第1章3話 この理不尽な世界に
* * * * *
そこまで距離があったわけではなく、ものの数分で『反応』のある地点とレーダーの中心が重なる位置までやってこれた。
あったのは他の家と何も変わらない、至って普通の二階建ての一軒家であった。
表札には『恋墨』とある。『こいずみ』……でいいのかな? 私が知らないだけかもしれなけど、日本では聞かない苗字だと思う。
それはともかく――
……何となく想像はしていたことではあるが、この『反応』とはつまり『ユニット』の反応。そしてその『ユニット』とは――
――と考えた次の瞬間、私は突如浮遊感に襲われる。
”えっ、なに……!?”
高いところから一気に落ちた時、ジェットコースターの下りの時のあの感覚が襲ってくる。
一瞬の浮遊感の後、私は信じられないものを目にする。
”なんだ……『ここ』は……!?”
先ほどまで私がいたのは――日本かどうか定かではないけど――何の変哲もない住宅街であった。
しかし、今いる場所は全く異なる場所……荒涼とした荒地、いや砂漠? のような場所になっている。時刻も夜だったはずが、煌々と日の照らす昼となっている。
きぃ、きぃぃぃぃっ!!
周囲の様子を確認する前に、その
窓をひっかいた時みたいな不愉快な音……それが間断なく、複数聞こえてくる。
音の聞こえた方向に振り向くとそこには――
「……っ!!」
まるで悪夢のような光景が広がっていた。
そこにいたのは幼い少女――見た感じ10歳になったかどうかか、可愛らしいパジャマに身を包んだ小柄な長い黒髪の少女、そして彼女の周囲に群がる
――そう、それは魔物と形容して然るべき異形の存在であった。
一言で表すならば、『約1メートル程度までの大きさになったリス』である。尖った前歯がげっ歯類の特徴の、あのリスが巨大化したような異形が5匹。少女を取り囲んでいる。
少女は無表情のまま巨大リスと睨み合っている。
”あの子……襲われてる!?”
まだ巨大リスは飛び掛かってきてはいないが、それも時間の問題だろう。
これが遊園地のマスコットに囲まれているとかだったらいいけど、そうではないのは明白だ。
少女の顔は余り表情は変わってないけど、少なくとも巨大リスを歓迎しているようには見えないし、何よりも巨大リスは全く可愛くない。というか、見るからに危険だ。
どうしよう、助けないと……でも、今の私の体で何が出来る……!?
――もしかして、私の今の身体は見た目はともかく実はやっぱり妖怪とかで凄い力を持っているとか?
”……ええいっ、考えてもしかたない!”
そうだ、どうせ考えたってなにもわからないんだ。
私は囲まれている少女に向かって走り出した。
――自分でも不思議だ。見ず知らずの女の子を助けるために、明らかに危険なところに飛びこんでいくような人間だったっけ、私?
自分の命には割と無頓着な方だったけど、だからといって反対に他人の命を大切にしていたってわけでもない。そりゃ、まぁ家族とかは安全に過ごしてもらいたいくらいは思ってたけど。
でも、今私はあの女の子のために走っている……私に何が出来るわけでもないということを理解しつつも。
”こっちだ、この化物!!”
私の声が通じるか――いやそれ以前に私は今まで話しているつもりだったけど、それが外に『音』として出ていたかどうかもわからない。
とにかく今出来ることは巨大リスの注意を引いて、女の子を囲みから逃がすことくらいだ。
「……うさぎさん……?」
私の声はリスにではなく女の子の方に聞こえたらしい。
突然聞こえてきた声にわずかに驚いたような表情を見せ私に気が付くと、この状況だと言うのにかくんと首を傾げる。
彼女に声を掛けている余裕もない。動いたことで巨大リスを刺激してしまったか、囲んでいたリスのうち一匹が彼女へと向かっていってしまう。
ああ、もう! でも幸い動きは鈍い、その上動いたのは私のいる方――彼女と正面から向かい合っていたやつだけだ。
”このっ!!”
なぜか疲れない体のおかげだ。息も切らせず必死に足を動かして巨大リスへと走り寄り、無防備な足に全力で噛みつく!
ぎぃぃぃっ!!
意外なほど巨大リスの足は硬かったものの、噛みつきは効いたみたいだ。
悲鳴を上げてリスが暴れ回り私を振り落とす。
”ふにゃっ!?”
地面へと転がされるけどそこまで痛くない。
でも巨大リスの注意を引くことはできたか。向こうは女の子の方ではなく私へと向き直る――残りの四匹も、だ。
……さて、これからどうしよう……?
「うさぎさん!」
と、そこで女の子が真っすぐに私へと向かって走り拾い上げると、そのままダッシュで巨大リスたちから逃げようとする。
意外に足が速い! あっさりと包囲を抜けて荒野をひた走る。
……でもこれからどうする? どこへ行けば逃げられる?
いや、それ以前にここは一体どこなんだ……?
”! 危ない!! 後ろから来る!”
巨大リスたちは女の子を逃がすつもりはないらしい――もしかしたら足にかみついた私の方を狙って来ているのかもしれないけど……。
包囲を抜けた獲物を追いかけて来る。巨体の割にはリスらしく素早い動きだ。
みるみるうちに距離が詰まり、一匹が背後から飛び掛かって来た!
「うっ……」
私の警告を聞いて女の子が横へと避ける。けど、避け切れず腕に掠りわずかにうめき声を上げる。
それでも足を止めずに彼女は走り続ける。
追い付かれたらどうなるかなんて、子供にだって想像がつくのだろう。
”待って! 私があいつらを引き付けるから、君は逃げて!”
「ん……きゃっか」
却下されてしまった!?
何が出来るかはわからないけど、私でも囮くらいにはなれると思うんだけど……。
私を抱えていつまでも逃げ続けることは難しい。というか、彼女一人でも逃げ切れるかどうかわからないのだ、なら少しでも私が相手を引き付けてその隙に出来る限り逃げてもらいたい。
……別に恐怖を感じていないわけでもない。死んだと思ったらなぜか変な猫の姿になって生きているみたいだし、さっぱり状況がわからないけどもう一回死にたいというわけではない。
でも私一人で逃げようとは思わない。名前も知らない、初めて会ったこの女の子を見捨てて逃げることなんて出来ないんだ。
――死んだらそれまでだけど、一度死んだ身なんだし、生きている子のために出来る限りのことはしないと。
自己満足に過ぎない。結局、彼女を逃がすことは出来ないかもしれない。
それでも、やれることがあるなら――どうせ一度無くした命だ、少しでも有効に使いたい。
”また来るよ!”
「ん……!」
背後からの巨大リスの飛び掛かりは、今度は回避することは出来た。
相手の動きは思った以上に速いけれど対処できないほどではない。ただ、振り切ることも出来ない――彼女はパジャマを着ていることからもわかる通り、多分部屋で寝ているところをこの謎の荒野へと連れてこられたのだろう、裸足のままなのだ。今も痛みを堪えて走っているにすぎない。それほど長くは持たないだろう。
どうする……? 無理矢理この子の腕を振り解いて囮になるか? でもこの子が私を助けようとしてしまったら……。
何とか逃げ切る方法を考えていた私の視界の隅に、また文字が浮かび上がる。
<ユニットとして登録しますか? Yes / No>
――ああ、くそったれ!
説明不足にすぎる簡潔なこの質問で私は理解した……
最初の運営からのメッセージとやらはこう言っていたのだ。
これはそういうゲームなのだ。
人間をユニットとしてモンスターと戦わせるゲーム。そのプレイヤーとして私は選ばれてしまったらしい。
そして彼女はユニットとして選ばれた、この状況はそういうことなのだろう。
……この子を戦わせる? この巨大リスたちと?
…………そんな選択、出来るわけがない!
「うぐっ……」
”うわっ!?”
私が戸惑っている間も二度ほど巨大リスの飛び掛かりをかわしていたのだが、ついにかわしきれず彼女が地面に転がる。
”大丈夫!?”
「ん……いたい……」
ちょっとだけ涙目になりつつも彼女は答える。
拙い……転んでしまったことで完全に追いつかれてしまった。また私たちを逃がさないように、と巨大リスたちはすぐには襲い掛かってこず再度包囲網を敷く。
今度は外側から助けが来ることもないだろう。私たちは追い詰められてしまった。
きぃぃぃぃっ!
私に噛みつかれた一匹が鳴き声を上げながら突進してくる。
「……このっ!!」
普通なら恐ろしさで足が竦んでしまうであろう。
しかし彼女は私を離すといつの間にか拾っていた石を手に、果敢に向かってきたリスへと振るう。
先が少し尖っていた石がリスの左目を深く抉る!
ぴぎぃぃぃぃっ!!
流石にこれ一撃では倒せないか、それでも悲鳴を上げてリスがのたうつ。
この状況で立ち向かうとか……見た目からは想像できない胆力だ。
でも抵抗はそこまでだった。
左目を抉られたリスが狂乱し暴れ回る。
さっきはたまたま目を狙うことで隙をつけたが、大きく動かれては彼女では太刀打ちできない。
「あぅっ……!?」
巨体に弾き飛ばされ再度地面に倒れてしまう。
今が好機と見たか、他のリスたちも不快な鳴き声を上げながら倒れた彼女へと向かおうとする。私には目もくれない。
――ダメだ、このままじゃ本当に彼女がリスたちに殺されてしまう!!
<ユニットとして登録しますか? Yes / No>
迷っている時間はない……。
ここで『No』を選べば、もしかして彼女は解放されるんじゃないか? という期待もないわけではない。
けれど……もしそうならなかったとしたら……? それこそ本当になぶり殺しにされるだけに終わってしまったら……。
”……くそっ!!”
決めなければならない。
この選択の悪質なところは、ユニットとなる子自身の意思は全く問われないというところだ。何て言う理不尽さだ。
”――でも、やらなきゃ……!”
あの子がリスたちに殺されてしまう。
時間にしてほんの一秒もなかったろう、私は迷いを振り切り『Yes』を選択した。
<ユニットを登録しました>
そのメッセージが表示されるのと、倒れた少女の体にリスが群がるのはほぼ同時だった。
次の瞬間――
”えっ、何……?”
少女の身体から眩い光が放たれ――
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