖を振りかざし呟くと共に、彼女の周囲に『光』の結晶――『光の剣』が幾つも出現する。
「
そして勢いよく『杖』を振り下ろす。それが合図であったのだろう、空中に出現した無数の『光の剣』が雨のように地上へと降り注ぐ!
悲鳴すら上げられず、二匹のリス……いや、既に虫の息で地面でのた打ち回っていた他のリスにも漏れなく『光の剣』が次々と突き刺さり、とどめを刺してゆく。
ほんの数秒後、『光の剣』の雨が止んだ後には正視に堪えない程にズタボロに切り刻まれた巨大リスの死骸が五つ転がっていただけであった……。
* * * * *
「ふむ、片付いたか」
地上へと降り立ち『翼』を収納した後に彼女は周囲を見回して言う。
新手が現れるような様子は見えないし、言葉通り片付いたとみていいだろう。
……これで一先ず安全は確保できた、かな……?
「――さて、使い魔殿」
”……私のこと?”
わかってはいたものの、念のため問いかける。
彼女は呆れたと言わんばかりに眉をひそめ応える。
「貴様がオレを手駒としたのであろう?」
”いや、そうなんだけど――”
あれは選択の余地もなかったわけで……という言い訳があるものの、私は言わなかった。
”……ごめん。あれしか方法がなかったとは言え、君の意思を無視して巻き込んでしまって……”
冷静になって考えても、あの場を切り抜ける他の方法は思いつかない。
たとえ私が囮になって彼女を逃がそうとしても、この荒野から外に出ることが出来なければ意味がなかっただろうし。
私の謝罪に対し、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ん? 何を謝っているのだ、使い魔殿?
オレはむしろ感謝しているくらいだぞ。こんな
”た、楽しい……?”
ちょっと予想外の言葉に面食らう。
怒っていないのはともかくとして、楽しいなんて感想が出て来るとは思わなかった。
私の戸惑いに気付いているのかいないのか、彼女は笑顔のまま続ける。
「なぁに事情は……えぇっと、い、『いんすとろーる』? された時に概ね把握しておる」
インストールのことかな? そんなパソコン使えないおっさんみたいな……。
「何にしろ今のオレがあるのは、貴様が選択したおかげだ。礼を言うぞ、我が使い魔殿」
そう言って彼女は微笑む。
尊大な上にどこか荒っぽい言葉遣いと見た目に反して、笑顔は『変身』前の少女の時のように、裏表のない純粋な笑顔であった。
……一体、彼女は何なのだろう? いや彼女だけではない、この異空間としか思えない場所も、出来の悪いUIを備えたゲームめいた事象も……車に轢かれて(多分)死んだはずの私が小動物の姿になっていることについても、わけのわからないことが多すぎる。
考えたってわかるわけがないとはいえ、放置出来るような問題ではない。
「おっと、そういえば名乗ってなかったな。
オレは『アリス』――そう呼ぶがよいぞ、使い魔殿」
彼女――『アリス』はそう言った。
その姿は美しく、女王と呼ぶには不可解な魔法の力を持ち、魔女と呼ぶにはあまりに神々しい。
――
咄嗟にその単語が頭に思い浮かぶ。年端もいかない幼い少女が『変身』して大人の魔法使いになる。そうか、これはもう『魔法少女』と呼ぶに相応しい。
”……私は――”
アリスに応え、名乗ろうとしたが……。
<チュートリアルは以上となります>
<ようこそ、プレイヤー。「M.M.」の世界へ>
突如として目の前に鬱陶しいメッセージが表示される。
『M.M.』……? 文脈から察するに、このクソゲーのタイトルと思われるが……。
「ふむ、時間か。
使い魔殿、また後程、な」
”アリス?”
「ふふっ、案ずるな。どうせすぐにまた会えるさ」
何と言うか、私よりもアリスの方が事情を把握していないか、これは? それでいて、アリスからは私の方が事情を把握しているように思えているというか……。
と、周囲の風景が蜃気楼のように歪む。
「それでは、今後ともよろしく頼むぞ、使い魔殿」
”あ、ちょっと、アリス!?”
私の声はアリスには届いただろうか――ぐらぐらと歪む周囲の風景、そして、異空間に足を踏み込んだ時と同様の浮遊感が私を襲う――
* * * * *
次の瞬間、私はどこかの部屋の中にいた。
飾り気のない、よく言えばストイック……いやシックな装いの無駄のない、悪く言えば殺風景な部屋――
荒野へと移動する前は確か『恋墨』とかいう表札の家の前にいたはずなんだけど……。
「ねぇ……」
その部屋の片隅にあるベッド――布団カバーやシーツがピンク色なところが、この部屋での数少ない『女の子』を主張しているものだろうか――から身を起こした少女が、戸惑いがちに声を上げる。
少女は間違いない、あの荒野で巨大リスに襲われ、そして私のユニットとなったあの子だった。
眠いのだろうか、ぼんやりとした感情の窺えない表情のまま呼びかけてくる。
……まぁ、私に向けてであろうことは疑いようもないか。
”……やぁ。えっと、アリス……?”
もはや何をどうすればいいのか、というか正しいのか私にはわからない。
が、ベッドの上にいる少女――『アリス』へと変身した少女を無闇に不安がらせたくはない。努めてフレンドリーに私は彼女へと返す。
「ん……。わたしが、アリス……。
そっか、夢じゃ……なかったんだ……」
『アリス』とは似ても似つかない、幼い黒髪の少女は息を吐く――それが嘆きなのか、それとも喜びなのか、私にはよくわからなかった……。
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