第1章1節 魔法少女、誕生

第1章2話 プロローグ ~この物語は――

 これは、彼女たちにとって、愛と勇気と希望に満ち溢れた冒険の物語であり、

 けれど、恐怖と苦痛と悲嘆に満ちた悲劇の物語でもあり、

 そして、私と彼女たちにとっては、きっと■■■■■■■■である――




*  *  *  *  *




”……うにゃ……?”


 気が付くと私は地面に横たわっていた。

 ……あれ? どうなったんだっけ……確か、私は車に撥ねられて……。


”……うん? 地面……?”


 はて? 確か私が轢かれたのは道路、つまりはアスファルトで舗装された道だったはず。ということは、目が覚めるにしても土の地面ではないと思うんだけど……。

 というか……何かおかしい。


”体は……あれ? 痛くない……?”


 まだ頭が少しぼんやりする。

 けど、身体はどこも痛くない。轢かれたこと自体が酔っぱらった私が見た夢だった? ……そんなバカな。そこまで酔ってなかった、はず。

 何で地面なんかに寝転んでいたのかわからないけど、とにかく状況を把握しよう。

 ……と、起き上がろうとして私はようやく気が付く。


”え? えぇ!? 何、この身体!?”


 手も足もある。どこも怪我していない。

 でも……私の身体は普通じゃなかった。

 っていうか、!?


”……猫?? ううん、兎?”


 鏡がないので全体像がつかめないのでよくわからないけど、見える範囲や体を動かしてみた感じでは猫っぽい感じはする。お尻から伸びているのはふさふさの尻尾なんだけど、どうも普通の尻尾じゃなくて『毛』の塊みたいでうまく動かせない。

 『っぽい』と言っているのは、まるで兎のような長い耳が垂れ下がっているからだ。


”うおっ、キモっ!?”


 しかもこの耳、動かそうと思ったら自由自在にピコピコと動かせる。手の代わりに使えるかもしれない――いや、使うかどうかは別として。

 それにしても何で尻尾じゃなくて耳が動かせるかな……普通逆じゃない?


”……夢見てるのかな……”


 それとも車に轢かれて死にかけの私が見ている走馬灯のようなものとか? 走馬灯だったら今までの人生を振り返ったりしそうだから違うかな。

 試しにほっぺた抓ってみるか。

 ……手(というか前足)では流石に無理だったので、耳を動かして抓ってみる。

 …………ほんのり痛い……。


”――ダメだ、わけわからん……”


 夢なのか現実なのかもよくわからない。

 仮に夢だとしても醒める気配もないし、このままここで一人思い悩んでいても仕方ないか。

 うん、良し。考えても仕方ないことはさっさと諦めよう。諦めの良さは私のいいところだ――多分。

 トラブルが発生したなら、まずは落ち着いて状況把握。これ、社会人の常識。後輩のあの子にも口を酸っぱくして言ったものだ……私自身が実践できなくてどうする。


”うーん、何か私の身体は動物っぽいけど……よくわからないなぁ……”


 まずは自分自身のことから再確認。

 鏡で自分の姿を見てみたいところだけど、ここにはないっぽい――まぁ屋外みたいだしね。

 私の眼で確認できる範囲では、まぁとりあえず子猫くらいの大きさの小動物っぽい感じはする。

 暗くてよくわからないけれど色は多分白。白猫? それとも白兎? どっちにしても、人間ではないことは確定だ。

 ……後、何か気持ち悪いけど、耳が自由自在に動く。手の代わりにはなりそうだけどあんまり重いものは持てないような気はするかな……。


”それで……えーっと、ここは……どこだろう?”


 次は今更ながら周囲の状況を確認。

 夜なのだろう、真っ暗でよく見えない。それだけじゃなく、どうもあちこちに大きな樹が生えていて私の頭上を覆っているせいもある。

 かといって森林というほどではない。目を凝らしてよく見ると、樹はある程度の間隔を開けて生えている。

 段々と目が慣れてきた――猫っぽい割には夜目が利かないのか、この身体……――のでその場から動かずにもっとよく見てみると、建物らしきものが見える。

 ……建物? いや、石垣っぽく見える?


”これは……神社? かな……”


 よたよたと慣れない四つ足で歩いて近づいてみると、石垣の上に建物がありそこへと続く石段がある。段数的に対して高くはない、今の私の正確なサイズはわからないけど建物二階分くらいといったところか。

 石段の横には神社にはおなじみの狛犬っぽいものがある。ただ、私の知っている狛犬とはちょっと違い、『犬』というよりは『猫』……もっと言えばライオンっぽい感じに見える。

 上った先には鳥居もなく、小さな社がある。お賽銭箱はあるけれど建物は封鎖されているようで中に誰かがいる気配はない。


”うーん、ここにいても仕方ないか”


 人気はないけどおそらく人間はいるんだろう。

 ここが日本のどこか――いや、もしかしたら日本じゃないのかもしれないけど――わからないけど、とりあえず人里離れた山奥とかそういうわけではなさそうだ。

 なぜなら、石段を上ってみてわかったんだけど、真っ暗なのはこの神社の敷地内だけみたいで少し離れたところに街明かりが見えたからだ。

 とにかく適当に外を歩いてみるか……危険があるのかどうかすらわからないし。

 明かりに誘われるようにふらふら歩き、と私は神社を後にした。




*  *  *  *  *




 どれくらい歩いただろう。

 結構な距離進んだと思うんだけど、なにせ今の私の身体は小動物並みだ。それに加えて慣れない四足歩行でよたよたしていてスピードも出ない。大して進んでいないのかもしれない。


”日本、っぽい感じはするんだけどなぁ……”


 神社の外は住宅街だった。立ち並ぶ建物を見てみても私のよく知る日本の街並みに見える。

 じゃあここは日本のどこかなんだろうか? と聞かれても確証は持てない。たまにある看板や標識を見ると私でも読める文字が書いてあるものの、見たことのないものばかりなのだ。例えば電柱にある標識――地番とか書いてあるやつだ――を見ても聞いたことのない地名だったり、ジュースとかの宣伝の看板を見ても聞いたことのない商品だったり……。

 これが漢字だけの表記ならもしかして中国かも? とも思うけど、普通にひらがな・カタカナもあるしなぁ。

 あ、後気付いたことが一つ。

 ……私、少なくとも『オス』じゃないっぽい。

 ほら、オスだったら歩く時……ねぇ? わかるでしょ?

 ……いやだからどうしたってわけでもないんだけどさ……。


”……そういえば、お腹空かないな……それに全然疲れないや”


 正確な時間はわからないが歩き始めてから結構経つ。だというのに一向に空腹にならないし、何よりも疲れを感じない。

 ……小動物的な姿からは想像できないが、相当な体力があるということだろうか? それとも……。


”やっぱり、普通の動物じゃなくて、これは……”


 うぅ、認めたくないんだけど、何か魔物とか妖怪的なアレなのだろうか。

 前に後輩のあの子が私に猛烈にプッシュして来たWeb小説で、死んだ後にモンスターに生まれ変わるとかいうのがあったのを思い出し、口にしかけた時だった。




<運営からのお知らせ>




 ……はぁ?

 私の視界の端――視界の右下辺りに突如としてそんな文言が現れる。

 空中に浮かんでいる? と思ったけど、私が視線を逸らそうとしてもその文字は追随してくる。

 そしてその文字は、まるで『触れ』と言わんばかりにピコピコと点滅していた。


”何、これ……? 『運営』……??”


 『運営』という言葉から思い当たるとすれば、ゲームとか……だろうか。

 実は今私が現実と思っているのは現実ではなく、ゲームの世界に入り込んだということだろうか。そんな『設定』のWeb小説もお勧めされたことがあったなぁ……。

 ――考えても何もわからないか。

 意を決して私は視界の隅にあるその文字ポップアップにタッチしてみる。前足は動かしづらいので、『耳』を手のように動かして、だ。


 しゃららん♪


 軽快なタッチ音と共に、私の目の前に突如として文章が浮かび上がってくる。……どこから音が聞こえてきたんだろう……?


”これは……ああ、ARみたいなものか”


 AR……拡張現実(Augmented Reality)という技術があったことを思い出し、それに近いものだと思い至る。

 あんまり詳しくはないんだけど、何か専用の眼鏡とかカメラを通して見ると何もない空間に映像が表示されるというアレに似ている。実際に触ってどうこうするようなものまであったかは知らないけど……。

 だから景色に覆いかぶさるように見える文章も実際の空間に存在しているわけではなく、私の目を通して『現実の上に被さっている』ものなのだろう。

 なぜそんなものが私に見えているのかは相変わらずの謎だが、これも考えても仕方のない問題だととりあえず頭の隅へと追いやる。見えてるんだから仕方ないよね?

 とりあえず、『運営のお知らせ』とやらに目を通してみるが――


”……うーーーーん……これは何言ってるんだろう……?”


 異様に読みづらい文章を苦労して読み解いてみた結果わかったことは、


(1)プレイヤー登録の全工程が完了した

(2)想定外のトラブルがあったので連絡が遅れた

(3)ユニットを登録して、プレイを進めてください


 という三点について書かれているんだけど……。

 まず(1)のプレイヤー登録。これは、おそらく『私=プレイヤー』ということなのだろう。プレイヤーということは……やはりゲームか何かなのだろうか。一体、『何をするゲーム』なのかがさっぱりわからないけど……。

 (2)については単なるお詫び、でいいのだろうか。どうも私の意識が覚醒してから今まで放置されていたのは『運営』とやらの側で想定外のトラブルがあったためらしい。

 トラブルが起きたのはともかく、その間何の連絡もないというのは……これが仮にゲームの運営だとしたら、かなり叩かれる『クソ運営』っぷりだ。

 そして最後の(3)――書いてある内容自体はわかったのだが、これが何を意味するのかが全くわからない。

 キーワードとなるのが『ユニット』と『プレイ』――やはり何かのゲームのように思えるのだが、本当に目的が見えないので何をすればいいのやら……。

 意味のわからない『運営のお知らせ』を閉じて(メッセージの右上にあった「×」を押したら閉じれた)みると、今度は複数のポップアップが見えるようになっていた。


”ますますゲームっぽいな……”


 思わず呟いてしまう。

 私はあまりゲームをやる方ではなかったが、人がやっているのを見たり、(やる気はないにも関わらず)情報収集してどのようなものがあるのかはある程度知っているつもりだ。

 今の私の視界は、中央部分には何もなくクリアに保たれているが、四隅を取り囲むように様々なタッチパネルやアイコンが表示されている。例えるなら、一人称視点のアクションやシューティングゲームの画面に近い。

 尤も、表示されているものが何を意味しているのかはよくわからない。クソUI過ぎる。


”……んん?”


 アイコンを見ようとそちらに視線を移動させようとすると、視界そのものが動いてしまう上にアイコンもずれて動くという不親切極まりないUIに四苦八苦しながらも、何とか慣れてきた。

 その時にふと右下の隅にあるアイコンが点滅していることに気付く。

 元々点滅していたっけ? いや、流石に最初から点滅していたら気付いていただろう。ということは、今点滅し始めたということだ。

 電球のようなそのアイコンにタッチしてみる。不用意だったかも、とタッチしてから思うが、現状他に何もないのだから動いてみるべきだと思いなおす。

 『運営のお知らせ』の時とは違い、視界全体を覆うのではなく右下の方に小さなメッセージダイアログが表示される。


”……『付近に反応あり』?”


 UIもさることながら、メッセージの文言もとことん不親切である。『何の反応』だというのだ? それがわからないと、アクションのしようがないではないか。

 と、私が憤慨するのと合わせるかのように、メッセージダイアログが消えると共に右上に小さな『円』が現れる。その円の中心からやや右上側に、小さな明滅する光点が見える。

 なるほど、これが『反応』ということか。この右上の円は、察するに『レーダー』のようなものなのだろう。円は十字に交わる線が引かれており、更に円の内側にはうっすらと細い線で同心円状に幾つもの小さい円が描かれている。

 単位がわからないクソUIっぷりにはもう諦めたが、この同心円毎に距離が決められており、それを頼りにするのだろう。本当は。


”さて、どうしたものかなぁ”


 『反応』とやらが一体何なのかわからない。肝心なのは、私にとって危険なのかどうかという点だ。

 悩んだのはほんのわずか。


”……行ってみるか”


 私は『反応』のある場所へと向かう。

 レーダーを示す円を十字に切る線は、やはりと言うべきか、私の向いている方向を示しているようだ。右に進路を変えれば『反応』は左側に寄り、左に進路を変えれば右へと動く。私の向いている方向を基準として前後左右を表しているらしい。

 つまりは、目的の『反応』が十字の頭部分に来るようにして移動すればいいというわけだ。

 ――何か、良くない予感がする。私は急いで『反応』の下へと向かう。道路を悠長に歩くのではなく、『反応』へと向けて一直線に――道中に家があれば壁を飛びこえ屋根を駆け、ひたすら一直線に。

 おそらくだが、『反応』そのものは私にとって『危険』ではないだろう。きっと、タイミングからしてこの『反応』とは、謎の単語『ユニット』に関連していると考えられる。

 ユニット――シミュレーションゲーム的には『駒』だろうか。普通に考えればその言葉自体に悪い意味はないのだろうが、何か物凄く嫌な予感がする。

 しかし何が起きているのか全くわからない現状では、手がかり的なものがあればそれに飛びつかざるを得ない。嫌な予感はしつつも、私はそこへと向かう。




 ――そこで私は、自らの運命を左右する少女……『彼女』と出会う。

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